こんばんは、茅野です。
我らが新国立劇場が、まさかの早くも『オネーギン』再演だそうで!?!
↑ は? マジで変な声出たし……(素)。
ええ、確かに、わたくしは自称「『オネーギン』アクティビスト」として(?)、事ある毎に各劇場に対し「『オネーギン』を上演するのだ、『オネーギン』を上演するのだ」と、圧力お願いを申し上げてきたオタクですけれども、こんなにも早くの再演は流石に想定の範囲外です。そんな高望みはしていなかった。何が起きた、何故、マジか。
2019年公演の際は、さも当然のように全公演凸を決めたわけですけれども(公演評1 / 公演評2 / 公演評3 / 公演評4)、主に演出に関して、評価しがたい点が幾つか見受けられますので、再演に際しては是非とも改善して欲しいところ。というか、してくれないなら全凸するか迷うレベルでモチベーション下がるのでほんとに何とかしてください。宜しくお願いします。
また、セット券にて、あの大名作『こうもり』『椿姫』『トスカ』と並び、我らが最愛の『オネーギン』が、「オペラの王道」枠に入れられていることには度肝を抜かれました。
いや、うん、自分で言うけど、他の3作品と並んで明らかに場違いだろ E. O. 。
— 茅野 (@a_mon_avis84) March 7, 2023
間違いなく聴きやすいけど、全然王道ではないだろ E. O. 。 pic.twitter.com/ltsFJkVw7G
↑ 「 E. O. 」が何の略かはお察しの通り。Twitter では検索避け目的で使っています。
ほんとうに王道扱いでいいのか『エヴゲーニー・オネーギン』。新国立劇場が「王道」と強弁し、上演回数を増やせば、ほんとうに王道オペラとして認知される説。「受容は作られる」。
さて、そんな衝撃的な報を受けたところで、今回は信頼と安心の MET ライブビューイングから、『フェドーラ』で御座います。
こちら、大変楽しみにしていたんですよ! なんたって、フランス人戯曲作家×イタリア人作曲家の作った「なんちゃって帝政ロシア」ですよ。もう覚悟決めて行くしかないんですよ(※わたくしは19世紀ロシア帝国文化を愛好しています)。
今回はこちらの簡単な雑感となります。
それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!
キャスト
フェドーラ:ソニア・ヨンチェヴァ
ロリス・イパノフ:ピョートル・ベチャワ
オリガ:ローザ・フェオラ
デ・シリエ:ルーカス・ミーチェム
指揮:マルコ・アルミリアート
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
雑感
いやー、今月もしっかり「浴び」ましたね。毎回感じるのですか、MET ライブビューイングは「浴びる」という表現が最も適切であるように感じます。
『フェドーラ』は、広告で使われていたワルツがとても気に入って、今年初めにピアノ譜を書いて遊んでいたりしていました。
↑ 原曲の壮麗さは無いものの、ワルツのリズムを刻むだけで充分に楽しいです。
第2幕序曲に相当しますが、映画館で聴けて満足しました。
おしりの方を少し引っ張るようなリズム感で、少しウィンナーワルツ風な演奏であったかと思います。
多少予習はしてから行きましたが(スコア譜観ながらピアノアレンジを書いたのもその一環)、『フェドーラ』という作品自体、勿論初見でした。あの MET でも25年ぶり(!)の再演とのことで、そりゃ観たことないよ、と……。
確かに、「THE・ヴェリズモ」という構成ですし、音楽もプッチーニ的で優美であり、新規性は感じません。
一方で、然程長くない上演時間で王道イタリア・オペラらしい悲劇性、雄大な音楽、ロシア風のオリエンタルな断片など、「これぞオペラだよね!」というエッセンスをこれでもか、という程に詰め込まれています。確かに、もっと評価されてよい作品であるなと感じました。
しかし、帝政ロシアのオタクからすると、ストーリーに関してはツッコミどころが満載すぎます。何度か吹き出しそうになりました。危な……。
但し、主に主演二人が冷静に考える隙を与えない程にパワフルな歌唱で、全てを掻っ攫っていきましたね。
では先に、少しツッコミポイントを見てみます。
まず面白いのは名前で、「フェドーラ」も「ロリス」も全然ロシアっぽくない名前なんですよ。特に「皇女」ともあろうものが外国っぽいキラキラネームで宜しいのか、という。
「ヴラディーミル」もイタリア風に「ヴラディミーロ」になってますし。ところで、「ヴラディーミル」と「オリガ」って、なんか、別のものを想起しますね、はい。実際、ロシア貴族に多い名前です。
名前について2点目。ロシアっぽくないお名前の皇女フェドーラ、なんと苗字は「ロマゾフ」さん! 流石に爆笑www ていうか、それなら「ロマゾワ」じゃないんかい。
予習してなかったらほんとに吹き出してたかもしれません。ほんとに危険。
彼女、設定上は1880年代のロシアのお姫様とのこと。夫に先立たれ、2度目の縁談の婚約者も劇中で死に、要はバツ2状態なので、「プリンチペッサ」と言えど、そこそこお年をお召しであるように思われます。
……ということはなんだ、あれですか、我らが殿下の妹枠ですか!? そんなことある?
