おはようございます、茅野です。
『オネーギン』供給過多期で毎日大絶賛寝不足です。Ах, ночь минула...О, ночь блаженства...
今回は、『オネーギン』からはほんの少しだけ離れて、別のチャイコフスキーの楽曲の解説を書いてみようと思います。わたくしは音楽の専門家ではないので、相変わらず出過ぎた真似をしているなあとは我ながら感じていますが、今回ご紹介する曲は知名度が低すぎて全然話題にならないので、「わたしが語らずして誰が語る?」と思いまして。
チャイコフスキーといえば、泣く子も黙る大作曲家ですが、有名な曲はバレエ曲や交響曲、協奏曲など、大規模なものが主。しかし、それはほんの一部でしかありません。チャイコフスキーの作品は、オペラや歌曲、室内楽など、遺している楽曲の種類は多岐にわたります。これらが知られていないのは大層、大層勿体ない! ご紹介させて下さい!!
というわけで今回は、チャイコフスキー作曲『ロミオとジュリエット』の二重唱をご紹介したいと思います。埋もれているのが全くもって信じられない、大変な名曲です。
それでは、お付き合いの程、宜しくお願い致します!
『ロミオとジュリエット』二重唱
まずは曲の概要から見て参りましょう。
作曲は、我らがロシアの大作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー御大(1840 - 1893)。これほどまでのビッグネーム、説明不要ですね。特に、わたくしの記事を読んでいらっしゃる方は全員『オネーギン』ファンの同志だと確信しているので(?)、当然彼のことも好きですよね。
『ロミオとジュリエット』の二重唱は、1878年6月に着想され、作曲が開始されました。ちなみにこれは、『オネーギン』着想のきっかり一年後です。推定1881年まで断続的に作曲を続けていたようです。
この頃からチャイコフスキーは『ロミオとジュリエット』でオペラを書こうとしていたのですが、結局完成することは叶いませんでした。チャイコフスキーは途中で断念し未完に終わったオペラ作品も結構あります。これもその一つと言えるでしょう。
この二重唱はほぼ完成していましたが、発表には至らず、放棄されていました。これを、チャイコフスキーの没後の1894年、弟子でもあった作曲家セルゲイ・イヴァーノヴィチ・タネーエフ(1856 - 1915)が完成させ、日の目をみるようになります。
次に音楽について述べます。
ジュリエットはソプラノ、ロミオはテノールです。全曲を通して演奏すると約12-3分程度になります。第一主題がヘ長調(F-Dur)、第二主題が変ニ長調(Des-Dur)です。
物凄く美しい曲なのですが、上演機会は少なく、誠に残念ながら聴く機会はほぼ無いと言っても良いでしょう。録音は少数ながらも存在します。最も入手が容易で、音質がよいのがこの録音です。
↑ 『Tchaikovsky Duets』という二重唱を集めた歌曲集。なんと一曲目が『オネーギン』なので、是非どうぞ!
この録音では、乳母(ニャーニャ)が登場する箇所が削られているのですが、この処理はごく一般的なものです。オペラとしては乳母が登場しないと話が錯綜しますが、二重唱として聴くならばこの箇所はない方が繋がりが良く、美しいとさえ言えます。
それから、ジュリエット役のオリガ・グリャコヴァ氏もロミオ役のフセヴォロド・グリノフ氏の歌唱も素晴らしいのですが、後者の声量が圧倒的なので、少々ジュリエットが食われ気味。その分、ロミオのソロは凄く酔えると思います。オススメ!
幻想序曲との関係
さて、クラシック音楽に詳しい方はこうお思いのはず。「あれ? チャイコフスキーの『ロミオとジュリエット』って、幻想序曲じゃないの?」。解説致します。
幻想序曲『ロミオとジュリエット』は、何度も改訂が行われましたが、初稿が発表されたのは1869年頃、実に作曲家が29歳の頃です。この頃はオペラにしようという計画はなかったようで、序曲だけが作曲されました。ちなみに改訂版は第2版が1870年、第3版が1880年です。
『ロミオとジュリエット』をオペラ化しようと思い立ったとき、勿論この曲が念頭にあり、オペラの序曲としようと思い立ったようです。そのこともあって、勿論曲想も似ていますし、二重唱には幻想序曲の第二主題が組み込まれています。
詳しくは実際に楽譜をご覧頂きたいのですが、簡単にご説明致しますと、幻想序曲の G~J の最後まで、それから P~Q の範囲が、二重唱の序奏となる 20~50 小節、そして二重唱となる 107~133 小節、183~230 小節と同様の旋律になっています。譜例を出しておきますね。
↑ 幻想序曲 G パート。コーラングレとヴィオラという変わった組み合わせがこの唯一無二の音色を作りだしているんですね! オーケストレーション天才か? 知ってました!
