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架空の世界を護るために

「スモーブロー」 - 近代レシピ考証

 おはようございます、茅野です。

明日(というか最早今日)、朝早いのに、書き始めたら止まらなくなってこの時間(※4時半です)。なんてこった。意識して中断するのって難しいですよね。

 

 さて、今回はお料理企画、近代レシピ考証シリーズです! 

↑ これまでの記事はこちらから。

 わたくしが帝政ロシアのオタクなので、今まではロシアものを中心にやって参りましたが、今回からはデンマークのお料理を開拓します。

 

 折角、我らが愛らしいお姫様の連載も完走しましたしね!

↑ 弊ブログでデンマーク関係といえば、勿論彼女について。デンマークのお姫様です。超可愛い。童話。

 

 今回は、デンマーク国民食と言われる「スモーブロー」に挑戦します。

ものっすごく簡素でシンプルな一品なのですが、そこには興味深い歴史が隠されていたので、今回紐解いて参りたいと思います。

 

 それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

 

 

デンマーク国民食

 「デンマーク料理」と聞いたとき、皆様は何を思い浮かべるでしょうか。何か瞬時に脳裏に浮かんだ方は、既にデンマークについて相当お詳しいとお見受けします。

多くの日本人にとっては、正直ピンと来ない……というのが実際のところなのではないでしょうか。わたくしも、このような企画を始めるまで全く何も思いつきませんでした。

 

 しかし、デンマークにも、「イタリアのピッツァ、アメリカのハンバーガー、ベトナムのフォー」にあたるものがあります。それこそが、スモーブロー(Smørrebrød)です。

 

 「スモー(smør)」とは、デンマーク語で「バター」のこと。そして「ブロー(brød)」は「パン」を指します。

つまり、そう、語義で言うと「バターを塗ったパン」のことなのだ!!

 ……。…………、…………。いくらなんでも、流石に質素すぎないか?

 

 ご安心下さい。デンマーク人だって単にバターを塗っただけのパンを貪り食っているわけでは御座いません。恐らく多くの方が抱いているであろう北欧のお洒落なイメージに反しますし、そんな姿。

 現代でよく食されるスモーブローは、基本的にはオープンサンドイッチで、「バターを塗ったパンの上に、何かお好みのものをトッピングしたもの」になります。フランスのオープンサンドがタルティーヌなら、デンマークではスモーブローです。

 わたくしの考えでは、日本食で喩えるなら、「丼」が近いのかな、と思います。上に乗せるのは天麩羅でも海鮮でもなんでも構いませんが、共通しているのは「下に白いご飯があること」、というような。

 

 「バターを塗ったパン」の上に乗せるのであれば、上に乗せるのものは本当に何でも良いようです。

葉物野菜を盛ってサラダ風にしてもいいし、肉料理や魚料理などのボリューミーなメインディッシュ系を乗せても OK 。時間が無ければ単にパテを塗っただけでもスモーブローたり得るし、チョコレートやフルーツでデザート風に仕上げても立派なスモーブローです。最早何でもあり。自由度の塊。キミだけのスモーブローを作ろう。

 ポイントは「下のパンが見えなくなるくらい具材を盛ること」!。いや、本体見えないんかーい。

そんな状態なので、手で持ち上げられるわけもなく、ナイフとフォークで食べるのがお作法だそう。パンそのものは然程大きくはなく、一人前で2, 3枚食べるのが普通のようです。

 

スモーブローの歴史

 「バターを塗ったパンに何か乗せただけ」というウルトラ簡単お料理ですが、一応ちゃんと歴史があります。

 

 まずは、ちょっとお固めの資料から引いてみましょう。

 Beverdingerne lurede hurtigt tendensen, og med næringsloven fra 1857 fik værtshuse mulighed for at sælge smørrebrød, som dog stadig blot var et stykke rugbrød med pålæg.
 Omkring år 1880 blev smørrebrød en langt mere delikat spise. <...> Derfor fandt man på at lægge traditionelle danske retter oven på rugbrødet. Derfor fandt man på at lægge traditionelle danske retter oven på rugbrødet. 

 居酒屋は流行に飛び乗った。彼らは1857年施行の「取引と営業の自由に関する法」により、スモーブローを販売することができるようになったが、これは未だライ麦パンにスプレッドを塗っただけのものに過ぎなかった。

 1880年前後から、スモーブローはもっとずっと繊細な一品になった。(中略)同時に起こった好景気は、人々が高価な食物を購入することを可能にした。その結果、ライ麦パンの上に伝統的なデンマーク料理を乗せるようになったのである。

Smørrebrød: Et stykke med hjemmerørt kulturarv

 最初は語義通り、「パンにバターを塗っただけ」でした。そしてなんと、法律が絡んでいるんですね! 非常に興味深いです。

 

 所謂産業革命などにより、首都コペンハーゲンに於いても、19世紀中頃の労働者の環境は劣悪になっていきました。お昼時間は切り詰められ、彼らは最早昼食の為に家に帰ることができなくなり、お弁当を持参するようになります。

