こんばんは、茅野です。
12月に入ったことだし、キリスト教のことを少しリサーチしておこうと思って、先日、『イエス・キリストの生涯』という凄いド直球タイトルのドラマを観ました。
↑ アマプラで観られます。こちらは1話へのリンク。
↑ 簡単なレビューはここから。
これが想像以上に面白くて、結構ハマってしまい、「流石世界最大の信者数を誇る物語だ、格が違え……」などと思い知らされました。復活したんだし、season 2 をやってもいいと思うんですよ、何故ないんですか。
サンタさんは聖ニコラオスなわけで、キリスト教の聖人なんだから、彼もきっと『イエス・キリストの生涯 season 2』をお望みのはず。願っておきます! 宜しく!!
さて、イエス・キリストの生涯の概要を理解したところで、今回は近代レシピ考証シリーズです。
↑ これまでの近代レシピ考証シリーズはこちらから!
イエス・キリスト降臨祭こと、クリスマスが近づいてきたので、今回はデンマークのクリスマスの伝統菓子を作ってみます。
取り上げるのは、デンマークの朝食・軽食として人気の「エイブルグロッド」と、クリスマスの焼き菓子「エイブルスキーバー」の二本立てです。
それでは、お付き合いのほど宜しくお願い致します!
エイブルグロッド
お先にエイブルグロッドの方から始めます。
「エイブルグロッド」は、デンマーク語では Æblegrød と書きます。æble とはリンゴのことで、grød は粥を指します。つまり、「リンゴ粥」という意味。
日本語では、「エーブルグロッド」と音写されることも。しかしいずれにせよ、デンマーク語の発音からは大きく外れるので、カタカナ読みしても現地では通じないと思います……、デンマークの発音は大層難しい。
過去に「世界の Kitchen から」シリーズで取り上げられたことがあるようなので、もしかしたらご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
↑ こちらも普通に気になる。今でも入手できるんだろうか。
米が主食の日本人にとって、「リンゴでおかゆを作る」というのは何とも奇想天外な感じがしますが、とにかくリンゴが好きなデンマークの民にとっては、数あるリンゴ大量消費レシピの一つ。
秋になると、各家庭の庭のリンゴがたわわに実のり、このようなお料理を作るようです。
素朴なお料理なので、特に「どこぞの有名シェフが開発!」というわけではなく、次第に家庭料理として浸透していったタイプの一品のようです。
何故今回の記事を二本立てにしたのかというと、エイブルスキーバーを作るのにエイブルグロッドが必要だから。続けて、エイブルスキーバーの方を確認してみます。
エイブルスキーバー
一方、「エイブルスキーバー」は焼き菓子です。
デンマーク語では Æbleskiver と綴り、æble は前述の通り「リンゴ」、skiver は「スライス(複数形)」です。従って、直訳するなら「リンゴのスライス」という、何とも焼き菓子らしくないお名前になります。
このデザートがデンマーク史に登場したのは、17世紀頃と言われています。
その頃はのエイブルスキーバーは、名前の通り、薄くスライスしたリンゴに小麦粉や卵を塗して焼いたものであったようです。それはそれで美味しそう。
19世紀になると、鋳造技術が発達し、複雑な形の鍋やフライパンを大量に生産することが可能になりました。それに伴い、日本人にはお馴染みの、そう、たこ焼き型のフライパンが登場するのです!
↑ 今回の企画のために買っちゃいました。関東人なので、実はたこ焼きを自分で作ったことがありません。折角買ったので、たこ焼きも作ってみたいところ。
日本人には「たこ焼き器」として知られるこちら、デンマーク人は「エイブルスキーバーパン(※ブレッドのパンではなく、フライパンのパン)」と呼びます。
我々日本人がデンマークで「たこ焼き器」を見て驚くように、恐らくデンマーク人は日本で「エイブルスキーバーパン」を見て驚くと思います。全く同じものです。
19世紀になると、このエイブルスキーバーは、ほぼ全く別物のお菓子に進化します。
このたこ焼き器……もといエイブルスキーバーパンを使い、リンゴソースを中に入れた、ベビーカステラのような焼き菓子になるのです。
この「リンゴソース」が、先ほどのエイブルグロッドに相当します。
こちらの進化したエイブルスキーバーは、クリスマスによく食べられるようになりました。
デンマークを代表する童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話の中でも、クリスマスの物語にエイブルスキーバーが登場します。
Naar saa Juletræet var seet og Gaverne uddeelte, fik hver et lille Glas Punsch og æblefyldte Æbleskiver.
