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METライブビューイング『つばめ』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

昨日一昨日と嵐のような天候ですが、皆様ご無事でしょうか。そして、再び能登地震がありましたが、被害が少ないことを祈ります。

 

 さて、先日は、 MET ライブビューイングのオペラ『つばめ』にお邪魔しました。

↑ 今シーズンは残り1演目!

 

 前回の『ロミオとジュリエット』がとてもよかったので、終演が寂しくもありましたが、『つばめ』は『つばめ』で楽しみにしていました!

↑ 入門者にもオススメでした。アンコール上演来ましたら是非!

 こちらにはおかわりして2回行きました。

沢山布教したので、読者さんも複数観てくださったようで! ありがとうございます。ね、よかったでしょ??謎のドヤ顔

 

 今回もいつも通り、備忘がてらこちらの雑感を記して参ります。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

 

キャスト

マグダ:エンジェル・ブルー
ルッジェーロ:ジョナサン・テテルマ
リゼット:エミリー・ポゴレルツ
プルニエ:ベクゾッド・ダブロノフ
指揮:スペランツァ・スカップッチ
演出:ニコラ・ジョエル

 

雑感

 『つばめ』はプッチーニ作品ながら、上演機会が乏しく、わたしも初見です。

一応、行く前に、ごく簡単に予習しました。終始プッチーニらしい美しい曲で構成されている作品、という印象を受けました。

主題がずっと変奏されるような感じで、耳馴染みも大変良いです。

 

 どうでもいいのですが、どうしてもチェーホフの『かもめ』とタイトル混ざるんですよね……、同じ舞台芸術だし……、同じ鳥だし……、同じひらがな3文字だし……。

『チャーイカ』と『ラ・ロンディネ』と表記するのではダメなんですかね!? 

 

 今回は初日凸。いつもより人が多く、普段よりもやや後ろの席に。皆様意外とやる気満々……!?

 この間東劇デビューした知人が、「オペラのライブビューイングをやる劇場にしては音響が宜しくないのでは」と言っていたのですが、話を聞いてみると、最後方付近の席だった模様。確かに、後ろの方の席より、前の席の方が音はよいような気がしました。

 

 幕前に芸監のミスター・ピーターゲルブさんが登場。ざわつく客席。

 公演前に芸監が幕前に出る時は、9割9分、主役の降板か、ビッグスターの訃報の速報のどっちかですからね。朗報で出てくることはほぼありませんよね。

それを察してか、「主役級は全員歌いますのでご心配なく」と言っていて笑いました。現地も笑いに包まれていました。

 で、そのご要件はというと、ルッジェーロ役のテノール、テテルマン氏が花粉症らしいとの由!

か、花粉症!?www あ、いや、花粉症をバカにしてるわけではないんですけど、そんなアナウンスされるの初めてなので、想像以上に平和な内容で驚いたというか。

いやしかし、アナウンス入れないといけないと判断されたくらい鼻声なのかな? それは大変だ……とも思いました。

 

 さて、本編です。

今回はセットがとても写実的で、豪華! こういうのがいいんだ、こういうのが。変化球投げなくていいから。オペラは歌が主役、演出は脇役なので、自己主張は控えめでいいのだ。

 アール・デコ1920年代風なんだとか。美術は詳しくないですが、確かにそんな感じだ。

第1幕では暖炉が燃えていて素敵ですし、2幕のセットもカフェが完全再現されていて豪華です。

3幕のセットは割と色々なオペラの舞台でよく見る感じの……、新国でもこういうのありましたよね!? 色々と使い回せそう。既視感。

 第1幕で使われていたピアノは、舞台転換時に鍵盤がとても黄ばんでいるのが見えました。普段は使われていない、大道具専用なのかな。

 

 『つばめ』は序曲が短いですが、その最中、幕が開く時に拍手が起きました。フラ拍率も高め。

 MET の PV は作中で最も美しい曲を選ぶ才能がありますが、『つばめ』は序曲です。わかる! 美しい。

だからこそ、序曲はもっと官能的な演奏の方が好みかな、と思いましたが、3幕序曲はとてもよかったです。

 