パンを主食とする文化圏にとっては、「バターを塗ったパン」は一番シンプルで、安価で、一般的なもの。つまり、スモーブローの出発点は労働者のお弁当なのです。

 

 この「時間が無い労働者のためのお弁当」からスタートしたスモーブローの歴史は、二度の大きな転換点を迎えます。

 

 一つがこの1857年12月29日に施行の「取引と営業の自由に関する法」。こちらは、要は国民に職業選択の自由を与えたもので、スモーブローに対してのみならず、デンマーク経済を大きく動かすことになります。

 ザッと見てみたのですが、恐らく該当するのは、第58条の「(居酒屋は)パン、国産ビール、国産ブランデーを屋外で販売する権利を有す。 give Ret til at sælge Brød, indenlandsk Øl og indenlandsk Brændeviin ud af Huset.」のくだりかな、と思います。

法律にも関心があるので、全文を精査してみたいところですが、流石に全101条のお堅いデンマーク語はわたくしにはまだ早い……。

 こうして居酒屋での提供が始まったことにより、お弁当を持参するにせよ、外食するにせよ、「労働者の昼メシといえばスモーブローでしょ!」という潮流が生まれ、スモーブローは急速にデンマークに根付いてゆきます。

 

 二つ目の転換点は、スモーブローが労働者以外の手に渡ったことです。

ライ麦パンにバターを塗っただけの質素な労働者メシ。そんなスモーブローに、なんと貴族や富裕層が目を付けます。

 そう、彼らは、「最近巷で流行のパン、上に具材をてんこ盛りにしたら、映えるし美味しくない?」と気付いてしまったわけです。正解!!

こうして、労働者の味方であるスモーブローは、富裕層の手によって、お洒落で映えるお料理に変身を遂げたわけです。現代だったら文化盗用とかなんとか色々言われそう

 現代のデンマークで愛されるスモーブローは、この時に生まれた具材てんこ盛りバージョンが原型というか、寧ろそのものです。富裕層らしく、パンが見えなくなるくらい色々乗せちゃえ~! とどんどん盛っていき、元・労働者メシとは思えないほど豪華になりました。

 

 次に、ちょっと面白いお弁当に纏わる記述と、レストランについての記述を見てみます。どうぞ。

 Danmarks ældste, kendte madpakke stammer fra 1886. Den fandt man ved renoveringen af Rosenborg Slot i 1980’erne. Madpakken bestod af tykke skiver rugbrød, smurt med fedt og pakket ind i avisen Socialdemokraten.

 デンマークの最古の弁当は1886年に遡る。1980年代、ローゼンボー城の改修中に発見された。弁当は、厚切りのライ麦パンに脂を塗ったもので、新聞『ソシェールデモクラーテン(社会民主主義)』紙に包まれていた。

<...> Den første smørrebrødsrestaurant åbnede i 1880, og flere kom hurtigt til, så de, der havde råd, ikke behøvede medbragte madpakker, men kunne gå ud at spise med ligesindede i frokostpausen.

(中略)最初のスモーブロー専門レストランは1880年創業で、その後続々と続いた。これにより、弁当を持参する必要の無い経済的に余裕のある人々は、昼休みに同僚たちと外食できるようになった。

5 klassiske smørrebrød - MAD & VOLIG

 ロシアの宮殿(エカテリーナ宮)の床下からは女性の遺体が出てきましたが、デンマークの宮殿(ローゼンボー城)からはお弁当が出て来るのか……。へ、平和……!

いや、しかし宮廷勤めの労働者が「社会民主主義」新聞を読んでいた、ということは、それなりに不穏なのか……。

 

 ここでの「レストラン」は、富裕層向けのものですね。現在も、デンマークでは、スモーブローを専門とするレストランは数多く、特にランチで賑わうそうです。

 

宮廷にて

 労働者階級から富裕層までシンデレラロードを駆け上ったスモーブローですが、更なる高みを目指して邁進します。

 そう、なんとこのお料理、19世紀の時点で既に宮廷入りを果たしているのです。

 

 1866年6月、フレデンスボー城での記録です。どうぞ。

 De russisk gæster bliver budt på smørrebrød og lettere landige forfriskninger, som kammerherre Rødam udtrykte det; stikkelsbærgrød, opsat og oplagt mælk.

 ロシア人のゲストには、スモーブローと、田舎風の軽い軽食が提供された。また、侍従ローダムが書いているように、西洋スグリのお粥と、水切りヨーグルトも提供された。

               "Tak for dansen, Louise", Inger-Lise Klausen, 130p.

 1866年6月には、デンマークのフレデンスボー城に、弊ブログでは「サーシャ大公」でお馴染み、ロシアのアレクサンドル皇太子(後のアレクサンドル3世)が訪れています。

彼は、この旅で、国王の次女・ダグマール姫に求婚することになります。その際に、スモーブローが軽食として提供されていたというのです。

ちなみに、時間帯は夕方だったそうなので、おやつ扱いなのでしょうか。結構ヘビー。

 

 富裕層の間で流行するのが1880年前後からと考えると、1866年というのは随分早いように思います。しかしまあ、要はオープンサンドなわけですから、誰だって思いつくような一品ではありますよね。

 

 しっかし、サーシャ大公にスモーブローが提供されたということは、彼の兄である我らが殿下にも出されたのであろうか。その可能性高いですよね。ローダムさん、前々年のことも記録取っておいて下さいよ~。

 

 スモーブローは王家でも食され、当時外交的にも特に重要視されていたロシア大使団に提供されるところまで上り詰めました。料理界のナポレオンに認定しよう。

 

老舗レストランでの提供

 前述のように、デンマークで現在でも広く愛される国民食・スモーブロー。

スモーブローを専門とするレストランも多いので、自分用メモがてら、コペンハーゲンのお店を幾つかご紹介しようと思います。

尤も、わたくしが実際に行ったことがある店というわけではないので、実際の所はわからないです、すみません。自分の「行くところリスト」に入れておきます。

 

 特に有名なのは、『Fru Nimb(ニム夫人)』というレストランのようです。1909年創業。

↑ サイトがお洒落~。

 名前の由来になっているのは、ルイーズ・ニム Louise Nimb という方で、彼女は1900年に『ニム夫人の料理本(Fru Nimb's Kogebog)』という有名な料理本を出版しています。

こちらは、19世紀デンマークで最も有名なレシピ本なんだとか。入手済みなので、今度はここから何か作って遊んでみたいと思います。

 レストラン『ニム夫人』は、彼女の娘2人が始めたレストランとのことです。

有名なコペンハーゲンの遊園地、チボリ公園内にあるという立地も良いですね。

 

 『Café og Ølhalle "1892"(カフェとビアホール "1892" )』は、「1892年に提供されていたお料理をそのまま出すよ!」がコンセプトのお店。最高が過ぎる。歴オタ御用達。

↑ 動画まであって、恐ろしくお洒落。

 

 1877年創業の『Schønnemann(シューネマン)』は、現存するコペンハーゲンの最古のレストランの一つ。

↑ こちらもムービーを作っている……凝っている……。 

 

 是非とも行って実食したいところです。上に乗せるトッピングは、200種くらい選べるところもあるのだそうで。もう本当に何でもありだな……。目移り必須です。

 

 極東に住んでいては結構ハードルが高いので、取り敢えず今回は、いつも通り自分の手を動かしてみるコーナーを始めます。

 普段なら、ここでレシピの翻訳を入れるところですが、「パンにバター塗っただけ! 以上!!」に、レシピも何もありません。以上です。お料理超入門者向け。フリーダムに、好きなもの乗せて食べたいと思います。

 それでは実際にやって参りましょう。

 

再現レシピ

1. 用意するもの

【1人分】

ライ麦パン - 薄切り2枚

・バター

あとはお好みで。

 

2. パンの用意

 ライ麦パンをお好みの厚さに切り、オーブンでこんがりと焼き目がつくまで焼いて、バターを塗ります。

↑ 図、要りますこれ??

 我が家では、ホームベーカリーでライ麦パンを焼いているので、こちら自家製です。

今回は、1枚はバターのみ(左)、1枚はサワークリームを混ぜてみました(右)。

 

3. トッピングの用意

 お好みの具材を用意します。

 

 今回は、エビとバジルのものと、サーモンとブリーチーズのものを用意しました。

マリネした薄切りのタマネギを双方に敷き、バターを塗った方にはエビとバジルソースを和えたものを、サワークリームを塗った方にはサーモンとブリーチーズを載せ、胡椒・ディル・オレガノなどの香料を振ります。以上。

 

4. 盛り付け

 お皿に乗せたら完成です。

↑ ナイフとフォークで食べるのが伝統!

 

Velbekomme! 

 

食レポ

 何と言うか、誰にでも味が想像できると思うので、このコーナーが必要なのか不明なんですが……、シンプル・イズ・ベスト、ですよね!

パン焼いて具材乗せただけです。お料理とすら呼べないかもしれません。

でも美味いものは美味いのであります。手間隙と味が必ずしも比例しないのがお料理という魔境。

 

 トッピングに関しては、玉葱のマリネは必須ですね。めちゃくちゃ合います。ライ麦パンは酸味が強いので、それも合う要因となっているのかな。

海老とサーモンはド鉄板なので、絶対に外れないです。優勝。

 

 今回はシーフード系にしてみましたが、本当に何でもいいそうなので、色々なものを試してみたいですね。

皆様なら何を乗せますか? 是非とも教えて下さい。

 

最後に

 通読有り難う御座いました! 6500字強です。

 

 この記事は深夜に書いていたのですが、すっっごく飯テロでした。お料理企画の記事は夜に書くものではないですね……。

折角なので、近代デンマークのお料理も色々開拓していけたらいいなと思います!

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かれれば幸いです!