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METライブビューイング2021『Fire Shut Up in My Bones』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

東京は久々の大雨で、気温も秋らしく。但し、今日一日だけとの予報で、まだまだ酷暑は続きそうです。

 

 さて、本日は大雨の中、MET ライブビューイングアンコール上映から、オペラ『Fire Shut Up in My Bones』にお邪魔しました!

 

 こちらは、同じく MET で上演していたオペラ『チャンピオン』の次作と言うべきか前作と言うべきか(作曲は『チャンピオン』より後、上演は『チャンピオン』より前)にあたり、作曲者・演出・美術・指揮・一部出演者が同じです。

 前シーズンにやっていて、その時は逃してしまっていたのですが、『チャンピオン』が素晴らしかったので、アンコールがあるならこれ幸い、行かねばと思っていました。

↑ 『チャンピオン』はいいぞ。オペラに関心無い人も、ボクシングに関心無い人も、観るべき作品です。

 このチームの三作目が待たれるところ。というか『チャンピオン』はめちゃくちゃいっぱい再演するべき。

 

 今回は備忘として、こちらの雑感を残しておきます。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

 

キャスト

チャールズ:ウィル・リバーマン
チャールズ(幼少期):ウォルター・ラッセル3世
運命・孤独・グレタ:エンジェル・ブルー
ビリー:ラトニア・ムーア
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:ジェイムズ・ロビンソン、カミール・A・ブラウン

 

雑感

 冒頭、開演前に、明らかにジャズ風のパーカッションが練習していて、いきなり「Opera in Jazz」であることを思い知らされます。古典的なオペラ作品では絶対聞こえてこない音ですからね、いいぞ~!

 

 開演前は、幕に聖書の一節が表示されています。そもそも、題が聖書の、

Then I said, I will not make mention of him, nor speak any more in his name. But his word was in mine heart as a burning fire shut up in my bones, and I was weary with forbearing, and I could not stay.

から取られているようです(エレミヤ書20章9節、引用は欽定訳聖書から)。

これはキリスト教圏外の文化圏に生活していると気付けない……。

 

 そもそもこのオペラ『Fire Shut Up in My Bones』は、アメリカの記者チャールズ・ブロウ氏の自伝のオペラ化です。自伝(しかも著者がまだ存命どころか、若い!)のオペラ化って、凄い話ですよね。しかも、世界の MET ですよ。

↑ 原作。普通に読みたい。

 ご本人のチャールズ・ブロウ氏も観に来られたとか。ご本人の感想も是非伺いたいところです。

 

 出は主人公チャールズ(青年時代)から。激唱です。最後まで観るとわかりますが、初恋の人に過去に受けた性被害について告白してフラれて、その直後、タイミングよく(いや、悪く?)、加害者である従兄から電話が掛かってきた、という時です。

正に幕が開いた瞬間いきなりクライマックス、憤怒の極致にあるシーンから始める大胆さ! 歌手としては大変でしょうねこれは……。

 

 制作陣が殆ど同様ということで、『チャンピオン』と扱うテーマもある程度似ています。

 今作は、トラウマが中心です。但し、今回は加害者ではなく、被害者としてです。 

 今回のテーマは性被害問題で、しかも近親の男性(従兄)による、少年に対する暴行という、かなり厳しい事件を扱っています。被害に遭った時の年齢は、なんと7歳!

それにしても、聞き覚えがあるどころではなく、最近、日本でもほぼ丸っきり同じニュースを読んだような……。

↑ その一例。

個人的には、元からアイドルという業種が好きではないので、そこまでしっかりニュースを追えていませんが、大問題ですよねこちら。どうして加害者が存命のうちに裁けなかったのか……。

 このオペラ、今こそ日本で広く観られるべきなのでは!? と強く思いました。余りにもタイムリーすぎる。日本は「旬」がすぎると見向きもしなくなる傾向がつよいので、一過性のブームとして扱われるとしたら癪に障りますが、それにしても、ですよね。

 

 前作『チャンピオン』でも、主人公は同性愛者であり、同性愛差別に苦しんでいましたが、今作は同性(両性)愛者からの被害に遭う、という、ひっくり返った形です。二作とも観ると、同じトピックを多面的に捉えることができます。

 ちなみに、モデルとなったチャールズ・ブロウ氏ご自身は両性愛者であることをカミングアウトしているようです。

しかし、「ゲイ(バイ)なら男に襲われても文句ないだろう」みたいな考え方自体が、性別問わずアウトです。

 

