世界観警察

架空の世界を護るために

NTLive『善き人』 - レビュー

 こんにちは、茅野です。

Happy Halloween !! ……とはいえ、近代のオタクをしていると、近代ではあまりイベント化された形跡がないので、縁がないのですが。軽率にお菓子の交換会をして欲しい。

 

 さて、先日は National Teatre Live の演劇『善き人』にお邪魔しました。

↑ まず『善き人』ってタイトルがよすぎる。GOOD.

 一週間くらい前に観たのですが、ちょっとバタバタしていて、書く時間が取れず……。簡単に文字書きをしておきます。

 

 今回は、備忘がてらこちらの雑感を記して参ります。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

 

 

キャスト

ジョン・ハルダー:デヴィッド・テナント
モーリス、他:エリオット・リーヴィー
ヘレン、他:シャロン・スモール
作:C・P・テイラー
演出:ドミニク・クック

 

雑感

 前回『ベスト・オブ・エネミーズ』から続いて、政治に纏わる物語です。NTL の政治もの、大好きです。どんどんやって欲しいですね。

↑ めちゃくちゃ良かった。2回行った。

前作の方が「エンターテインメント」感が強く(そこも含めて作品として重要な点なのですが)、単純な面白さ( Funny の方)では前作に軍配が上がると思います。

 

 一方、今作は、ミニマルな少人数劇で、真面目な内容です。

主要登場人物は3人だけ。主に男性はエリオット・リーヴィー氏が、女性はシャロン・スモール氏が担当しますが、リズ、フレディは逆転しています。ちょっと『リーマン・トリロジー』風ですが、あちらの方が配役の妙がある印象。

 少人数劇が好きなので、個人的には嬉しいですね。主演だけ役柄が固定なのは NTL だと『ヘンリー5世』と同じです。

 舞台も非常に狭く、灰色の牢屋風。俳優さんの演技一本で魅せる! という漢気を感じます。俳優さんは大変でしょうが、やり甲斐は凄まじいでしょうね……。

 

 今回はカメラワークが MVP と言っても過言ではないかもしれません。演劇のライブビューイングとは思えないほどで、このようなカメラワークは好き嫌いが別れると思いますが、とにかく質は優れていました。

幕間のインタビュー集でもお話がありましたが、観客に語りかけるナレーション部分が多いです。その際に、グッとカメラがズームになり、映画か、それ以上の臨場感を演出しています。


 ナチス・ドイツの物語ということで、NTL だと『レオポルトシュタット』を想起しました。『レオポルト~』は豪華、こちらは簡素で、大分方向性は異なりますが。

↑ NTL 版。

↑ 新国版。

 同じ問題を多角的に観られるのがいいですね。

 

 今作は、一応、原作も買ってみました。NTL での上演と台詞も全く同じはずです。色々読み返したいと思います。

電子書籍で買いました。お勧め。

 

 ほぼ俳優さんの演技と、カメラワークのみで魅せる本作。特に主演のデヴィッド・テナント氏はずっと観ていられます。

Twitter で、彼が「全然瞬きをしない」というツイートを観測していたので、目元に注目していましたが、確かにナレーション(独白)時、カメラがズームになると全然瞬きをしない……、凄い。どうなっているんだ。

意識したところでなかなかできる芸当ではありません。日常パートでは結構しているので、やはり意識しておられるのだろうな……。

 

 物凄く「20世紀の知識人」の役が似合い、最早そうにしか見えないのですが、画像検索してみると普段は全然違う役を演じられているようで。あのモヒカンのやつは一体……? 芸が広い。

最後のナチの軍服は全然似合っていなくて、それがまたメッセージ性を強めていたように感じました。こういう、本来なら「似合わない」はずの人が、沢山この服着ていたんだろうな……。

 

 戯曲のタイトルからして、この作品のメッセージ性は明白です。

「普通の良い人」は無意識に差別的で、利己的で、権威主義的。

ジョンは天使のような聖人ではありませんが、コミックに出て来るような悪者でもありません。こういう人が「一般的」なわけです。だからこそ、ナチスが台頭できたわけで。

それが世界の恐ろしいところ。善悪二項対立ではありません。

 

 インタビューでは、「音楽の話が沢山出てきて、親しみが湧く」という話が出てきました。

確かに、BGM を指定してくれるのは演出に優しい(?)と思います。但し、そこに隠された意味を理解するには相当教養がないと難しそう……。

台詞でも『ラインの黄金』や『神々の黄昏』は言及がありましたし、『ローエングリン』が流れていました。

↑ 3幕序曲は全人類すきでしょ(主語デカ)。

どうしよう、ワーグナーくらいしかわからん。やはり「ナチとクラシック」というとワーグナーなんでしょうか。

ワーグナー自身反ユダヤ思想が強い人ですけれども、あのナチにテーマ音楽扱い(?)されているのは流石にちょっと災難だなと思いますね……いやしかし、ヒトラーワーグナーの反ユダヤ思想に影響を受けた、なんて話もありますし……うーん……。

思想の強い芸術家のファンは大変だ。

 

 何回も言及があったテノール歌手リヒャルト・タウバー氏は、探したらドイツ語で我らが最愛の『エヴゲーニー・オネーギン』のレンスキーのアリアを歌っているものを見つけました。

↑ ドイツ語歌唱だと結構違和感ありますが。

まあレンスキーってドイツ留学帰りなわけだし、ドイツ語で詩を書いてもおかしくないですよね(?)。

 

 他には、ショパン『幻想即興曲』などが言及されていました。

しかし、白眉は勿論、ヤギの歌(?)でしょう! かわいい! かわいい!! 本作品に於ける数少ない癒やし!! あれ OST で出しましょう!!

あの超クール系のインテリみたいな風貌で急に躍りながら童謡歌うのやめて……何かが開拓される……。

 

 ナチ研究といえば、最近は『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』が話題ですね。鑑賞に際して、共に読み合わせると良いと思います。

 

 また、老齢で、盲目で、認知症で、希死念慮が強いという、かなり介護が難しい母を持つジョン。そこで、辛さのあまり安楽死を肯定的に捉えた小説を書いていまい、それがヒトラーに気に入られて……、と物語は進んでゆきます。

安楽死に関しては、『良い死 唯の生』が話題になりましたね。

 人の死を願うことが罪深いことは疑問の余地がありませんが、そう「偽善的」なことを言っていられないことがあるのもこの世界です。介護をするジョンが辛い思いをし、「毎日がこんなに大変なんだし、ちょっとくらいは良い思いをしてもいいよな……」と浮気に走ったりするのも、なんというか、胸糞悪いながらもリアルだなあと思ってしまいますね。

 難しい問題ではありますが、ナチに関しても、(安楽)死に関しても、人類が人類である以上向き合って行かねばならない問題です。

 

 ジョンの母、彼の妻ヘレン、浮気相手のアンは全てシャロン・スモール氏が演じています。メイクやお衣装替えも無く、即座に役が入れ替わったりするので、本当に演じ甲斐があると思います。

声音だけで誰を演じているのかが一発でわかるのが凄い。デヴィッド・テナント氏も然りですが、訛りまで変えているのが凄い。

 

 また、ジョンの親友モーリスを演じるエリオット・リーヴィー氏も良いですね。不安で、図らずもイライラしてしまったりするところなど、とても臨場感がありました。

 

 最後に、恐ろしく狭かった舞台が開け、囚人服を着たユダヤ人が音楽を奏でている、というラストも強烈。

ジョンの頭の中で鳴っていた「音楽」は、全て現実であったということですね。演出の妙です。

 

 こんなところでしょうか。

ミニマルでシンプルで真面目な、質の高い演劇で、話は暗いものの、演劇の入門にも良いかも知れません。ナチに関心がある方は勿論、そうでない方も観て欲しい作品です。

個人的にもこういうスタイルの演劇は好みなので、またやっていって欲しいですね。

 

最後に

 通読ありがとうございました。3500字強。

次の NTL は何を魅せてくれるんでしょうか、情報公開が待ち遠しいですね。また色々政治劇をやって欲しい。

 

 次回の記事ですが、またレビュー記事になるかと思います。某好きな作品が観られそうで、とっっても楽しみにしています。

ところで、最近全然バレエを観ていないのですが、何かお勧めの公演があれば教えて下さい。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。