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架空の世界を護るために

METライブビューイング『エウリディーチェ』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

まだまだ寒い日が続きますね。いつ暖かくなるのか。COVID-19 は当然ながら、風邪にもお気を付け下さい。

 

 さて、前々から気になっていた、メトロポリタン歌劇場ライブビューイングの、マシュー・オーコイン作曲『エウリディーチェ』を観て参りました……!

評判通り、めちゃくちゃ良かったです……!!

 

 わたくし、個人的に冥界下り譚が好きで、勿論オルフェウス神話もだいすき。更には先日、このような記事を書いたばかりでした。

↑ オペラ、文学、映画、ゲーム作品に於けるエウリディーチェの描写についての記事です。「ただの戦利品」だったエウリディーチェが、意志を持つまで。

そんなんもう、観るっきゃない! というわけで、東劇、行って参りましたとも!

 

 というわけで今回は、マシュー・オーコイン作曲のオペラ『エウリディーチェ』の簡単なレビューになります

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

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キャスト

エウリディーチェ:エリン・モーリー

オルフェオ:ジョシュア・ホプキンス

オルフェオの分身(音楽):ヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキ

ハデス:バリー・バンクス

エウリディーチェの父:ネイサン・バー

指揮:ヤニック・ネゼ=セガン

演奏:メトロポリタン歌劇場管弦楽団

演出:メアリー・ジマーマン

 

音楽について

 現代の作品ですがとても聴きやすいです。オペラそのものや、現代ものに縁がない人でも楽しめることはまず間違いありません。複雑で、聴くからに演奏が難しいと思われる響きが重なるところもあれば、ミュージカルや映画音楽さながらのキャッチーな部分もあり。現代物ならでは、「美味しいところ」が凝縮されています。

 音作りはどのシーンもとても面白かったのですが、わたくし自身が現代音楽に明るくないせいで、「ここ、どんな楽器を使って何をしているんだろう……」と、全くわからない場所も多く……。楽譜を見てみたいですが、見てもわからなそう。専門家の方のご意見を伺いたいですね……。

 

 舞台の後方に歌詞が表示されますが、英語ですし、ものすんごく聞き取りやすいので、それも不要なほど。但し、フォントや字幕の出し方が一々洒落ているので、演出上はとても良かったです。この作品が今後たくさん上演され、観客も歌詞を覚えてきた……となっても、手紙を書くシーンなど、演出上字幕を出すのはアリだなあ……と感じました。

 何故こんなにも聞き取りやすいと言って、勿論、ルネ・フレミング氏が大絶賛していたように、主演エリン・モーリー氏を筆頭にディクションが完璧であることもありますが、違和感がないように英語のイントネーションとリズムに即した作曲が為されているからでしょう。

わたくし自身は歌の勉強をしたことがない門外漢なのでハッキリしたことまではわかりませんが、歌手の方に伺うと、やはり歌詞と旋律の組み合わせの問題で「歌いやすい作曲家(曲)、歌いづらい作曲家(曲)」というのは大分差があるそうです。『エウリディーチェ』は、この意味合いではかなり歌いやすい方に属すのではないかと感じました。尤も、旋律は悪鬼のように難しそうですが……。

 

 まず驚いたことは、オルフェウスバリトンであるということ。オルフェウスといえばカウンターテナーテノールのイメージが強いので、バリトンという選択は斬新だなと感じました。しかし、そう思ったのも束の間、彼の分身である「音楽」が登場します。これはモンテヴェルディの『オルフェオ』の「音楽」の踏襲でしょう。「音楽」がカウンターテナーなので、重唱となる際にバリトンと組み合わさることで深みが出ています。

 ご承知の通り、オルフェウス神話は使い古された題材であり、新規性の担保は不可欠である一方で、オペラに於けるオルフェウス神話の歴史を蔑ろにするのも頂けません。オーコインの『エウリディーチェ』は、過去の偉大なる作品に敬意を払いつつ、独自の視点でオルフェウス神話を描いている点で傑作と言えるでしょう。

 

物語について

 『エウリディーチェ』の特徴は、神話では全く描かれていないエウリディーチェの父に焦点が当たっている点です。夫と妻だけではなく、父と娘という視点でも物語が展開してゆきます。

エウリディーチェの父は、「突然ではなくゆっくりした死」というような発言から、病死したのだと推測されます。先に冥界入りしており、エウリディーチェを導き、ウェルギリウスさながらの活躍をします。

 

 前述の記事「意志を持つエウリュディケ」では、死した女性であるエウリュディケ=エウリディーチェが、オルフェウスに振り回されるだけで、自らの意志を実行できていないのではないか、という問題を扱いました。時代が下るにつれ、エウリディーチェは意志を持つようになってきています。

2020年が初演となった『エウリディーチェ』でも、冥界に辿り着いたエウリディーチェは蒙を啓き、自らの足で立ち、行動します。

 

