世界観警察

架空の世界を護るために

映画『ロスト・キング』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

もう10月ですって。信じられません。しかし気温は8月級です。どうなっているんだ。皆様、季節の変わり目ですので殊更お身体にお気を付け下さい。

 

 先日は、最強の歴史オタクがオタ活する映画こと、『ロスト・キング』を拝見しました。

 この広告が流れ始めたときに、散々友人達に「(この映画の主人公)茅野じゃん」「真っ先に茅野のこと思い出した」などと言われまくりました。わたしも何か掘り起こしたい!(?)

 主人公との類似を散々指摘された映画ですから、そりゃあもう観に行かないわけには参りません。個人的にも、内容に関心があって、楽しみにしていました。

 

 今回は、こちらの映画の雑感を記して参りますが、普段わたくしはロシア史を愛好していることもあり、かなり脱線が多いので、その点ご留意くださいませ。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

 

キャスト

フィリッパ・ラングレー:サリー・ホーキンス
リチャード3世 / ピート:ハリー・ロイド
ジョン・ラングレー:スティーヴ・クーガン
リチャード・バックリー:マーク・アディ
監督:スティーヴン・フリアーズ

 

雑感

 上映館が多いです。まさか TOHO などの大手映画館でやっているとは思わず。いつも通り(?)ミニシアター系かと思っていました。

一般受けしないものを好む難儀な習性ゆえ、大手映画館でライブビューイング以外の普通の映画を観るのは恐ろしく久しぶりです。

しかし配給は我らが PATHÉ 。いつもの。

 

 まずは「推される対象」の方から。

鑑賞前に、急いでシェイクスピアの『リチャード3世』を予習しました。一気読み。

こちらを買うために立ち寄った本屋さんで、ド真ん中にイ○ロン・マスク氏の伝記が平積みされていて、何とも言えない気持ちになるツイ廃

↑ 表紙のお洒落な新潮のシリーズ。

 登場人物、言及される人物自体が多いのに加えて、同名であることも多く、家系図も複雑です。中世英国史に明るくない場合は、解説にある家系図に栞を挟んで、行き来しながら読み進めるのがオススメ。

わたくしも英国史はからきしなので苦戦しつつ読み進めました。

 

 今作では、シェイクスピアが描いたリチャード3世像の是非を問うています。

普段帝政ロシアの沼にいるわたくしが驚いたのは、どこの国の事情も似ているのだな、ということです。

 つまり、シェイクスピアプーシキン(双方両国の国民的な文学者)、『リチャード3世』を『ボリス・ゴドゥノフ』(戯曲の著者よりも数百年前の人物を題材にした作品)に置き換え、他人事じゃなさすぎる……! と震えていました。

 以下、少しロシア史も交えつつ書きます。

 

 シェイクスピアプーシキンも、意図的に「歴史修正」をしたのかは定かではありませんが、結果的にその時の王朝の認識に沿う形で描写しています。

プーシキンの場合は、カラムジンの『ロシア国家史』をベースとしていて、こちらはロマノフ王朝の都合のいいように恣意的な解釈が為されています。

ちなみにカラムジンとは、某メシチェルスキー公の祖父でもある人物です。

 

 特に王朝が変わる場合、前王朝の王は悪し様に「書き換え」られがちです。敗者の歴史は残らない、とはよく言ったもので……。

リチャード3世も、ボリス・ゴドゥノフも、後世の王朝(テューダー朝ロマノフ朝)によって、貶められていると考えられます。

 後に大作家によって「歴史修正」されていることも然りですが、二人の王自身も、王位簒奪者と言われていたり、治世の間に天災など人為的ではない悲劇に見舞われたり、幼い王子殺しの疑惑があったりと、共通点が多いです(ちなみに、少なくともボリスは、現在では幼い皇子を殺さなかったという説の方が有力です)。歴史は繰り返す……! 

 

 「これはボリス推し(?)のオタクにもチャンスなのでは!?」と思いましたが、ボリスの遺体はきちんと改葬されているようです。

しかも、よりによってヴァシリー・シュイスキー公によって、というのだから苦笑必須です(※プーシキンの戯曲では、シュイスキー公はボリスを最後に裏切る。『リチャード3世』でいうバッキンガム公枠。こちらは生き残りますが)

↑ とても詳しく書かれている記事。

 

 また、「惨殺された前政権の王の遺体の捜索」という意味では、ニコライ2世一家をも想起しますよね。

彼ら一家は、地下室で銃殺された後、遺体は身元を特定されないように硫酸を掛けられたり焼かれたりされ、粗雑に埋められたと言われています(諸説あります)。

 隠された遺体は、皇帝らはソ連時代に発見されましたが、アレクセイ皇太子とマリヤ皇女は、2007年になってから発見されました。今回のリチャード3世の発見と近いんですね!

