世界観警察

架空の世界を護るために

ラジンスキー先生、ニクサ皇太子殿下を語る

 こんばんは、茅野です。

最近予定外の単発記事ばっかり書いてますね。常に勢いで生きているので、書きたい時に書きたいものを書くことが肝要だというスタイルを貫き続けていますが、それにしても大脱線。今回も然りで御座います。

 

さて、先日、バレエの考察記事を書いていた際、動画のリンクを貼りたいと思い、YouTubeを開きました。

そうしたら、「あなたへのオススメ」動画に、このような動画が……!

↑ !???!!

 歴史家エドワード・ラジンスキー先生によるアレクサンドル3世の解説動画です。衝撃的すぎます。先生、いつの間にYouTuberになってたんだ……。

 というわけで今回は、この動画とラジンスキー先生、そしてその著作をご紹介してゆこうと思います

弊ブログをよく覗きに来て下さる方ならよくご存じかと思いますが、わたくし、アレクサンドル3世の兄であるニコライ・アレクサンドロヴィチ皇太子殿下(愛称: ニクサ様)の研究が趣味。特に今年は沢山記事を書きました。

↑ 殿下関連記事一覧。殿下はいいぞ。良ければ一緒に沼墜ちしましょうね……。

 アレクサンドル3世の解説とあらば、当然兄である彼の話をめちゃくちゃしてくれるわけですね。というわけで、そこら辺をメインに一筆やろうと思います。

 それでは、お付き合いの程宜しくお願いします!

f:id:sylphes:20211108093003j:plain

↑ ラジンスキー先生。御年85歳。元気だなぁ……。

 

 

歴史家エドワード・ラジンスキー

 エドワード・ラジンスキー先生は、ロシアの歴史家です。メディア出演が多く、世界的にカリスマ的な人気があります。第一線で活躍する最先端を行く研究者!というより、読みやすく面白い筆致で初心者にわかりやすく解説してくれるタイプの方です。「ロシア史全然詳しくない……」「そもそも長い書籍読むのは大変……」という方でも、ラジンスキー先生のシリーズであれば楽々入門が可能でしょう。

 

日本語で読めるラジンスキー作品

 先生の著作は、日本語にも4シリーズ翻訳されており、小説のような手に汗握るエンターテインメント性に富んだ文体でロシア史を紹介してくれています。以下、そのシリーズを列挙しますね。

ニコライ2世に纏わるシリーズ。上下巻です。

ラスプーチンに纏わるシリーズ。上下巻。

スターリンに纏わるシリーズ。上下巻。

 

 そして、『アレクサンドル2世暗殺』という、アレクサンドル2世に纏わる上下巻のシリーズです。

↑ 特にこちらはめっちゃ面白いので読みましょう。

 アレクサンドル2世は殿下の父にあたります。従って、殿下の話も結構出てくるわけです。この『アレクサンドル2世暗殺』の第7章(上巻の最後の方です)は、殿下についての章になっています。わたくしが知る限りでは、日本語の書籍でここまで殿下について言及されているものは他にありません。

 しかも、ラジンスキー先生、ものすんごい殿下をベタ褒めなさるんです。現代で最も殿下をベタ褒めしているのがラジンスキー先生なのではないでしょうか。先生もわたくしと同じく、「殿下が亡くなったからロシア帝国も滅んだ説」の信奉者です。権威に阿るのは本懐ではありませんが、ここまで世界的に著名な先生が同志というのはやはり嬉しいことです。もしかしてあれなのか、先生も同担なのか……(?)。 

 

 そしてこれはどうでもいい話ですが、わたくしこの書籍の翻訳者の一人である望月哲男先生のお隣に座ったことがあるんです!(?)。場違いながら、わたくし、よくロシア文学会にお邪魔させて頂いているのですが、コロナ前、対面での開催の時は自由席だったんです。荷物を席において御手洗へ行き、戻ってきたらお隣に望月先生が居られるではないですか……。完全に挙動不審のオタクの図です。望月先生は現代日本を代表するロシア文学者の一人ですが、わたくしにとってはそれ以上にこの本の存在などがあるので、尚更尊敬の対象です。しかし、学会はファンミーティングではありませんし、わたくしは元から場違いを承知で忍び込んでいるフランス語学徒。いきなり「ファンです!」とか言うのも……気持ち悪いよなあ……と自制し、壁にかかっている時計を見るふりをして横をチラ見しまくりました。殊更気持ち悪かったかもしれません! すみませんでした!!

「限界同担列伝」シリーズで解説していますが、殿下の側近の一人であるリヒテル大佐は、殿下を覗き見しようとして怒られたエピソードなどがあるので、殿下ファンは覗き癖があるとかいう不名誉極まる評判が立つ前に撤退したいとおもいます!

 

動画での解説

 全然知りませんでしたが、ラジンスキー先生は昨年からYouTubeデビューを果たしています。マジでか……。動画編集がめちゃくちゃ上手くて、お洒落な構成で笑いました。優秀な編集者さんがついていらっしゃるんでしょうね。字幕無しのロシア語による解説なのに、チャンネル登録者数も17万人を越えています。半端ない。勿論わたしも登録しました。

 

アレクサンドル3世 奈落への道

記事冒頭にご紹介した動画から説明を始めましょう。再び貼りますね。

↑ 今回は殿下について言及する箇所に合わせてあります。

 殿下に関する説明としては、前述の『アレクサンドル2世暗殺』から新たに加えられる情報は少なく、いつも通りのラジンスキー先生の理解と主張、という感じです。しかし、わたくし、ラジンスキー先生がここまで熱を込めて語る方だと存じ上げませんでしたし、自分以外の方が殿下について「熱弁」している様を見るのは初めてだったので、何だか感動しております……。

 

 殿下について、«Качество великолепного монарха просто сошлись в этом человеке. この人には偉大な君主の素質が集約されていた。» と説明し、その死については、 «Вот России... удивительно не везло. ロシアは……ふっ(自嘲的な笑み)、信じられないくらい不運だった。» と仰っていますね。いやほんと、ベタ褒めです。殿下の死について喋る前に、長い時間をおいて、落ち着かない様子で手を動かし、泣きそうな顔で漸く喋り始めたと思ったらこれなので、もう、先生、実は同担ですよね??

 

 一方、弟アレクサンドル大公についてはボロクソに言っています。そもそも、解説動画のタイトル自体が «Александр Третий. Путь в бездну アレクサンドル3世 奈落への道» ですし、動画紹介文に至ってはこの有様です。

Ум – ниже среднего, таланты и способности – ниже среднего, но замечательный, добрейший, честнейший человек...
Каким на самом деле был самый высокопоставленный заключенный России Александр III?

知性 - 平均以下、才能と能力 - 平均以下、しかし素晴らしく優しくて、尊敬すべき人……。

ロシアの高位の囚人、アレクサンドル3世とはどのような人だったのか?

流石に言い過ぎだよ!と思いますが、……アレクサンドル3世に対して皆さん辛口すぎますよね……。

 

 尚、先生が殿下に関して参考にされている一次資料は、基本的にリトヴィーノフ中尉のものです。彼は殿下ではなく、弟アレクサンドル大公の側近なのですが、当然殿下と面識があり、殿下のことを記録したり、殿下と文通したりもしています。

書籍の方でも、よくこちらが引用されていますし、先生が殿下のことを «Никса ニクサ» ではなく、 «Никс ニックス» と呼ぶことからもそれは伺えます。リトヴィーノフ中尉は、手記の中で殿下のことをそう表しているのです。

 リトヴィーノフの手記は一部インターネット上でも纏められており、読むことができます。こちら、なんと前半部は殿下に纏わる記載だけを纏めたとかいう、明らかに同担が作成したページです。

↑ あ、有り難すぎる~~!!

1864年からのものなので、主に殿下が体調を崩して予定が滞った旨の記録ばかりなのが悔やまれますが、リトヴィーノフ宛ての殿下の手紙なども載っています。一大供給です。

 

 動画では、殿下の説明、アレクサンドル大公との比較、デンマーク王女ダグマール姫との「政略結婚」を「恋愛結婚」に変えたことなど、結構詳しく語られています。これからもこの調子で殿下語りしてください、先生!

 

ニコラ大公のスキャンダル

 別の動画でも殿下について簡単に解説されています。主人公はアレクサンドル2世の次弟(ニコライ1世の次男)にあたるコンスタンティン大公の長男であるニコライ大公。殿下の従兄弟です。

↑ こちらも殿下の話が始まる所からにしてあります。

 内容について、軽く説明します。殿下も含めてですが、偉大なる皇帝ニコライ1世に肖り、この世代は特に「ニコライ」さんが多かったので、区別するため、殿下は「ニクサ」、そして彼は「ニコラ」と呼ばれていました。

 殿下とニコラ大公は、従兄弟ということもあって少し顔立ちが似ていて、共に美男として高名でした。

f:id:sylphes:20211108111205j:plain

↑ 殿下。殿下って「イケメン」ってより、「美人」ってお顔立ちですよね。

f:id:sylphes:20211108111132j:plain

↑ ニコラ大公。尖り気味の耳の形が殿下とお揃い。

 しかし、性格は正反対で、真面目で聡明、皇家の希望、皇族の模範と見做されていた殿下とは対象的に、ニコラ大公は素行不良のやんちゃな性格で、スキャンダルを起こしまくっていました。

恋愛にはさほど関心がなかった殿下とは異なり、ニコラ大公はその美貌を武器に、恋愛を軸とする放蕩に耽り、果ては遊び金欲しさに母の宝石を盗むという悪事を働き、ロマノフ家から勘当、国外追放の憂き目に遭います。

 動画では、若くして亡くなってしまった殿下と、追放されたニコラ大公、「二人のニコライの悲劇」について語られています。

 

アレクサンドル2世の人生、愛、死

 こちらはかなり古いテレビシリーズのようで、音質・画質共に悪いのですが、ご紹介しておきます。

 こちらのシリーズは、前節で紹介した『アレクサンドル2世暗殺』の動画版、といったところで、アレクサンドル2世の人生を丁寧に追っています。

 

 殿下の父、アレクサンドル2世は、その治世が始まって以降、精力的に取り組んでいた「大改革」の手を1866年頃から段階的に緩め、保守的な方向へ逆戻りしてゆくことになります。

この頃、彼はエカテリーナ・ドルゴルーカヤという若い女性と親密になり始めました。これは紛うことなき不倫でしたが、それ以上に、皇帝の彼女への「愛し方」が問題視されました。皇帝は既に壮年でしたが、彼女の前では、見るに堪えような「幼児退行」じみたみっともない姿を見せるようになり、殿下の弟アレクサンドル大公を始めとするロマノフ家の人々は非常に不快に思っていたといいます。

ラジンスキー先生は、彼女とのそのような関係が始まった理由について、「前年1865年に殿下が亡くなったこと」、「1866年に初めての自身を対象とした暗殺未遂事件が起きたこと」の二つを挙げています。

特に深く愛していた息子の早すぎる死、そして自らの命が狙われるという、人生に於いてもこれ以上ない悲劇が連続したことが、その精神に非常に堪え、愛人の前での「幼児退行」を引き起こしたり、統治への熱意を全く失うに到ってしまったのでしょう。想像に難くありません。

当時は精神疾患の理解が進んでいませんでしたから、「若い女性にべったり甘え、赤ちゃん言葉で愛を囁くおじさん」と化した皇帝の行動はただただ気色悪いものとして捉えられていましたが、現代の視点で見れば、陛下は、間違いなく、かなり重い鬱病だったのだと考えられます。

鬱病の症状の中には、「退行現象」といって、破滅的な状況に絶望し、何かの庇護を心の底から求めた結果、正しく幼児退行のような言動を起こす、というものがあります。皇帝は比較的ナイーヴな性格でもありましたし、このような状況の中でも、9000万人の人口を抱える大帝国の主として覇気ある姿を毎日示し続けなければならないことに、単純に耐えられなかったのでしょう。

 動画では、ドルゴルーカヤとの大恋愛は、殿下の死の影響なくして説明され得ないと述べられています。

 

 動画投稿を開始して一年のはずなのに、投稿数が多く、未だ全てを追えていないので、漏れがあったらすみません。現在確認しているものは以上になります!

 

最後に

 通読ありがとうございました。約6000字です。

 「限界同担列伝」シリーズでも少しだけ言及しましたが、昨年は殿下の没後155年ということもあって(キリがいいのか、それは?)、幾つか殿下関連の動画が投稿されました。エルミタージュ美術館による殿下の部屋の解説なんか、わたくし以外の誰が気になると言うのでしょうか。え、意外と現代でも同担は多い……?

 

 殿下は現在では歴史に埋もれてしまった存在ですし、単にわたくしが愛好しているだけなので、殿下関連の記事は自己満足で書いていたのですが、前回のシリーズなど、意外にもあたたかい感想を色々頂き、大変、大変有難くおもっております! 自分が心底好きな物を評価頂けると、やはりとても嬉しいのです。感想等頂けると常に嬉しいものですが、殿下に関する言及には特に喜びます。

しかし、関わった人全員を恋に落とす「魔法」は没後150年以上後まで有効なのか……、ほんとうに恐ろしい人だ! また何か殿下関連の最新資料など上がりましたら積極的にご紹介したいとおもいます。というわけでどんどん殿下研究進んで欲しいですね。

 それでは今回はお開きとさせて頂きます。また別記事でお目に掛かれれば幸いです。