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架空の世界を護るために

新国立劇場『ラ・ボエーム』2023/06/28 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

前回の記事で暫くオペラ鑑賞の予定は無いと書いたにも関わらず、アクロバティック禁反言。

友人の「この後初台行くけど、茅野ちゃん来ない? U25 まだあるよ。」の一声で急遽席取りしてしまいました。そろそろ U25 も切れますのでね……。

 

 というわけで先日は、新国立劇場のオペラ『ラ・ボエーム』にお邪魔しました。6月28日ソワレ、プレミエで御座います。

↑ まだ上演続きますので良ければ。

 

 この間、パレルモ・マッシモ劇場の来日公演で同じ『ボエーム』を観たので、観比べということで。『ボエーム』は人気だなあ……。

パレルモ・マッシモ劇場の方のレビューはこちらから。

 

 今回はこちらの公演の雑感になります。お付き合いの程宜しくお願い致します!

↑ 2幕の背景はこの演出で最も優れている点だと思う。

 

 

キャスト

ミミ:アレッサンドラ・マリアネッリ
ロドルフォ:スティーヴン・コステロ
マルチェッロ:須藤慎吾
ムゼッタ:ヴァレンティーナ・マストランジェロ
ショナール:駒田敏章
コッリーネ:フランチェスノ・レオーネ
指揮:大野和士
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
演出:粟國淳

 

雑感

 今回のお席は U25 で1階席中央後方。わたしが席を取った時は残り3席くらいしかなかったのですが、残り物には福があるのか、非常に良い席でした。

 

 この演出の『ボエーム』は過去に一度観ていますが、舞台セット・お衣装はオーソドックスなタイプです。 それでいいんですよ!! とても入門向き。穿ったことは特に無し。オペラ入門に新国『ボエーム』は推せます。

 特に2幕の背景が動くのがめちゃくちゃ好きです。まず洒落ているし、場所を移動したことが視覚的にわかりやすいのがとても良いです。好き。

 

 演出に関しては、第1幕でマルチェッロが原稿を破る時にシンバルの音に合わせたりとか、大家ベノワの登場シーンとか、洒落ていて素敵です。

 ただ、歌手たちは「決められた通りに演じています!」という感じで、自然さは無かったのが少し残念。多くを求めすぎかもしれませんが、こう、「お芝居をしています!」を全面的に出されるとそれはそれでちょっと萎えます。

特に『ボエーム』は、日常を描いた物語なので(尤も、現代日本でオペラを観に来るような層が彼らのような生活をしているとは思いませんが)、演技の不自然さがどうしても目立ってしまうんですよね。難しいです。

グリゴーロ氏の細かい演技が良すぎたんや。

 

 そのグリゴーロ氏と、ロドルフォはやはり比べてしまいますね。全然良いのですが、比較対象がちょっと強すぎる。

高音は大変素敵なのですが、低音になると埋もれてしまうのと、語末の o が消えて尻切れトンボになりがちなことが気になりました。

 しかし、王道プッチーニオペラで主演を張れるテノールだなと思いましたね。流石。コステロ氏のファン! という方も多く見受けられました。『ボエーム』オタクの父上も、今回の上演では彼のロドルフォを一番楽しみにしているらしいです。期待してよいと思います。

 

 今回はミミがいいですね。やはりイタリアオペラ、プッチーニのヒロインはこうでなくてはならぬ。芯が強くてよく響くのに、可憐な軽やかさもあってちゃんとミミ感あります。

トリル系のところをだいぶゆっくり歌うのが特徴的です。

声が強すぎて結核で死にかけている感じはあんまりないですが、それはもうオペラという芸術である以上仕方がない側面があるので……はい。

 

 指揮に関してですが、良くも悪くも大野芸監! という感じでしたね。『ボリス』と今回で、なんとなく傾向が掴めたような気がしました。

↑ 『ボリス』のレビュー。演奏も微妙に物足りなかったが、演出……演出がな~……。

今回はとにかく溜めに溜めに溜めて、じっっくり聴かせたいらしいです。特に弦楽。確かに、弦のアンサンブルはオペラの中でも至高というべきプッチーニ、ルバート掛けまくりでコテコテの仕上がりになっています。

……それ自体は良いですし、個人的な好みでもありますが、「協調性」という概念はないのか? というくらい歌と合わない。特にロドルフォ。ミミはそれでも食らいついていっている感じがありましたね。