 チャールズ少年が初等教育を受けられず(受けるのが遅れ)、知識がなかったというのも原因の一つですよね。尤も、教育を受けたとしても、7歳には性教育はまだ早いとは思いますが……。

彼が教育を受けられなかったのは、貧困が原因なので、相変わらず扱うテーマが広いです。

それにしても、オペラの舞台で鶏の屠殺・解体工場の舞台セットが出て来るのは流石に初めて観ました。後にも先にも、そんなセットが必要になるのはこの作品だけなのではあるまいか。

 

 キャストが(ほぼ)100%黒人というのも凄いところ。『チャンピオン』以上の有色人種率です。作中では、キング牧師など、著名なアメリカの黒人解放運動の立役者の名前も出てきます。

従って、劇中で白人に黒人であることを揶揄されるシーンなどはありませんが、「先祖の奴隷時代を忘れない」という話は何度も登場します。文字通り、根深い……。

 

 黒人、貧困、アメリカと重なれば自ずと推測できますが、ご想像の通り、舞台はディープ・サウスです。

事情は異なりますが、アメリカもイタリアも、南の方が土地が肥沃なのにも関わらず、南北の格差が激しいですよね。未だに尾を引いているというのも恐ろしい話です。

 

 ディープ・サウスの治安の悪い田舎が舞台であることも相俟って、悪いマッチョイズム的な、古い価値観が生き残っています。

チャールズ少年に性的虐待をした従兄チェスターが正に体現していますが、「買ったキャンディよりも盗んだキャンディの方が甘い」「相手が嫌がっていても、自分がやりたいと思うことをやれ」「女には乱暴な口調で命令する」「女とセックスしたら一人前」みたいな……。これ、殆ど歌詞でそのまま歌ってますから、ある意味凄いです。

4人の兄たちがこの価値観を共有しているところからも、これが一人の狂人の思想ではなく、社会の問題であることが伺えます。

一人純粋無垢なチャールズ少年は、窃盗や性交渉を嫌がりますが、住民たちにはそれが「異常」だと捉えられています。ギブスランド、恐ろしいところだ……。

 

 治安の悪さは、もっと如実に表れていることもあります。そう、銃の携帯です。

愛するママは、常にハンドバッグに拳銃を携帯しています。堪忍袋の緒が切れ、夫の不倫相手に銃を突きつけたりもします。大迫力。もうそこだけでオペラになります。

 果ては、「安全のため」といって、巣立つ息子に銃を渡しています。いやいや……。

 そんなに銃が溢れかえっていたら、事件が起こるのも当然のことで、初めて性交渉を持った町の女の子エヴリンの彼氏は、殺人で投獄されています。

人々が銃を持っていて良いことなんて何もないですからね、辞めましょう。しかし、核兵器なども同様ですが、皆で同時に棄てないと意味がありません。皆が凶器の携帯はよくないとわかっているのに、廃止することができない。難しい問題です。

 

 今回の主演・チャールズ役のウィル・リバーマン氏がまた輝かしいバリトンで! 前述のように、出からクライマックスなので、「これは期待できそうだ!」と直感しました。

テレンス・ブランチャード氏の作品は、「Opera in Jazz」なので、オペラ的な歌唱のみならず、ジャズ的な歌唱も求められます。双方に完璧に応え、しかもややこしい新演出に付いていくというのは、並大抵のことではありません。

『チャンピオン』含め、ブランチャード氏作品に出演している歌手(ダンサーも)は皆とんでもない。MET ですし、文字通り粒ぞろいです。

 

 そして、少年時代を演じるウォルター・ラッセル3世君、彼は化け物ですね。君付けとか不敬かもしれない、様の方がよい?

第1幕に至っては、リバーマン氏よりも出番があって歌ってました。インタビューでの受け答えもしっかりしており、肝が据わっています。人生周回勢?