クリスマスツリーを眺め、プレゼントが配られると、みんなは小さなグラスに注がれたプンシュを一杯と、リンゴの詰まったエイブルスキーバーをもらいました。
"Krøblingen" (1872). - H. C. Andersen
ちなみに、大畑末吉先生の日本語訳だと、「アップルパイ」になっています。確かに「エイブルスキーバー」と突然言われても、大半の日本人には何のことかわかりませんが、アップルパイと言うとまた思い浮かぶものが大分変わる印象です。
↑ 以前全巻セットを買って、マラソンを走りました。
ちなみに、「プンシュ」は英語で言うパンチのことで、アルコール飲料です。だから子供たちには「小さなグラス一杯」なんですね。
尚、このエイブルスキーバーは、20世紀に入ると更に変貌し、中身がリンゴではないものが生まれ始めます。
中に何も入れず、チョコレートソースや粉砂糖を上から掛けて食べたり、中にラズベリージャムやチョコレートを入れるようになります。
従って、逆に現代では、「どうしてエイブルスキーバーにはリンゴが入っていないのに、エイブル(リンゴ)という名前なの?」という疑問がよく検索されています。
しかし、アンデルセンも書いているように、19世紀には中にリンゴを詰めるのが主流でしたので、近代(主に19世紀)を追うこちらのシリーズでは、19世紀流に、中にリンゴを詰めて作ってみたいと思います。
レシピ
エイブルグロッド
今回使用するレシピは、『Fru Nimb's Kogebog(ニム夫人の料理本)』という、近代デンマークで最も有名なお料理本です。デンマークのお料理考証では、主にこの本を見ています。
まずはエイブルグロッドの方から見てみましょう。
Æblegrød
エイブルグロッド(リンゴ粥)
Efter at have skrællet Æblerne og fraskaaret Kærnehusene og hvad der maatte være ormstukket og fordærvet, skærer man dem i Stykker og koger dem møre i saa meget Vand, som kan bedække Bunden af Gryden.
Det gør Æblegrøden velsmagende, naar man kommer et lille Stykke Smør sammen med Æblerne i Gryden.
Æblerne gnides igennem et Dørslag; de sødes efter Behag, sættes atter over Ilden med lidt Citronskal eller Vanille og faa et Opkog.
Æblegrød serveres enten med raa eller med kogt Fløde.リンゴの皮を剥いたら、芯と、虫食いや腐っている部分があれば取り除き、一口大に切り、鍋底が隠れるくらいの水で柔らかくなるまで煮る。
バターを一欠片入れると、美味しくなる。
リンゴを濾し、お好みで甘くして、少量のレモンピールかバニラを加えて火に掛け、沸騰させる。
冷えた、或いは温めた生クリームを掛けて給仕する。"Fru Nimb's Kogebog"(1897). - 61p.
シンプルですね。そして、本当にほぼリンゴしか使わないという……! それでお粥になるのか……? 試してみましょう。
エイブルスキーバー
続いてエイブルスキーバーについて。このレシピは、現代でも「決定版」と言われるほど人気が高く、スタンダードになっているレシピです。強い。
イーストを入れるものと入れないもの、2種類の記載があるので、両方見てみましょう。
Æbleskiver med Gær
1 Ib Mel, 1 Teskefuld Sukker og lidt stødt Kardemomme .røres med en halv Pot lunken Mælk, 3 Æggeblommer og for 5 Øre Gær. Denne drysses med Salt, som bevirker, at den nemmere opløses. Dejen stilles hen ved Varmen i to Timer, for at den kan hæve sig.
Lige før Bagningen piskes Æggehviderne og røres i Dejen.
En Æbleskivepande ophedes, og i hvert Hul hældes lidt smeltet Smør eller Klaret.
Hullet fyldes derpaa halvt med Dej.
Naar Æbleskiverne begynde at blive brune, kommes lidt Æblemos i hver.
De vendes med en Gaffel og bages lysebrune paa den anden Side.
I Stedet for at fylde Æbleskiverne med Æblemos kan man servere den særskilt til dem.1ポンドの小麦粉、砂糖小さじ1、挽いたカルダモン少々を、少し温めたミルク半カップ、卵黄3、イースト5オーレと一緒に混ぜる。溶けやすくするため、塩を振りかける。2時間生地を温めて寝かせる。
焼く直前に卵白を泡立て、生地に混ぜる。
エイブルスキーバー用のフライパンを温め、それぞれの穴に溶かしバターか澄ましバターを少し流し入れる。
次に、穴の半分まで生地を入れる。
エイブルスキーバーに焼き色がつき始めたら、それぞれにアップルソースを少し入れる。
フォークでひっくり返し、反対側にも焼き色をつける。
エイブルスキーバーにアップルソースを入れず、別添えにしてもよい。"Fru Nimb's Kogebog"(1897). - 412p.