 ヒロインのマグダは、MET 常連のソプラノ、エンジェル・ブルー氏。流石、安定しています。余裕さえ感じる。

 オペラの登場人物で「マグダ」というと、個人的には先にこちらを思い出してしまう異端なのですが……(怖かった……)

 イタリアオペラだからか、ヴィブラートはかなり大きめで、最終盤の Ah のロングトーンなどに顕著です。彼女がイタリア語を歌っているのを聴くのは初めてでしたが、やはり英語の方が歌いやすそうではあります。歌詞は割と聞き取りづらくはある。

 ブルーさんは歌いながらの演技が上手いです。ちょっとした動きが入ると歌が疎かになる歌手もいる中で、彼女は「演唱」が上手い。

 3幕で高いところからお茶を注いだりなど、シンプルに演技も上手いですが、2幕の Fantasie! で笑いながら歌ったり、歌の中に演技を入れるのもお上手です。ただ、3幕で背中を反らせながら歌っている時は歌いづらそうでした。まあそれは仕方ない。

 また、ソプラノは高音はよくても低音が宜しくない人も多いですが、流石に MET の常連、低音も非常に豊かです。これは正に大劇場のヒロイン。

 

 もう一組のカップルの女性・リゼットは、コミカルな役柄で、とても愛らしかったです。とっても美人さんですし。

完全に『こうもり』のアデーレ枠。彼女も演唱が上手く、3幕の「できない!」の辺りとか良かったですね。アデーレでも観たい。

 ところで、リゼット×プルニエの関係は、ちょっと DV 風な匂いを感じます。恋人同士であることを周囲に隠していることとか、身分差があることとか、色々事情はありますし、二人とも本心を隠してツンデレしているのが原因ではあるのですが……。

インタビューでは、「大事なのは、表向き喧嘩していても、二人は常に愛し合っていること」という話がありましたが、流石にちょっとやりすぎなのでは!? という気も。

 コミカルに演じてくれているので、「まあ、二人が幸せならいっか、可愛いし」くらいの気持ちで観ることはできますが……。

 

 リゼットと対になるプルニエ。オペラの場合、2組カップルが出てきたら、十中八九ソプラノ×テノールメゾソプラノ×バリトンと、声域を分けますが、『つばめ』はなんと両方ソプラノ×テノールです。出演者側もちょっとやりづらそうだ。

 インタビューで衝撃を受けましたが、プルニエ役のダブロノフさんは、ウズベキスタンサマルカンド出身との由! ウズベキスタン出身の歌手は初めましてです!

ブルーさんのカリフォルニアへのご挨拶はわかる。ポゴレルツさんのミルウォーキーミュンヘンへのご挨拶もわかる。からの、ウズベキスタン!? ようこそいらっしゃいました。

 MET で主役級を歌う歌手にしては(この前提は大事。MET が世界最高峰の歌劇場であることをお忘れ無く)声量がなく、声自体は低めなのにも関わらず低音は弱めという、なんだか少し不思議な印象を受けました。

 今回が MET デビューとのことなので、今後の伸びに期待ですね。

 

 花粉症らしい、マグダに恋する主人公格ルッジェーロを歌うのはテテルマンさん。レッジェーロ(Leggiero)ではなく、ルッジェーロ(Ruggero)です。スペルで見ると大分違う。

別に鼻声……って感じはしないけどな……、と思っていたら、インタビューで「お茶と祈りと力技でゴリ押している」と仰っていて吹き出しました。プロ凄いな~と思っていたのに(それは間違っていないけど)、解決方法が割と脳筋だった!