名前について3点目。
ここのやりとりの字幕です。
GRECH グレッチ:(a Cirillo) (チリッロに)
Orsù, il tuo nome? それで、お名前は? Cirillo… チリッロ……CIRILLO チリッロ:Nikolàjevich… ニコラエヴィチです……
ここ、il tuo nome? の字幕が「苗字は?」になっていて、「いや苗字ではないだろ!」とww 父称ですね。
イタリア語で「父称」ってなんて言うんですかね。
ロシア文学でも、相手の父称がわからなくてこういう会話になるシーンは結構あるので、リブレットの方は問題ないんですけども。
いやー、笑えました。
また、大前提なんですけれど、ロシアの皇家は、ロシア人とは結婚できません。
皇族は国外の皇族(或いは王族)としか婚姻を結べないことになっています。ロシア国内の貴族以下との婚姻は、相手が如何に地位ある大貴族であろうとも、「貴賤結婚」にあたるからです。
貴賤結婚によって皇族の地位を剥奪されたり、国外追放に遭ったりした皇族は大勢いますので、そんな大見得を切って「伯爵と結婚!」なんてことは有り得ません。貴賤結婚だとすると、そのことに対して周囲が甘すぎるような気が致します。
また、ロリスも、伯爵ならば(「ロリス」で「伯爵」というと、ロリス=メリコフ伯爵を想起しますね。モデルになっているのかな?)、「ポーランドの孤児」と結婚するのは不可能だと思われます。
妻が侮辱された、というか不倫された場合は基本決闘沙汰になると思うのですが、そうはならないということは、それが表にできない結婚だったからなのか? とか、色々と深読みをしてしまいました。主役二人がそれぞれ別の相手と貴賤結婚済みってなんか凄い設定だなとか思いますけれど。原作戯曲を読めば、その辺りわかるんですかね?(読んでおけという話)。
こうなってくると、「何故わざわざ舞台にロシアを選んだかな?」ということが疑問になってくるわけですけれども、まあ少しオリエンタルでエキゾティックな要素を入れたかったのかな……などと推測はします。書かれたのは露仏同盟よりも前なので、そういった政治的配慮でもなさそうですし……。
それから、舞台が1880年代で、皇帝暗殺未遂事件が起こるので、これはもう当時の皇帝のモデルはアレクサンドル2世とみて間違いないでしょう。となると、80-1年か?
