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NTLive『リーマン・トリロジー』 - レビュー

 こんにちは、茅野です。

書き損じレビュー執筆マラソン中です。引き続きお付き合いを宜しくお願い致します。

 

 先日、とんでもない演劇を拝見致しました。National Theater Live の『リーマン・トリロジー』です。

 余りの「良さ」に、二回観ました……。上演期間が延びて良かったです。

 

 今回は、備忘に、この大傑作の素晴らしさを語りたいと思います。

それでは、お付き合いのほど宜しくお願い致します!

 

 

キャスト

主演:アダム・ゴドリー、サイモン・ラッセル・ビール、ベン・マイルズ

原作:ステファノ・マッシーニ

翻案:ベン・パワー

演出:サム・メンデス

作曲:ニック・パウエル

ピアノ:カンディダ・カルディコット

上演劇場:ピカデリー劇場(ロンドン)

 

雑感

 これが傑作でなかったら、何が傑作なんですか?

2022 年に初めて触れた作品のなかで断トツに良いですね。これは沼。著作権の問題など厳しいようですが、どうにか Blu-ray を出して欲しい。永久保存版。

 

 『リーマン・トリロジー』は、「リーマン・ショック」で世界的に悪名高くなってしまった、あの投資銀行リーマン・ブラザーズの創業一家である、リーマン兄弟を追う物語です。

 公式のストーリー説明だとこのような感じ。

 世界的な投資家リーマン一家が米国に移住した1844 年から2008年のリーマン・ショックが起こるまでの3世代にわたる栄光と衰退を描く舞台で、ナショナル・シアター上演時にはチケット完売を記録した注目作。主演の3人が約3時間にわたり、150 年以上にわたるリーマン家の歴史を演じ切る。

                          (公式サイトより引用)

 150 年の「叙事詩」です。それを 3 人だけで演じます。とんでもないです。

 

 個人的にアメリカ金融とはご縁がなく、知識も皆無だったので、最初行くかどうか迷っていたのですが、物語が 1844 年から始まるということで惹かれて伺うことにしました(※わたくしの推しは 1843 年生まれで、「推しが 1 歳かあ」と思った瞬間興味が湧いたというかなり邪な理由です)

ほんとうに行って良かった……。

 

 まず、何よりも、戯曲の完成度が高いです。わたくしは一応大学でフランスの戯曲を学んでいたので、個人的にもメチャクチャ刺さってしまいました。

 『リーマン・トリロジー』の原作は、ステファノ・マッシーニ氏によるイタリア語のもの。元々ボイスドラマで、上演時間は約 9 時間だったとか。

それをリチャード・ディクソン氏が英訳したものが、書籍として販売されています。

↑ 英語版。わたくしは購入致しました。戯曲だけで十二分に楽しい。本気でオススメ。

 ちなみに、日本語訳も出ています。何故か妙にお高いですが……。

 

 『リーマン・トリロジー』は、登場人物が多く、National Public Radio の公演評によれば、 70 人を越えるそうな。その 70 人を、観客に覚えて貰わねばなりません。

 その為の工夫として、特筆すべきは、同じ台詞、振りを効果的に繰り返して、観客にそのキャラクターの特徴を覚えさせる、という点です。

 例として、以下のものが挙げられます。戯曲と舞台で異なる部分は、舞台版の方を括弧書きに入れています。戯曲版は前述の英訳準拠。

Henry Lehman is always right.

ヘンリー・リーマンはいつでも正しい。

                  ≪Lehman Trilogy≫. Stefano Massini.  p. 75

the two Lehman brothers 
wait ( sit )
greet
thank.
二人のリーマン兄弟は
待ち、(座り、)
挨拶し、
感謝する。

                  ≪Lehman Trilogy≫. Stefano Massini.  p. 95 

Pauline Sondheim
this time in a lilac dress
looked at him much longer than a moment
bothered
amused
vexed
intrigued ( curious )
before laughing at him once again:

ポーリーン・ソンドハイムは
今度はライラック色のドレスを着て
一瞬よりも長い間彼を見つめ
悩ましげに
面白そうに
苛立たしげに
興味深そうに
再び彼に笑いかける前に、(以後は毎回異なる)。

                  ≪Lehman Trilogy≫. Stefano Massini.  p. 142 

“The winning card is this!”
And once again he has won.
Luck? ( Chance? ) - No. Technique. ( Strategy. )

「勝ち札はこれだ!」
そしてまた彼は勝った!
運? ―――いや、技術だ。

                  ≪Lehman Trilogy≫. Stefano Massini.  p. 389

"But I don't agree."(“I have a problem with that.”)

