世界観警察

架空の世界を護るために

東京二期会『ドン・カルロ』 - レビュー

 おはようございます、茅野です。

いきなり寒くなりましたね! わたくしはお布団を冬用に衣替えしました。一日で10度近く上がったり下がったりするのは勘弁して頂きたいところ。

 

 先日は、東京二期会のオペラ『ドン・カルロ』にお邪魔しました。10月16日(土)の回です。

↑ ポスターはシンプルお洒落。

 久々の二期会でしたが、『ドン・カルロ』は割と好きな演目なので、行っておこうかと思いまして。意外と珍しいらしい、演目で選ぶタイプの観客です。ロシアオペラを演って下さい。

 

 今回は、備忘がてらこちらの雑感を記して参ります。それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

 

 

キャスト

ドン・カルロ:城宏憲
エリザベッタ:木下美穂子
ロドリーゴ:清水勇磨
エボリ公女:加藤のぞみ
フィリッポ2世:妻屋秀和
裁判長:大塚博章
修道士:清水宏
テバルド:守谷由香
指揮:レオナルド・シーニ
合唱:二期会合唱団
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
演出:ロッテ・デ・ベア

 

雑感

 本日は天井桟敷の人々。上手側だったので、上手前方が多少死角になりました。

スモークを焚いていたのかなんなのか(?)、上階席の方に煙が溜まっていて、劇場入った途端視界がぼんやり。正気なのか。あれはなんだったんだろう……。

 席の埋まりは頗る悪く、1階前方中央ブロックだけ満席だったものの、LR 席はほぼ完全に空席と言って良い状態。

2, 3, 4 階席もまばらで、5階席は埋まりが良いタイプ。これは……(察し)。こんな入りで大丈夫なのでしょうか。曲がりなりにも土曜日だぞ……。

 字幕は両サイドの日本語に加えて、上部には英語字幕も。英語字幕もいつも付いてましたっけ? 上野でオペラ観るの久々で……。舞台装置を一部隠していたので、もう少し協議して吊り下げる位置決めれば良いのに、と思いました。

 

 取り敢えず美術についてから始めましょうか。

MET も新国も然りですが、『ドン・カルロ』の演出はモノトーンカラーじゃないといけないというルールが存在するのでしょうか。いやまあお洒落ではありますけど。

わたくしはシンプルなものは嫌いではありませんが、新演出なのに似たり寄ったり感は否めません。新演出で、且つ読み替えを謳うなら、もっと奇抜に寄せればいいのに。カラフルカルロはどこ!?(?)

美術自体は悪くもないのですが、演出が奇抜な分、相性が悪く、ちぐはぐで中途半端な印象を受けました。

 

 回転する厚い壁とか、「え、それついこの間新国で観たばっかりだけど……」と思いました。新規性ゼロな新演出(新美術)とはこれ如何に。しかも、新国版の方が、十字の形になったりと寓意性があって優れているという。うーん……。

↑ こちらは2014年公演の動画ですが、先シーズン(演出は同じ)の上演は、この演出も、歌唱も良かったと記憶しています。席の埋まりが良かったようで買えませんでしたが、珍しく『オネーギン』以外で通いたいと思った公演です。

 わたしが新国の演出を良いと感じるの珍しいですよ、しかも好きな演目で。新国『カルロ』はまた近いうちにやって欲しいなあ

 

 世界の MET 様と比べるのは申し訳ないんですが、やっぱりマクヴィカー演出は外れないよね! を再認識するのが MET 版。

この聳え立つカタコンベの壁が、今回や新国版とも共通する「厚い壁」ですよね。お揃いにすると、新規性に欠けるだけではなく、比較されてしまうから、逆に大変なのではないかと邪推してしまいますが……。

↑ トレーラーお洒落過ぎません?? 大好きすぎる。わたし、関心無かった演目も MET はトレーラーを観るとつい行きたくなっちゃうんですよね。広報の人、天才。新国君はまずフォントをなんとかしようね