 特に第1幕では、ほぼ出突っ張り・演技しっぱなし・歌も多いですが、粗さえ無い。怖……。

 まだ年端も行かぬ少年なので、インタビューでは「最初どういう物語なのかよくわからなかった」と言っていて、いや、そうだよなあ、「君(が演じる役)がレイプされる話だよ!」とは言えんしなあ……と頭を抱えていました。

それだけに、殊更問題の闇深さが伺えると申しますか……。原作は自伝ですから、勿論実際にあったことを描いているわけで……。

 MET で子役として出演していた子が、成長して歌手として戻ってくるケースは多々あるので、十数年後にはとんでもないことになっているかもしれません。いや、既に主演の片割れを演じているわけですが……。今後にも期待です。

 

 運命・孤独・グレタと、一人三役で演じるのがエンジェル・ブルー氏。芯が強く、力強いドラマティックなソプラノで、ジャズ歌唱も素晴らしいです。

 「概念」を演じるという、珍しい役柄ですが、ストーリーテラーのような役割も果たしており、よく馴染んでいました。

 明らかに「運命的な出会い」なのに、グレタはチャールズの元を去ってしまうんですね……、現実は苦い。

 

 今作はジャズのみならず、ゴスペルシーンもあります。音楽の多様性も凄い! 

端役ですが、教会のシーンでチャールズの前に洗礼を受けた女性が、上昇のパッセージではオペラ風に歌い、下降に入った途端ジャズ歌唱になるのがとても印象的でした。そんなことができるのもブランチャード作品だけ!

「アーメン」のハーモニーとかも、現代的で、とても美しいです。

 

 『チャンピオン』同様、今回もラトニア・ムーア氏が主人公の母役を演じます。ハンドバッグに拳銃を入れている、例のママです。

しかし今回は、完璧ではないにせよ、善良なママです。よかった!! 『チャンピオン』の方ではとんでもない毒親でしたからね。一方で、父の方がクソ男でした。そこでバランス取らなくて良いので……(?)。

 今作では、子ども達への愛はあるものの、(実質)シングルマザーなのに食べ盛りの5人の息子たちを養わねばならない為、働きづめで、疲れ果てています。甘えん坊のチャールズ少年に「ハグして、キスして、見て、愛して」と何度もねだられ、「休ませて」と拒否します。

また、「たった3語でいい、その言葉が欲しい」と言われても、「わかってるでしょ」と、はぐらかしてしまいます。この会話が作中何度も繰り返されます。

 しかし、最後の最後に、「その言葉」、即ち「 I love you 」が出て終わるんですよ~! これは、『チャンピオン』から順に観ると、二倍のカタルシスを得られると思います。

全てが解決したわけではありませんが、良いラストです。

 

 善良な親戚・ポール叔父さんに関してですが、こ、この声は!? 第一声で気付きました。

『チャンピオン』で主演・青年時代のエミール・グリフィスを演じていたライアン・スピード・グリーン氏ですね! キャスト表には載っていませんでしたが、最後のクレジットロールにしっかりと記載あり。

『Fire Shut Up in My Bones』の方にも出演されていたんですね! そこでのご縁が切っ掛けでの登板だったのだろうか。『チャンピオン』の時に比べると、少しふくよかであらせられたので、やはり30kg減量は真実だったのか……恐ろしい……。

 前回は、ストーリーや演出に圧倒されっぱなしでしたが、改めて聴くと、やはり主役を務められる器であるとわかりますね。第一声でわかるというだけでも、個性が顕著であることの証。

 善良か、悪役かに振り切れていることが多いバスの役柄ですが、今回は善良でした。

 ところで、鍬を突き立てたり、後述のステップ・ダンスでは杖をガンガン打ち付けたりしていたので、今回は舞台の床に大分頑丈な素材が使われているのだろうな、と余計なことを考えたり……。


 インタビューでは、我らがネゼ=セガン御大が、今日は花火柄(?)なシャツで登場。最早普通にタキシードを着ている方がレアな気がします。

 インタビューで 「私の夫 My husband」と仰っていて、これはもしや……と思って調べたところ、やはりパートナーが男性のようです。ちなみに、同 MET のヴィオラ副首席とのこと。職場恋愛!

↑ このページに飛んだ時に最初に表示されるヘッダーのお写真がはちゃめちゃに素敵すぎるので見て欲しい。お幸せに~!

それは……、それは特に『チャンピオン』上演の際には殊更盛り上がったのではないでしょうか! 良い時代になってきましたね。

 こういうことはあんまり言いたくないのですが、若く、外国籍(カナダ人)で、同性愛者であることをカミングアウトしている人物を音楽監督に据える MET は、流石です。日本でも同じことができるかな……できるといいんですが……。

 

 このインタビュー中には、『ユーリディシー』の練習映像が流れてテンション上がりました。『ユーリディシー』はいいぞ!