 全体的に、わざわざ花粉症と断りを入れる必要があったのか? というくらい、特に問題があるようには感じませんでしたが、3幕はかなり怪しかったのではないか!? 力尽きたか……。

 演技は手慣れていて、3幕でクッションが落ちた時のリカバリーなども自然でした。

 ちなみに彼はインタビューでは発言していなかったものの、チリのカストロ出身なのだとか! 今回は珍しい地域からの参戦が多くていいですねえ。流石国際色豊かな MET 。

 それから、経歴がこれまた面白くて、バリトン→DJ→テノールという異色の経歴なんだとか! ブレイクダンサーがカウンターテナーになるのヤバいな……と思っていましたが、こちらもなかなか……。

 

 今回は3人一気にMETデビューとのことで、これまた異色の配役です。主役級4人のうち、ヒロイン以外は全員新人という。

そういう精力的なところは流石ですし、それをライブビューイング演目にしたのも凄いですね。

 

 作中で圧倒的に一番美しい曲、「ドレッタの美しい夢」。『つばめ』は開始早々に最大の見せ場があるという、珍しいオペラです。

↑ 名曲すぎる。この曲だけでも演奏回数上がって欲しい。それにしても、本当にブルーさんは良い声だ。

 曲調だけでもプッチーニ感満載ですが、Deliziosa! という合いの手(?)の『ボエーム』感。

作中何度も繰り返される、この曲の主題は「愛」なんだろうな、と全編を通して観て思いました。3幕でルッジェーロが出てくる時なんか、正にこの旋律ですし。

 

 フランチェスカとかサロメの名前が出たときに、サロメの時は明らかに『サロメ』風の旋律で笑いました。プッチーニ御大、お茶目!

 

 「若者(ルッジェーロ)はラベンダーの香り」というセリフがあって興味深かったです。若者ってラベンダーの香りなの?

それにしても、いいなあ! キャラクターの使っている香水(?)の香りがわかっているの! 羨ましい! 羨ましいよ!!! 何とは言わないけど


 第2幕、学生役の年齢層が高いのが、仕方ないとは言え、地味にツボでした。ポケモンSVか?

主役二人が邂逅している時のカンカンおじさんはいい味出してましたし、絵描き風のおじさんも素敵でした。

 

 第2幕の二重唱では、マグダだけ大分 pp で歌っていて、バランスが悪いのが少し気になりました。今まであまり二重唱のバランスって気にしたことがなかった気がするけど、それって凄いことなんだなあ、と改めて気付かされたといいますか。

 

 第2幕では、飲み物(ビール)を盛大に零してギャラリーが大暴れ! ウェイターさんが半ギレな演技で拭いてました。彼らも演技が上手すぎる。本業がウェイターなのでは?

こういうプッチーニのはっちゃけ場面、好きだな……、ウェイターさんには申し訳ないけど……。

 

 2幕最後の Mia vita は二人とも完全に後ろを向いて歌っていましたが、バッチリ響いていて流石でした。

たまにいるんですよね……、真後ろ向いて歌っていても声が飛んでくる化け物が……、どういう原理なのか全くわかりませんが……。

 

 2幕では「4月の南仏の夜」という台詞が繰り返されますし、3幕の舞台は実際南仏です。なんです!? 呼びましたか!?(※呼ばれていません)

3幕での、「ニースは遠い!」「ニースの歌劇場が、彼女は歌手に向かないって」にも笑いました。

ニースの歌劇場ってそんなに大きくないはずなのですが、冬に富裕層が滞在していることから、歌劇場は絶対必要ですよね。その辺りも改めて掘りたくなりました。

 

 「ヒロインがパリの高級娼婦である」という共通点から、『椿姫』と比較されがちな今作。そのヒロインを演じたブルー氏は、「この設定以外、ヴィオレッタとマグダは全く違います」とインタビューで言い切っていましたが、わたしも同感です。

 どちらかというと、わたしは『こうもり』や『ボエーム』に近い印象を受けましたね。

マグダとリゼットの関係は、正にロザリンデとアデーレだし、プッチーニオペレッタを書く上で参考にしたのだろうな、と思わせます。

音楽は、プッチーニ感満載ですが、一番近いのは『ボエーム』だと思います。設定がパリというのも同じですし。2幕はどちらもカフェが舞台の設定で、その辺りも似ています。

 

 また、ストーリーとしては、年上の女×年下の男というカップリングが、「フランス文学だ……」と思わせますね。19世紀のフランス文学は、子犬系世間知らず男子が、年上の綺麗な世慣れたお姉様に惚れ込んで……というカップルが非常に多いですからね。