トレーラーで聴くと、とんでもない見せ場のように聴こえるこの曲はこの第3幕2場冒頭の合唱前の導入です。実はここの旋律はめちゃくちゃ短くて、約30秒しかありません。ポップスのイントロ並。

ドン・カルロ』は名旋律の宝庫なので、敢えてここを使うっていうこと自体が渋いというか(こんなに良い曲でも『カルロ』に於いては隠れ名曲扱いである)、お洒落極まっているじゃないですか。わたしも、このトレーラーでここが使われていて「ここってこんなに格好良かったっけ!?」と再確認しましたもの。とんでもないオペラだ。

 

 この辺りは演出と切り離せないので、少し演出にも踏み込みます。

パンフレットを読むまで全く気が付きませんでしたが、一応「読み替え演出」で、舞台は「数十年先の未来」ということになっているらしいです。それに気付かない、気付けないレベルってどうなんだ。うーん、そう言われても、観終えた今でさえ全然ピンとこない。

現代っぽいお洋服を着ていることが多いし、拳銃を持っていたりするので、16世紀スペインを再現する気はないんだろうな、とは思いましたが、それならもっと現代風にするとか SF 風にするとかでわかりやすくして欲しかったな……。

それでいてドレスを着ていたりもするので、観ているだけでは読み替えたその「設定」とか背景が全くわからない。

 個人的には、舞台が全てであって、その外部でのインタビューや演出家本人による解説は蛇足だと考えているので、舞台だけで伝わらない演出は好きではありません。外部で作者が雄弁であることは、「雄弁な作者の問題」と捉え、否定的に考えています。

演出と美術がどれだけ連携が取れているのかわからないので、何とも言えませんが、パンフレットのインタビューを読む感じ、二人ともかなり思想強めですよね。というかパンフレット、演目に関係ない要らない話が多くないですか? 『ボリス』オペラトークの再来である

 

 今回はイタリア語5幕版をベースに、没になったものや他の版などから少し足しています。

個人的には、イタリア語4幕版が好きです。最も王道ですが、何故この版が最も上演機会に恵まれているのかということがよくわかる構成になっていると感じています。

 

 いきなり謎の合唱から入ります。没になったものだとか。

ヴェルディ・イタリア語版『ボリス・ゴドゥノフ』始まったよ、どうする? と思いました。歌詞大体一緒では? Хлеба! Хлеба! Хлеба голодным! Хлеба подай нам, батюшка, Христа ради!

『ボリス』の目の血走っていそうな民衆とは違って、ヴェルディだとまだ余裕がありそう。「パンを下さい」ではなく「パンが高い」ってことは、まだ金銭でやり取りする意志があるってことだもんね!(※ロシアが限界すぎるだけ)。

 ちなみに、現実世界では、フェリペ2世が亡くなる年にボリスの統治が始まるらしいです。同時に統治している時期は数ヶ月しか被りませんが、概ね同時代人と思うととても面白いです。え~、でもどっちにも住みたくはないな……。

同じ政治の物語だし、『ドン・カルロ』と『ボリス・ゴドゥノフ』を続けて観る企画とかどこかやらないかな。……わたしの趣味丸出し……!? 巷では政治オペラってあんまり人気ないらしいです。何故じゃ。


 第1幕はフランスのシーンなので、ここはフランス語版の方が合うやつです。なんでも、この演出でのシュトゥットガルトでの公演ではフランス語歌唱だったとかで。では何故今回イタリア語にしたし(恐らくは歌手の都合だと思います)。

 

 カルロとエリザベッタの二重唱。

エリザベッタのヴォカリーズがとんでもないですね。いきなりその高音そんな声量で出せるのか……怖……。ただ、どこかちょっと日本語の息吹を感じるな、と思いました。

カルロは王道の王子様テノール。最初なので多少セーブ気味だったと思いますが(第5幕を観るに)、何故主演を任されたのかわかるなと思いました。完全に横向きで歌っていてもバンバン声が飛ぶのが強み。

主演二人が悪くなかったのが今公演の数少ない救いポイントです。

 

 それで、いよいよ件の演出に関してなのですが……。正直に申し上げて、わたくしは好きではありませんでした。

理由は幾つかあります。

 