ピアノ伴奏での練習にネゼ=セガン氏が突撃するというもので、主演のエリン・モーリー氏が『This is what it is to love an artist』を歌っていました。最高。

 最後の音の音程を変えるかどうかという話をしていて、この融通が効くところが現代オペラの強みだよな〜と思ったり。

↑ 2回観に行きました。

 

 第2幕の序曲は、豊かな響きを湛えた、非常に美しい曲です。インタビューでは、皆「プッチーニの影響が感じられる」と口を揃えて言っていましたが、正に、というところ。あの曲音源欲しいな……。

 

 第2幕の序盤では、噂のステップ・ダンスが!

↑ 冒頭だけ公開されています。続きもとんでもない。

これがオペラの上演で観られるって凄くないですか?

 ここの部分ってスコアあるんだろうか……、演出が変わったらカットされちゃうのかな……とか余計なことも考えつつ。

この後は、メタなことを言うと、ダンサー(※役柄上は先輩)による歌手(※役柄上は後輩)イジメが発生するという、少し奇妙な展開に。体罰は宜しくないぞ!

 

 広報で使われていた緊迫感ある音楽は、カッパ・アルファ・プサイへの入会の時の曲だったんですね!

↑ 寡聞にして初めて知りました。

入会の儀式とかがあるの、なんというか、フリーメイソンみたいだなあ……と思いながら観ていました。

 幼少期のシーンでも、カッパのシーンでも、チャールズは punk(同性愛者の少年を指す蔑称。日本語にするなら、「オカマ」とかが近いでしょうか)とからかわれています。

このことは、『チャンピオン』にも共通する、「男らしさとは何か」という問いにも繋がります。

男性社会の悪しきマッチョイズム・マンスプレイニング的な価値観が、同性愛者は勿論、善良な男性をも苦しめていることは明白です。

 個人個人が意識を改め、社会を変革していく必要がありますね。

 

 結末は、ほろ苦いと言ったらよいでしょうか、殺人も起こらないし、全面的な解決もしていないものの、少しだけ前向きになれるような、余韻を残す美しい最後です。

『チャンピオン』から続けて観ると、最後のママとの抱擁が殊更泣けます。

 

 カーテンコールでは、作曲者ブランチャード氏も登壇して大盛り上がり。

短冊のような紙吹雪が舞いに舞い、オケピを覆い尽くしていました。

チャールズの少年時代を演じたウォルター・ラッセル3世君は感極まって涙していて、舞台上やインタビューではベテラン顔負けで肝据わってましたけど、素はほんとうに少年なんだな……と逆に驚いたりしました。

 

 こんなところでしょうか。

『チャンピオン』同様、実在の人物・出来事を題材としながら、多様な社会的問題を克明に描く意欲作です。近親の男性による少年への性的加害という、(特に正に今の日本ではタイムリーな)重大な性犯罪、そしてその被害者のトラウマ、その克服への道を描きます。

 ディープ・サウスの貧困、治安、人種差別問題なども取り込んでおり、見応え抜群です。

また、音楽的にも、オペラ、ジャズ、ゴスペルなどを融合させ、唯一無二の作品となっています。

 『チャンピオン』が刺さった人には特に勧めたい作品です。

 

最後に

 通読ありがとうございました! 7500字ほど。

 

 来シーズンは、なんと最初に3連続で新作オペラという、刺激的なラインナップを持ってきた MET ライブビューイング。

今日パンフレットを貰って、あらすじやキャストを簡単に確認したのですが、新作どれも面白そうですね!? 全部が良さそうとは流石に予想外です。今作に出てきたキャストも皆クレジットされていました。

主に前半戦、来シーズンも通うことになると思います。今から楽しみです。

 

 しかし、その前に、来週は再びアンコール上映で、オペラでも最長クラスの某演目に挑戦しようかなと考えております。集中力と尻が持つかどうか……。

 

 そして明日は、我らが新国立劇場に向かう予定です。梯子は勿論ですけれど、ソワレ→翌日マチネもまあまあキツいですよね。レビューを書く時間もあんまり取れませんし……。

この記事は、大半を帰宅途中の電車内で執筆しました。

従って、次の記事もレビューです。明日も楽しめればと思います!

 

 それでは、お開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。