 オルフェウスとエウリディーチェが冥界からの脱出を試みる、神話の核となるシーンは意外にもかなり短くなっています。従来の神話では音楽の力で冥界のすべてを征服するオルフェウスですが、『エウリディーチェ』では、「音楽」は彼を生の世界に連れ戻そうとし、冥界の深奥に下ることを拒みます。

もう少しで地上に着くというところで、エウリディーチェは生の世界でうずくまる「音楽」を見つけます。そこで、つい、「オルフェウス!」と声を掛け、オルフェウスは振り返ってしまうのです。

わたしには、このシーンはエウリディーチェが「音楽」を見つけたから名前を呼んだように見えました。そこで、オルフェウスの本質とは、妻を愛する一人の男性なのか、「音楽」なのか、という疑問が湧きます。エウリディーチェは、「芸術家を愛するとは……」を歌いきったエウリディーチェは、寧ろ「音楽」の方を自分の夫と捉えたのでしょうか。

 ここに、わたしはロスタンの戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』の影を見ました。オルフェウスをクリスチャン、「音楽」をシラノ、エウリディーチェをロクサーヌと考えると、大変しっくりきます。エウリディーチェが愛していたのはどちら、彼のどの部分だったのでしょうか。

 尤も、従来のオルフェウス神話では、オルフェウスは詩人であり、『エウリディーチェ』に於ける言葉が苦手、という設定もまた斬新であり、『シラノ』を想起させる要因となったのではないか、と感じました。

 

 また、それと同時に、ダヌンツィオの『死の勝利』のようだとも感じました。『死の勝利』は、簡単にあらすじをご紹介すると、主人公ジョルジョが、「愛の象徴」愛人イッポリタ、「死の象徴」叔父デメトリオの間で揺れ動き、イッポリタを道連れに自ら命を絶ち、「死」が勝利する、という物語。

わたしには、ジョルジョ=オルフェウス、イッポリタ=「音楽」、デメトリオ=エウリディーチェ、というオルフェウスを中心とした物語と、ジョルジョ=エウリディーチェ、イッポリタ=オルフェウス、デメトリオ=父、というエウリディーチェを中心とした物語の二つが交錯しているように見えました。「音楽」を捨てられなかったオルフェウスは地上に戻り、エウリディーチェは父の元へ帰ってゆきます。

 

 前述の記事でも取り上げた『燃ゆる女の肖像』では、画家マリアンヌが「オルフェウスは詩を選んだ」と美しい表現がされていますが、『エウリディーチェ』では辛辣です。冥王ハデスは「自分の悲しみに酔っていないか、今しか歌えない彼女の死を歌えなくなってもいいのか」と問いかけます。同じ内容にして、この差!

 

 演出上興味深く感じたのは、忘却の川(レーテ)がシャワー式になっているという点。最初はビックリしましたが、なるほど、面白いですね!

忘却は、それまでの個を失う、という点で、救済であると同時に真の死でもあると感じ、もしかしてガス室などとも掛けられているのかな……と安直な深読みをしてしまいました。

 個人的には、「レーテ」といえば、チャイコフスキーのオペラ『エヴゲーニー・オネーギン』のレンスキーのアリア。舞台上でシャワーを浴びるレンスキーがいたっていいですよね。

↑ 途中からですが、同じく MET から。

 

 最後に、ハデスに関してなのですが、従来の神話ではとても一途な性格で、妻ペルセポネを溺愛している印象が強かったので、エウリディーチェを娶りにかかっていてビックリしました。オッフェンバックの『地獄のオルフェ』の文脈なのかもしれませんが……。好色な設定なのか、たまたまエウリディーチェに惹かれたのか。どんどん進化していく特殊メイクも凄かったです。

 

上演について

 今回の上演に関してですが、めちゃくちゃ良かったです。タイトルロールであるエリン・モーリー氏の安定感が凄まじい。あの出ずっぱり、あの複雑な旋律、あの高音でこの安定感。物凄いです。演技も素晴らしい。

 

 オルフェウス役のジョシュア・ホプキンス氏も低音がよく響き、二重唱、三重唱でも特に輝いておりました。すごい臑毛と胸毛も見所の一つです(?)。

 「音楽」のヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキ氏は、事前のレビューでは「声量が無い、全然聞こえない」と酷評されているものも多くありましたが、マイクの問題か、映画館で観た時には言う程そのようには感じませんでした。カウンターテナーというパートであることも手伝って、声量で負けていること自体にもそこまで違和感を感じませんでしたね。

オルフェウスの二重唱。コメント欄には「オルリンスキ氏の声が聞こえない」というコメントが数多く見られます。確かにこの動画では、特に後半は全然聞こえないかも。

 

 ハデス役のバリー・バンクス氏は、「ほんとうに高音ばっかりで歌うの大変そうだな~!」とおもっていたら、インタビューで「三日サボると歌えなくなる」と仰っていて、「ですよね!!」となりました。それにも関わらず物凄く安定していました。流石。インタビューでは人柄の良さ全開でしたが、舞台上では(楽しそうに)悪役に徹しておられました。

 

