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パリ・オペラ座バレエ団『ル・グラン・ガラ2023』Aプログラム - レビュー

 こんにちは、茅野です。

東京に住んでいても、どうやら一年に一回くらいは『オネーギン』をオペラもバレエも観ることができるらしいです。2023年も拝見することができて大層嬉しい『オネーギン』オタクの図。

これからも同作品をどうぞ宜しくお願い致します。

 

 本日はパリ・オペラ座バレエ団来日公演『ル・グラン・ガラ2023』にお邪魔しました。東京8月2日マチネAプログラムで御座います。

 

 今日は元々ソワレのBプログラムの席を取っていたのですが、「こういうこと」をされてしまいましたのでね……。

 『くるみ』から、我らが最愛の演目『オネーギン』の「鏡のPDD」へと変更です。そんなことある? 

しかも昨今のバレエ界ではオネーギン役の代名詞となりつつあるフォーゲル様です。神に感謝。

 

 わたくしは普段「『オネーギン』を上演している所に我有り」と公言してしまっているので、今更出向かぬわけにもいかず、急遽梯子と相成りました。

 

 ということはどういうことかと申しますと、レビュー執筆タイムアタックが発生するわけであります。今現在、脳死でキーボードを叩いております、応援して下さい。

 そういうわけで、Aプロ雑感です。主に『オネーギン』の話しかしませんが、お付き合いの程宜しくお願い致します!

 

 

出演者

ビアンカ・スクダモア
トマ・ドキール
レオノール・ボラック
マチュー・ガニオ
アマンディーヌ・アルビッソン
フリーデマン・フォーゲル
リュドミラ・パリエロ
オードリック・ベザール
ドロテ・ジルベール
ユーゴ・マルシャン
クララ・ムーセーニュ
ニコラ・ディ・ヴィコ
ピアノ:久山亮子
チェロ:水野優也

 

雑感

『オネーギン』

 久々の文化会館。地味に初めての5階席です。最大4階でした。

 

 昨今の東京の気温は異常です。この猛暑に来て下さるの、もう申し訳ないですね。尤も、西欧も際限なく暑いそうですが。みんなでデンマークに行こう。

特にフォーゲル御大は昨日誕生日だったとのことで……。8月1日! 覚えやすい!

 

 ガラなので、舞台セットは簡素です。協賛であることから、エアウィーヴ疑惑のあるベッドが上手。下手には机、後方に鏡代わりの中幕。中幕前は上手側に椅子、下手側に花。

この椅子、WBD リハーサルの時もありましたけど、必須アイテムなんですかね。

↑ こちらはどちらかというと鏡の代わりというような扱いでしたが。

 ちなみに、『赤と黒』でもベッドと机は同じものを使い回していました。詳しくは後述。

 

 Aプロのオネーギンは、フリーデマン・フォーゲル氏 × アマンディーヌ・アルビッソン氏ペア。どちらのオネーギン、タチヤーナも複数回見ていますが、このペアでは始めてです。

 アルビッソン氏は、大柄で身長が高く、特に高難易度のリフトが多い「鏡」は大変そうだった(というかペアのガニオ氏が辛そうだった)記憶が強いので、彼女がターニャをやるんだ、というのは意外でしたが。

↑ その時のレビュー。もう3年経った……!?

 Bプロの方では、再びガニオ氏 × アルビッソン氏ペアなので、今回はリフト上手くいくだろうか……と、チケットを取る段階で少しヒヤヒヤしていました。もしかしたら「手紙」の方かもしれないですね。いや、そこまでしっかり書いて??

