世界観警察

架空の世界を護るために

パリ・オペラ座バレエ「オネーギン」2020/3/7 Soirée

 こんばんは、茅野です。

オネーギンを観終えた二時間後にまたオネーギンを観ました。何を言っているかわからないとおもうがわたしも夢か現か判断が付かなんだ。しかもその間にちゃんとレビューが書けたのでわたしは満足しました。

 

 今回は個人的千秋楽! 明日も行くべきか、最後まで迷ったのですが、が……。

明日行く方、大量に批評を書いてお寄せ下さい。宜しくお願いします。本気で待ってますので。ええ。

 

 まだ実感が全くないのですが、今後オネーギンを鑑賞する予定が一切立っていません。というか、日本での公演予定が今のところひとつもありません。なんてこった。窒息せずに生きていけるだろうか。むりかもしれない。

今まで、先にオネーギン鑑賞の予定がないことが常だったのに、一昨年はバレエが3公演、昨年はオペラが7公演もあったものですから、もう、わたしの魂は飼い慣らされてしまいました。この歓びを知って以後、公演のない生活に耐えられるだろうか。海外遠征したらもう歯止めが利かなくなりそうで……。……行くか……。

 

 公演がない間は、「エヴゲーニー・オネーギン・チャレンジ」をやってみたいと思っています(予告)。最近、英語圏で行われているイベント(?) ですが、日本では勝手にわたしが開催します。準備も進めてます。詳しくは後日。

 

 余談はこれくらいにして、そろそろ書いてきたいとおもいます。それではお付き合い宜しくお願いします。

 

初日の記事はこちらから↓

sylphes.hatenablog.com

二日目(同じキャスト)の記事はこちらから↓

sylphes.hatenablog.com

三日目マチネの記事はこちらから↓

sylphes.hatenablog.com

 

 

開演前に

 マチネ終了後、喫茶店に駆け込んでレビュー執筆リアルタイムアタック、「手紙の場」改め「ブログの場」を開催し完走した後、文化会館に逆戻り。

 席はU25引き替えで3階R席。またRかい! 別にいいけど! 結構埋まりはいいのに、お邪魔した4公演とも何故か毎回お隣が空いてました。何故だ。オネーギン公演でわたしの隣に座るのは確かにある意味危険かもしれませんが……。なんかすいません。

 

 ソワレはわたしにオネーギンを大量に観させられている()同期と一緒。彼女はイギリス留学から帰ってきたばかりで、ロイヤル・オペラハウスのオネーギンも観てきた猛者です。フォロワーさんともご挨拶出来ました。よい日だ。

 

キャスト

エヴゲーニー・オネーギン:ユーゴ・マルシャン
タチヤーナ・ラーリナ:ドロテ・ジルベール
ヴラジーミル・レンスキー:ポール・マルク
オリガ・ラーリナ:ナイス・デュボスク
グレーミン公爵:オドリック・ベザール
ラーリナ夫人:ベアトリス・マルテル
フィリピエヴナ︰ニノン・ロー
指揮:ジェームズ・タグル

 

 74回目の公演。さらば、75回公演……。

 

第1幕

第1場

 デュボスク氏のオリガは相変わらずお淑やかですね。椅子から飛び降りるときでさえふんわりしています。
 
 ポルカ。書き忘れていましたが、デュボスク氏のオリガは投げキッスの音がしっかり入るのがなんとも可愛らしい。レンスキーでなくとも「我がミューズ」と称えたくなる。
 ボラック氏もキス音するのですが、デュボスク氏の方が明瞭に聞こえます。三階席に座ったわたしが言うのだから間違いない。
 
 相変わらずマルシャン氏の会釈の首が気になるわたしでありましたが、昨晩よく考えたら、彼は純粋に背が高いのでそうなってしまうのではないか、と思い当たりました。それにしても猫背感はどうにかして欲しい……。
 オネーギンがターニャの鏡を覗いたとき、ターニャの肩がびくっと震えるのが大変よいです。大変それらしい。
 
 オネーギンとターニャの歩みについて。
初日(ガニオ氏&アルビッソン氏)、「オネーギンとターニャが歩くとき、出す足が」だと指摘致しました。翌日(マルシャン氏&ジルベール氏)、「オネーギンとターニャが歩くとき、出す足は同じ」でした。ここでわたしは、2つのペアで解釈が違うのか、と考えたわけです。
 しかし、本日マチネ(ガニオ氏&アルビッソン氏)は「出す足が同じ」、ソワレ(マルシャン氏&ジルベール氏)では「出す足が」でした。まさかのバラバラ。もしかして明確な決まりはないのか。深読みしすぎたか。まあそういうこともある。
 