 まずこの場で挙げたいのは、単に品が無いということ。

二重唱から、純白のダブルベッドが出てきて、服を脱ぎ、ベッドシーンっぽくなります。王族が野外で情事してるの普通に怖いって。そこに民衆が集ってくるのも怖いって。王族にはプライベートがないという意味なんでしょうが、趣味が宜しくない。

後述しますが、後半でもストーリーに反する謎のベッドシーンが出てきて頭を抱えました。しかも、よりにもよって、実在の人物がモデルになっている『ドン・カルロ』に於いて、である。悪趣味がすぎる。

 絞首刑にされたと思しき死体が出てきたり、必要とは思われない乱闘や流血があったりもします。何と言うか、そういうことをしておけば「前衛的~」って評価されると思っていらっしゃるんだろうか?

 検閲という制度がなくなって、王族を舞台上で演じること、所謂 R-18, R-18G 描写が可能になったことは、表現の自由という観点では喜ばしいことかもしれません。

しかし、そのような表現を良いと思うかは話が全く別ですね。多くのオペラファンは、何万円も出してそういうのが観たいわけではないと思うな……。

 

 そして、何もかも中途半端で、わかりづらいこと。

 例えば、先程のベッドシーンだって、悪趣味路線で行くなら突き抜けて悪趣味路線にひた走ればいいものを(よくはないが)、下着姿で一瞬添い寝してお終いという、「何がしたかったの……?」状態。

 恐らく、王子カルロを精神的に不安定に描きたいのだと思いますが、こちらが史実や原作を知っていて、汲み取ってやらねばいけないくらいにわかりづらい。インストルメンタルの時に彼の精神世界を描きたいんだか、そうじゃないんだかよくわからない何かが挿入されて、「我々は何を観せられているんだろう……」という虚無タイムに突入。

 主要登場人物のみならず、民衆という存在を重要視をしたいのだろうという推測はできますが、冒頭に件の合唱を入れていることくらいしか特筆事項がなく、際立っていない。

 舞台セット自体はほぼ全く新規性がない上、どのシーンでも同じグレースケールで、代わり映えしないので、どこの何のシーンなのかわかりづらい。

 「読み替え演出」を謳っていますが、そうだと言明されないと気付かないレベルのことしかしていない。単に時代考証やるのが面倒臭かっただけでしょ? としか思えない。設定が全く読み取れず、何がしたいのかが最後までわからなかったです。

 そもそも、『ドン・カルロ』は政治の、もっといえば王政の物語で(5幕版だと恋愛もメイン軸ですが)、そこから切り離して考えるのは不可能だと思っています。この「読み替え」では、彼らがどういう立場なのか、どういう権力を持っているのかなどが全く不明瞭で、困ってしまいました。

 

 そして、想定される演出家の意図と、実際の演出が全く噛み合っていないこと。

 何故「読み替え演出」を自称しているのかがわからない。それをすることによって何を表現したかったのかが、(まあ頭で考えればある程度は想像は付くものの)、舞台を観ただけでは全く見えてこない。表現できていない。従って、そう「読み替え」ることで何を伝えたかったのかもわからない。

 今回の上演では、普段滅多に演奏されない曲も入れていましたが、正直言ってとても浮いていました。上演にも、演出にも馴染んでいない。「物珍しいから取り敢えずやってみました!」という感じで、これは全幕オペラであって演奏会じゃないんだぞ、と感じてしまいます。

 

 最後に、ヴェルディのスコアを蔑ろにしているように感じられること。

 ヴェルディが完成版として出したものではなく、変に手を加えて切り貼りしており、しかもそれがかなり不自然です。劣化版リッカルド・ドリゴの誕生である(この言い方だとドリゴに失礼かもしれない)

 そして、如何にヴェルディの曲が元だとはいえ、ヴェルディ以外が作曲(編曲)した曲が挿入されていること。人によってはブチ切れ案件だったんじゃないでしょうか。わたくしはまだ耐えられましたが、いやでもこれ『オネーギン』でやられたら……と思うと、もう! 言葉にできません!!