 単純な比較はできませんが、『ラ・ボエーム』というオペラの中で最も技巧的に難しいのはロドルフォだと思います。魅せ場も多いし、例の hi C もあります。だからこそ、どうしてもズレが目立ってしまう。途中から最早ロドルフォを虐めたいのかと思いました。『冷たい手を』、これ歌いづらいだろうな……! と思って観ていました。

 先日、東フィルさんの企画で指揮者に関するお話を伺ってきましたが、やはり指揮者は歌手やオケに自由に歌わせて(弾かせて)くれるタイプと、主導権を握るタイプに別れるようです。ちなみにチョン先生は前者であるとか。

↑ 個人的にはオフライン参加でした。楽しかったです。

 一方で、大野さんは圧倒的に後者なんだろうな、と思いましたね。棒が客席からもよく見えましたが、もう明らかに大野さんの方が合わせる気ないもんな。

自分の芸術を持っていることは強みですが、オペラはソロでは成立しないので、もう少し歩み寄っても良いのではないかと感じました。パレルモの方は、指揮者の方が影のように歌手にビッタリとついて回る演奏だったので、殊更差を感じましたね。

 初日なので、千秋楽までには揃うかもしれませんが、ヴァルラームも最後までキツそうだったので、改善されるのか……。

 

 金管隊は『サロメ』からはパワーダウン。前日はサントリーで With 亀井さん(Pf)、同日にはオペラシティで With メーリ先生(Tn)と多忙な東フィルなので、メンバーが違うのかなと思ってパンフレットを見たら、半数くらい違いましたね。

尤も、大野さんの方針かもしれませんが……。

今回は前述のように弦楽がたぁっっぷり聞かせてくれて美しいです。コンマスソロもめちゃくちゃ良い。あとはクラリネットが良い。

 ところで、これ毎回言ってますが、バレエのパンフレットでも演奏者の名簿出して下さい。宜しくお願いします。

 

 2幕冒頭にて、個人的には松本『オネーギン』以来の照明トラブル!

↑ 数年前の自分ってどうしてこんなにもキモんでしょうか、怖いから読み直したくないです。

演奏が始まっても、客席の照明がついたまま、幕も上がらずで歌も聞こえず。字幕は出ていたので、「新国合唱団に限って歌声が小さすぎて聞こえないということは……」と思ったら案の定歌っていなかった。

 こういうトラブルって、何故かゲネプロではなくプレミエに起こりますよね。何故でしょうね。というか照明消えていないのも幕が上がっていないのも視認できるはずですし、単に大野さんが早く出すぎただけでは?

 

 ムゼッタもいいですね~、今回女性陣とても良いです。やはりこれくらい華が欲しいですよね。ワルツもよかった。"Ahi che fitta" の所とか、第3幕のマルチェッロと暴言吐き合うところとかとても好き。

変なところで拍手が入らないのもよかったです。今回、拍手が全体的に控えめというか、入りが自信なさげで面白かったです。フラ拍じゃないだけマシかもしれない。

赤の建物に青のドレスが映えます。

 

 合唱はパレルモと比べてこちらの大勝ちです。第2幕でしかまともに聴けないのは勿体なさすぎる。新国合唱団は日本の誇りですよ。

いやー、第2幕及び3幕の冒頭を聴いて改めて思いましたけども、バイニュをね! バイニュを歌って欲しいんですけど。聞いていますか、演出とかどうでもいいからバイニュを歌うんだよ。


 第4幕でめちゃくちゃ2人の様子が気になって仕方がないショナールが面白いです。確かに、他のメンバーと比べて、ミミ(とロドルフォ)に対してできることが少ないんですよねショナール。笑えますが、でもそこまで室内のシリアスな雰囲気をぶち壊しているわけではないこの絶妙なバランス。

髪型はやっぱりリストリスペクトなんだろうか。1830年代だしな。

 

 屋根裏組(ショナール、コッリーネ)もこちらの方が良かったと思います。4幕のわちゃわちゃシーンの演出は枕投げの方が好きですけど……。少しずつベッドを扉側に動かしてミミが来る導入とするの、上手いですよね。しかしそのベッド、ついさっきショナールが土足で乗ったやつな。

 『古き外套』も聴き応えありました。

 

 終幕も特にツッコミどころはなく(客としては有り難いんですが、レビューは書きづらかったりする)、歌唱はスタンダードに良質な幕切れでした。

ミミは前述のように肺病なのに強靱な喉を持っているという点はさておき、"Le mani... al caldo... e... dormire." まではしっかり響く声で歌ってました。ここのところだけ囁き声になる形。