 

 今回のお相手は、若かりし頃から「ドイツの巨人」で知られるフォーゲル氏。体格差もあって、ペアリングはこちらの方が圧倒的に相性が良いと感じました。それでもポワントで立たれると、身長抜かれるので、アルビッソン氏どんだけ背高いんだ……と驚きましたが。

バレリーナは、大柄だと映えますし、長い四肢が大変美しいのですが、『オネーギン』のような高難易度作品だと、男性側の負担軽減の為にも、ある程度小柄な方が宜しいのではないかと思ってしまいますね。

 今回は、高難易度リフトを抜かすこともなく、というかそもそも危なげなく感じ、流石の一言。ダイナミックで、素晴らしかったです。

 

 フォーゲル氏の『オネーギン』は、WBD のものが最強だと思っていました。唯一市販されている映像は、わたくしは正直あまり評価していなくて、「どうしてこの映像にしたんだろう。本当はこんな程度じゃないのに」と思っています。

ここ数年の来日公演も大体拝見していますが、それよりも WBD が良かった印象ですね。それ以来彼のオネーギンを観るのは今回が初でしたので、これを超えられるかというところでした。

 

 慣れの問題か、相性自体はバデネス氏との方が良いと感じるものの、今回もとても良かったですね。バデネス氏よりもここ(画像参照)の振り速いことある?

↑ バレエ有識者へ:変わった形のリフトなどの正式名称を教えて下さい。有償で良いので。宜しくお願いします。
ここ、長身で足が長いと殊更映えますよね。良いです。

 

 幕が上がる前、その直前のフィリピエヴナとのシーンの最後から音楽が始まります。具体的に言うと、『チェレヴィチキ』の『序曲』からです。

 

 フォーゲル氏は、走るのに緩急の差があって、最初の登場時から、序盤はゆっくり、最後にかなり加速するんですよね。ドラマティック。

 また、序盤のターニャが飛び込んで→反るところは両手で支えるんですが、後半のタチヤーナのピルエット→足先滑らして→アラベスクと進むところでは必ず片手で支えるんですよね。お見事! 相手が変わっても健在でした。

ここ、ピルエット中のターニャを左腕で巻き込むように抱きかかえるのが官能的。片手派にしかできない芸当です。

 

 「鏡」って、ターニャが背中を反らせる振りが非常に多いのですが、以前から、アルビッソン氏はそこが物足りない印象を受けてきました。

今回は前回よりは良かったので、原因を考えたのですが、やはりパートナーの問題なのだな、というのが個人的な結論です。

というのも、やはり大柄なので、地上の場合は手が床に付いてしまったり、リフト上だとバランスを崩しそうになったりしそうになるのだな、ということが今回わかりました。

オペラの声質もそうですが、体格も、基本的にはどうにもならないので、この辺りは厳しいですよね……。

 

 上手前でターニャの手に口付けするオネーギンさんのところ。ハープソロになるのもまた官能的なシーンです。

フォーゲル氏は彼のいつもの通り、ゆっくりと顔を近づけて、キスするというよりは頬を埋めるような形。

面白いのはアルビッソン氏の方で、オネーギンさんの方をあまり見ずに、上手側を向いているのが印象的でした。これは女王様だ。夢の中の世界とはいえ、自分が愛されていて当然だと思っているタイプだ。新しい。内気な感じはしませんが、これはこれで……。

 

 アルビッソン氏は、足首が細く、また甲がとんでもなく出ており、更に恐らく足のサイズも大きいと推測されるので、アラベスクの際に足が直線的ではなく、脹ら脛から爪先までのラインがクッと折れ、U字、或いはV字型のようになっている(凹んでいる部分が足首)のが特徴的です。すんごいな。

バレエ作品って全部そうである気もしますが、勿論「鏡」アラベスクは多いので、印象に残りました。

 

 WBD の記事にも書いていますが、ターニャが走ってきて飛び込んでくる場では、先にオネーギンがジュテで進み、彼女を待ち構えるのですが、その際、フォーゲル氏はポールドブラが特徴的です。実にバレエ的で美しい。

 今回は、バデネス氏の時よりもアンオーの位置が高く、なるほど、やはりその後手を繋ぐことになるターニャの方に高さを合わせているのだな、と感じました。

 バレエでは当然なのかもしれませんが、色々な人と組んで踊るのって、改めて考えると凄いことですよね。

 

 最後、去る前に、名残惜しそうにゆっくりターニャの顎から頬へと手を滑らせていくのもまたフォーゲル氏のオネーギンの特徴ですが、今回は頭側の方を撫でていったのが差で、これまた素敵でした。これ全オネーギンダンサー必須にして欲しい。

