世界観警察

架空の世界を護るために

METライブビューイング『ドン・カルロス』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

最近バレエばかり観ているような気がしているので、オペラも色々鑑賞したいところ。

 

 そんなわけで、先日、メトロポリタン歌劇場ライブビューイングの、フランス語・五幕版『ドン・カルロ(ス)』を鑑賞して参りました!

↑ 今シーズンはよく通っている気がする。

 フランス語の上演を拝見するのはかなり久々で、とても楽しみにしておりました!

普段はロシアオペラばかり観ているのですが、『ドン・カルロ』、実はヴェルディオペラで一番好きなレベルに好きな演目です。そんなに詳しくはないですが……。

 それにしても、上演時間約5時間とは! ワーグナーじゃないんだから……と思いつつ。一応十分のインターバルが二回挟まれていることだけが救いです。

 

 というわけで、今回はこのドン・カルロス』の感想を簡単に書いてゆきたいと思います。

それでは、お付き合いのほど、宜しくお願い致します。

 

 

 

キャスト

ドン・カルロ:マシュー・ポレンザーニ

エリザベッタ:ソニア・ヨンチェヴァ

ロドリーゴ:エティエンヌ・デュピュイ

エボリ公女:ジェイミー・バートン

フェリペ2世:エリック・オーウェン

大審問官:ジョン・レリエ

指揮:パトリック・ミラー

演奏:メトロポリタン歌劇場管弦楽団

演出:デイヴィッド・マクヴィカー

(※慣れの問題でキャラクター名をイタリア語表記で書いています。)

 

雑感

 前回観た『ドン・カルロ』が新国立劇場のもの(イタリア語・四幕版)だったので、フォンテーヌブローのシーンも映像では久々に観る気が致します。新国立の上演も良かった……、また近々やって欲しいですね。通いたかったんですが、人気だったのか席が無く……。

普段よく聴いているものはイタリア語版ですが、五幕版なので、音楽に耳馴染みはあります。

Verdi: Don Carlo

Verdi: Don Carlo

  • Warner Classics
Amazon

↑ オススメ盤。

 いつも思うんですけど、カルロのロマンツァの "Fontainebleau!" の手前のクラリネットの入り方、ちょっとチャイコフスキーっぽいですよね。

↑ ここ。木管ソロで三連で上がって行くの、それっぽくないですか?

 

 五幕版の第一幕ですが、これがあるのとないのとでは、カルロへの理解の度合いが大分変わりますよね。まあ、インタビューでポレンザーニ氏も言っているように、カルロはたしかにハムレットのような錯綜、屈折した難しい人物なので、そもそも感情移入するのが大変ではあるんですが……。

ご承知の通り、『ドン・カルロ』は史実をベースとした創作です。史実でのカルロは、身体・精神疾患があり、そもそも父フェリペ二世がエリザベッタを娶ったのも、彼女を加害癖のある息子から守るためだった、という説さえもあり、それが仮に事実であるとすれば、フェリペ二世もシラーに災難な描き方をされたものだ、と思ってしまいますね。

 

 マクヴィカー演出のセットは、終始モノトーンカラーの閉塞感ある巨壁があります。この閉塞感! よく合います。新国もモノトーンカラーでしたね。流行なのか。

 

 フォンテーヌブローの場は、当たり前にフランスが舞台なので、なんとなくフランス語歌唱が合うような気がします。二重唱の "marchons tous deux" が繰り返されるところ、フランス語の方がずっと好きです。

オケも歌手陣も素晴らしく、映画館ながらに圧倒される、これだよこの感じ……と一幕から大満足。今更言いますけど、歌手の豪華さヤバくないですか?

 

 『ドン・カルロ』は名旋律の宝庫で、好きなポイントも非常に多いのですが、個人的には四幕版第一幕、五幕版第二幕に当たる、最初の合唱と僧侶(先帝)の独唱が一番好きなのではないかというくらい好きです。四幕版では、ほんとうに冒頭になるので、最初から多幸感に満たされますね。

 僧侶のソロの旋律めちゃくちゃ好きなんですよね……。ここが綺麗だと既に「ああ来て良かったなあ」と思います。


 久々にフランス語版で聴いて、最初の合唱の時点で「これほんとにフランス語の方が原語なのか!? 歌詞入り切ってなくないか?!」と感じてしまいました。やはりイタリア語こそ「歌う言語」なのか。

しかし、個人的にはフランス語の方が縁が深いので、意味はこちらの方がわかりやすいななどと当然のことを考えたり。日本語字幕が付いたフランス語版の映像は無い(少なくともわたしは観たことがない)ので、新鮮に感じたり。

フランス語だったお陰で、Tutoyer と Vousvoyer の使い分けがよくわかって良かったです。カルロとロドリーゴの対話など、結構気にして観ると面白いポイント。

 

 インタビューでロドリーゴ役のデュピュイ氏も仰っていましたが、カルロのポレンザーニ氏の演技が大変上手い。あんなに八の字眉の情けない表情(※褒めています)で、あんなに力強い歌声が出るものか。力強いとは言っても、弱音や吐息の入れ方も丁寧で綺麗で、がなる感じは全くなく。であるのに、重唱では声量絶対負けないですからね。

「フランス語なので、イタリア語よりも流れるような感じで」という発言もありましたが、流石のポレンザーニ氏、フランス語での歌唱をよく研究されているなあという印象を受けました。

 

 良くも悪くも、濃すぎるキャラの揃った『ドン・カルロ』。

恋も政治もどっち付かず、優柔不断なポンコツ王子カルロに、オペラ界一のイケメンキャラクターの呼び声も高い、ポーザ侯ロドリーゴ。権謀に長けた、THE・ヴェルディメゾソプラノなプライド鬼高美女エボリ。悪役かと思いきや、孤独な玉座に思い悩む父フェリペ。そして真の裏ボス、恐怖の大審問官。

そのなかで、言い方は悪いですが、「ただの貞淑な美女」となっているエリザベッタは、立たせるのが難しいキャラクターであると感じます。行動は基本的に受け身で、被害者。内に秘めた想いは強くとも、それが表面化することはない為、主要キャラクターでありながら、簡単に周りの濃いキャラクター群に呑まれてしまう危険性を秘めています。

 大カリスマ・ヨンチェヴァ氏は、そんなエリザベッタを主役に引き戻す強い力を秘めているなと改めて感じました。キャラクターの造形が頼りないなら、歌で魅せる! これは演劇ではなくオペラだから! という意志を感じましたね。

 

 オケは卒なく、気持ち薄味な印象。「ここもうちょっと溜めてもいいんだけどな~!」くらいの、ほんのちょっとした物足りなさが、逆に気持ちよかったりもします(複雑な心境)。これくらいの方がまた観たいと思わせるような気もして、これはこれで好きなんですよね。

 一方、歌手がた~っぷり聴かせるところは、当然合わせてきます。魅せ場、エボリ公女の『美しきサラセンの庭で』。例のカデンツァは技巧的で、それはもうた~~っぷり聴かせてくださいました。

バートン氏は、インタビューでトロヤノス氏の名前を挙げていらして、「だよね、わかる~~!!」の嵐。初めて観た『ドン・カルロ』のエボリ公女は彼女が演じていたので、わたしも「エボリ公女はトロヤノス氏!」の印象が凄く強いんです。ここでは、お衣装の話でしたけど、歌い方も参考にしたのかななどと考えたり。わたしも眼帯エボリ大好きです~~! アリアで剥ぎ取っちゃうのも好きです~~!!

 しかし、やっぱりエボリ公女のキャラクター性にはイタリア語の方が合っていそうですよね。技巧的で、声量も求められますし。

 逆に、二幕最後の三重唱の時に、ロドリーゴがフランス語なのが凄く良いなと感じました。韻の踏み方でしょうかね。具体的には下記の部分なのですが……。

L'infant Carlos, notre espérance,
vit dans le deuil et dans les pleurs,
et nul ne sait quelle souffrance
de son printemps flétrit les fleurs !
vous, sa mère, à ce cœur tendre
tendez la force et le repos...
daignez le voir, daignez l'entendre !
Sauvez l'infant ! Sauvez Carlos ! 

……

Ah ! L'infant Carlos, du roi son père,
trouva toujours le cœur fermé:
et cependant, qui sur la terre
serait plus digne d'être aimé ?
Un mot d'amour à ce cœur tendre
rendrait la force et le repos.
Daignez le voir, daignez l'entendre,
sauvez l'infant ! Sauvez Carlos ! 

 一目瞭然ですが、脚韻を踏んでいますね。イタリア語と比較してみたのですが、この部分は末尾二音がよく目立つわけなんですけれども、ここに ran-ce, en-dre など、語末に r などの強い音を伴ったり、子音が二音以上続くのが、よりよく聞こえる要因なのかな……などと考えていたりしました。比較すると、イタリア語は普段は有利となる母音が多いことが、ここだけは間が抜けて聞こえる要因となるのか……と気が付いたり。

 

 そんなロドリーゴは、ここでもエボリ公女とは対象的に、魅せ場であんまり溜めないタイプ。

友情のデュエットは、ロドリーゴが悪いというより、カルロ役のポレンザーニ氏が強すぎて、どうしてもほんの少し力負けを感じましたが、ソロは素晴らしいですね。

しかし、デュエットの冒頭、それこそ "Dieu" よりも "Dio" の方がよくないですか!? ここは絶対二音節の方がいいって……。

 