 レンスキーのVa。
相変わらずの王道解釈で良いですね。セカンドキャストは全体的に王道解釈に基づいている印象があります。
 中盤、オリガを探しているときの演技が細かくて素敵です。又、足を後ろに投げ出して座るところが流れるようで美しいです。
 
 レンスキーとオリガのPDD。
一番最初のデヴェロッペ→アラベスク→一回転の後、オリガがかなりたっぷりと独りでバランス取ります。素敵。
 マチネでも指摘したオリガの後ろ→前アティテュード→ピルエットのもたつきですが、ソワレでも健在。ここ、難しいのか……という再確認。よく考えたら、距離の関係上オリガがきっちりパッセをするとレンスキーにぶつかるわけですね。つまりこのもたつきの正体はオリガの美しいパッセにあったのだ。自己解決。
 
 毎回指摘し忘れていましたが、フィリピエヴナがきっちり音に合わせてストールを巻くのがなんかとっても好きです。
 
 アダージオ。
ガニオ氏のオネーギンはターニャから本を受け取ると、数ページ捲って返却します。一方、マルシャン氏のオネーギンは表題だけ見て冷笑。ターニャに返却します。後者が王道演技です。
 昨日指摘し忘れましたが、アダージオの直前、ターニャに貸した左手と反対の右手を背に回しているのですが、ここで小指から順に、ゆっくりねっとりと指を閉じていくんです。実に官能的な動き。こちら、とてもよいですね……。
 
 オネーギンのVa。
やっぱり指先がふらふらしているのが結構気になります。つい先程の指を閉じる様は大変良かったのに! その調子で最後まで! お願いします。
 しっかし、マルシャン氏のオネーギンのVa. のアラベスク、どうしてあんなに美しいんでしょうか。

f:id:sylphes:20200307041759j:plain

↑これ。
こちら、パリ・オペラ座17/18シーズンの広報でも使われていた画像なのですが、わたしはこの画像を見て「このオネーギンには期待してもいいな」っておもったものです、ほんとうです。この画像のせいでマルシャン氏のオネーギンが観たかったんです。念願叶ったり。
 ターニャが加わってからも大変王道です。ジルベール氏の解釈も、概ね王道なのですよね。セカンドキャスト、初見の方にお勧めしたい。
 

第2場

 「手紙の場」はジルベール氏が圧勝したとおもいます。いいですね!
何の変哲もない王道、と言ってしまえばそれまでですが、それがいいんです。大事なことです。
 
 鏡のPDD。
オペラグラスで覗いていましたが、マルシャン氏の解釈では、「鏡」でも、オネーギンの不敵な表情は崩れませんでした。実に悪魔的なイメージ。ここでのオネーギンの演技は大分演者によって別れます。特にガニオ氏なんかは、バレエの王道とも言うべき王子様スタイルで来ますし、マルシャン氏は逆で来た模様。
 「ターニャの好みの男性」ってどういう人なんでしょうね。わたしの意見では、原作・オペラではターニャは彼を「一目見ただけで恋に落ちた」わけで、オネーギンのパーソナリティなんて全く見ていなかったのではないか、とおもいます。とするならば、「鏡」でのオネーギンは”理想の王子様”であるべきです。第一幕一場・第二幕のオネーギンと、「鏡」のオネーギンは、白鳥湖のオデット・オディールさながらに、かなり性格を分けて演じるのがよいのではないか、と個人的には思っています。……まあ、そんなことを凌駕するほどマルシャン氏の悪魔的オネーギンは格好良いわけですが。狡い。
ちなみに、ターニャの恋心に関しては、過去にこんな記事を書いています。良ければ併せてご覧下さい。↓
 「鏡」の話を続けます。両手を繋いで、ターニャが前後とアラベスクしながら回る振りの後、大分独りでアラベスクをキープしていたのが美しかったです。又、二回目の大リフトの直前もアティテュードのまま独りで大分保ちました。流石オペラ座エトワール。
 