 没になった曲や、他のバージョンの曲を挿入してみたい、挑戦してみたい、という気持ち自体はわからなくはありません。しかし、だったらせめて、完成度を上げて欲しい。いや、演奏自体はよかったと思うのですが(特に例のポルカはあんな曲なのによくここまでの完成度に持って行ったと思う)、余りにも浮いていたので、没入感・集中力を完全に削がれました。

 

 まだあるかもしれないですが取り敢えず気になったのはそんなところでしょうか。「何を観せられているんだ……」という虚無の時間がかなり長かったです。

 演出家の意図とは全く逸れるものの、何かこちらで受け止められるものがあれば、それはそれでよい演出なのでしょう。受容理論です。しかし、それも全く無かった……。

 露悪的な演出は、わたくしの好みではないというだけなので、「Not for me、しかし好きな人には刺さるんだろう」と割り切れますが、「何を表現したいのかが汲み取れなくて頭を悩ませる」っていうのが、物凄く不毛で……。好みではなく質の問題。普段から深読み大好きで考察書きをしているわたくしがこれなのだから、推して知るべしです。音楽に集中できない演出は全部低評価だよ。

 うーん……、新国『ボリス』とどっちがマシだったかをずっと考えているんですが、難題です。あれも酷く悪趣味で、醜悪でしたから……。アンケートが採りたいところですね。

 

 長々と辛口なことを書いて、(主に精神的に)疲れてしまいました。この後はサクサクいきましょう。

 第2幕冒頭の合唱、実はこのオペラで一番好きです。はい、「友情のデュエット」でも「ヴェールの歌」でもなく、ここが一番好きです。もっと人気になって欲しい。

好きであるだけに、辛めになりがちなのですが、もっと迫力が欲しかったですね。今回、民衆を押し出したいという割に合唱が力不足に感じましたね。修道士も別に全然悪くはなかったですけど、もっと頑張れる。フェリペ2世に負けないカルロ5世でいて欲しい。

 

 カルロのポケットから大綬章が出てきます。ダサい。勲章をハンカチみたいに扱っている時点で、勲章の意義がないって思いませんか? それなら別にわざわざ付けなくてもよくないか? カルロがそれを粗末に扱うというキャラクター性であるとするなら、それをもっと強調して欲しい。

 そしてカルロのコート、めっちゃ舞台版のラスコーリニコフだった……。お揃い?

 

 「オペラ界一のイケメンキャラクター」でお馴染み(?)、誰の目にもわかりやすくカッコイイ人気の役柄、ポーザ候ロドリーゴも、この演出ではカッコよく描いて貰えません。なんてこった。

余談ですが、ロドリーゴは革命家に人気のキャラクターで、帝政ロシアの政治思想家アレクサンドル・ゲルツェンロドリーゴ推しだったそうです。気持ちはわかるよ。

 

 字幕で、ロドリーゴのことを「スペイン大公」と書いていて、いや侯爵は大公じゃないし……、公爵に昇格したところで大公じゃないし……日本語だと侯爵と公爵の発音が同じでわかりづらいし……とかとても余計なことを考えていました。

 

 友情のデュエット前後のカルロが、階段の上でちんまりしていたり、無理に国王夫妻の前に出ていこうとしてバタバタ暴れたり、感情表現がとても子供っぽい。設定より15歳くらいは若そう。カルロ君(8)。エリザベッタが彼のどこに惚れたのかわからない……添い寝の相性?