 どうでもいいんですけど、三幕一場のエボリ公女の "Nulla!"、フランス語版だと "Rien!" になるんですね。『カルメン』ラストの、指輪を突っ返す "Tiens!" をめちゃくちゃ想起してしまいました。似てる。

 

 インタビューで、デュピュイ氏がロドリーゴのことを「自由が恋人」って言っていたのめちゃくちゃいいなあと思いました。個人的に、政治研究をやっていたこともあって、政治的な熱意に燃え、それを第一とすることには、一抹の共感と、多大な尊敬の念を抱きますよ。まあみんなロドリーゴのことは好きだと思いますが……(偏見)。

 わたしは『ドン・カルロ』が好きですが、この戯曲、何が悲しいと言って、史実ベースの物語なのに、ポーザ侯ロドリーゴだけ完全に架空の人物なんですよ! そんな悲しいことあります? あんな優れた人物はこの世にはいないと……なるほど……泣けますね……。

 

 泣くと言えば、第四幕、フェリペ二世に感情移入しすぎて毎度泣けるんですよね。この作品で一番泣けるの、第四幕のアリアだと思っていますよ実際。先帝、カルロだけではなくフェリペ王にも慈悲を掛けてあげて欲しい。

METライブビューイング、今シーズンのテーマは「おじさんの苦悩」なのでしょうか!? いや冗談抜きに……。『ボリス・ゴドゥノフ』のタイトルロールに泣かされ、『エウリディーチェ』の父に泣かされ……。(残念ながら、しかし居心地の良すぎる)閑散とした夜の東劇で泣くのだんだんクセになってきました……。


 『ドン・カルロ』の戯曲が優れているなあと思う点として、大審問官の登場が非常に遅いことです。それまで父フェリペ二世の恐怖を煽っておいて、本当の裏ボスは大審問官という。あの失明しているかのような、焦点の合わないながらも目力のえげつない演技、非常によかったです。

大審問官を前にすると、フェリペ二世がもう子供のようにさえ見えてくるの、非常に良いです。孤高の玉座に雁字搦めにされている王、せつないですね。『ドン・カルロ』は、愛する女性も友も父に取られた王子の話、と需要されがちですが、わたしには逆に思えます。

 

 これは完全に慣れの問題なんですけど、"Son io, mio Carlo," じゃなくてビビるなど。"C'est moi, Carlos!" だった……違和感がすごい……。

ロドリーゴ役にはちょっと重すぎる気もしますが、ホロストフスキー御大の歌唱が素晴らしいので、こちら聴いて下さい。

↑ こちらと、"Heroes & Villains" もオススメ。

 

 終幕の、カルロとエリザベッタが別れる際の二重唱も非常に良かったです。録音だったら隙の無い素晴らしいものだと賞賛の嵐だと思います。……が、正直なところ、第四幕で割と満足して集中力が切れ掛けていたので、またもう一度浴び直したいですね……(※1: 上演時間5時間です)(※2: そのうち休憩は20分です)。

 

 最後なんですけど、ロドリーゴエンドでした、ルート分岐入ってました恋愛シミュレーションゲームかという話ですが正にそんなかんじ)。でもよく見たら、予告の時点でネタバレしてましたね。

↑ いくら皆が筋を知っているオペラとはいえ、改めて見るとネタバレ配慮ゼロでめっちゃ笑いました。

舞台版の『罪と罰』も確かこんな感じだったなぁと思いつつ。

 

 カーテンコール後、僧侶(先帝)が写真撮ってて可愛かったです!! 前述しましたけれど、あなたの歌う旋律が好き!!

ドン・カルロ』もかなり話重いんで、最後にこういうのが見られるとほっこりしますね。

 

最後に

 通読ありがとうございました! 雑感のはずが何故か長くなって6000字弱。毎回そんなこと言っていますね、スミマセン。

 

 METライブビューイング、気軽に質の高いオペラが浴びられて有り難いですね……改めて……。『トゥーランドット』はそんなに得意な演目ではないので、行くか迷っていますが……。

 

 『ドン・カルロ』は、好きな演目なので積極的に浴びたいのですが、ヴェルディの中では知名度一段階落ちますからね(『椿姫』や『アイーダ』と比べて)。ヴァージョン違いも沢山ありますし、主要キャストは多いし、色々大変なのだとは思いますが、個人的に好きな演目なので沢山やって欲しいです。

 好きな割に、全然勉強できていないので、今後個人的にも知識を詰めてゆけたらと思います。

 

 それでは長くなってしまいましたのでこちらでお開きとさせて頂きます。また別記事でお目に掛かれれば幸いです!