 又、例の上手前で二回転させてお腹に頬を寄せるところでは、やはり回すのは一回のみでした。
 
 最後、ターニャのポーズについてですが、左手を挙げていました。ちなみにマチネのアルビッソン氏は逆の右手。基本的にここでは右が多い気がします。
 

第2幕

第1場

 ナタ・ワルツ。
最初、レンスキーとオリガが踏み出した指先よ。ぴんと伸びていて実に美しいです。群舞の皆様も美しいのですが、やはり二人は別格です。
 
 他、昨日指摘した点は省きますが(詳しくは昨日の記事をご覧下さい)、やはり全ての解釈が王道だった印象です。
 
 恋文破り。
 個人的に好きなのは、恋文破りの直前、オネーギンと手を繋いでステップを踏むときにきちんとポワントを立てて踊るターニャです。アルビッソン氏もそうしているのですが、ジルベール氏の方がしっかりやっていて、甲の伸びがたいへん美しいです。 
 マルシャン氏のオネーギンは、胸の内ポケットから手紙を出すと、最初の一回は丁寧に、確かめるように「これは貴女が書いたものですか?」という台詞が合いそうなマイムをします。ターニャの腕と表情が「そうです」と肯定した後は、ご存じの通り非情になります。この細かい演技がよいですね。しっかりとした物語性を感じます。
 今日は破る前に手紙をぱんっと打ち鳴らす音もよかったです。しかしやっぱり破く一回目は音鳴らず。二回目からビリビリ音がしました。いいぞ。
 そして、はらはらと破れた恋文を落とすジルベール氏の顔に浮かぶのは、やはり静かな憤怒である気がします。
 
 パ・ド・カトル。
ジルベール氏のターニャは、パ・ド・カトルであまりちゃんと踊りません。手を抜いているとかそういうことではなく、それがまたいいんです! 儚げな印象も美しいながら、”躍りに身が入らない”という演技がこの場にとても即します。思えば、このシーンはバレエという表現のみならず、ちゃんと作中の設定として「グレーミンと踊る」というシーンなのです。その踊りを”ちゃんと踊らない”というのは、何だかややこしい感じもしますが、演技面で言うとバッチリです。ちなみにアルビッソン氏のターニャは、やはり躍りとなると気合いが入ってしまうようで、かなりガッツリ踊っています。それは勿論美しいのですが……。
 それから、気になったのは、ここでのターニャはずっとレンスキーを見ているということです。オネーギンを注視しているパターンが多いとおもうのですが、既にレンスキーに目を付けているという慧眼っぷりを発揮するジルベール氏のターニャでした。
 パ・ド・カトルに於けるオネーギンについても一言。オネーギンさん、ここではちゃんとシャンジュマンして欲しい! ここも結構別れるところで、オネーギン自身しっかり踊る人と、オリガのサポートに回るような形で本人はあまり動かない人に別れます。ガニオ氏は前者、マルシャン氏は後者でした。わたしは勿論しっかり踊ってくれる方が好みです。ただ、マルシャン氏は背が高いので、棒立ちでもポワントで立ってアンオーをしたオリガの手を繋いでサポートが出来てしまうのを目視してしまったので、それが原因かもしれません。身長差が凄かった……。
 ここでも、先程と同様、「オリガと"踊っている"」という設定なので、オネーギンさんも踊る方が宜しいんじゃないかと思われます。
 
 パ・ド・カトル編、続きます。
バレエ版では、グレーミンがラーリン家、オネーギン家双方との親戚、という設定になっています。原作では、幼少期共に悪戯をした仲、とまで言われています。よって、オネーギンは親しげにグレーミンに話しかけに行くのですが、なかなか嫁に行こうとしない娘の婚活を援助したいラーリナ夫人によって妨害されてしまいます。グレーミンは礼儀正しくターニャの手を取るのですが、そのときのオネーギンの表情、ご覧になりました? 正しく、「またおまえかよ」という目! ターニャに苛つきMAX。物語性があります。ああ、こうやってオネーギンというストーリーは、些細なことの積み重ねでドミノ倒しのように多くの人物の人生を壊していってしまうのだ。
 