↑ 二重唱の 201 小節から。精確には ства! のところからですが、前に少し旋律が足されています。このロミオの «О, ночь блаженства!» で毎回酔っ払ってます。アルコールの5倍くらい気持ちよく酔える。最高。
折角なので、幻想序曲の方もオススメ音源をご紹介します。色々な音源がありますが、わたしがよく聴いているのはこちらです。
↑ リッカルド・ムーティ御大指揮、チャイコフスキーの交響曲がぜ~んぶ入って3000円以下です。ナンバリングされたものだけではなく、この幻想序曲や『マンフレッド』『フランチェスカ・ダ・リミニ』『1812』など、全部込み込み。買う以外の選択肢がないですね。ハイパーお得。
ムーティ御大の解釈が素晴らしいのは勿論ですが、音質もいいですし、何よりもこの曲集めちゃくちゃ優秀なのでね……、オススメです!
歌詞の検討
今節では歌詞を確認してゆきます。
「『ロミオとジュリエット』で二重唱ということは、第2幕第3場のバルコニーシーンで間違いないな!」。ところが! 実はそこではないのです!
この二重唱は「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」でお馴染みの第2幕第3場ではなく、第3幕第5場のものです。トリッキーがすぎる!
「嘘でしょ……3幕5場って……どこ……?」。ここです!!!
↑ プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』から。
そう、プロコフィエフ版で言うところの、«Romeo and Juliet Before Parting»! それが、第3幕第5場です!
主観で恐縮ですが、実は、わたくしプロコフィエフ版でも『ロミオとジュリエット』はこの曲が断トツで大好き。ということは勿論、各バレエ版でもここが一番好きなんです。圧倒的に甘美で官能的な旋律、堪りません。ロシアの作曲家たちは、第2幕3場よりも、寧ろ恋人たちが生きて最後の別れをする前の、この第3幕5場にロマンを感じていたようです。わ、わかる~~!! 解釈一致した……。
ではここで、実際に歌詞を見てゆきましょう。
実はですね、この楽曲があまりにも知られていないがゆえか、インターネットで探しても歌詞が全く出て来ず……。というわけで、ヴォーカル・スコアから自分で打ち出しましたよ! 相変わらず最終的には脳筋なわたくし茅野。
打ち出したものを Excel で纏め、日本語訳を付けて対訳形式にしたので、参考にしてください。例によってダウンロード可能なようにしてあります。
内容ですが、シート1には、役柄、該当の歌詞が始まる小節、歌詞原文(ロシア語)、拙訳(日本語訳)、申し訳程度の備考を掲載しています。シート2には、この歌詞の元となったソコロフスキー版ロシア語訳、原作シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』原文、坪内逍遙訳の三種を隣り合う形で配置し、見較べられるようにしてあります。それでは、どうぞ!
第3幕5場は、シェイクスピア作品で度々登場する、恋人たちが対象物を何と認識しているかについての対話が繰り広げられています。他作品だと、『じゃじゃ馬馴らし』第4幕第5場の「太陽と月の対話」などが有名です。
『ロミオとジュリエット』では、朝の象徴たる鳥ヒバリと、夜の象徴たる鳥ナイチンゲール(夜鳴き鶯)を対比させ、どちらの鳥が啼いているかで時刻を測ろうし、夜の間しか逢瀬が許されない二人の状況をこれ以上無く美しく描写しています。
二重唱では、«Это он, это он. » «Нет, не он, нет, не он.» という正反対の歌詞を全く同時に歌わせたり、 «~ скрой ты нас!» « ~ смертный час.» を掛け合いにして韻を強調させたりと、旋律のみならず、歌詞の乗せ方も非常に秀逸です。何故この曲が埋もれてしまっているのか全くわからない……。
どうでもいいですが、原作だとナイチンゲールは she になっているものの、ロシア語だとナイチンゲールもヒバリも男性名詞なので、 он になっています。こういうところも面白いですね。
最後に
通読お疲れ様でございました! 記事自体は4500字と少なめですが、 Exel の資料を用意するのに少し手間取りました。
個人的なことを書かせて貰うと、『ロミオとジュリエット』は高校2年生の頃の英語の講読課題で、1年掛けて原文を読みました。わたしのクラスは米国女性の先生が担当だったので、あるキャラクターを「タイボルト」、お隣のクラスは英国男性の先生だったので「ティボルト」と呼んでいて、隣のクラスの友人と一緒にテスト勉強したときに、お互いの発音に驚いて、「えっそれ誰? そんなキャラ、いた?」という会話をしたのをよく覚えています。
よく考えたら原作『ロミオとジュリエット』との付き合いはそれだけで、日本語版を一つも読んだことがないことに気が付いたので、何か一つ買ってみようかなと思います。オススメの訳とかありますかね? よかったら教えて下さいね。
歌詞の翻訳を書いていて、ベタだけどやっぱり凄くいいな~と感じましたね。これが時代を超えても惹き付ける大作家の御業ということなのでしょう。ロシア語版のソコロフスキー訳は、Exel のシート2をご覧頂ければわかるように、結構意訳されているので、新鮮な気持ちで楽しめました。
しっかし、ほんとうに良い曲ですね『ロミオとジュリエット』二重唱……。この曲自体は6年以上前から知っていましたが、今回分析するにあたって聴き込み、改めてそう感じました。この曲を生で耳にするまで死なないことにしたので(?)、わたくしが不死身になる前に上演して欲しいところです。やってください! お願いします!!
また機会があれば、あまり知られていない楽曲を色々ご紹介できたらいいなとおもいます。それではお開きとします。お付き合いありがとうございました!