 

 フォーゲル氏は、余りに意外なことに現在オネーギン役を十八番としているダンサーの中では最高齢クラスですが、個人的にはあらゆるオネーギンの中で彼が最も若々しいと思っています。エヴゲーニー君(18)。レンスキー殺した後少年院入りそう(偏見)。

良い意味で悪戯っぽく、子どもっぽくて、それ故の残酷さを感じるようなエヴゲーニー・オネーギンというキャラクターの造形です。艶めかしいお兄さんタイプではありません。孤児で、幼少期にあまり愛されなかったが故、思春期最後でちょっと拗らせちゃったような解釈というか。

 今回もそれはぶれず。44歳なのに18歳にしか見えないってどういうこと? 一生少年役やって下さっていいよ……オネーギンさんこの時多分22歳とかですけど……。4歳とか誤差ですよね誤差。

 

 アルビッソン氏の方は、ソワレでも拝見する予定なので、そちらも楽しみに! しております!!

 

 感想をサーチしていたら、鏡の中のターニャが微笑んでいるとの情報があったので、オペラグラスで注視していたのですが、なるほど、確かに微笑んでいる……!

 余りの良さにクラクラしましたね。どけ! おれがムッシュー・トリケだぞ!! の気持ちになりました(オネーギンやグレーミンには、なれない……)。 Brillez, brillez toujours, belle Tatiana!

 

    一点、照明が暗すぎるのが気になりました。オネーギンさんのお衣装は真っ黒なので、すぐに闇に溶けてしまう。そのような解釈はそれはそれで良いのですが、単に見辛いので、もう少し照明明るくしてくれ。

 

 最後に、音楽に関して。我々が東京シテ○・フィルのバレエ公演での演奏をボロクソに叩きすぎたせいなのか、演奏は録音です。

録音なのに上手くない……とはこれは如何に。普通にシュトゥットで出している CD を使えばよいのに。

折角のチャイコフスキーなのだから、頑張って欲しい!! と、毎度申し上げているのですが!! バレエ業界でもっと音楽が大事にされますようにと切に願っております。

 

その他の演目

 その他って纏め方がもう酷いんですが……。『オネーギン』以外に関して、少しだけ雑感を書いて締めます。

 

 今回は開演前のアナウンスが結構早い段階で流れ、暗転後直ぐに音楽が流れて幕が開いたので、びっくりしてしまいました。我々が心の準備をする時間もない。

そうか、録音を使うと、指揮者が出てきて拍手をして……というタームもないんだなあ、と当然のことを思ったりとか。

 

 『海賊』は非常にクラシカルで、フレンチ・メソッド。野性味ゼロです。何故か植民地の匂いを感じとりました。

何故かこちらの記事に書いているのですが、『海賊』の音楽には因縁があるものの、正直良さがよくわからない……。

後半も見て確信しましたが、トマ・ドキール氏のレヴェランスが半端ない。人間の腰ってそんな位置から折れるんだ。

 

 『ソナタ』は生演奏で、ピアノ&チェロでした。何故か舞台前方ではなく後方にあり、途中でガニオ氏が水野さんのことを蹴らないか少し怖かったです。

フル・オーケストラが難しいなら、全部ピアノ&チェロアレンジでやるというのは選択肢に入らないのでしょうか。わたしでよければ、「鏡」ならチェロ譜も書きますよ?