「でも僕は賛同できない。」

                  ≪Lehman Trilogy≫. Stefano Massini.  p. 342 

Bullet.
Trigger.
Fire.
Bang.
弾丸を込める。
引き金を引く。
発射。
バン。

                  ≪Lehman Trilogy≫. Stefano Massini.  p. 706

Bobbie Lehman is 80( 85 / 90 / 93 / 100 / 140 ).
And he’s dancing the twist.
ボビー・リーマンは 80( 85, 90, 93, 100, 140 )歳。
そして彼はツイストを踊ってる。

                  ≪Lehman Trilogy≫. Stefano Massini.  p. 892 

 ご覧になった方は、脳内再生余裕だと思います。これらは全て、少なくとも 3 回以上繰り返されます

 繰り返しは、高揚感を生み、観客を面白がらせます。しかし、余りにもやりすぎると辟易としてくるものですが、そこまではいかないバランス感覚の良さ。恐ろしいです。

 

 どのキャラクターも引き立っていて、素晴らしいです。三人の兄弟は、やはりなんとなく『カラマーゾフの兄弟』を想起したり。

 19 世紀の綿花については、ロシアとエジプトについてはリサーチ済みだったのですが、アメリカはあまりご縁がなくノーマークでした。そりゃあ、南北戦争の引き金の一つなのですから、重要ですよね。ロシアやエジプトのものと競合しなかったのかどうかなど、とても気になってきたのでリサーチを掛けてみたいと思います。

↑ 有料で恐縮ですが、19 世紀の年表を作成しております。技術革新などについての項目もありますので良かったら。

 

 アメリカンドリームといえば、個人的にはペンシルバニア州でチョコレート帝国を築き上げた、ミルトン・ハーシー氏を想起します。余りの無鉄砲さには驚きますが、彼の理念には尊敬の念を抱きますね。彼も同時代人、と思うとテンション上がりますね。

アメリカの二大チョコレート会社、ハーシー社とマーズ社についての書籍で、めちゃくちゃ面白いのでオススメです。

アメリカではシェア No. 1 でも、日本にはあまり入ってこないハーシーのチョコレート。物凄く独特な味なんですけど、食べたことない方は良かったら一度試してみて下さい。

ちなみにハーシー社も黎明期のハリウッドに投資したりしていて、リーマンとの共通項があります。物語が交わる。

 

 前述のように、個人的には特に 19 世紀時代に関心があったのですが、20 世紀以降もとても面白くて!

最後まで登場人物の服装が同じ燕尾服なのが、19 世紀を懐古させるのに一役買っています。何より、引き算が上手いのです。

 ちなみに、1844 年のバイエルンなら、国王はルートヴィヒ1世ですね。悪名高い彼の孫、ルートヴィヒ2世が生まれるのはその翌年のこと。

 

 「 19 世紀を懐古させる」といえば、音楽も然りです。インタビューでもあった通り、メインテーマは『 Raisins and Almonds(レーズンとアーモンド)』というユダヤ民謡。

↑ フルオーケストラ版も素晴らしいですね~。

 音楽はピアノソロですが、とても表情豊かです。サウンドトラック、購入してしまいました。こちらから買えますので、皆様も良かったら如何でしょう。

The Lehman Trilogy

The Lehman Trilogy

  • National Theatre and Neal Street Productions, exclusively distributed by Broadway Records
Amazon

↑ ヘビロテ案件。

 『 The Card Player 』とか、最早自分で弾きたいまである。耳コピでもしましょうか……。

 大恐慌時に演奏される『 The Flood 』は、ショパンの『 24 の前奏曲』 15 番(『雨だれ』)を想起させるようなオクターヴの使い方をしていたり、音楽もとても興味深いです。