↑ ニュース記事。

 ちなみに、皇帝の遺骨の鑑定は、日本外遊時に暴漢に斬り付けられた時に血を拭いたハンカチで行ったそうな。ここで我が国が出てきて複雑な気持ちになる日本人。

 そして、皇太子らの鑑定は、弊ブログではサーシャ大公でお馴染み、アレクサンドル3世の遺体を掘り起こして、そこからの鑑定となりました。

当時のロシアでは、アレクサンドル3世の遺体を掘り起こすことの是非について、盛んな議論があったようです。でしょうね……。その極近くにある墓を暴いて中を見てみたいような絶対に辞めて欲しいような、酷く複雑な葛藤に陥る限界オタクの図

 従って、数奇にも、似たような事例の多いロシアのツァーリたちですが、我々には遺骨発見のチャンスは遺されていなさそうです。

 

 ちなみに、リチャード3世とボリス・ゴドゥノフは、ほぼぴったり100歳差のようです(推定99歳差)

 歴史と文学の間で翻弄されるリチャード3世に関心がある方は、間違いなく我らがボリス・ゴドゥノフも好きだと思うので、是非ともどうぞ。

↑ 後者はオペラ版。ロシアオペラはいいぞ。

 逆に、中世ロシア史、特にボリスの戴冠~スムータ(大動乱時代)に関心がある方に『リチャード3世』は大変オススメです。お互いに、限りないデジャヴュを感じると思います。

 

 

 脱線が長くなりましたが、今度は「推す方」について。

リチャード3世を「発見」したフィリッパ・ラングレーさんは、実在の人物。ご存命です。

それにしても、存命の間に映画が作られるってまた凄いですね……。

↑ お写真。

 どれだけ脚色が入っているのかの判断はできませんが、ご本人公認ということで、その点は安心できますね。

 

 少なくとも日本では、「推し(リチャード3世)を追うオタク」のような形で広報されています。

映画の広報は、結構本編と異なることをやらかしたりするので、今回もどうかな……と思っていたのですが、想像以上に広報通りでした。確かにこれは「超強火の歴オタ」と言ってしまって問題ないと思う。数百年前のマイナー寄りの王が「推し」な強火の歴オタ、う~ん、限りなく親近感湧きます

 それにしても、「推し」の幻覚が視えちゃったり、会話しちゃってるのは完全にヤバいです。キメておられる。推しは吸い物。

 

 本屋さんでの、「リチャード3世の本はある?」「シェイクスピアでしょ、当然ありますよ」「ではなくて、歴史の本」「8冊あります」「ではそれを」「……どれを?」「全部よ。」という会話、めちゃくちゃいいですね。本当にいい。

尤も、マイナー沼の住民としては、推しの本が8冊も出ているって羨ましすぎるのですが。そんなにないよ。

 

 リチャード3世愛好家の協会で、「いつかお墓参りもしたいな」「それは無理だな。だって彼は行方不明だから」というような対話があった後、彼女が覚悟を決めて「私が彼を見つけてみせる。 I will find him.」と言うことのカッコイイことカッコイイこと!

 字幕では「遺骨」となっているのですが、彼女は絶対に (dead) body とか、ashes とは言いません。あくまで見つけるのは「彼 him」なのです。字幕もこの点はもっと厳密に訳し分けた方がよかったかも。

他の人がそう表現すると必ず言い直すなど、明確にその点をこだわっている素振りがあって、とてもよかったですね。わかる。

映画のタイトルの「Lost King」も、「失われた王」「迷子の王」ということなんでしょうね。

 

 リチャード3世が骨になってさえも、素人目にもわかるくらいに身体的特徴があることは、映画としてもわかりやすいですし、実際の発見の際も盛り上がっただろうな、と推察できます。そんなところまでドラマ性があるとは……。

数行下、白骨死体の写真を貼っているので、苦手な方は注意↓↓。

 

 

 

 

 

↑ 実際に発掘されたときのお写真。

 この背骨の湾曲具合! わかりやすすぎる!!

