世界観警察

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METライブビューイング2018『サムソンとデリラ』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

3週連続オペラの予定です。芸術の秋が来た!

 

 先週は、MET ライブビューイングで『ユーリディシー(エウリディーチェ)』を観てきました。

3 月の本上演で観ていたのですが、あまりに良かったので、「追い」です。2 回目。

↑ なんでもいいから早く円盤を出すんだ。

 2 回目だからこそ気付くこともあり、楽しい観劇でした……。『ユーリディシー』はいいぞ。
2 回目の観劇では、オペラはじめての友人も連れ込んでいました。「最初が現代物ってどうなんだ?」とは思いつつ、思えば、わたしも初めてのオペラはグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』でしたので、同じ題材繋がりということで……(?)。

今こそ増やそうオペラファン。

 

 さて、2 週目となる今週は、同じく MET ライブビューイングから、アンコール上演の『サムソンとデリラ』を。

 『サムソンとデリラ』、なかなか知名度ある作品である割には、あまり上演機会がない印象です。実際、生で拝見したことが御座いません。

それもあって、今回は是非とも伺おうと思っておりました。

 

 というわけで今回は、こちらの雑感を簡単に記してゆきたいとおもいます。

それでは、お付き合いのほど宜しくお願い致します!

 

↑ 最近の MET のキービジュアルかっこよすぎですよね……。こんなデリラに堕ちないわけがなかった。

 

 

キャスト

サムソン:ロベルト・アラーニャ

デリラ:エリーナ・ガランチャ

大司祭:ロラン・ナウリ

長老:ディミトリ・ベロセルスキー

指揮:マーク・エルダー
演出:ダルコ・トレズニャック
演奏:メトロポリタン歌劇場管弦楽団

 

雑感

 今回、『サムデリ』だ! というだけで、レコーディング日やキャストを調べずに参ったのですが()、何って、キャストがとんでもなさすぎる。なんだこの厨パァ!

キャスト表の時点で勝利が確約されている……。

 

 ロベルト・アラーニャ氏って、どうしてあんなに前半勇ましくて後半情けない役がお似合いになるんですか(※褒めています)。というか、そういう役ばっかりやっていらっしゃるので、そういうイメージが強すぎます。このサムソンは勿論、『アイーダ』のラダメスとか、広報にもあった『カルメン』のドン・ホセとか……。

 一幕一場の時点で絶好調ですね。カッコいいサムソンが観られるのはここだけ!

 

 ご承知のように、アラーニャ氏はフランス語歌唱やフランスオペラが得意。

あの人、我らがロシアオペラ『エヴゲーニー・オネーギン』のレンスキーですらフランス語で歌いますからね。衝撃的でした。

↑ ロシア語で歌っているものもあるんですけどもね。当然歌唱は非常に上手いんですけれども、まあまかり間違ってもレンスキーではないですね()。

 

 デリラ役のガランチャ氏。こんなの出てきたらもうね、堕ちるしかないですよ(二回目)。煌びやかなお衣装もよくお似合いで、今舞台上では妖艶な中東の美女で御座います。

声量があって、低音から高音までムラ無く力強く、美しい。よく演じられている役というだけあって、慣れも感じます。

 ガランチャ氏のデリラの解釈は、「人間味を感じさせる」というもので、より奥深くなっています。環境が違えば、確かにサムソンとデリラは一般的な仲睦まじいカップルにも、ロミオとジュリエットのようにも変化したことでしょう。

「悪女は見飽きたでしょ?」とのことですが、悪女も素敵ですよ!
細やかな表情の変化は、正にライブビューイング向きで、アンコールに取り上げられた理由もわかろうというものです。

 

 大司祭役のナウリ氏は、この間新国立劇場でもお目に掛かったばかり。

↑ こちらもフランスオペラ。

 フランス語歌唱の安定感は抜群です。バリトンとしては、声質が明るめに感じたのは役の影響もあるでしょうか。

 彼は美人さんでいらっしゃるんですけれども、威厳ある大司祭としてはもう少し貫禄が欲しいところ。ゆったりとした衣から覗く細腕は、繊細で美しいんですけれども……。
いや、聖職者だし、勇士サムソンとの対比もあってこれでよいのか……?

    インタビューにて、「ロマンティックな恋人役が演じたくても、この声だから悪役しか回ってこないんだ」ってユーモアたっぷりに話していてめちゃくちゃ可愛かったです。高笑いから始まって、「いつか使えるかと思って(てへぺろ)」と話すお茶目さん。かわいい。

 

 主役級に化け物キャストが揃っているので、当然観応え・聴き応え共に文句なしです。オーケストラ、合唱も、世界の MET で御座いますからね。至宝級。

 

 演出は、緞帳を使わないタイプのもの。丸い額縁のような枠が特徴的です。

それにより、あの MET の大舞台が狭く見えます。個人的には、少し舞台を広く使う方が好みなのですが……。

 

 『サムデリ』第 2 幕は、殆どが主役級三人による歌唱で占められています。
従って……、暴力的(※良い意味で)。もう、そうとしか表現のしようがないです。美音の暴力。

「これだよこれこれ~! これを浴びにオペラ観に来てんだよ~!」という充足感と多幸感とオペラ愛に包まれます。これ生で観てたらとんでもなかったんだろうな……。

 

 みんな大好き『あなたの声が私の心を開く』。「メゾソプラノの国歌」と言われていて笑いました。

デリラ最大の魅せ場。めっっちゃ酔えます。観に来て良かったほんとに。

 いつも思うんですが、このアリアの前の、サムソンの最初の ≪ Je t'aime! ≫ が低音なの、ほんとサン=サーンスはわかってるなと思うんですけれども、如何でしょうか。

 二重唱のデリラの後のコーラングレとハープのエロさ、優勝です。サン=サーンスは天才。ガラやリサイタルでもよく取り上げられるこの曲ですが、これだけは絶対にオーケストラで聴きたい。

 途中で上着を脱ぐのも官能的で、演技も素敵だ……。

 どうでもいいんですけれども、公式動画の英語字幕では、 ivresse を rapture と訳していて、ハッとしました。後半の聴かせどころ、≪ Verse-moi, verse-moi l’ivresse! (私を恍惚で満たして!)≫ のところですね。

英単語 rapture には宗教的な意味もあって、主にキリスト教の文脈に於ける「昇天」のような意味です。専門的には、「携挙」といいます。

サムソンとデリラ』は、旧約聖書を元としていますし、宗教対立の物語なので、ここでこの語を持ってくるのは洒落ているなあ、と感じました。

日本語では、そのような含意を込められないのが勿体ないですね。普通に「恍惚」か「快楽」かになっていたと思います。

 

 一点気になったのは、雑音が目立つということです。靴音、衣擦れ……。今までこんなことなかったような気がするので、最新のものは録音機材などが変わったと考えるのが妥当でしょうか。

 

 それから、幕が開いた瞬間に拍手が起こるという点。いや、名公演なので、拍手をしたい気持ちはとてもよくわかるのですが、演奏中は謹んで欲しいな……。バレエ公演か?

 

 2 幕終盤、3 人くらいニンジャがいましたね……。アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?  なんだあの動き……。あんなペリシテ兵が、サムソン一人に敗れるというのか……、恐るべき髪(神)の力。

どうでもいいですが、逆に日本語では、「髪」と「神」を掛けられるのがいいですよね。

 インタビュー中でも髪のことは毎度ネタにされていました。わたくしも、五年ほど前からずっとショートカットにしているので(最近はツーブロックまで入れています。快適です。老若男女に広くオススメしたい。)、力が湧いてこなかったら、髪と神にその責任を押しつけておこうと思います(?)。

 

 第 3 幕。
石臼を引くサムソンが、この間の『ユーリディシー』のシーシュポスを想起させます。

↑ 実際は単なる演出上の黙役に過ぎないのですが、この存在感。
 
 幕間で軽くネタバレしておりましたが、今演出では、第 3 幕第 2 場にて巨像が登場。真っ金金! 図らずも、バレエ『ラ・バヤデール』の黄金の仏像を想起しました。

↑ 一回観たら絶対忘れないやつ。

 ちょっとインドというか、仏教をバカにしすぎなのでは? と毎度懸念にも思うものですが……。

 

 『サムソンとデリラ』第三幕といえば、みんな大好きバッカナールですよ!