 ピアノが「第四の語り部」と呼ばれているのも納得です。非常に雄弁。

 

 ところで、原作の戯曲『リーマン・トリロジー』の非常に興味深い特徴として、戯曲でありながら、誰がどの台詞を言うのかが明記されていないという点があります。

 従って、演出毎に登場人物の数すら違うのです。

今回のナショナル・シアターでの上演では、なんと最少人数の 3 人。「トリロジー」なのだから 3 人。とんでもない勇気です。

 この翻案が素晴らしく功を奏していて、 3 人で 70 人を演じるにあたり、ある程度それぞれに共通項を持たせています。

たとえば、長兄ヘンリーを演じる人物には、他に「必ず勝ち札を当てる」フィリップなど、正に ≪ always right. ≫ な人々を。

次男エマニュエルを演じる人物には、「ゴリラ」など、少々粗野でぶっきらぼうな人々を。

三男マイヤーを演じる人物には、柔軟な対応を取れる人々を……、といった具合です。

 単に、掛け合いをするために余った人物を当て嵌めていく、というわけではなく、その上で、一人の俳優が担当する役柄に統一性を持たせる、という卓越した業。あまりにも計算され尽くされています……怖い。

 

 そして更には、三人の演技力が化け物級です。戯曲・演出・俳優と三拍子揃っているの恐ろしくないですか?

 70 人も演じる関係で、その役柄には赤子や女性まで、多種多様な人々が含まれます。喋り方や訛り方まで、キャラクターによって全く異なり、名優 3 人の多種多様な演技を浴びることができます。お得がすぎる。

 赤子や女性を演じる時は、映画館内でも笑いが起こるんですけれど、確かにちょっと滑稽で面白いんですが、ビジュアル面では燕尾服の男性三人なのに、演技力が高すぎるがゆえに、途中から普通に赤子や女性に見えてきて、寧ろ真顔になりました……怖……。

 

 全然知らなかったのですが、リーマン家って政治家も輩出しているのですね……。金融よりも政治の方がずっと馴染みがあるので(※研究会で国際政治を学んでいた)、正直に申し上げて一番ときめいた登場人物はハーバート・リーマンでした。

 ただでさえ1960年代のアメリカ政治ってとても面白いのに、ニューヨーク市長とは!

伝記があるみたいなので、近々読んでみようと思います。

↑ めっちゃ長い。有り難い。

 個人的に、第35代アメリカ大統領であるジョン・F・ケネディの弟であるロバート・F・ケネディが好きで、記事を書いていたりしたので、関わりが見えるととても嬉しいですね。

↑ 一番好きな演説です。

 

 折角戯曲の方も買ったことですし、この後は、一応「どこまでが史実準拠で、どこからが創作なのか」ということの検証をやって遊べたら良いな、と考えております。沼ですね……。

 ほんとうにとんでもない演劇でございました。これだから National Theatre Live は好きだ。Blu-ray 化、お待ち申し上げております!!!(二回目)。

 

最後に

 通読有り難う御座いました。5500字ほどです。

 

 これを機に、リーマン・ブラザーズについて調べたかったのですが、やはりリーマン・ショックインパクトが大きすぎて、資料はショックに関するものばかり。19 世紀の兄弟に関する資料などは全然見つからなくて、とても悲しいです……。良い資料ご存じでしたら教えて下さい……。

↑ それでも一応リーマン・ショックに関しても勉強中。このような史伝は大好物です。金融はミリしらでしたので、新たに知識が入ってきて楽しいです!

 

 質のよい演劇は堪りませんね……。個人的には少人数劇( 1 人~ 3 人くらい)が好きなので、ほんとうに刺さりました。以前の上映だと、『ハンサード』がめちゃくちゃ刺さりました。あれもほんとうに良かった……。

 次作、『プライマ・フェイシィ』の公開が始まったようなので、こちらも観に行こうと思います! とても楽しみ!

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また別の記事でお目に掛かれれば幸いです!