ロシア帝国は検閲が厳しく、舞台作品でロマノフ朝の皇帝を登場させることはできませんでした。従って、『フェドーラ』は、ロシア帝国では一発で検閲却下になること間違いなさすぎて逆に面白いです。絶対にロシアでは書けない作品だ……。
……などなど、ツッコミどころは色々満載なのですけれども、そのような思考に浸るような隙を与えない、圧倒的な歌唱でした。
何よりも題役のフェドーラですね! 圧巻です。殆ど出ずっぱりなのに、手抜きシーン一切無し。良い意味で、終幕の方は我々観客の方が耳が疲れるレベル。なんだその持続力は。どうなってるんだ。この間の『メデア』のラドヴァノフスキー氏にも負けず劣らずの鋼鉄の声帯。
ヨンチェヴァ氏は、インタビューで「強い女を演じるのは勿論大好き」と仰っていましたけれど、確かにこの間のエリザベッタよりも断然良かったなと思いましたね。
エネルギッシュながら、声音や演技からも気位の高さが伺えます。音域が広いこともものともせずの熱演です。凄まじい。
お衣装もよくて、第1幕での、ココシニク風ティアラが素敵です。婚約者の訃報を聞く前から黒いドレスなんだ、とは思いましたが。大きな八端十字も良いですね、物語上でも大事な役割を果たしますし。
↑ めちゃ綺麗〜。
最近、丁度『アンナ・カレーニナ』を再読していたので、第2幕の歌詞にもあるように、「ロシアの女(主語が大きすぎる)は愛憎激しく、情熱的」という偏見がパリには存在したのだろうか、などと考えてしまいました。
↑ いや、改めて、トルストイ面白すぎてビビりますよ。
かといって、フェドーラ1強というわけでもなく、ロリスも大変良かった!
ベチャワ氏は、わたくしはまともに聴いたことあるのレンスキーくらいなんですけれど(観劇経験が浅すぎる)、あんまり言いたくないですが、レンスキーの時よりも断然よいでは無いですか。ポーランドの歌手さんだから、ロシアオペラが十八番なのかと思っていたのに。
↑ 歌詞が割と聴き取りづらいし、発声がぼやけてしまって単調気味で、正直世間的な評価ほどは良くないと感じていたんですけども(直球)。今回のベチャワ氏は悔しくなるくらい、もう、こんなもんじゃないですよ。
イタリアオペラの方が、声質的にもずっと合うと思います。これはかなり意外でした。実際、レンスキー役は結構やってますしね。こちらは結構昔の映像ですし、最新だと磨きが掛かってたりするんでしょうか。
次は『ローエングリン』とのことですが(主役級が連続で同じ歌手とは……)、ドイツオペラとの相性は如何程か、気になるところです。
今回は二人で双璧を張っている感じで、デュエットも良いバランスであり、素晴らしいカップルだなと感じましたね。
オリガ伯爵夫人に関しては、オペラの感想でいきなりここから入るのは如何なものかとわたくし自身思いますが、めちゃくちゃ可愛いです。容姿は言わずもがなですが、コケティッシュな演技が秀逸で、そりゃ社交界の華にもなりますよ、と説得力抜群。
第二幕のお衣装が似合いすぎで、ドガの絵から出てきたのかと思いましたよ。
↑ 良すぎる。というか美術全体が最高すぎる。
第三幕の部屋着及び乗馬(サイクリング)服も大変素敵。後者に至ってはわたしも欲しいくらいだ。
インタビューでも仰ってましたが、わたくしもムゼッタ、或いは『こうもり』のアデーレみたいだな、と思っていました。特に、前者は魅せ場となるのが双方ワルツですしね。どちらの役もよくお似合いになりそうです。
同じソプラノながらに、ヨンチェヴァ氏とは大幅に声質が異なり、色々なソプラノを堪能できるのもこの作品のよいところ。
こういうコケティッシュな名脇役は、劇の素晴らしい潤滑油になりますね。
外交官デ・シリエは、急遽代役ということもあって、主役級3人と比べるとやはりどうしても少し見劣り(聞き劣り?)する印象を受けました。いやしかし、急に入ってこれ、と考えると逆に凄いんですが……。
しかしミーチェム氏、オネーギンも歌うんですよね。動画見つけてきましたよ。
↑ なんだろうこの演出。あなたなんで軍服着てるの? 文人でしょ。
録音の質があまり宜しくないせいか、ちょっと低音が弱い気もしますが、お年をお召しになれば、良い感じに脂が乗るかしら。楽しみですね。
最後に、演出に関して。
もう、最高です。なんたってマクヴィカー御大ですしね。
美術も素晴らしくて、そう、写実的で優美で、それでいいんですよ、それがいいんですよ、大正解です(美術と演出の趣味は保守派のわたくし)。
特に第1幕が素敵で、書斎を手前側とし、スクリーンの後ろに寝室とする発想が大勝利。必要に応じて、スクリーンの後ろの寝室が透けて見えたり見えなかったりするんです。天才。
↑ 右側の肖像画やイコンがないところが……透けます! お洒落過ぎる!!