棺にも入れられず、全裸で埋められたのは本当だったんだなあ……となって何とも言えない気持ちにもなりますが……。

我らが殿下は脊椎結核を患い、椎骨が三本壊死していたというので、白骨化してもわかったりするのだろうか……

 

 フィリッパは、最初に演劇『リチャード3世』を見て、そこから彼に関心を持ちます。従って、幻覚(?)は、その時の俳優さんの姿で受肉しています。

 普段から舞台芸術を追っている身としては、別の俳優さんで見ていたらその人だったのだろうとか、もし彼女が見較べていたら、等々と余計なこと色々考えてしまいましたが、「この役といえばこの人!」みたいなの、実際ありますよね。オネーギンといえばホロ様! みたいな。

 最後に、俳優さん本人が出てくるのも良かったですね。そりゃあ、自分が演じた役の遺体が見つかったとなれば見に行くだろうし、という説得力も抜群。

 

 フィリッパのリチャード3世に対する思いは熱烈ですが、彼女は肩書きでいえば「アマチュアの主婦」であり、専門家ではありません。そのことが障害になる場面も数多くあります。というか、そこが主な争点でさえあります。

 彼女は研究者にバカにされ、研究機関にあしらわれ、とても苦労をします。まあ、「独学の素人が何の用?」と思う気持ちもわからなくはないのですが……。

 わたくしもただのオタクですが、ロシア関係や中東関係の学会には足を運びます。しかし、そこで「アマチュアの女性だから」といってバカにされた経験はまだないですね。運が良いだけか、こちらの界隈が暖かいだけなのかもしれませんが。

寧ろ、恐れ多くも歓迎して貰って、著書を恵贈して頂いたり、一緒にご飯に行ったりすらしています。もしかしたら、こちらの方がレアなのかもしれません。

自分は恵まれているのだなあと改めて感じましたね。

 

 作中では、フィリッパがリチャード3世に惹かれるのは、病気や障害によって苦労したのではないか、というところに共感したためです。

 オタクはしばしば「推し」に入れ込みすぎ、その対象の中に自分のアイデンティティを確立します。わたくしも日頃「出自や職ではなく、何を愛しているかがわたしのアイデンティティであり、わたしを形作っている」と宣っているので、特大ブーメランですが……。

そこから、オタクは「推し」が攻撃されることは自分が攻撃されることであると見做し、「推し」に盲目的になって、批判を極端に拒絶する傾向があります。

だからこそ、彼女もリチャード3世が不当に軽んじられていることに強く憤り、正しい姿が周知されて欲しいと奔走する側面があるのだと思います。

 

 しかしこの、「歴史修正主義により誤って伝えられた悪辣なイメージを払拭する! 彼の名誉の為に戦う!」という姿勢は、実にカッコイイですね。わたくしの沼は全員が魔法にでも掛けられたかのように賛辞しか口にしない魔境なので、そのような状況とは対象的ですので……

 少しだけほろ苦さもありますが、彼女の家庭などプライベート面も含めて最後はしっかりハッピーエンドで、気持ちよく劇場を後にすることができます。

歴史研究は難しく、特に中世など数百年遡る昔の「真実」を突き止めることは困難ですが、研究が進み、またそれが周知されていくとよいですね。

 

 こんなところでしょうか。

オタク、特に歴オタは絶対に観た方がいい映画です。英国史は勿論、シチュエーションが似ているロシア中世史が好きな方にもお勧めです。他にも類似のものがあるのかもしれません、ご存じでしたら教えて下さい。

 オタク文化の根付いた、現代日本で鑑賞されるべき作品です。

 

最後に

 通読ありがとうございました。5000字強。

 

 普段、このブログでは近代ロシア史の話ばかり書いていることもあって、いつも以上に脱線が激しい記事になってしまいました。失礼致しました。近代ロシアはいいぞ。現代の政府はダメだぞ。

 

 対象が近代だと、物理的に何か掘り起こすのは厳しいですかね~。こちらはきちんとお墓もありますので、暴くわけにも参りませんし……。その意味でも、髪の毛事件には殊更複雑な心境になってしまいますね。惜しかった……。

 

 特に歴オタの皆様には、自分の「推し」と絡めて、この映画の感想を伺いたいところですね。お気軽にお寄せ下さい。(匿名希望者向け)。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。