 友情のデュエットは迫力不足で、「ここがこのオペラの見せ場なんだぞ〜!」という空気が感じられなくて、少し残念。見せ場は元から期待値が高いので、超えるのは大変かと思いますが、超えて欲しい。

寧ろオーケストラをよく聴ける余裕があって、こここうなってたんだ……とか思いました。

 

 エボリ公女周りの女性集団が無駄に治安悪いです。これまた品の無い……。関わっちゃいけないタイプの陰湿な陽キャ感あります。マドリードの歌舞伎町。

 途中で何故かフランスパンを投げていました。意図がわからない。あ、もしかして「パンが高い」から……? 合っているか知りませんが、今気付きました。……いえ、ワーナー演出『オネーギン』のファンなんですよね? わたしにはわかりますよ。

↑ みんな大好きフランスパンもぐもぐオネーギン。

 

 エボリ公女はもう少しヴェルディメゾソプラノ的な重みが欲しいところですが、カデンツァは健闘。まあ、ここができなきゃエボリはできないですよね……。エボリ公女が出て来ると毎回テンポが上がるのが気になりました。

テバルドは男装ではなく完全に女性として登場。何故(n回目)。折角近未来に読み替えるなら、もっと味付けしようもあったろうに。

 

 地味に好きなのがここの三重唱 Che mai si fa nel suol francese~  で、跳ねるリズムが可愛いですよね。今回はオケは良かったので、数少ない癒やしポイントでした。

その後の、ロドリーゴの Carlo, ch'è sol il nostro amore ~ も大好きです。歌詞からも音楽からも、なんというか、友愛というより、慈愛を感じませんか。お前がママになるんだよ! フィリッポ王はロドリーゴのこと好きだし、これでエリザベッタが継母を降りてカルロと結ばれればハッピーエンドでは。解決!(?)。

……ですので、もっと慈愛を感じさせる歌い方をしてくれると嬉しいです。わたしが。

 

 特に第2幕第3場は動きが無さすぎて正直眠かった。基本的に低音が好きなのですが、何と言うか今回は面白みを感じなかった……

 

 3幕の冒頭の話(※余計な音楽を混入されて没入感死滅問題)は、先程書いたのでいいでしょう、もう……。聞き慣れない音楽を楽しむ余裕もなく、とにかく興醒めだよ……。子どもちゃん達は演技を頑張っていたとおもうけれど、それが何を表しているのかも不明瞭だったし……。

 あそこで見事に集中力にデバフ掛けてきたので、その後の3幕1場を集中して観られた観客は存在したのだろうか。

 

 オケは概ねよかったので、例の3幕2場の冒頭は楽しかったです。30秒しかありませんが。特に管、木管金管もよかったと思います。あの金管の華やかさは新国『サロメ』メンバーかな。パンフレットにも名簿なかったのでわからないですが。

 

 そしてまた酷いのが、4幕1場ですよ。まさかの、第1幕で登場したベッドで、フィリッポ王がエボリと寝ているという。信じられない。エボリ公女はそんなキャラクターじゃないんですけど……、聡明且つ絶世の美女と謳われる素敵な女性なんですけど……、なんですか?(過激派)。そんなに悪趣味にして何がしたいの?

 エボリ公女やフェリペ2世という実在の人物やキャラクターの尊厳が無駄に傷付けられていて見ていられないし、こういう「読み替え」をしたことでのフィリッポ王が起こすダブルスタンダードも酷い。アレクサンドル2世か?

 曲がりなりにもキリスト教徒で、しかもフェリペ2世といえば、何よりもカトリックの守護者じゃないですか! 何の為にフランドルを弾圧しているのかわかっているんですか? どの口でフランドルの信仰を否定しているわけなんだ? この演出でのフィリッポ王の考え方が全くわからないのだが。十戒は言えますか? リピートアフターミー、「姦淫してはならない」。

 それを大審問官が見逃しているっていうのも整合性ゼロで意味不明じゃないですか。いやもう、何もわからないです、はい。

 

 しかも、絞首刑に処されたらしき死体が3つぶら下がっているんですよね。どこまで悪趣味なんだ、一体。英語字幕に隠れていたので、わかりづらかったですが。やるならやるで、それくらい位置調整したらどうなんだ。

 

 ……妻屋さんのツイートって、やっぱりそういうことなんですかね……(違ったらスミマセン)

 いずれにせよ、不満があっても注文通りにこなさざるを得ない歌手は大変なお仕事だ……と思います。

 妻屋さんは、この日の公演にはご出演下さいましたが、横須賀での上演で怪我をされてしまったそうで……、お大事にされて欲しいです。それもあってか、色々と本調子ではなかったように見受けられました。

 

 エボリ公女は、そのトレードマークともいうべき眼帯をしていないな~と思ったら、贖罪として髪を自らザクザク切り始めました。髪を切るのはやめろとあれほど

わたくしはここでのアリアよりも「ヴェールの歌」派なのですが、今回はこちらの方が良かったと思います。

 

 みんな大好きロドリーゴの死。王子よ、「手を」って言ってるんだから手くらい差し出してあげなよ! なんでずっとそっぽ向いてんの! 流石に可哀想! 死んじゃうんだよ!!

 今回はカルロが殊更おつむが弱そうな描写になっていたし(病由来とかだったら申し訳ないんだけど、それも全然伝わっていないので)、そもそもカルロがロドリーゴ渾身の白鳥の歌をガン無視しているという怪奇現象なので、「ロドリーゴ、何言ってんの……? あんたも気が狂ったか?」という謎のシチュエーションに。これ誰が救われるんですかね? あ、観客は救われてないです……。

 事切れる瞬間が曲の切れ目とピッタリでコミカルでした。でも多分意図されてのことではないと思うので(いや、この演出に関しては自信なくなってきました……)、少しズラして欲しかった。悲劇的で良いシーンなんだから笑わせないでくれよ。

ここの最後のところ、かなり個性が出て色々聴き比べるの楽しいんですよね。シェリル・ミルンズ様の苦しげな断末魔……! って感じのも素敵だし、キーンリーサイド先生は呻きと吐息の混合体でとてもエロい。ホロ様は最期まで意志があって力強いです。今回は、苦しさが前面に出されたタイプですが、最後の最後の一音だけ惜しかったですね……! も、勿体ない……。

 

 ここまで災難続きでしたが、最後の救いとして5幕のエリザベッタのアリアよかったです。5幕版だと、大体最終幕で集中力切れて力尽きるんですが、今回は中盤が滅茶苦茶だった分、なんだか耳に馴染んで心地よかったです。

全体を通して、歌だとここが一番よかったかも。il pianto mio porta al trono del Signor の高音の伸びが美しい。

 

 そして、結末なんですが……。……、どういうことですか? えどうしよう、全然読み取れない。

MET のマクヴィカー演出は「正妻:ロドリーゴエンド」で、あれはあれで良かったんですけど。

 まあ、『カルロ』の結末って戯曲の時点で弱いんですが(史実が「アレ」なので致し方ない)、それこそ演出で上手くやりようがあるじゃないですか、なんでそこで仕事放棄しちゃったんですか。先帝はどこへ行ったんだ、先帝は。

とっっても消化不良で御座いました。

 

 うーむ、こんなところでしょうか……。

演出が不満なのに加えて、演奏にその不満を覆すほどの凄みも感じられず……つ、辛い。お口直しがしたい。

 聞くところによると、初日にはかなり強めにブーイングが出たとか(勿論演出に関して)。ブーイングという行為自体は好きではないんですが、まあでも然もありなんかな……という印象ですね。

 

 いらっしゃることを存じ上げず、誠に残念ながらご挨拶ができなかったのですが、同日に鑑賞なさっていた敬愛する三島先生のレビューも是非ともお読み合わせください。先生の痛快な文章大好き。同じ公演について、信頼する方が書いて下さるのとても嬉しいです。

↑ 概ね同意見のようで安心しております。いや、それってつまり不満ということなので宜しくはないのですが……。

 

 消化不良なので、オススメの『ドン・カルロ』盤がありましたら是非とも教えて下さい。

 

最後に

 通読ありがとうございました。な、なんと1万字……何故……。

わたくしは比較的甘口レビュワーですし、どうせ書くなら勿論褒める方が楽しいので、辛めの文章は全然気が乗らないというのに……。長文字書きの習性に抗えなかったようです。

 

 珍しく、お次の観劇が何になるか未定です! お勧めの公演がありましたら教えて下さい。スタンダードでシンプルなものが浴びたい気分です。新国の『シモン』は行くべきか。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。