こんばんは、茅野です。
新国『オネーギン』が終了し、ひと段落……かと思いきや、オペララッシュが続きます。幸せですが、書く時間が欲しい。待って。
さて、先日はみんな大好きMETライブビューイングのオペラ『アマゾンのフロレンシア』にお邪魔しました。駆け込みです。『オネーギン』と同時にやらないで……(ワガママ)。
↑ 今シーズン3連続の新作・MET 初上演作品。
先に観に行っていたオペラ好き仲間の父が、「まだこの先上演続くけど、今シーズン最高では」と言っていて、そこまで言われたら期待せざるを得ない! 寝不足でも寝落ちないと信じ、駆け込んで来ました!
今回は、いつも通り、備忘がてらこちらの雑感を記して参ります。
それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!
↑ 幻想的で素敵。
キャスト
フロレンシア・グリマルディ:アイリーン・ペレス
リオロボ:マッティア・オリヴィエリ
ロサルバ:ガブリエラ・レイエス
アルカディオ:マリオ・チャン
パウラ:ナンシー・ファビオラ・エレーラ
アルバロ:マイケル・キオルディ
船長:グリア・グリムスリー
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:メアリー・ジマーマン
雑感
今回は新作オペラにしては比較的席の埋まりが良い部類。ソワレ枠最終回っていうのもあるんでしょうか。
何が面白いといって、紹介役が人気テノールの極太眉毛ローランド・ヴィラゾンさんだってことですよ、もう、テンション高すぎ!! 出オチでめちゃくちゃ笑えます。最高。
彼の歌唱はそれなりに聴いていましたが(わたしは彼のマスネ作品がとても好きで、特にウェルテル役が素晴らしいです)、実はインタビューなど素の部分を観るのは初めてだったので、「こんなにパリピだったの!?」と驚愕しました。それこそウェルテルなど、気難しい役を担当することが多いものですから、ああ、そう思うと、凄く演技派だったわけなんですね……、変なところで評価上がった……。
寧ろ、ここの部分だけ無限に再生していたいヴィラゾンファンも多いのでは? ヴィラゾンファンは今すぐ『フロレンシア』を観るんだ(歌いはしないけど)。
驚いたのが、彼が前日にパパゲーノ歌ったという話で、「え、いつバリ転した!?」とこちらもとても衝撃的でしたが、もしかしてテノールのままパパゲーノ歌ってます……?
↑ しかも、まさかの英語版だった!! この演出のこのお衣装が一番似合うテノール選手権、ブッチギリ優勝なのでは?
うーん、やっぱりバリトンの役歌うのはちょっとキツそうに聞こえる……、お衣装の似合い方えげつないけど!!
ヴィラゾンさん、テノールとしては超絶パワフルで、低音もぶっとい声が出ますが、やっぱりバリトンとしては厳しいんだな……。声部変更って難しいですよね……。
同郷のペレスさんとは『ロミオとジュリエット』で共演経験があるらしい。ヴィラゾンさんがロミオを歌うときは、相方はネトコ様の印象が強いですが、このペアも気になるなあ。CD か DVD 出してくださいね。
さて、演目の話です。
タイトルは『アマゾンのフロレンシア』と、キャラクター名ですが、かなりしっかり群像劇になっています。客船で繰り広げられる人間模様を楽しむ、所謂「クローズド・サークル」系(ミステリではないけど)。
オペラでいうと、ちょっと『ラ・ボエーム』などに近いと言えるかもしれません。
『ボエーム』といえば、音楽自体もちょっとだけプッチーニ風です。現代オペラですが、そのおかげでもの凄く聴きやすい。プッチーニ系のメロディアスな旋律に、変わった楽器も交えて南米の森奥の幻想的な要素が加わっているようなイメージ。ダレるところもあんまりないし、短めだし、ストーリーも簡素ですし、オペラ初心者にもとても勧めやすいですね。
ヒロインの職業が「歌姫」というところも、プッチーニを想起するポイントかも?
ヒロインのフロレンシア。
あらすじなどに「謎めいた歌姫」というような感じで書かれているので、相当ミステリアスなんだろうと思っていたら、実際にミステリアスなのは恋人のクリストバルの方だった! ということが、割と序盤の方でわかります。これはかなり意外でした。逆に、クリストバルはマジで何者なんだ。
いや、確かに、作品内世界の住人にとってはフロレンシアはとても謎めいた存在なのですが、我々観客には、現在までの経緯や心情などをハッキリ歌ってくれます。
ペレスさんは、中低音の歌声がものすっごい独特です。低音と高音で声が全く違う。これは、声楽的に考えるとあまり宜しくないことではあるのですが、何か不思議な魅力があります。なんだろうこれは。
低音は、所謂胸声が強いと言ったらいいのか、地声に近い声になりますが、一方で高音はストレートな声で、パワフルなものも弱音も素晴らしい。
父は、「以前に低音聴いたときに全然ダメだなって思ったけど、今回高音綺麗すぎてなんなら推せるまである」とまで言っていました。流石に振れ幅大きすぎる。
一方でわたしが感じたこととしては、この声質、めちゃくちゃターニャに合うのではないか……!? ということ。案の定、MET でも歌っていた!!
↑ ワーナー演出だ! 円盤を売ろうね。
ほらな~~??(?) 所々ロシア語怪しいし、低音はもう少し強く出たほうがよくはありますが、声質バッッチリじゃないですか。はまり役だあ! いっぱいいっぱい歌って欲しいな!!
「現実と幻想の橋渡し役」と紹介されていたリオロボ。観て納得しました。確かに。
序盤は、「神の視点」を持ったナレーター役みたいな感じですが、中盤では神官のような役割も果たします。面白いですね。
最初に容姿のことを書くのもあれですが、ハンサムなお顔立ちながら、首がすっごく太い……! 顔よりも太い……!! これは良い声出そう(偏見)。出てました。
また、物凄い演劇派で、中南米の気さくで陽気なお兄さん役を好演。そしてフロレンシアをお姫様抱っこする腕力もあります。マッチョだ!!
キャラクターとしても、かなり良い役どころだと思います。
神に語りかけるときの「ヨルラス!」という言葉は、調べても『フロレンシア』の情報しか出て来ず、もしかしたら創作語(呪文? 神の名前?)なのだろうか。
彼が歌うアマゾンの天地創造神話、「混沌から始まってヘビが作った」というような話もとても面白く、後でリサーチしておこうと思います。
フロレンシアの限界オタク、ロサルバ。
彼女は、「フロレンシアはこういう女性であってほしい、こうあるべき」と理想を "推し" に押しつけ、それを信じ、崇拝している、特にナマモノ(三次元)に於いて一番よくないタイプのオタクです。自分の理想を勝手に推しに押しつけるな~~!
しかも、事実に基づかない自身の妄想の入った伝記を、「事実」として売りだそうとしており、2幕では、思わず「オタクちゃんさあ!!!!」と叫びそうになった。フロレンシア姐様、ガッツリファクトチェックやっちゃってください!!
ロサルバのこのような側面は、同じ三次元に好きな対象のいるオタクとしては、一番関わりたくないタイプなのですが、歌はペレスさんよりもストレートなリリックソプラノでとても素敵です。
アルカディオとの恋も実ってよかった。もうああいうクソオタクムーヴしたらあかんぞ(戒め)。
アルカディオ。
ライブビューイングなのでそういう部分もよく見えてしまうのですが、ずっっとプロンプターか指揮を見てるのがよくわかってしまいました。そう思うと、やっぱり他の歌手はみんな自然に視線を動かしていて、演技上手いんだなあ、と改めて感じざるを得ません。
スペイン語のオペラは初めて聴きましたが、やはりイタリア語にかなり近いですね。
アルカディオの歌で、 Alba なんとか~(イタリア語でもスペイン語でも「夜明け」の意)というところがあり、「あれ? イタリア語をやっておけば、結構わかっちゃったりする?」と思いました。ここ、お顔のアップになっていて、舌の動きがよく見えて興味深かったです。
壮年夫妻組も、ほんとうに良いキャラター性でしたね。正にクローズド・サークル系にぴったりという感じ。
最後はハッピーエンドで何より。だからこそ、フロレンシア組(組と言ってしまう)の方が……。
物語自体は、ガルシア・マルケス風で、そのお弟子さんがリブレットを執筆されたのだそう。
確かに、中南米のマジック・リアリズムってかんじですね。かなり好みです。わたしはフアン・ルルフォくらいしか読んだことが無い無学者なので、お勧めの作品がありましたら是非教えてください。
今回、演出もとてもいいな……! シンプルながら、効果的で、オペラの演出ってこれでいいよな……と思います。
字幕の出し方が『ユーリディシー』に似ているな、と思っていたら、ほんとうに『ユーリディシー』の演出担当の方だった!!
↑ 『ユーリディシー』と『チャンピオン』が個人的に MET 新作オペラ二大巨頭。自信を持ってお勧めできます。初見で観たとき後半ボロ泣きしたし、気に入りすぎて2回観に行った……。アンコール上演やるときは皆さん必ず観て……。
そりゃ、質がよいだけではなく、わたしの好みでもありますわ。納得です。
今回は、アマゾンに生息する動物たちを模した、パペットや、奇抜なお衣装のバレエ(それこそ先ほど貼った『魔笛』のような)が登場。
個人的には、特にカワイルカの動きが一番気に入りました。ダイナミックで素敵!
カワイルカは、マイルカやバンドウイルカなどの、水族館でも人気の海のイルカに比べて、なんと言ったらいいんでしょう、こう、その~……、ブ、……不細工なデザインなんですが!!(気になる方は是非画像検索してみてください)。今回の演出ではスタイリッシュに昇華されていました。
船の甲板を表す、柵を動かす時の弧でさえ美しい。計算され尽くしています。
休憩中、今回は上演時間自体が短かったので、お手洗いに行かなかったのですが、それが吉とでました。パペットのお猿・ミゲルが、「僕はモンキーだよ、君はなあに?」とやっていて、めちゃくちゃ可愛かったです。
休憩中ではありますが、是非観て欲しいポイントですね。
主要人物たちの乗る船は、マナウスという街、そしてそこの劇場を目指しています。そこってもしかして、パヴァロッティが歌いに来た劇場では……?
↑ 今更ながらこの間観ました。マナウスのテアトロ・アマゾナスは、この映画の冒頭で訪れるので、特に印象的です。
続けて観たので、こんなにダイレクトに繋がるとは思わず、驚きました。
主に群像劇として進む『アマゾンのフロレンシア』ですが、最後の最後にヒロイン・フロレンシアの長い見せ場があります。
この最後のソロが素晴らしいんですよ。ここだけで観る価値あり。酔えた……。
今まで群像劇だったことを忘れて、これはもうフロレンシアの物語だ! という印象がついて終わります。凄い。
↑ 例のとても特徴的な低音から始まります。低音に関してはものっっすごく好き嫌いは分かれると思う。でも高音は誰からも文句出ないくらい綺麗。
お衣装もとっても素敵で、翅に関しては、船長さんの「エメラルドなんとか(聞き慣れなくて覚えられなかった……)」という蝶の種類のヒントがありましたし、後ろを向いたときに予想できてしまいましたが、やっぱり翅が広がるところは感動的でした。
個人的に、深緑色が好きというのもありますが、エレガントさと蝶のデザインをよく落とし込めています。
それで、それで結局……クリストバルはどうなったんだ~!!(全鑑賞者の心の叫び)。そもそも、バタフライ・ハンターってなんなんだ~~!! というか、オペラで主要人物として名前が出てくるのに、黙役としてさえも出て来ないって、とても珍しいパターンなのでは……!?
クリストバルのことが「最後までわからない」ということがこの作品の大きな魅力の一つではあるのですが、それはそれとして!
こんなにフロレンシアが美しい愛を抱いているのだから、彼女が最悪のケースを覚悟し、受容していたって生きて再会してほしいよ……純然たるハッピーエンドになって欲しいよ……と願わずにはいられないオタク心。
クリストバルの行方や生死がわからないまま終わるのは、愛する文学作品『アルマンス』の「オクターヴの秘密」のようで、多様な解釈が可能になりますし、余韻があり、個人的にはとっても好みではある……ではあるのですが! 今回はフロレンシアが素敵すぎて、もうハッピーエンドでいいよ、そういうことにしよう、何故確定しない?? という気持ちになりました。
これ、演出によっては、クリストバルの存在を描写するものもありそうですね。そして「オクターヴの秘密」を愛するわたしは、それを受け入れられないんだろうな、とも。やはりジマーマン(ツィンメルマン)さんの演出は良い……。
皆様は、フロレンシアとクリストバルは、あの後どうなったと考えますか。
愛する人を汎神論的に捉えるのは、愛の形としても、死の受容としても、完成形だと思います。実は、我らがお姫様なんかも後にそういう捉え方をしていたりします(機会があればいずれご紹介します)。
この「受容」の境地に辿り着くのは困難ですが、美しく力強いフロレンシアからは受容を感じられて、とても観後感がよいと思いました。
最後のカーテンコールでの、マエストロ・ネゼ=セガンがめちゃくちゃあざとくて可愛かったです。今回もとっても素敵な棒でした。彼はほんとにオペラの演奏外しませんね、流石世界の MET の芸監。
MET では約100年ぶり(!)だというスペイン語オペラの上演でしたが、とてもメロディックで聴きやすい旋律で、上演時間も短く、歌手も演出も大変高水準なので、初心者にも勧めやすい名作だと感じました。
お勧めです!! まだ間に合う方は是非!
最後に
通読ありがとうございました。6000字ほど。
行方不明ネタというと、個人的には、『イノック・アーデン』を想起しますが、フロレンシアはこの物語のようにはならなさそうで良かったです。
また、『イノック』の話をこちらにも書いているのですが、個人的に想起したのは、『RiME』というゲームで、こちらスペイン製のゲームです。『フロレンシア』もスペイン語(こちらは中南米ですが)ですしね。
ネタバレをしてしまうと、この作品の主人公の少年は実は亡くなっているという解釈が一般的なのですが、過去に「実は生死不明で、行方不明なのではないか?」という説を提示したことがあります。
↑ 考察記事。スペイン語読めないながらも努力はしました。
これらの作品の中では、『フロレンシア』が一番明るい終わり方な印象を受けますね。
さて、次の MET ライビュは『ナブッコ』!
CD はよく聴きますが、実演や映像を観たことがなく、長らく観たいと願ってきたので、とても楽しみです。
しかし、作品中で最も有名な合唱『行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って』は、言ってしまえばイスラエルの愛国歌みたいなところがあるので(歌詞がバビロン捕囚の際にイスラエルに帰郷することを願ったユダヤ人のもの)、この時期に上演することに関し、MET はどういうエクスキューズを入れてくるのか? その辺りも含めて、楽しみにしています。
それでは、今回はここでお開きと致します! また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。