 パ・ド・カトルといえば、更にもう一つ。今まで毎度のこと指摘し忘れていたのですが、カードゲームに興じるオネーギン、オリガ、レンスキーについて。
 オネーギンがオリガ、レンスキーにカードを引かせ、賭けらしいことをやるのですが、わたしの認識では、ここではオリガが賭けに勝つ演技が一般的だとおもっていました。しかし、オペラ座では2組ともオリガが賭けに負けたように肩を竦める演技になっています。いや、ほんとうにどっちでもいいとおもうのですが()、オネーギンさんがディーラー風のことをしていて、この時点でオネーギンは「オリガを引っかけよう」という悪意が芽生えているわけなのですから、八百長をしてでもオリガを勝たせてあげるべきなのではないでしょうか。いや、そんなことまでして……とか、オネーギンさんにそんな芸当が出来るのか、とか、そういうツッコミはともかくとして。少なくともわたしが演技指導だったら、「オリガは勝ったように喜んで」、と指示しますね。
 
 パ・ド・カトルについてもう一丁。
初日から、オネーギンとターニャが顔を合わせた後、オネーギンがレンスキーにちょっかいを掛けるのが面白い、という話をしてきましたが、よく考えたらその前から従来型とは演技が違います。従来では、オネーギンとターニャはばったり鉢合わせて会釈をするのですが、先に気まずくなって慌てて去るのはターニャの方でした。オネーギンは暫くその場に立ち尽くしていることが多いです。しかし、オペラ座の版では、オネーギンが先に去ります。そうしないとレンスキーに構う尺が確保できないからです。オネーギンとターニャが鉢合わせたとき、先に背を背けるのはオネーギンの方、というのは何だか微妙に違和感が残るな……と感じました。このときのターニャなら、全力で逃げそう。
 
 おまけにもう一点!
これもずっと指摘し忘れていたことですが(忘れすぎ)、パ・ド・カトルの一番最後、従来であればオネーギンとレンスキーが対峙する形で終わることが多かったとおもいます。しかし、オペラ座の二組はレンスキーがオリガに「なんでだよ?」とばかりに手の平を上向きに拡げる振りで終わっています。こちらもどちらでもいいっちゃいいのですが、「レンスキーの怒りの矛先はオネーギンに向いている」ということをより明確に指し示す為には、従来型のほうがよいのではないか、と思いました。しかし、その直後、ターニャのVa.の間、オリガはオネーギンに促されてレンスキーの元へ向かい、和解するような演技が入ります。ここでの繋がりをよくするためにはレンスキーがオリガに詰め寄る、というのもアリかもしれません。
 
 
 5拍子のワルツ。
オネーギンはオリガをレンスキーに見せびらかす振りで、一回目は指先をレンスキーに向けて煽るように、二回目は実際にレンスキーの胸を押していたように見えました。R席だったのでここは見辛く、もしかしたら違うかも。
 
 5拍子のワルツ編続きます。
今日わたしが注視していたのは、オネーギンの視線です。そこで、マルシャン氏のオネーギンの解釈と己の解釈が一致し、大変喜ばしい気持ちになりました。
 5拍子のワルツでは、オネーギンは延々オリガにちょっかいを出し、じゃれ合うのですが、その視線の先にあるのは、オリガではなくレンスキーです。どうです、ゾクゾクしませんか。ちゃんと、「オネーギンが挑発したいのはレンスキーなのだ」ということを視線で指し示したわけです。ずっと怒りを募らせていくレンスキーを見ているんです、彼。そしてオリガに微笑むのとは別に、ほくそ笑んだりしているわけですよ。完璧。余りに完璧。第二幕のマルシャン氏のオネーギン、余りにも好きだ。
 
 5拍子のワルツの最後、レンスキーがオリガを揺さぶり、「そんなにあいつがいいならあいつのところに行けよ」とばかりにオリガをオネーギンに押しつける振りがありますが、オネーギンは完全にオリガを押し付けられるまで冗談が通じてると確信しているような表情をしているのが、余りにも痛々しく、大変よかったです。解釈一致。そうです、そこら辺で気が付かないと。もっと早くに悟ってしまう聡明なオネーギンもいますが、やはりここが良いですよね!
 
 そういえば今まで記事に書いたことがなかったのでついでに書いてしまいます。ここでのレンスキー、オネーギンにオリガを押しつけるのですが、オリガがバランスを崩してオネーギンに寄りかかるのを見るや否や、更に怒りが爆発してオリガをオネーギンから引き剥がすんですよね、その一連の動きの人間らしさ! やはりジョン・クランコは天才。
 
 これも昨日書き忘れた案件なのですが、手袋の話をします。
オネーギンもレンスキーも(ついでに言えばグレーミンや群舞男性も)、第二幕一場では白い手袋を付けています。
基本的に、オネーギンはカードゲームの卓に付くと、上手側に己の手袋を置きます。そして、パ・ド・カトルの際、ラーリナ夫人に話しかけに行くオネーギンの代わりにレンスキーとオリガが卓につきますが、この際レンスキーは下手側に手袋を置きます。つまり、カードゲームの卓の両端に手袋がある状態。机を上から見た形で図式化するとこんなかんじ。↓

f:id:sylphes:20200308031248j:plain

 そして、5拍子のワルツの前、オネーギンは己の手袋を持って帰ろうとしますが、思い直して元の位置に戻します。5拍子のワルツが始まると、レンスキーは下手側の己の手袋を胸の内ポケットにしまい、それをオネーギンに投げつけるわけです
 ……のですが、昨日はレンスキーが間違えて上手側、オネーギンの手袋を取ったのではないか、と思います。席が遠かったし注視していなかったので見間違えだったらすみません。今日はちゃんと自分の手袋でビンタしてました。まあ、メタな話同じものでしょうから、どっちでもいいっちゃいいんですけどね。
 

第2場

 レンスキーのVa。
ん~~! やっぱり感情表現が絶品ですね。ほぼ昨日と重複するので書きませんが(詳しくは昨日の記事をどうぞ)、天へ伸ばした腕の動きがほんとうに好き。
 
 パ・ド・トロワ。
 レンスキーの解釈が大好きなんですが、これは一体何なんでしょうか。下手から来る姉妹を押しのけるのを本当の本当に躊躇しているんです。しかし上手で追いつかれると、「仕方あるまい」と意を決したように、盛大なソテで追い返すんです。いや、パ・ド・トロワのレンスキーの演技に関しては今まで見たもののなかで一番よいかもしれない。この演技、是非とも流行って欲しい。普段はナイーヴでありつつ、ここぞという時には自分の意思を曲げないレンスキーらしさが滲み出ています。非常に高評価。
 
 今日はオネーギンさんと姉妹の動きがピッタリ合っていて安心しました。一瞬だけ、オネーギンとターニャの間で第一幕アダージオと同じ振りが入るのですが、ここでのターニャの背中の反りのあまりの美しさに仰天。背中、ちゃんと骨入ってますかという程の柔軟さ。
 
 決闘。
レンスキーは銃を落とさず。そしてやはりきっと仰向けに斃れる形。
 
 毎度書き損ねていましたが、オーケストレーションについてちょっとだけ。レンスキーの死後、かなり不穏な形にアレンジされた「十月」に戻ります。今回、オケのメロディライン・内声・低音のバランスが不均衡だったせいで、逆に普段きこえないところが聴けて面白かったです(ポジティブ)。一番気になったのがここで、メロディラインの裏で何が起きているのかを今更認識しました。大分音作りが複雑だな、とおもったら、一番上にピッコロがいるのですね。不思議な、それでいて大層に不穏な音で惹かれました。ああ、バレエ版オネーギンのスコア譜が欲しいよう!(※ちなみにオペラ版のスコア譜は昨年、セルフクリスマスプレゼントと称して購入しました)。
 

第3幕

第1場

相変わらず上手前の軍服の男性の動きがめっちゃキレッキレです。それに付随してきょうは色々オペラグラスを彷徨わせていたのですが、もしかして男性群舞、「軍服は少し大袈裟に、燕尾服は少し優雅に」という演技分けがある……? 深読みしすぎですか? いやでも、これがもし意識的に行われているとしたら、それは大変なことです。是非流行らせて欲しい。
 
 即興曲
オネーギンはもうちょっと女性達を観ないで踊れたら尚良し。水色のドレスの女性が裾を踏んで転びかけていたのが怖かった。 
 
 マチネの際、椅子に座るオネーギンの足先の話をしたのですが、うーん! 気を配って欲しい! ガニオ氏の足先を見習って欲しい。そういう細部なんですよ……つまり……。
 しかし、ちゃんとターニャを目で追っているのがいいですね。視線を外しません。よいですね。ただ、あの中央の青い柱に顔を半分隠すのは一体なんなんだw 見るからに不審者過ぎる。文字通りの”覗き見”。ちょっと場違いな笑みが零れたりします。
 
 オネーギンとターニャは最後に挨拶を交わすのですが、ターニャは去り際に一度振り返ります。その振り返った時の冷たい目! ほんとうに冷たかった! この後本当に「手紙」が踊られるのか? というほど。ゾッとする美しさでしたが。
 そして、その視線をオネーギンは客席側を向いていて見ていないというのが更によい。気付いていないわけです、あの冷たい視線に……。ああ…………。
 
 幕間の演技パート。レンスキーはやはり仰向けに斃れます。今日は曲がっているのは右足側。
 書き損ねましたが、そういえばルーヴェ氏のここでのレンスキーは、横向きに斃れるんだけれども、中幕に完全に身体の側面を付けるくらいぴったりしていました。きっと、文化会館の舞台が狭いので、そうしないと紗幕の間を通る群舞とぶつかるのでしょう。涙ぐましい努力をみました。
 

第2場

 最初グレーミンとPDDの振りが再現されるのですが、その際、二回ほどグレーミンに抱きつきます。ジルベール氏は、一回目はグレーミンの胸に両手をあてがうように、二回目は後頭部を中心に抱きしめるように、という差があります。やっぱりこれがいいですよね~~! こちら、王道の演技です。では何故書いたかというと、マチネの時に書いたように、アルビッソン氏のターニャは二回とも後頭部を包み込むように抱きしめていて、余りにも仲睦まじいカップルにしか見えなかったことが懸念されたからです。一度胸にしがみつくようなワンクッションがあると、なんとなく父娘のようにも見えて、よいかんじです。
 
 手紙のPDD。
うーん、マチネ記事にも書きましたが、わたしは「手紙」はガニオ氏の方が好きです。ターニャはジルベール氏の方が好きですが……。息遣い含め、途中から崩れていくオネーギンはやっぱりやりすぎなんじゃないかとおもうのです。もう少し丁寧に、丁寧に……。そして、必死な演技すぎると、何だか疲れているようにも見えるのです。実際、ストーリー的にもここでのオネーギンは疲れているとおもいます。人生にも、体力的にも。しかし、この疲れというのは、一歩間違うと諦観にも見えるのです。必死さを演出したいのならば、諦観に勘違いされたら正反対、堪ったもんじゃないではないですか。そういう意味で、演技に失敗しているのではないか、と感じてしまうんですよね。最後、立ち去るにしても、ガニオ氏のオネーギンは出口を指し示されたのちに少し抵抗をしようと足掻くのですが、マルシャン氏のオネーギンは退散が早すぎます。諦めが早いのです。少々懸念です。
 一方で、ジルベール氏のターニャは大変よい! 一番よいのは出口を指し示すところ。二回指し示すのですが、一回目、出口もオネーギンも見ずに、すっと二本指で出口を指すんです。その冷静さ、凍るような冷たさといったら……! 二回目、オネーギンに縋り付かれてからは、もっと力強く指し示します。しかし、個人的にはあの一回目の冷たさに打ちのめされてしまいました。今まで見たなかで一番冷たいタチヤーナでした。氷の女王。ほんとうにオネーギンとグレーミンの間で葛藤があったのか不安なレベル。最初からオネーギンなんか眼中なくて、ただ彼の気持ちを弄びたかったようにしか見えません、いえ、いえ、その解釈もいいです、実にいい! ただ、余りにも王道的ではないというだけで……。これはこれでいいですね。また見たいタイプのタチヤーナ。
 その解釈を裏付けするように、最後もまた、少し「清々した」というような雰囲気を纏わせているようにも見えます。
 

今回の来日公演総評

 いや~……終わってしまいました……わたしのオネーギンが……。つらい……。

最後にちょっとだけ纏めたいとおもいます。

 

 ガニオ氏のオネーギンは、最初こそ終始柔らかい笑顔を浮かべているせいで、一歩間違えばサイコパスにも見えかねない矛盾をはらんだ危険さを持つオネーギンでした。しかし、公演を重ねるうち、だんだんと”悪い顔”もキマるようになってきて、もしかしたら今後はまた違ったガニオ氏のオネーギンが観られるのではないか、と予感しました。そういう意味も込めて、千秋楽……ああ……。特に、一昨年と比べて「手紙」の演技は大きな成長を感じました。まだまだ伸びしろがあるなんて、凄すぎる。しかし、パートナーが大柄なアルビッソン氏だったせいもあってか、PDDは少し危なっかしいところがあるようにも感じました。一昨年の公演では全然そんなことは無かったため、やはりパートナー相性の問題だと思います。

 アルビッソン氏は、大輪です。舞台中央でアラベスクなんてされると魅入ってしまいます。しかし、演技面に少々難あり。折角の物語バレエだというのに、感情があまり伝わってこないのが懸念です。彼女のことは、別の演目で観たいかも。

 ルーヴェ氏のレンスキーは、とにかく優雅で美しいです。が、その分レンスキーらしさもないという難しさがあります。もうレンスキーではなくオネーギンでいいじゃないですか。近いうちにオネーギンが観られると確信しています。

 ボラック氏のオリガは、原作から抜け出してきたかのよう。天真爛漫で、妖精のようで、とにかく可愛いです。PDDで綺麗にバランスを保つのが美しい。

 

 マルシャン氏のオネーギンは、ほんとうに王道。ダンスール・ノーブルで、ここまで冷笑的で高圧的な雰囲気はなかなか出せるものではありません。フリーデマン・フォーゲル氏に続いて、入門に持って来いなオネーギン役でしょう。しかし、手紙のPDDについてはまだ大いに改善の余地があると感じています。今後、演技や解釈を深めれば、きっと彼の最良のレパートリーとなるに違いありません。

 ジルベール氏のターニャも、基本は王道です。しかし、第二幕以降、オネーギンに対して怒りを感じているかのような解釈はかなり独特。従来のターニャらしさはあまりありませんが、だからこそ新鮮で面白かったです。マルシャン氏のパートナーシップは大変よかったものの、演技の性質的には初心者向けではないと感じたので、ちょっと難しいですね。また観たいターニャです。

 マルク氏のレンスキーは、とにかく第二幕二場の演技がよい。最良のパ・ド・トロワを拝むことが出来ました。有り難う御座います。この演技、どうしても流行らせて欲しい。

 デュボスク氏のオリガは、優雅さの残るお嬢様という感じ。しかし、弾けるように笑う様はとても愛らしいです。パリ・オペラ座のダンサーにしては珍しく、音の取り方がかなり速めなのが特徴。

 ベザール氏のグレーミンは、老熟した軍人というよりは若い士官学校卒業生なのですが、回を重ねる毎に目に見えてサポートが上達していっていたのが興味深かったです! 今後に期待。

 

 そしてオケですが、はい。もう散々書いたので良いかな、とおもっていますが、金管を中心にもう少し頑張って頂けると耳にやさしいです。

 

 こんな感じでしょうか!

 

最後に

 最後までお付き合いありがとうございました。今のわたくしの状況を述べますと、正に、

Ах, ночь минула,
Проснулось все и солнышко встает.

ああ、夜が明けた……

全てが目覚め、太陽が昇る……

 という感じです()(オペラ版・第一幕第二場のターニャの歌詞)。いや、流石にもう疲れて眠くてですね、書くペースが非常に遅く……。マチネの記事は1時間20分で書いたというのに……。執筆に関しては、正直そこで一度力尽きました……。結構大変なんですよ、これ。わたしはオネーギン上演となると、出演者よりも緊張するので(?)、精神的にも疲弊しますし。いや、それでも尚、だからこそ、大好きなのですが。

 いやでも、千秋楽までに投稿出来て良かったです。よかったら観劇前の参考にしてください(なるのか?)。

 そんなこんなで1万2000字でございますよ。またもだらだらとよく書きました。パ・ド・カトルについてだけで2000字以上あるんですよ、この記事。気持ち悪くないですか? 今更か。そうですね。

しかし、まだわたしのパリ・オペラ座オネーギンは終わらないんじゃよ。もう一記事だけ書くつもりでいます。千秋楽に行かないのにどうして。それは、つまり、パンフレットについて書かねばらなぬからです。いや、書く内容全然ないんですが、どうしても物申したいのですよね。一昨年のシュトゥットガルトの来日公演に行った方なら必ずや賛同して頂けると思いますが。……と、予告をしたところでほんとうに終わろうとおもいます。

 それでは、お付き合いありがとうございました! 千秋楽行かれる方、楽しんで下さい! ついでに感想をください! 宜しくお願いします!!!