Æbleskiver
エイブルスキーバー
10 Æggeblommer piskes med 4 Skefuld Mælk. Heri røres 3/4 Ib Mel, 1/2 Pot Fløde eller sød Mælk, Sukker, Vanille eller reven Citronskal og tilsidst de til Skum piskede Hvider.
De bages som ovenfor forklaret.
De spises strax efter Bagningen.卵黄10個と、ミルク大さじ4を混ぜ合わせる。そして、小麦粉3/4ポンド、生クリーム又は牛乳1/2カップ、砂糖、バニラ又はすり下ろしたレモンピールを混ぜ入れ、最後に泡立てた卵白を入れる。
前述した手順で焼く。
焼きたてを給仕する。"Fru Nimb's Kogebog"(1897). - 413p.
焼きたてを給仕! いいですね。やってみましょう。
再現レシピ:エイブルグロッド
1. 用意するもの
【一人分】
・リンゴ - 1個
・バター - 1欠片
・ミルク 又は 生クリーム - 好きなだけ
(・砂糖 - 任意)
(・バニラ - 任意)
(・レモンピール - 任意)
とても今更なのですが! わたくしは個人的に、熱したリンゴが苦手でして……。克服を試み、何度アップルパイに挑み、何度敗北したかしれません。生なら食べられるんですけれども。
しかし、是非とも19世紀のデンマークのレシピに挑戦してみたかったので、フードロスを発生させないように、分量は弱気に、1個で行います。
しかし、リンゴが好きな方はもうじゃんじゃん量を増やしてください!
2. リンゴを煮る
リンゴの皮を剥き、一口大に切って、バターと共に鍋に入れ、鍋底が隠れる程度の少量の水で柔らかくなるまで煮ます。
↑ キッチンを漂う甘酸っぱい香り。
中火で15分くらい煮ると、ある程度水分が飛びました。
バターを入れたので、艶が出て照りっ照りです。愛おしい(?)。
3. 濾してもう一度煮る
一度鍋から下ろし、濾し器などで濾して、お好みで砂糖、バニラエッセンス、レモンピールなどを加えます。
↑ ここでの行程が終わったもの。
日本人は考えた。「これ、最初からおろしで摺り下ろした方が楽じゃね?」と。多分次やるときはそうします。しかし一応、レシピに忠実にやってみました。
最後に乳製品を掛けるので、今回はエクストラで加えるものを、レモンピールではなくバニラとお砂糖にしてみました。
栃木県民には申し訳ないのですが、東京の民にはレモンと牛乳の相性が良いとは思えず……。
4. 盛り付け
もう一度火に掛けたら器によそい、生クリームかミルクを好きなだけ掛けたら、完成です。
↑ クローブを振りかけて気持ち程度の映えを狙う。
Velbekomme!
食レポ
ほほう、今まで食べたこと無い味ですね……。
煮て、ミルクを掛けたことによって、リンゴ特有の酸味が抑えられています。甘さを強く感じるので、お砂糖は入れなくてもいいかもしれません。
バニラの匂いがとても効いていて、追加は大正解です。シナモン、クローブ、カルダモンなどのスパイス類を掛けるのもとてもお勧めです。よく合います。
ミルクとしっかり混ぜ合わせると、ビジュアルがちゃんとお粥らしくなります。なるほど、「リンゴ粥」……!
まあ、お粥なので、食欲を誘うビジュアルか、っていうと、ちょっと返答に困ってしまいますが……。
少しだけリンゴのシャリシャリした食感が残り、好みによって潰す荒さを変えるのも良いだろうな、と思いました。
温かいお料理なので、スパイス類も相俟って体が温まります。確かに、冬の朝ご飯に良いだろうな~と感じますね。
しかし、夏は冷やして食べるのも美味しいだろうなと思います。バニラアイスを乗せて食べるのも美味しいとか。それは間違いないな。
おろしが自宅に常備されている日本のキッチンなら、殊更作りやすいと思いますので、リンゴが余ったら、一度お試しください!