画像検索をする限りでは、公演によって、肖像画を色々変えているようですが、今回の上演で一番目立った左の大きい肖像画、ジュコーフスキーでした? 違ったらすみません。他は小さすぎてよくわかりませんでした……。軍服の方が多かったとは思います……。
確かに、ジュコーフスキーはアレクサンドル2世のメンターでしたし、時代考証的には、いいかんじです。
第1幕が短いので、1-2幕の合間に休憩はなし。しかし、大規模なセット替えがあるので、暗転時間は相当長かったのではないかと思われます。ここに関しては、なかなか難しいものですね。
しっかし、ヴラディミーロが黙役なのには驚きました。彼に「白鳥の歌」を用意して、尺を稼げばよいのですよ(?)。
第2幕のパリの社交界も素敵ですが、こちらは『椿姫』などで見られるようなものと大差ありません。
ピアニストのラジンスキーのキャラ付けがコミカルで、俳優さんではなく、まさか本当にピアニストの方が演じていたとはww 喜劇役者の才能もありますよ。流石、世界の MET のピアニストさんです。
↑ この構図、『オネーギン』第3幕第2場感ありません? まあロリスはテノールだけどな。
第3幕のスイスの舞台セットに微妙に既視感があるのは、ジョエル演出の『ウェルテル』ですかね。
↑ 『フェドーラ』第三幕。
↑ 『ウェルテル』第1幕。
こう……奥行きとテラスと背景の自然が……。
美しい自然をバックに、悲劇的な幕切れです。THE・イタリア・オペラというところで、愛憎の揺れ動きがあり、展開が早く、死で終わると。ストーリーはちょいと性急で粗がありますけれど、「イタリア・オペラに求めること」は全てチェック済み。最高ですね。
総じて楽しめる公演で御座いました! よかったー、楽しみにしていた甲斐がありました。
個人的には、帝政ロシア社会を愛しているので、リブレットに突っ込みたいところは色々ありましたが、そのことを冷静に考えさせる間もなく歌声の猛攻がきます。正直、観ている間、歌声に圧倒させられ続け、殆ど脳味噌が動いていなかったので、「レビュー記事書けるんだろうか?」と危ぶんだくらいでした。それくらいの「強さ」です。
是非とも一度浴びていらしてください!
最後に
通読ありがとうございました。6500字。
「レビュー書けるんだろうか?」とか言いながら結局書いております。いつもの。意外となんとかなるものですね。
そうそう、『オネーギン』といえば、オープニングにもバイニュのシーンが一瞬使われていますし、今回は記念すべきライブビューイング150回目ということでピーター・ゲルブ氏のインタビューがありましたが、何故かそのときに、伝説のホロストフスキー様×フレミング氏×カーセン演出のお写真が! 嬉しい~。有り難う御座います。
突然すぎて完全に固まってしまいました。結局、オペラの映像もあれを一番観たような気がしますね……。一番いいですよ、実際。そう言ってしまってよいと思っています。
MET でもまた『オネーギン』やって欲しいですね~。いや、上演はされているのですが、ライブビューイングでも是非!!
次回の MET ライブビューイングは、ベチャワ氏主演で『ローエングリン』。
お伺いしようかなと思っています。いつもはガラッガラの東劇ですが、ワーグナーでは席が埋まるという、にわかには信じがたい噂も耳にしつつ……(いつも行く演目がマイナー寄り? そんなばかな……)。
新演出とのことですし、指揮もネゼ=セガン御大ですし、楽しみにしております!
それでは、お開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。