 個人的な話ですが、丁度一年前くらいから、ロシア帝国皇太子ニコライ・アレクサンドロヴィチ殿下に纏わる史料の翻訳などを書いて遊んでいるのですが、彼が友人宛の手紙の中でバッカナールの話をしていて、それからずっと『サムソンとデリラ』が観たかったんですよね……。

↑ 恐らくワインでほろ酔い状態の殿下が葡萄酒の神の酒宴を想起する回。カワイイ(全肯定)。

 この手紙が書かれたのは 1863 年ですので、彼は『サムソンとデリラ』を観られていないんですけれども、個人的には、やはり「バッカナール」と言えばこのオペラであろうと。殿下はフランス語も堪能ですし、聖書の知識も豊富で、オペラもお好きとのことなので、是非とも観て頂きたかった……。

 

 わたくしはバレエもよく観に行きますが、正直に申し上げて、「オペラの中のバレエ」にはあまり惹かれません。
ミュージカルを忌避する方に、「なんで急に歌うの?」という意見が多いように(わたくしも同じように感じてしまうのですが)、「なんで急に踊るの?」という違和感が拭えないことが多く……。
 ストーリー上、例えば舞踏会などで実際に踊るシーンがあったとしても、プロのバレエダンサーと、合唱の差があまりに目立ったりすると、何となく興醒めしてしまうと申しますか……。
 しかし! この『サムソンとデリラ』の「バッカナール」で踊らずして、いつ踊る!? 呑めや歌えや狂え踊れ!

 個人的には、かなり古い同メトロポリタン歌劇場の演出(振付)が好きなのですが、これを越える演出にも出逢いたいところ。

↑ 一番写実的(?)というか、「それっぽい」お衣装やセットに加えて、振りも一番音楽に合っていると思います。

 

 今演出での「バッカナール」は男性中心。多くの演出では、ベリーダンス風の女性中心の踊りが多いので、少々意外です。
とはいえ、大変身体がやわらかくていらっしゃるので、動きが艶かしい……。

 オーケストラも、最後の盛り上がりが最高で、是非ともオケだけでもアンコールして欲しいくらいでした! 打楽器が勇ましいのが大変気持ちが良い。ここで爆音出さずして、いつ出す?

 

 最後の「神の怒り」、中央からの後光は、今 2021-2 シーズンの『ドン・カルロ』などでも採用されており、「よくある感じ」でしたね……。

↑ 後光というか、天国への道というか、要はロドリーゴエンド(恋愛シミュレーションゲームか?)。


 新演出ということでしたが、可もなく不可もなくと申しますか、新規性はあまり感じられない演出でした。
歌手陣が大変素晴らしかっただけに、もう少しなにかインパクトが欲しかったところ。「衣装に着られる」の逆バージョンと申しますか、「歌手に着られてる」とでも表現したら良いのでしょうか。


 余談。

今回はアンコール上演ということもあって、過去の予告などが挟まっています。

驚いたのが、ヤニック・ネゼ=セガン氏。彼、2018 年から MET 音楽監督だったんですね……。いつからか、というところを把握しておらず、もっと最近のことだと思っていました。というか、2018 年ってそんな前のことなのか。戦慄。

 

 観逃しているのですが、『マーニー』の予告めちゃくちゃ素敵でしたね。機会があれば観てみたいです……。イザベル・レナード様、美しすぎません? 今シーズンの『シンデレラ』も良かった……。

というか、改めて、キャストが「イツメン」と申しますか……、いえ、名だたるスター揃いで素晴らしいのですが、「またあなた様かい!」的な気持ちも少々。

 

 今作『サムソンとデリラ』は、何故アンコール上演に取り上げられたのかということがよくわかる、名舞台で御座いました。

「厨パ」なスターキャスト勢による、暴力的なまでの名演。もう一回観たい。でも演出はもう少し別のものでもよかったかなと思わなくもないです。

 

最後に

 通読ありがとうございました! 好きな演目ということもあって、ついつい長くなってしまい、いつのまにか5000字超え……。

 

 わたくしは国際政治の研究会で現代アラブの政治を研究していたので、『サムソンとデリラ』は須く好きですね。ついついデリラを応援してしまいます(?)。

アイーダ』の時はアムネリスを応援しています(?)。アラブ人役のメゾソプラノ、大好きか? 大好きです!

 デリラの ≪ Qu'importe à mon cour désolé Le sort d'Israël et sa gloire! (イスラエルの運命とその栄光なんて、私の惨めな心には関係が無いわ!)≫ という台詞、余りにも好き。内心めちゃくちゃ関係しているところも大好き。

 

 また観たいですね、『サムソンとデリラ』。前述のように、意外にあんまり上演されないですよね。

ロシアオペラほどではありませんが、フランスオペラというのも、イタリア・ドイツに比べると一段上演回数下がりますからね……。悲しい……。

 

 数日後からは、各劇場も新シーズン。新たなシーズンでも、沢山オペラを観られたらと思います!

それでは、今回はここでお開きとしたいと思います。また別の記事でお目に掛かれれば幸いです。