再現レシピ:エイブルスキーバー
1. 用意するもの
【小さめサイズ・約15個分】
・卵 - 2個
・ミルク - 70ml
・薄力粉 - 70g
・砂糖 - 好きなだけ
・バニラエッセンス - 数滴
・カルダモン - 好きなだけ
・ミルクをかける前のエイブルグロッド(アップルソース) - 好きなだけ
先ほど作ったエイブルグロッドを使用します。
生地を寝かす工程が面倒だったので、今回はイーストを入れないバージョンで試してみることにしました。
現代なら、普通にパンケーキミックスで作ってしまうのが早いかもしれません。
2. 生地の用意
卵黄、ミルク、小麦粉、砂糖、好みでカルダモンやバニラやレモンピールを加えて混ぜます。
別のボウルで、卵白を白く膨らむまで混ぜた後、生地に加えてさっくり混ぜます。
イーストを入れなくても、卵白をしっっかりと泡立てれば、ふわふわの生地になりますのでご安心を。
きめ細かい泡になった卵白を加えているので、生地はもったりした液状です。泡を破壊しないように、サックリ混ぜ合わせるのがお勧め。
今回は、エイブルグロッドの他に、一応、20世紀流に、ラズベリーソースも用意してみました。
体感的に、デンマークではリンゴとラズベリーが二大フルーツという感じで、この二つの果物を使ったデザートが群を抜いて多く、人気であるように思います。
現地のラズベリーのペイストリーもすっごく美味しかったのですよね。リンゴとラズベリーが好きな方は今すぐ行こうデンマーク(今は行くには寒い)。
3. 焼成
油を塗り込んだエイブルスキーバーパンを熱し、穴の半分まで生地を入れた後、エイブルグロッドを少量入れます。生地が固まってきたら、更に生地を掛け、串を使って、球体になるように形を整えながらひっくり返します。
両面、焼き目が付いたら取り出します。
一人でやっているので、お写真を撮る余裕がありませんでしたが、要領はたこ焼きと同じです(わたくしはたこ焼きよりも前にエイブルスキーバーに挑戦することになりましたが)。
大きいたこ焼き器をお持ちなら、ご家族や友人とパーティスタイルで焼いてもきっと楽しいと思います。
4. 盛り付け
完成です。現代では、粉砂糖を掛けるのも人気。
↑ 初めてやったにしては形になったと思いますが、入門者クオリティなので、不揃いなところは見逃してください。ちなみに、後方のマグカップはコペンハーゲンの町並みの絵柄。
Velbekomme!
食レポ
お味は想像できると思うのですが、シンプルに美味しいです。というか、これで失敗するわけがないまである。これは子供はみんな好きですわ、間違いない。
先ほどのエイブルグロッドが、エイブルスキーバーに入れるとまた味わいがかなり変わります。シャリシャリ食感がほぼ消え、とろっとしたシナモンとカルダモン風味のソースに。リンゴ嫌いでも美味しく食べられると思います。熱したリンゴが苦手なわたくしが証人です。
お子様のリンゴ嫌いを克服させたい親御さんがまず試してみるべきなのは、19世紀版エイブルスキーバーで決まり!
個人的にラズベリーが好きなのもありますが、ラズベリーソースのものもとても美味しいです。ふわふわした甘い生地に、酸味の強いラズベリーがベストマッチ。
20-21世紀流に、リンゴ以外のお好きなものを中に詰めてもいいと思いますが、恐らくラズベリーは特に相性がいいのだと思いますね。現代ではラズベリーソース入りのものがよく売られている理由はとてもわかります。
一口でパクッと食べられて、中がフルーツなので胃もたれを感じることもなく、無限に食べられてしまいます。大変危険です。1, 2 個つまむだけなら丁度良いデザートになると思いますが、絶対にそれでは止められないので、ダイエット中の方にはお勧めできないかもしれません。
でも、クリスマスという(キリスト教徒にとっては)大事な年間行事で食べられるお菓子なので、ここは羽目を外してしまってもいいのかもしれません!
普通に気に入ったので、クリスマスが近づいてきたらもう一回焼こうかなと思います。皆様のお気に入りのフィリングが見つかったら、是非教えてください。
最後に
通読ありがとうございました。8500字ほど。
鉄板ネタですが、改めて、各地域のクリスマス事情を探ってみたいですね。無論、特に近代の!
昨年、サンタクロースの元ネタって聖ニコラオスだよな……と気がついてから、今更クリスマスには関心が湧いてきた非キリスト教徒の図。遅い!
東方正教会且つ、ソ連時代に宗教を否定したロシアはかなりトリッキーなんですよね……、近代のデータをどれほど掘り起こせるものでしょうか。リサーチを深めていきたいですね。
そういえば、先日、こちらも今更ながら、E. T. A. ホフマン御大の『くるみ割り人形とねずみの王さま』を読みました。
バレエファンは勿論、クリスマス気分を盛り上げたい読書家の皆様にもお勧めです。地味に、抱き合わせの『ブランビラ王女』がめちゃめちゃ面白い。皆様の解釈をお聞かせください。
次の記事は、デンマーク旅日記シリーズに戻れたらと思います! どんどん書いて行かねば。
次回は我らが殿下、並びに愛すべきお姫様の聖地巡礼を開始した2日目編です。お楽しみに。
それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目にかかれれば幸いです!