 エウリディーチェの父役のネイサン・バーグ氏は、今回が MET デビューだったそうですが、信じられないくらいでしたね。歌も勿論よかったのですが、演技が素晴らしすぎました。子供がいないとも仰っていましたが、それも信じられません。

愛娘エウリディーチェが冥界から脱出しようと自分の元から離れた際には、実際に涙を流していて、わたくしも久々に映画館で涙腺が緩みました……。「ティッシュを用意してください」というのは嘘ではないです、本当にティッシュなりハンカチなりご用意して行って下さい。

歌も勿論よかったのですが(二回目)、誇張抜きに、バーグ氏、俳優としてもやっていけるのでは……というほどの演技派でした。演技が肝となる演出で沢山お目に掛かりたい注目の歌手です。茶のスーツもよくお似合いでした……。

 

 後半、父、エウリディーチェ、オルフェウスと皆次々と忘却の川のシャワーを浴びてゆきますが、「ずっと濡れっぱなしで寒くないのかな……風邪引かないで欲しい……」と謎の心配をしてしまいました。シャワー室、サウナみたいに暖かい風が出ていたりするんですかね?(?)。バーグ氏は、カーテンコールでバスローブで登壇していて笑いました。それは流石に初めて見た。

カーテンコールでは、オケの皆様も登壇。初めて聴くオペラですし、現代物はあまりご縁がなかったのですが、しっかりと物語の世界に没入させてくれたオーケストラの皆様、指揮者のヤニック・ネゼ=セガン氏にも大感謝です。それにしても、ほんとうに演奏難しそうですね……。

 

 特に第一幕では、「音楽」のオルリンスキ氏を中心にダンスが超キレッキレ。オルリンスキ氏、やけにアクロバティックな動きをなさる……とおもったら、ブレイクダンスもなさるんですね。世界の MET に登壇するレベルのカウンターテナーで、ブレイクダンサーで、ハンサムなポーランド出身……キャラが濃すぎる……!

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↑ 婚礼パーティでの超ノリノリダンス。歌手の皆様もダンス上手すぎ問題。

 

 また、オペラは拍手のタイミングなど、基本的に「観客の立てる雑音」に超シビアですが、度々笑い声が上がっていて新鮮でした。確かに面白い……!

 

余談

 ここでは細かいどうでもいいことを纏めておきます。

 

 冥界の入り口に咲いていた白い花はヒヤシンスでしょうか? ヒュアキントスの神話もあることですし。自信は無いので、お花に詳しい方は別案があれば教えて下さい。

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↑ 地上まであと少し……!

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↑ 白いヒヤシンス。

 

 「音楽」は両肩に小さな金の羽根が生えていますが、どうにも見覚えが……。

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↑ 「音楽」。五線譜の金刺繍のある黒コート可愛いです。この画像では着ていませんが、ベストもめちゃくちゃ可愛かった。あれ普通に欲しい。着たい。

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↑ SuperGiant Games さんのゲーム『HADES』より、ヒュプノス(左)とタナトス(右)。

完全に一致では……?? 偶然……??

 前述の記事でもご紹介していますが、『HADES』は題の通り、冥界を舞台としたゲームです。エウリディーチェも登場しますので、ご興味があれば是非。名だたる賞を総ナメにした今をトキメく人気作です。

 

 それと、エウリディーチェが「できれば再婚して欲しい」と言いますが、そういえば古代ギリシアって再婚とかできるのかな……と思い、古代ギリシア家族法などを軽く調べてしまいました。曰く、夫婦の一方の死亡によって婚姻は解消できるそうです。

 

 翻訳に関してですが、一点だけ気になったのが、正にタイトル。「エウリディーチェ」「オルフェオ」はイタリア語読みで、英語読みの場合は「ユーリディシー」「オルフィウス」になるかと思います。流石に英語読みをカタカナにするのはあまりポピュラーではなくとも、「エウリュディケ」「オルフェウス」とギリシア語に寄せることもできたのに、何故イタリア語読みにしたのかが気になりました。グルックモンテヴェルディの作品とも紛らわしいですし……。そこだけです!

 

最後に

 通読ありがとうございました。簡単なレビューのはずが何故か6000字を超えておりました。失礼しました。

 

 いや~~、めちゃくちゃ良かったですね『エウリディーチェ』……、もう一回観に行きたいです。円盤が出るならそれを買いたい……出ますよね!? 出して下さい。宜しくお願いします。

 今シーズン、演目凄いですよね。『ボリス・ゴドゥノフ』も勿論観に行きましたし、次の『サンドリヨン(シンデレラ)』も気になります。『ドン・カルロ』も大好きだし……、流石の MET 様です。今回、客席ガラガラでビックリしてしまいましたが、末永く続いて欲しいので皆様もっと来て下さい……。一緒に観ましょう。東劇でわたくしと握手!(※感染対策を充分にした上で)。

 

 それでは、長くなってしまいましたので、ここでお開きとさせて頂きます。ハンカチをご持参の上、楽しい冥界の旅を。