3幕で、別れを切り出すマグダに対し、ルッジェーロが憤ったりするのではなく、「僕を悲しませないで、苦しませないで」と嘆願するのも、正にフランス文学系男子っぽい(偏見)

 

 次回の『蝶々夫人』でタイトルロールを歌う、グリゴリアンさんへのインタビュー。

この間の来日公演ではお世話になりました。

↑ レビュー記事。ほぼ『オネーギン』の話しかしていませんが、その分みっちり書きました。

 グリゴリアン家は音楽一家ですが、「母が自分を妊娠している時に歌っていた役」という発言には流石にびっくりしましたね。蝶々さん、ふつう妊娠中の方が歌えるような生半可な役じゃないぞ……!? 凄すぎる。

 また、「両親が歌う間は子役としてこの演目に出演し、一緒に育ってきた」とも。相変わらず凄い経験を積んでおられる……。

 しっかし、この演出は、やっぱりどうしても文楽を見ちゃいますね! オペラも文楽もお好きな人にはよい演出なのかもしれませんが……。お得……なのか……?

 

 指揮者へのインタビュー。

プッチーニ特有の音楽の厚みがない」と仰っていて、とてもよくわかる……! と頷きの連続でした。

そう、低音が足りないと思っていたんですよ、それはプッチーニの楽譜からしてそうだし、指揮者さんもその認識で振っていたわけですね、なるほど!

 

 この作品のタイトルは『つばめ』ですが、つばめという鳥がストーリーに直接関係しているわけではありません。

しかし、マグダは、最後の最後に、ルッジェーロに「私は再び悲しみの旅へ飛び立つわ(Io riprendo il mio volo a la mia pena.)」と諭して、去って行きます。な、泣ける。

タイトル回収(?)もバッチリです。

 

 最後のカーテンコールは、幕の隙間から出て挨拶するスタイル。バレエではほぼ毎回ありますが、オペラでは珍しいですね。こうした理由はなんなんだろう。

 

 『つばめ』は、前述の通り、上演回数が多い作品ではありません。

テルマンさんは、インタビューで「まあ、その理由はわからなくもないよ」と仰っていて、「ふつう、インタビューではどんな作品でも『実は傑作なんです!』みたいな話をするものなので、珍しいな!?」と驚きましたが、わたしも正直同感です。

 『つばめ』は、全編にわたって漏れなく音楽が大層美しいです。しかし、それというのはつまり、あまりドラマティックではない、ということでもあります。また、しっっかりプッチーニ味なので、音楽自体はとても濃厚。「飽きが来ない」という感じでもありません。

 話の盛り上がりがあまりなくて、ストーリーも地味ですし地味オペラを忌避されると『オネーギン』も上演されなくなるので、地味オペラも愛されて欲しいのですが、「だったらプッチーニの別のオペラで良くない?」となること自体は、わかってしまうんですよね。

 しかし、「音楽もずっと美しく、人も死なないオペラ」は、それはそれとして需要もあるはず!! そういう演目を求め、愛す人だって少なくないはず!!! そういう人の為に、もっと上演されたらいいな、と思った公演でした。

 以上!

 

最後に

 通読ありがとうございました。6500字。

 

 先日、高校の同級生が病死したとかで、衝撃を受けています。わたしたちまだ U25 世代なんですけど……。

普段若者が急死する話ばかり読んではいるものの、身近に起こると怖いですね。現代でも起こり得るんだ……と、知りたくないことを知りました(それでこの辺りのこととか思い出して、エッセイを書いたりしていました。多分また何か書くと思います)

訃報を聞いたその日にオペラを観に行ったので、今日『椿姫』じゃなくて良かったな……と思いながら観ていました。『椿』だったら終幕で天を仰いでいた。

 改めて、皆様もお身体お気をつけくださいませ。ほんとに。

 

 MET ライブビューイングは、個人的には今シーズンはこれで〆かなあ、と思います。

アンコールに何が来るか、楽しみです! わたしは皆さんに『ユーリディシー(邦題:エウリディーチェ)』と『チャンピオン』を観て欲しい。ほんとに観て欲しい(※大事なことなので2回言いました)。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです!