世界観警察

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オネーギンは何を囁いたのか - バレエ版『オネーギン』考察

 こんばんは、茅野です。

別記事で既にサンプルをお出ししていますが、最近「鏡のPDD」を耳コピして採譜する作業をしています。お陰様で、ただでさえ『オネーギン』が大好きで一日中聴いているのに、寝ても覚めても「鏡のPDD」が頭の中で鳴り響いていて生活がガタガタです。楽しいから……いいですけど……!!

 

 というわけで、今回はバレエ版『オネーギン』の「鏡のPDD」を検討したいと思います。解説やレビューは沢山書いていますが、バレエ版のみにフォーカスした考察を書くのはなんだかんだ初めてかも知れません。

「鏡のPDD」に、オネーギンさんがターニャに耳打ちするような振りがありますよね。今回は、様々な資料を検討し、ここで彼は何を囁いているのかを考えてゆきたいとおもいます。クランコがここについて、詳しい設定を持っていたのかどうかはわかりません。しかし、調べてゆく過程で、面白い事柄を色々と発見したので、一緒に確認して参りましょう。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

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↑ 該当部の振り。

 

 

原作に於ける「囁き」

12回の囁き

 まずは原作を確認してみましょう。

ロシア語で「囁く」や「囁き」は «шептать» «шепнуть» «шёпот» 等なので、原作を攫って、これらの表現を探してみました。結果、1章28スタンザ14行、2章12スタンザ11行、3章10スタンザ11行、「タチヤーナのオネーギンへの手紙」、4章24スタンザ6行、5章11スタンザ11行、5章6スタンザ7行、5章35スタンザ8行、5章43-44スタンザ6行、7章54スタンザ7行、8章4スタンザ12行、8章14スタンザ2行の計12回使用されていることがわかりました。類似表現を含めたらまだあるかもしれません。

 それぞれが気になる方の為に、一応該当部の一覧を出しておきますね。

1章28スタンザ13-4行

И ревом скрыпок заглушен
Ревнивый шепот модных жен.

2章12スタンザ11-2行

А Дуня разливает чай,
Ей шепчут: «Дуня, примечай!»

3章10スタンザ11-2行

В забвенье шепчет наизусть
Письмо для милого героя…

「タチヤーナの手紙」

Не ты ль, с отрадой и любовью,
Слова надежды мне шепнул?

4章24スタンザ6-7行

Соседи шепчут меж собою:
Пора, пора бы замуж ей!..

5章6スタンザ5-7行

В смятенье Таня торопилась,
Пока звезда еще катилась,
Желанье сердца ей шепнуть.

5章11スタンザ11-2行

Но шепот, хохотня глупцов…»
И вот общественное мненье!

5章35スタンザ7-8行

Подсели дамы к камельку;
Девицы шепчут в уголку;

5章43-44スタンザ4-6行

Онегин с Ольгою пошел;
Ведет ее, скользя небрежно,
И, наклонясь, ей шепчет нежно

7章54スタンザ6-7行

И локтем Таню враз толкнули,
И каждая шепнула ей:

8章4スタンザ12-3行

Немолчный шепот Нереиды,
Глубокий, вечный хор валов,

8章14スタンザ1-2行

Но вот толпа заколебалась,
По зале шепот пробежал…

以上です! 見落としがあるかもしれないので、気が付いた方はお気軽に教えて下さると幸いです。

 

卑俗な恋歌

 さて、前項で原作に於ける「囁き」を確認しました。このうち、「現実の」オネーギンが囁く主体となっているのは、なんと5章43-44スタンザ7行の1回しかありません。もう一度、詳しく見てみましょう。

Онегин с Ольгою пошел;
Ведет ее, скользя небрежно,
И, наклонясь, ей шепчет нежно
Какой-то пошлый мадригал
И руку жмет – и запылал
В ее лице самолюбивом
Румянец ярче. 

オネーギンは素早くオリガと踊りはじめた。するすると事もなげに躍りながら、彼は身を屈めてオリガの耳へ、卑俗な恋歌を優しくささやき、片手をぎゅっと握り締めた。―――と、彼女の顔にうぬぼれの紅があかあかと燃えはじめた。(池田健太郎訳)

バレエ版・オペラ版で言うところの第2幕第1場のシーンです。相手がターニャでもなければ、内容は「卑俗な恋歌(пошлый мадригал)」という!  何とも言い難い結果になってしまいました。

 逆に、あのシーンでオネーギンさんはオリガに「卑俗な恋歌」を囁いているということがわかります。ここは振付に明確に反映されているわけではありませんが、そうですね、オネーギンとオリガが後ろ手で手を組んで上手前から舞台上を一周する振りの際、原則的には何かを話し、楽しそうに笑い合う演技が挿入される為、ここら辺が怪しいかなと踏んでいます

 

ターニャの「空想」

 前項では、「現実の」オネーギンさんが囁く場面をご紹介しました。「現実の」、という前置きがあるということは、対となる「空想の」囁きもあるということ。もうおわかりですね。タチヤーナの空想上のオネーギンのことです。

 

 つまり、今回重要になってくるのはタチヤーナの方。まずは、タチヤーナが恋文に何を書くかを考えるシーン、3章10スタンザの一部を見てみましょう。

Татьяна в тишине лесов
Одна с опасной книгой бродит,
Она в ней ищет и находит
Свой тайный жар, свои мечты,
Плоды сердечной полноты,
Вздыхает и, себе присвоя
Чужой восторг, чужую грусть,
В забвенье шепчет наизусть
Письмо для милого героя…

タチヤーナはただひとり森の静けさの中を、危険な本を抱いてさまよい歩いた。その本のなかに彼女は、自分の密かな熱情や、夢想や、胸いっぱいの恋の果実を探して見つけ、ほっとため息をつき、ひとの喜びや悲しみをわが喜びわが悲しみと思いつつ、われを忘れて最愛の主人公へあてた手紙をそらでささやく。(池田健太郎訳)

 ここでの「危険な本」というのは、ロマン主義の甘ったるい夢と幻想に充ち満ちた恋愛小説を指しています。夢見る少女ターニャちゃんは、一回しか会ったことがなく、ろくに会話もしたことがないオネーギンに、そのような「恋愛小説の情熱的な恋人」役を押しつけ、重ね合わせてしまったわけですね。そりゃあ危険ですわ。

 

 バレエ版しかご存じない方は特に、タチヤーナのことを「純情で清廉な乙女」と認識されている方が多いのですが、実は「タチヤーナの手紙」というのは、妄想が炸裂した物凄く強烈な文章で、オネーギンがドン引きしてしまうのも頷けてしまうような、そんな内容だったりします。寧ろ、第8章でタチヤーナ自身がそう述べているように、そこで「あなたの真剣さが私には可愛らしいのです」と大人な対応をしたオネーギンさんは尊敬に値します。

それでは実際に、「タチヤーナのオネーギンへの手紙」を見てゆきましょう。

я тебя слыхала:
Ты говорил со мной в тиши,
Когда я бедным помогала
Или молитвой услаждала
Тоску волнуемой души?
И в это самое мгновенье
Не ты ли, милое виденье,
В прозрачной темноте мелькнул,
Приникнул тихо к изголовью?
Не ты ль, с отрадой и любовью,
Слова надежды мне шепнул?

Кто ты, мой ангел ли хранитель
Или коварный искуситель:

私は前からあなたのお声をお聞きしていたのですもの。私が貧者に施しをしていた時、波立つ胸の憂いを祈りで静めていた時、あの静けさのなかで私とお話なさったのは、あなたではありませんか。

そしてまたあの時、透明な夜闇を通してきらりと閃き、そっと枕辺に寄り添ったなつかしい幻、あれはあなたではないでしょうか。

喜びと愛をこめて、希望の言葉を私にささやいて下さったのは、あれはあなたではないでしょうか

ああ、あなたは何者なのです?―――私の守護天使なのですか、狡猾な誘惑者なのですか。(池田健太郎訳)

ターニャさん、何を言っているの、一回落ち着こう??

ここは、全体的に強烈なターニャの恋文の中でも、特に強烈な妄言地帯です。手紙の最後に「読み返すのも恐ろしい(Страшно перечесть…)」と書いていますが、マジで読み返した方がいいよ、それ全部幻覚だよターニャさん!

 しかしながら、バレエ版の「鏡のPDD」はこのタチヤーナの手紙に相当しますから、このPDDで空想のオネーギンがターニャに囁いているのは、「喜びと愛をこめた希望の言葉」ということになります。

 

「鏡のPDD」分析

 さて、前節にて、原作に於ける「囁き」を確認して参りました。ここからは、バレエ版にフォーカスし、更に深掘りしてゆきます。

『忘れられた部屋』との関係

 バレエ版『オネーギン』に於ける「鏡のPDD」の元となったと考えられているのが、『忘れられた部屋』という作品です。

これはイギリス時代、クランコの比較的初期の作品で、1952年に振り付けられました。過去の記事でここに関する資料を翻訳しているので、抜粋します。

 ここでの最も野心的な作品は『忘れられた部屋』だった。シューベルトの幻想曲ヘ長調を使った、ロマンティックな作品である。 (訳注: へ短調の間違い?)

オズバート・ランカスターは、ヒロインの若い女性が、本に夢中になるあまりその本の世界の住人となり、本の主人公と踊るというストーリーを創作した。話の最後では、彼女の姉妹か友人が、彼女を呼ぶためにやってきて、椅子の上で彼女の死体を見つける。

この作品はマーガレット・スコットとピーター・ライトの為に創られた。又、『オネーギン』でのタチヤーナが手紙を書くシーンに影響を与えたと考えられる。 (訳注: 第一幕第二場。鏡の中からオネーギンが現れてタチヤーナと踊る"鏡のPDD"が上記作品の内容と合致する。)

Theatre in my Blood 翻訳 1 - バレエ『オネーギン』資料

 『忘れられた部屋』は今は全く上演されない作品で、わたくしも全体像はよく把握できていません。判断材料がこの資料くらいしかないのが歯痒いですが、取り敢えず検討を進めてみましょう。

 

 ちなみにシューベルトの幻想曲というのはこちらだと思われます。ヘ短調……だよな……??

 

 資料を読む限りでは、ヒロインが本の世界に入り込んで、その物語の主人公の男性と踊り、そして現実世界を放棄してその世界の住人になったことで、現実的には死んでしまう、という物語のようです。この、「架空の男性と踊る」、というところに「鏡のPDD」との類似性がある、というわけですね。

しかし、本当にそれだけでしょうか? 次項で更に掘り下げます。

 

ロミオとジュリエット』の二重唱

 別の視点から「鏡のPDD」を考えます。ずばり、音楽です。バレエ版『オネーギン』は、チャイコフスキーの楽曲を「ポプリ形式」と呼ばれる手法で組み合わせて作られています

↑ 詳しくはこちらをどうぞ。

 上記の記事に詳しいですが、「鏡のPDD」で使われている楽曲は『ロミオとジュリエット』の二重唱、『序曲 ヘ長調です。中間部は『ウンディーナ』と考えられますが、相当わかりづらいです。

 

 そう、この場所でメインとなるのは、あのシェイクスピア原作『ロミオとジュリエット』。というわけで、先日の記事では、楽曲の概要の解説、チャイコフスキーの『ロミオとジュリエット』を題材とした別の曲である「幻想序曲」との関連の説明、そして歌詞の打ち出しと翻訳、原作との比較を行いました

↑ こちらの記事です。資料作るの結構骨折りだったので、参考にして貰えたら嬉しいです。

 

 先日の記事は楽曲自体の解説に終始しているので、当記事ではバレエ版『オネーギン』との関連を探ります。前述の通り、この曲は元は二重唱。勿論歌詞もあります。歌詞は『ロミオとジュリエット』の第3幕第5場、ソコロフスキーによるロシア語訳がベースになっています。歌詞の全文は上記の記事に掲載していますが、「鏡のPDD」で用いられる部分で歌われる歌詞を抜き出してみましょう。

 歌が始まるのは、「鏡のPDD」だと冒頭のフルートの旋律から。オレンジ色がジュリエットのパート、水色がロミオのパートです。

おお、愛しい人、怖がっているあなたが聞いたのはナイチンゲールの囀りよ、
ナイチンゲールじゃない、
あの鳥は毎日私達の庭のザクロの木の上で囀るのよ。
ナイチンゲールじゃない、
そうよ、ナイチンゲールよ。
いや、違う、ナイチンゲールじゃない。
僕の天使よ、それは朝を知らせるヒバリの声だ、
そうよ、ナイチンゲールよ。
違うんだ友よ、夜明け前の歌声は朝の前触れだ!
そう、夜明けだ!
いいえ、ナイチンゲールよ。怖がらないで、愛しい人。
ヒバリだ、ヒバリだ。
東の雲が暁に照らされ、空の弱々しい光が消えてゆくのが見えるだろう、
明るい陽が山の頂を金色に染め、全てが目覚め出す。時が来た!
一瞬の出来事で僕は命を落とすんだ。
怖がらないで、その輝く光を、
(中略)
待って、待って、お願い!
まだ時間じゃないわ。

ではそうしよう。僕は死ぬが、(それが君の望みなら本望だ。)

凄いところで終わるな!と思いますが、楽曲を分析すればわかるように、«умру я,(僕は死ぬ)» までが使用箇所です。わたくしとしてもビックリです。

 ロミオとジュリエットは、ご存じのように、敵対し合う家柄同士ゆえ、夜の間しか逢瀬を許されません。この場面では、鳥の囀りを聞いたジュリエットが、「夜に啼くナイチンゲール(夜鳴き鶯)の声だから怖がらないで。まだ一緒にいたいの」と懇願しますが、ロミオは「いや、それは朝に啼くヒバリだよ。もう帰らないと、見つかって殺されてしまう」と返答する場面です。この後の対話(歌詞)も併せて読む(聴く)と、シェイクスピアというのはやはり天才だな……!と感動します。この記事の本筋からは逸れるので記載しませんが、前述の記事に全て纏めてあるので、是非ご覧下さいませ。

 

 さて、オネーギンがターニャに耳打ちをする振りをするのは、冒頭の2回、フルートの旋律の時ですよね。ここは、一番最初のジュリエットの「おお、愛しい人、怖がっているあなたが聞いたのはナイチンゲールの囀りよ、」に相当します。

「オネーギンの方がジュリエットかい!」とツッコみたくなる気持ちを抑えて、検討してみましょう。前述のように、ロミオとジュリエット』第3幕5場に於いては、「ナイチンゲールが啼く=夜」「ヒバリが啼く=朝」という対比があります

つまり、原曲の通り捉えるなら、空想のオネーギンさんは、ターニャに「怖がらないで。まだ夜だから、一緒にいない?」と囁いていることになるわけです。彼に恋するターニャにとって、「一緒にいよう」という誘いは、「喜びと愛をこめた希望の言葉」に他ならないのではないでしょうか。め、めちゃくちゃ良くないですか!?

 

 検討を続けましょう。原曲通り考えるなら、ロミオ≒ターニャは、「そんなことない、もう朝だよ」と返すことになります。朝になってもターニャが死ぬことはないので、ここから先の検討は無意味かと思いかもしれません。しかし、ちょっと待って下さい! 前項の『忘れられた部屋』のストーリーをもう一度確認しましょう。

ヒロインの若い女性が、本に夢中になるあまりその本の世界の住人となり、本の主人公と踊るというストーリーを創作した。話の最後では、彼女の姉妹か友人が、彼女を呼ぶためにやってきて、椅子の上で彼女の死体を見つける

 つまり、つまりですよ、仮に、夢の中のオネーギンさんが「まだ夜だから、一緒にいない?」と優しく囁きかけていたとして、ターニャがそれを拒みきれなかった場合、彼女は目覚めることなく、夢の世界の住人となってしまい、現実世界に戻って来れなかったのではないか。そう捉えることはできないでしょうか?

空想のオネーギンは、タチヤーナが作りだした「理想の王子様」であると同時に、彼女を夢の世界に引き摺り込んで離そうとしない、悪魔的な存在でもあるのだと、そう考えることはできないでしょうか?

『忘れられた部屋』も『ロミオとジュリエット』の二重唱も、恋と死の絡み合う物語。繋げて考えることは、必ずしも的外れではないのではないでしょうか。

 

 わたしは『オネーギン』を愛好し始めた頃、夢と現実の演じ分けや、オリガを誘惑する際の挑発的な演技と振付から、「オネーギンは男性版オデットとオディールみたいだなあ」と思っていました。この解釈を踏襲するなら、オリガを誘惑する際だけでなく、夢の中、つまり「鏡のPDD」でも、オディールのような「悪魔的」魅力を振りまいていることになるのかもしれません。

『オネーギン』は現実に根を下ろした物語ですから、勿論ターニャは生還し、恋破れるわけですが、『忘れられた部屋』という同根の作品と比較することで、別の物語の可能性というものが開けたのではないでしょうか。

 

最後に

 以上となります! 通読ありがとうございました。8000字です。

勿論、これは考察、解釈の一例でしかないので、これが答えだ!と強弁するつもりは全くありません。確固たるご自分の解釈をお持ちの方は是非それを貫いて欲しいですし、可能であればわたくしにもそれを教えて下さい。

 

 これを踏まえた上で「鏡のPDD」を観ると、オネーギンが先にジュテで飛んでターニャを待ち構えたり、彼女の手を引いて場所を移動したりという、彼がリードする振付に、新しい意味を感じることができるかもしれません。あなたは優しい王子様な空想オネーギンと、挑発的で官能的な空想オネーギン、どちらが好きですか? ご意見是非お寄せ下さい。

 それではお開きとしたいと思います。また題材を思いつき次第、考察も書けたらいいなと思います。また別記事でお目にかかれれば幸いです。