こんばんは、茅野です。
「ゴルビー」こと、ミハイル・ゴルバチョフ元書記長/大統領に続き、エリザベス女王陛下の崩御の報が。なにか、一つの世代の終わりを感じさせる夏です。
それもあり、今回は英国史に関する英国の劇をば。最近 National Theater Live によくお邪魔しているのですが、新作『ヘンリー五世』を鑑賞して参りました。
わたくしは多くても演者が 4 人程度で上演される少人数劇が好きで、いつもそれを狙い撃つのですが、今回は珍しく大規模な古典劇を。
原作はシェイクスピアで、英国史にも中世史にも余り関心を持てずにいる身としてはかなりハードルが高かったのですが、これを機に原作を予習してから挑みました。
結論として、履修して良かったと自信を持って言えますね。やはり君主制を考えるのは楽しい。
というわけで、今回はこの NTLive さんの『ヘンリー五世』の感想を簡単に纏めておきたいと思います。
それでは、お付き合いのほど宜しくお願い致します。
キャスト
ヘンリー五世:キット・ハリントン
コーラス、小姓:ミリセント・ウォン
シャルル六世、カンタベリー大主教、サー・トマス・アーピンガム:ジュード・アクウディケ
ジェイミー、サー・トマス・グレイ、グロスター公、テノール:シーマス・ベッグ
バードルフ、ジョン・ベイツ:クレア・ルイーズ・コードウェル
エクスター公、シャルル・ダルブレ:ケイト・デュシェーヌ
フランス王太子ルイ、イーリー司教:オリヴィエ・フーバン
ネル、マイケル・ウィリアムズ、マクモリス:メリッサ・ジョンズ
ニム、モントジョイ(モンジョワ):デイヴィッド・ジャッジ
ピストル、ウェスモランド伯:ダニー・キレイン
キャサリン、ガワー:アヌーシュカ・ルーカス
オルレアン公、ベッドフォード公、バス・バリトン:アダム・マクシー
アリス、ケンブリッジ伯、ソールズベリー伯、メゾ・ソプラノ:マリネッラ・フィリップス
スクループ卿、ランビュアズ卿、ハーフラー市長、ヨーク公、ブルゴーニュ公、ソプラノ:ジョアンナ・ソンギ
演出:マックス・ウェブスター
音楽:アンドリュー・T・マッケイ
上演劇場:ドンマー・ウェアハウス(ロンドン)
雑感
圧倒的「出ゲロ」。「出オチ」ならぬ「出ゲロ」。ヤバい。こんなの初めてです。ある意味で注意。しかも 2 回もあるとは……。
終いには放尿までしてますし、シャブをキメたり、なかなかお下品なシーンも……。
劇場、かなり狭いです。客席が250席しかないとか。「木製のO」と申しますか、「鋼鉄製のコの字」ですね。ところで、いつの間に砂を撒いた……?
何と申しますか、贅沢ですよね。たったのその人数で舞台を独占できる幸福。などと、ライブビューイングでお零れに与りながら。
それにしても、インタビューでも触れられていましたが、カメラワークが秀逸です。映像ならではの良さがよく出ています。
冒頭は『ヘンリー五世』ではなく、『ヘンリー四世』の方から。王太子時代のタイトルロール(ハル王子)を描きます。
その方が、王の変容ぶりが伺えて、物語としてハリが出ます。
タイトルロール役のキット・ハリントン氏の声音が即位前と即位後で変わるのが大変よいですね。古典劇風の発声でしょうか。
タイトルロールを除いて、一人の俳優さんにつき、一人二役~四役くらいで回してゆきます。
前述のように、少人数劇が好きなので、個人的には嬉しいですし、やはりこのように演者を重ねると含意があって面白いですね。この手法に関しては、前作『リーマン・トリロジー』を彷彿とさせます。
↑ 大傑作。沼。
ヘンリー五世のみ一人なのは、やはり「替えが効かない存在」ということなのか、果たして。
原作通り、フランス語シーンはフランス語。フランス語専攻だった者としては嬉しいのですが、そもそもこの『ヘンリー五世』ってフランス贔屓の人にはちょっと不快感強いですよね。まあ、戦争モノの常ですので、特に何とも思いはしませんが……。
コーラス兼お小姓ちゃんの言語は中国語でしょうか? あんまり自信が無い。
調べてみたところ、シンガポール出身の俳優さんで、なんと日本語もお話しになるとか!? マジか。多才すぎます。
演者も多国籍。体型、障害など身体的特徴も様々。原作で明らかに男性の役に女性俳優を当てるなど、多様性があり、色々な言語が使われているのも良いですね。
しっかし、演者さんは大変そうだ……。日本でも、外国語大学などでは外国語劇サークルの活動も盛んですが、本当に尊敬しますよ。
音響が優れすぎていたこともあり、最初歌は録音・口パクかと思っていましたが、クレジットロールを見ても、あれはその場で歌っているようですね。
教養がないので、賛美歌の元ネタがよくわからない。ご存知の方教えて頂けると有難いです。
それにしても、銃声にも負けないバス、オルレアン公ソロの力強さ。
戯曲『ヘンリー五世』の良さのひとつは、王権や戦争を主題とした重苦しい悲劇(ヘンリー五世にとってはハッピーエンドですが)でありながら、要所要所で挿入される喜劇的なシーン。
フランス王太子ルイがとにかくコミカルで良い。ハロー、ハウアーユー? バイバーイ。王太子のフランス語、聞き取りやすくて好き。
そして第一部はまさかの絞首刑エンド。しかもちゃんと「吊って」るし……。冒頭のハル王子(ヘンリー五世)もそうですし、捕虜処刑のシーンもそうですが、痙攣の演技が多いこの舞台。
それにしても、第一部はそこで切るんかい。殺人シーンなど、胸糞悪いシーンで切れると、凄く微妙な空気のまま休憩に入ることになるので、人を選びますよね……。
わたくしが盲愛しているオペラ『エヴゲーニー・オネーギン』も、主人公が友人を殺害した直後に休憩に入るので、慣れたくない慣れがあるのですが……。
↑ 原作もオペラもバレエもいいぞ!
君主が身内贔屓による特例を認めず法を遵守することは非常に重要な事なのですが、それはそれとして死刑は廃止しましょう。そこに関しては数百年後の侵略対象の国を見習おう。
インタビューで「役者全員が軍事訓練を受けた」と仰っていましたが、真剣な役作りが伺えます。
現代演出になっており、軍備も最新式。銃器に詳しい方には種類までわかるのかも。
そのこともあって、確かに現代の戦争(インタビューではウクライナが挙げられていました)を彷彿とさせますね。
しっかし、王様よ、最後の近代風の軍服は似合って無さすぎでは? やはり、あのスタイルの軍服は、年齢や脂肪を重ねないと威厳を纏えないものなのかしら。スーツはお似合いでしたが……。
フルエリンが兵法を問うくだりは、前述の『オネーギン』のザレツキーを彷彿とさせました。ザレツキーは、決闘のお作法に厳しい人物なのですが、フルエリン同様お作法を破るとがみがみと怒り出します。
どの時代にもああいう人っているものなのですかね。
個人的に『ヘンリー五世』でいちばん好きなのは、「王の責任」を問うシーン。戦争責任に関しては非常に難しい問題ですけれども、君主制の国においては、生まれながらに宿命付られた君主一人に責任が「押し付けられてしまう」というのは由々しき問題であるな、とも思うわけです。
望んでその地位に就いたわけでもないのに、争いが起これば全ての罪を被らねばならないのは、残酷であるように思えます。
尤も、『ヘンリー五世』に於いては、彼は宣戦を行う側ですし、王に一抹の罪もないわけではないでしょうけれども、それにしても王の苦悩は共感に値すると感じます。
ヘンリー五世には、「名君」である側面と、「血も涙もない冷酷な」側面が共存しています。
特に前半は、自ら戦地へ赴き、その地位を明らかにしないままに兵士の元を巡って激励するのは、正に名君のそれ。戦績も華々しく、原則的には法の遵守を尊ぶのも評価できる点です。
ちなみに、ヨルダンなどでも、王が身分を隠して民衆の声を聞いて回ったりしたこともあるようなので、意外にも王の変装ネタというのは、フィクションに限らない話です。
一方で、捕虜の虐殺、嫌がる姫を「手篭めにする」など、前半の名君ぶりとは打って変わって、暗君らしい側面も。
その一貫性の無さに、我々は解釈に悩むわけなのですけれども、それこそが『ヘンリー五世』の魅力のひとつだな、とも思うわけです。
今回、タイトルロール役を演じたハリントン氏は、後者の側面を強調したいと仰っていたのが印象的でした。
演劇の場合、観客である我々よりも前に、演者に解釈が問いかけられるので、演者ごとの解釈が楽しめるのも魅力的ですね。
改めて、「王は常に正しくあらねばならない」というのは、難しいことなのだなと考えてしまいます。
演出は現代風でしたが、台詞は殆ど原作通り。賛否の分かれるコーラスなどもそのままです。He が She になっているなど、俳優さんの容姿などに合わせて多少の改変がある程度。
相変わらず演者のクオリティが高く、劇としては大変満足のゆく仕上がりとなっております。
しかし、前述のように、よいこには見せられないシーンが幾つかあるので、そこだけ注意喚起を。
最後に
通読ありがとうございました。4000字ほどです。
良質な演劇が気軽に鑑賞できる NTLive は本当に有り難いです。次回の『ストレイト・ライン・クレイジー』も大変楽しみ。政治が主題の物語は須く好きですから!
ちなみに、主演のレイフ・ファインズ氏は、我らが『オネーギン』の大ファンで、映画版では主演を演じられていたりします。映画版の出来に関しては、個人的には少々思うところがあるのですけれども、同志は大歓迎です。
それでは、今回はここでお開きと致します。また別の記事でお目にかかれたら幸いです。