 

 『カルメン』、地味に初めてちゃんとプティ版観ました。いや、オペラの方は好きなのですが、何となく食わず嫌いをしていて……(?)。振りエグいですね。マクミラン的難易度。しかし、流石プティ、振りで物語を表現する技術は流石です。

全く使われないのに、椅子やギターまで置いてありました。

 

 『ル・パルク』。「遠心」という言葉が脳裏を過ぎる、抱きつき振り回しが印象的な作品(?)です。パリ・オペラ座って、やはり今は現代物が得意なんだろうな、という気がしましたね。

 

 『ドン・キ』もこれまた古典的です。流石パリ・オペラ座。フランスは、イギリスやロシアのように演劇性を重視しないので、オペラ座は古典と現代ものの印象が強いです。驚くべき安定感でした。

一番拍手を貰っていたのではないでしょうか。というか、あらゆる所で拍手したがり・ブラヴォー叫びたがりの人にとって、「はい、キメポーズだよ~、ジャン!」みたいな古典は相性がよいのでしょうね。観客も観慣れてますしね。

 

 『白鳥』は意外と短く、「あ、一曲しかやらないんだ」、と……。

やはりアルビッソン氏は正直、ターニャよりずっと白鳥向きだと思います。体型が白鳥をやるために生まれてきたタイプですもん。映えます。

 

 『3つのグノシエンヌ』。今回もピアノ伴奏です。

以前、世界バレエ・フェスティバルの際に、半裸の男性ダンサーだけで集合写真を撮っていましたが、皆バキバキのバレエダンサーの中でも一際バキバキなフォーゲル御大。バキバキでした。

 

 『サタネラ』。録音なのに質が宜しくない話は先程も書きましたが、特に酷かった。なんだその弦は。集中力切れます。

バレエの方はこちらも古典的です。

 

 『ジュエルズ』の「ダイヤモンド」。

『ジュエルズ』って抽象バレエであることが売りですが、チャイコフスキーの音楽はあまりに雄弁すぎ、否が応でも物語性を感じ取ってしまうので、あんまり相性が良いように思われないのはわたくしだけでしょうか。

そりゃあガニオ氏にパリエロ氏で抽象古典ですもん、順当に良いですよ、というような出来映え。

 

 『赤と黒』。新作物語バレエですが、ご覧になった有識者からは「n番煎じ臭が凄い」として、かなり評価が低かった作品です。個人的には、物語バレエもスタンダールも好きなので、哀しいところですが……。

今回初めて拝見して、確かに言いたいことはわかるな……という印象を抱きました。あまり物語が上手く表現されているようには思われない。勿体ないですね。

 そして、『オネーギン』と同じベッドの横に衝立があったので思わず吹き出しそうになりました。ベッドの横に衝立が存在したら、穴を開けて寝顔を覗き見する他ないですよね。大変よくわかります。

 

 そして、あのカーテンコールの曲は何なんですか。ちょっと引きました。お、おう……。

なんか他の公演でも変わった曲使ってたような気もしますが。まあ、遊び心……ってことなんでしょうか。

 

 個人的にはガラよりも幕物の方がずっと好きなので、ガラの感想を書くのは難しいのですが……。

珍しく少し辛めなことを書きますが、わたくしはアリアやヴァリエーション、PDD などの見せ場は、正直「よくて当たり前」だと思っています。そこが一番の見せ場なのだし、そこを重点的に用意してくるのも当然だし、客の期待がそこに懸かるのも当然です。

従って、見せ場に関しては、「普通に良い」程度だと感情的には ±0 になってしまうんですよね。

 見せ場だけ集めたガラ・コンサートでは、「普通に良い」が基準点となってしまうので、「それ以上」を期待するのはこちらの感情としても難しいな、と思ってしまうのです。

 特に今回のAプログラムは、同バレエ団が得意とする古典・現代物を中心にプログラムされていたので、新規性や、特異な点などは感じず、保守的な印象を受けました。

そういうのが好きな方には、とても良い公演だったのではないかと思います。

 

最後に

 通読ありがとうございました! 6500字程です。執筆時間約1時間半。我ながらよくやった方だとは思います。

相変わらず『オネーギン』のことばっかり書いてますが、この作品のことでしたらね、もう幾らでもスピード上げて書けますからね。任せて下さい。

 

 いずれにせよ、ソワレまでに間に合ってよかったです。

それでは、Aプロ雑感の方はこちらでお開きと致します。次はBプロ! 行って参ります! またそちらの記事でお目に掛かれれば幸いです。

↑ Bプロ雑感書きました! こちらからどうぞ。