ロドルフォは歌詞に反してミミの無事を信じられていない解釈で、先に諦めてしまっている感じがします。個人的にはロドルフォはミミの死のことなど考えられもしないような状態の解釈の方が好きですが、これもこれで。

『ボエーム』を観に行くと、周囲の人が誰かしら泣いている気がします。今日もお隣のお隣が鼻啜りまくりでした(野暮なのでそれを辞めろとは言いませんが)。

『ボエーム』、全オペラ作品の中でも涙腺特攻は随一と思うのですが、如何でしょうか。ストーリーとしては、悪く言えば露骨なお涙頂戴かもしれませんが、マジで泣けますもんね。プッチーニの音楽が魂の奥底まで揺さぶってくるからな……。

 

 但し、最後の3音はもう少し表情が欲しかったですね。ppp とか pppp なので、ディミヌエンドもっと掛けて欲しいし、ここまでたっっぷり聴かせてきたのに、最後だけやっつけ仕事みたいになっていたのが多少興醒めポイントではありました。最初の拍手の一音までは夢を視ていたいんだ。

 

 字幕ですが、パレルモマッシモと大分差があったように感じました。新国の方が情報量が多く、意訳が少ない印象。

 オウムのロリートの話がわかりやすくなっていたり(往々にしてここの字幕はわかりづらいですし)、最後の「ミミ!」は字幕出さないんだなとか(まあ書かれなくてもわかるでしょうけど)。

 それから、ロドルフォの一人称が「俺」で、マルチェッロが「僕」なのって結構レアな気がしませんか? 声域低い方が粗野めに訳されがちな気がします。偏見。

 

 そういえば、『ボエーム』ってクリスマス〜春の物語ですけど、『こうもり』みたいに年末年始ではなく、年がら年中やってますよね。まあ人気作だしな。

そのせいで、『くるみ』等よりも季節感を感じない気がします。

 今回の演出では、第4幕でも雪が降っていますね。まあパリは寒いですけれども。

パレルモの方では、皆4幕では明らかに夏服を纏っていたので(近代欧州の人々の服装はあまり季節感がないのでわかりづらいですが)、ミミがマフを欲しがることの異様さが目立っていて、それも良かったのですが。

 新国でも『こうもり』は来シーズンの12月上演予定ですよね。楽しみ。

 

 パンフレットは特別版と称し500円値上げ。もう字の詰まり方とページ数がそれを物語っていましたね。もしかして:鹿島先生が寄稿しているから。あの方新国のパンフとかにも寄稿するんですねえ……ちょっと新鮮です。

 

 今回は後に動画配信もするそうですが、ホワイエに Bloomberg のチームがいらしたので、協力はこちらなのでしょう。いつもお世話になっている MET ライブビューイングも担当している企業なので、安心できそうです。(今回のトラブル部分はカットするのだろうか? 日曜に撮るから今回は下見か)。

 

 王道の演目、オーソドックスな演出に、良質な歌唱と、非常にハイレベルであったように思います。これは「初めてのオペラ」に自信を持って推せますね。

オペラ玄人も、気軽にふらっと観に行っても満足して帰れる上演であると思います。

 

最後に

 通読ありがとうございました。5000字ほど。

 

 この日は新国では『ボエーム』、オペラシティでメーリ先生、文化会館ではロイヤル『RJ』と、どの歌劇場及びコンサートホールも目玉演目を持って来ていて、客が綺麗に三分されたように思います。東京は三つに分かれ、混沌を極めていた……。

メーリ先生はお誘いを頂いていたのですが、そもそもこの晩は別の用事がある予定だったのでその時はお断りしてしまい、『RJ』に関してはチケット争奪戦に敗北したわたくしは新国へ……

劇場ゴウアーのフォロイーたちが皆感想ツイートをしていましたが、皆様どこに行ったのかから書き始めるんだ。共感できないと思ったら、別の公演の話だった……というアンジャッシュ案件が沢山ありました。

 ちなみに、メーリ先生は文句のない出来映え、『RJ』の方はバレエは申し分ないものの案の定オケが悲惨であったとか。恐らくこの日はオペラシティが正解です。

 

 劇場は今シーズンもお終いですねえ。寂しくなります……。

次回のレビューとしては、連続して演劇のライブビューイングに行ってきたので、次は演劇になります。

オペラは次は東フィルさんの『オテロ』になるでしょうか。お勧めの公演がありましたら教えて下さい。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです!