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架空の世界を護るために

METライブビューイング『ナブッコ』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

観劇ラッシュが止まりません! これでも諦めた公演もあるんですよ、2-3月、どうなっているんですか、わたしに旅日記の続きを書かせてください。

 

 というわけで、今回も観劇レビューで御座います。先日は皆大好きMETライブビューイングから、オペラ『ナブッコ』にお邪魔しました。

↑ 4作目にして、今シーズン初めての古典。

 久々の(?)古典演目、且つ「この時期の『ナブッコ』」ということで、注目していた上演です。

 

 時間もそんなにありませんので、備忘がてらこちらの雑感を簡単に記して参ります。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

 

 

キャスト

ナブッコ:ジョージ・ギャグニッザ
アビガイッレ:リュドミラ・モナスティルス
フェネーナ:マリア・バラコーワ
イズマエーレ:ソクジョン・ベク
ザッカーリア:ディミトリ・ベロセルスキー
指揮:ダニエレ・カッレガーリ
演出:エライジャ・モシンスキー

 

雑感

 第一印象として、席が埋まっている……ということですね……。今シーズンの前三作の数倍は入っていたのではなかろうか(とはいえ、満席みたいな話ではないのですが、勿論というか、残念ながらというか)。

 やはり皆新作は嫌いなのであろうか。面白かったのに。ほんとうに舞台芸術の観客は保守的であることを実感する瞬間である。

 

 MET の多様性を重んじる姿勢は大好きですが、それにしても、トロンボーンの方は何者なんだ。凄くパンクにロックだった……。

今回は、オケピの中もかなりアップで映すカメラワーク。好き嫌いは分かれそうですが、ライブビューイングの良さである、細かいところもじっくり観察できるところは良かったです。

ハープ二台とも深紅のお化粧をしているのが素敵でした。

 今回はチェロが死んでいなくて良かったです。『ナブッコ』でもチェロは重要枠ですよね。『マノン』でも頑張って欲しかった。

 

 まあ、MET の古典は歌唱面に於いては余程のことがない限り外さないですが……、「余程のこと」はありませんでした。

まず最初のザッカリーアが素晴らしい。ここで今日も大丈夫そうだな! と確信。

ところで、MET ライヴュだと「ザッカーリア」という表記。わたしは「ザッカリーア」とアクセントは後ろだと思っていたんですが、実際のところどうなんですかね。教えてイタリア語強者。

 

 ちょっとだけ調べてみると、2017年の『ナブッコ』ライブビューイングと、出演者がほぼ一緒なんですね。演出、アビガイッレ、ザッカリーアが同じです。

わたしは2017年のライビュには行っていませんが、「流石にいつメンすぎるのでは? それってどうなの?」と思わなくは無いですね。まあそれだけ、これが「最強の布陣」ってことなんでしょうか。ちなみに、この時はナブッコプラシド・ドミンゴ御大、指揮がジェームズ・レヴァイン御大の模様。超ビッグネームだけど性加害で訴えられた人々

 

 『ナブッコ』といえば、「主人公は合唱」というイメージ。とはいえ、個人的には、結構ナブッコもアビガイッレも歌うよな? と思っていたのですが、実際に全幕の 2/3 が合唱で構成されているそうです。本当に主人公は合唱だった!

ナブッコ』は、初期ヴェルディ出世作。今では珍しくもないですが、当時はいきなり合唱から始まるというのは画期的だったのだとか。初演は1842年です。殿下の一歳年上か~

 

 『ナブッコ』に於けるヒロインって、フェネーナなんですかね。アビガイッレは悪役……? ちょっと分類がわかりませんが、主要キャラクターでは一番見せ場が多いまであるアビガイッレです。

個人的には、オペラに出てくる、悪役寄りの、気位・容姿・地位・能力など色々な意味で「強い」女性キャラクターが好きです。アビガイッレ・デリラ・アムネリス・オルトルート辺りの……。最後に毒を呷るの解釈違いなんですが! 最後までしぶとく抵抗して欲しい!(?)

 まだまだベル・カント色の強い初期ヴェルディ作品も十八番とのことで、スーパードラマティックな声の持ち主です。スピントと紹介されることが多いようですが、ゴチゴチのドラマティック・コロラトゥーラタイプでは? 力強い上、弱音やアジリタも綺麗、低音もしっかり出ると、隙がないですね。

これはワーグナーもゴリゴリ歌えちゃうタイプだろう……と思ったら、意外と歌っていない模様。十八番はこちらのアビガイッレと、『ノルマ』のタイトルロールとの由。ああ~~合いそう、納得~。

片手に直剣を携えて出てくるのもイケメンすぎます。似合いすぎる。

 ウクライナの方と聞いてピンと来ましたが、やはりタチヤーナ役で大劇場(ウクライナ国立歌劇場)デビューしている模様です。勿論ターニャもいけそう。とっっても聴きたかったのですが、動画見つけられず。見つけた方いらっしゃったら教えてください。

 

 フェネーナのマリア・バラコーワさんは、これは皆さん最初に言及せざるを得ないかと思いますが、とにかく美人です。とても美しい。これは可憐な王女様。そりゃイズマエーレも惚れるよ。

そしてそんな容姿に反して(?)、低音になるとガッツリコントラルト系。これは良いオリガ歌いですよ、間違いありません。

 

 恋人イズマエーレは、韓国出身のテノール、ソクジョン・ベクさん。MET 初登場との由。発掘されるのが遅くない!? というイタオペヴォイスな期待の新人です。とはいえ、これまでに結構 ROH などで歌っている模様。

ヴェルディなので全然いいんですが、ヴィブラートの幅がかなり大きいタイプ。今後に注目です。

 

 タイトルロールのナブッコことナブコドノゾール(名前が難しい)はジョージ・ギャグニッザさん。前半は出番控えめですが、後半には名アリアがあります。

また、演技がとても難しい役でもあります。1・2幕では傲慢極まる王、3幕冒頭では錯乱して弱々しく、終盤では覚醒して「王の中の王」になります。なんだそれは。

旧約聖書が元なので、ストーリー破綻気味ご都合主義的でブッ飛んでるところもなくはないです。まあヴェルディのオペラは大体ストーリー破綻しているし仕方ないそれでも現代まで残っているのは、音楽の良さということでしょう。逆に、音楽一本勝負しているとも言える。強い。

 『トスカ』のスカルピアのイメージの強い氏ですが、今回聴いてみると、バリトンにしては柔らかい響きをお持ちだな~という印象に。貫禄ある容姿も相俟って、王様役似合いますね~。

 

 美術も結構豪華で、クラシカルなスタイル。バビロニアイスラエルが文字通り「表裏一体」になり、くるくる入れ替わるのが示唆的でした。色々な意味で。

 

 話は前後しますが、後半で気が付いたのですが、アビガイッレ・フェネーナ姉妹のネイル、お揃っちですか? 白系で似ていて、意図的なのかな、と思いました。不仲な二人ですが、一緒にネイルしたんだとしたら可愛いな。

 

 また、最後の処刑台が、絞首刑スタイルで、いや、古代の話なので当然といえば当然なのですが、前日に『カルメル会修道女の対話』(※フランス革命の物語)の予習をしていたので、「そうか~、ギロチンじゃないのか~」とか思いました(?)。

カルメル会』の話は次回の記事でします。

 

 幕間のインタビュー。今回の司会役は、最近 MET での起用が格段に増えてきたエンジェル・ブルーさん。前回が極太眉毛氏だったので、随分落ち着いた印象に。

 

 出演者が皆非英語圏の出身なので、MET のインタビューにしては珍しく少し控えめだったのが逆に印象的でした。ここ、大体「喋るぞ喋るぞできれば笑いを取るぞ」みたいな自己主張強めな方が多いので(※褒めています)。

 それにしてもギャグニッザ氏、めちゃめちゃ英語上手くなった……凄すぎる……。皆世界最高峰の大劇場でイタリア語で主役級を歌って、休憩も無く即座に英語でインタビューっていうの、怖すぎませんか。心から尊敬します。

 

 インタビューでは、作品に関しての問答の後、ウクライナ侵攻の話に。確かに、主役級がウクライナジョージア・ロシアなど、東欧系の方が多いので、然もありなんというところ。

特に、ギャグニッザさんの「ナブッコ王は、かつて傲慢であったが、神の怒りに触れて改心する王だ。何とは言わないが、現実に起こるとも限らないよね(※明らかにプーチンを暗示している)」というお話は、当意即妙、機知に富み、的確で、笑いさえ生み、流石の一言に尽きました。数年前は英語で受け答えすることすらままならなかったのに……成長がえげつなすぎる。

 

 ギャグニッザさんのお話は大変素晴らしかったのですが、しかし個人的には、この公演でメトロポリタン歌劇場は「上手く逃げたな」というのが感想です。東欧系の歌手を、謂わば「盾」にしたな。

何と言って、『ナブッコ』は、旧約聖書を元にした、バビロニア古代イスラエルの物語ここで言及されるべきは、ロシアによるウクライナ侵攻ではなく(勿論こちらも大問題ですが)、イスラエルによるパレスチナ侵攻ではあるまいか

 

 名合唱曲『行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って』は、わたしも大好きな曲ですし、「イタリアの第二の国歌」として受容されてきた歴史があることは有名です。しかし、その歌詞といえば、シオニズム賛歌的な受容も可能ですし(この曲は主に「祈り」だけれど)、この曲に限らず、『ナブッコ』の歌詞の多くにはそのような側面があります。

 無論、旧約聖書の時代は(それがどれほど現実に基づくのか知りませんが)、バビロン捕囚などがあり、ユダヤ人が迫害され、苦境に陥っていたわけですし、ヴェルディの時代にはまだ現代のイスラエルは建国されていなかったわけですから、この作品そのものについてとやかく言うのはナンセンスです。当時には当時の歴史観・価値観・文脈があり、それを蔑ろにして、現代の尺度で推し量るのは間違っている。

 しかし、この作品を、わざわざ、2024年に上演するんですよ。何か一言くらいエクスキューズを入れないものか。メトロポリタン歌劇場ともあろう大劇場が、この時期にこの演目を上演する意味を理解できないなんてことがあるだろうか。

日本の外務省君はシオニスト政権のお偉いさん方と美味しくスイカを食べて楽しかったかな?

 

 間違いなく、意図的に、触れないようにしているんですよね、パレスチナ侵攻に。

インタビューで触れられていないことも理由の一つですが、この確信を深める要因となったのが字幕で、イスラエル」という歌詞を、全て「ユダヤ」に置き換えているんですよね。

これは流石に卑劣すぎるのではあるまいか。「イスラエル」と「ユダヤ」は別の概念であり、混同してはならないことは中東政治に於いては常識中の常識である。それを、間違いなく意図的にやっているのだから、大層悪質である。

どういう「指示」があったのか知りませんし、もしかしたら翻訳者さんにも葛藤があったのかもしれないけれど、わたしはこれは「誤訳」であると言いたい。

 まあ、パレスチナ問題に触れないことは、正直予想はしていたのですが、ここまで悪質なことをやるとは思わず、幻滅しています。その行動は信頼を損ねている。それに気付かないほど、オペラ鑑賞ファンは間抜けではないぞ。

 

 メトロポリタン歌劇場というか、その総裁ピーター・ゲルブ氏は、ロシアによるウクライナ侵攻に対しては非常に厳しい態度を取っていて、一時は過剰なほどのロシア文化・ロシア人芸術家キャンセルをしていたことは記憶に新しいです。

「その」メトロポリタン歌劇場が、イスラエルによるパレスチナ侵攻を黙認し、言及しないどころか、字幕の改竄までするとは驚きですねえ。そういうの、ダブルスタンダードって言いませんかね。

 まあ、メトロポリタン歌劇場って、ニューヨークのド真ん中にあるわけで、アメリカ政府と足並みを揃えないといけないという「大人の事情」があること自体はわかりますよ。しかし、ここまで「従順」だとは思わなんだ。

こんな状態で『行け、我が想いよ』とかを歌われても、興醒めでしかないわけですよ。

夢の舞台を提供する場だからこそ、いい加減現実を直視して貰いたいものですね。

 

 さて、話題を変えます。

次回の『カルメン』でタイトルロールを歌うアイグル・アクメトチナさんが、「カルメンを歌うのは、自分にとっては朝飯前なんですけど~(意訳)」と仰っていてひっくり返った。いや、言いたいことはわかるんですけど。声質に大変合っているのもわかるんだけども。衝撃発言です。

個人的には、『カルメン』は飛ばそうかな~……と思ってはいるのですが、この発言に関心を持った方は是非。

 

 こんなところでしょうか。

上演は大変よかったです。流石 MET の古典、というところ。とはいえ、2017年とキャストや演出が似たり寄ったりなので、前回の上演を観た人なら、物足りなさを感じるかもしれませんが。

 上演はよかったからこそ、意地でもイスラエルによるパレスチナ侵攻には触れないぞ、という、わたしから見れば露骨な、悪趣味なまでのやり方には殊更失望を禁じ得ません。

こんな弱小レビュワーのご意見なんぞ届かんとは思いますが、しっっかりと反省して頂きたいところです。

 

最後に

 通読ありがとうございました! 6000字ほど。

 

 ご存じの方はご存じかと思いますが、わたしは国際政治の研究会で、主にアラビア語圏の政治研究を担当していました。専ら舞台芸術や近代ロシアについての話をしているブログや Twitter だけご覧になる方には意外かもしれませんが、そこでのわたしの二つ名は「終身名誉エジプト大使」。意外と色々な顔を持ち合わせている茅野であった。

 アラブ連盟主導のイスラエル・ボイコットや(まさか今マ○ドナルドやスターバ○クスを好んで買う人はおるまいな)、アラブ民族主義についてもかなり勉強しましたし、自分が主催する企画では、6ヶ月掛けて準備して、トランプ政権による「エルサレム首都宣言」について扱ったこともあるくらいですから、無論パレスチナ情勢についてもそれなりにウォッチしています。

イスラエル政府がこんなに悪逆非道だったとは」みたいな感想を見る度に、「今頃気付いたか?」みたいな気持ちになっています。いえいえ、今からでも気付けるだけ良いのですよ。人命以外に関しては、何事も遅すぎるということはないですからね。

 従って、わたしが元よりアラブ(ここではパレスチナ)に同情的であることは認めましょう。わたし自身は普段「イスラエル」と呼ばず、「シオニスト政権」と呼んでいるくらいには「思想強め」である

しかし、わたしは「アラブが好きだから見過ごせない」とかではなく、純粋に人道的な人間でありたいし、苦境に立つ者の味方でありたいと思いますね。紛争に巻き込まれてしまった無辜のイスラエル人の力にもなれたら良いのですが。

 

 それにしても、どうなっているんですか昨今は。わたしのオタクとしてのメインジャンルは相も変わらず19世紀の帝政ロシアですが、現代ロシア連邦政府も愚か極まるし(別にナワリヌイさんを支持しているわけでもありませんが、なんなんですかあれは。帝政時代以下なんだが)、ガザは殊更地獄だし、わたしの好きな地域ばっかり侵略したりされたりで、全く心が痛むばかりである。

Миру мир,

!السلام العالمي

 

 さて、次回もオペラのレビューです。溜まりかけている!

前述の『カルメル会』について書く予定です。暫しお待ちくださいませ。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです!