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生と死のオレンジ - 神話と文化雑記

 こんにちは、茅野です。

もう大分桜の花は落ちてしまいましたが、花の季節・春はまだまだ続きます。

 

 購入から大分経ってしまいましたが、この間、L'OCCITANE さんで『ネロリ & オーキデ』の限定版の香水を購入しました。

 香り自体は上品な甘みと苦みが両立しており非常に華やかで素晴らしいです。一方、それが故にかなり強く濃厚に香るため、「香害とかなんとか言われやしないか」と最初はおっかなびっくり使っていましたが、最近漸く慣れてきました。半プッシュくらいで充分すぎるくらいに香ります。気に入りました。

↑ こちらは恒常版。こちらの方が爽やかで落ち着いた感じで、これもこれでよいので良かったらお試しあれ。

 

 ネロリ」とは、オレンジ類(主に橙)の花の香り、或いはそれから取れる油のことです。勿論オレンジの果実の香りに極近いながらも、また少しそれとは異なる上品な苦みのある香りが特徴で、香水などを選ぶ際には違いに注目してみると面白いかもしれません。

 

 さて、そんなわけで今回のテーマは「オレンジの花と果実。花に関しては、丁度今が季節でもありますからね! 春に花咲くのは桜だけではございません。

今回は、神話や文化の中でどのようにオレンジの花と果実が捉えられてきたのかに注目し、特にこの花や果実が生命・生死と結びつけられることが多かった点について掘り下げます。

 

 それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

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↑ オレンジの花。少し小ぶりな白く美しい花が四月下旬~五月上旬に咲きます。

 

 

オレンジの歴史

 まずは、そもそもオレンジとは何か? について簡単にお浚いしましょう。

確認されている限りでは、柑橘類の歴史は紀元前まで遡ります。アレクサンドロス大王のインド遠征によりヨーロッパにもたらされ地中海に拡がってゆきます。その一種、シトロンは高名な詩人ウェルギリウスらも言及しています(『アエネーイス』第二巻 第130行目)。

 

 オレンジは、地中海沿岸が名産としてよく知られています。イタリアや南仏で特に有名ですが、パレスチナレバノンなどのマシュリク地域でも盛んに育てられており、ここで幾つかの品種改良された甘いオレンジが生まれました。また、ロッコなどマグリブ地域では、果実よりも花・ネロリの香油が特に名高く、上質なことで知られています。

 

 16世紀に「新大陸」が発見されると、早々にオレンジの木が持ち込まれ、生産が開始されました。ハリケーンなど、時に壊滅的な被害を受けながらもオレンジは定着してゆき、今ではブラジルなどの南米や、メキシコなど中米北米ではフロリダ州カリフォルニア州と、広くオレンジの産地になっています。

例えば、日本でもすぐに手に入りやすいジュース類では『Sunkist』のオレンジジュースはカリフォルニア・アリゾナ産、『Dole』はブラジル・メキシコ産、『Tropicana』はフロリダ産です。

 

 今ではスーパーや八百屋さんでいつでも手に入るオレンジですが、生産・輸送技術が発達する前は当然このようにはいきませんでした。太陽の如く黄金色に輝くオレンジは、寒さに弱く、温暖な地域しか生産に適しません。従って、昔は北ヨーロッパなどの寒冷な地域に住む人々にとってオレンジは希少であり、南方のエキゾティックなイメージのある果物でした。

外皮の華やかな色合いは正に「健康的な」印象を与えます。瑞々しく、甘酸っぱい味わいも、栄養価の高さを感じさせます。避寒や療養のために北方から地中海付近や新大陸南部にやってきた人々は、そこで初めてこの黄金の果物に出逢い、蘇るような思いをしたことでしょう。このようなことから、オレンジは生死の物語に結びつく機会が増えたのではないか、と推察します。

 

ニースの葬送

 「オレンジと生死」を考えるとき、念頭にあったのは、とあるロシアの文章です。わたくしは帝政ロシアの政治を勉強する中で、19世紀中頃のロシア帝国皇太子であるニコライ・アレクサンドロヴィチ殿下という方に非常に心惹かれてしまったのですが、彼に纏わる資料を集めていた際、オレンジに関わる記述を読んだことが、個人的にこのトピックに関心を持った切っ掛けです。

 

 いきなり内容が暗くて恐縮ですが、抜粋を見て頂こうと思います。

  それに加えて、豊かな自然がこの陰鬱な光景の額縁として彩りを添えていた。一方では、まるでその胸に両親とロシアからの愛によって託された貴い財産を受け入れる準備をするかのように、清澄で静かで鏡のような海あった。他方では、堂々たる絶壁や美しい植物、豊かな芳香を漂わせるオレンジの林と庭があった。

ヴャーゼムスキー『ベルモン荘』翻訳と解説

 彼が亡くなってから最初の晩に撮った帝位継承者の写真を送付します。彼を覆う枕花はオレンジの花です。

ガデンコ『皇太子ニコライ・アレクサンドロヴィチ』⑶ - 翻訳

 何れも過去に書いた拙訳からです。

ニースにはオレンジの林があったこと、枕花に採用されていることなどがわかります。

 

 南仏のニースは温暖な気候に恵まれ、柑橘類がよく育ちます。当時もそれは同じだったのでしょう。殿下が亡くなったのはで4月24日なのですが、オレンジの花の開花時期は4月~5月であり、丁度満開を迎えていたのではないかと考えられます。

 

 療養地は、その性質上、歿地にもなりやすいものです。完治すれば華々しい記憶に彩られる地となりますが、病が癒えなければ、そこが臨終の地となることは自明の理です。オレンジの木々は、生命力を与える果実を提供する一方で、葬列に寄り添う木立にも成り得ます。

実に個人的な話で恐縮ですが、「オレンジの花」と言われたときに最初に思い浮かぶのは、今でもこの記述です。

 

ステュクス河の畔で

 さて、続いて文学作品でのオレンジと「死」に関連する描写を確認します。現代コロンビアの詩人に、ジョヴァンニ・ケセップ氏がいます。彼の『庭と砂漠』という詩は、ギリシア神話オルフェウスの物語を扱っているのですが、その中にオレンジの記述があります。

 スペイン語を解さないので、原文は確認できていないのですが、翻訳によるとこうあります。

ああ、そこにじっとしていて欲しい、
死の河の岸辺の
君の園にいたときのように、
オレンジの花に
つつまれて、
いつの日か船がぼくを載せて
死の河に乗り出すことになるだろう、
月に向かって
吠える犬みたいに、
埃にまみれたぼくの歌を
君に聞かせているときのこと。

              (ジョバンニ・ケセップ『庭と砂漠』 沓掛 良彦 訳)

 オルフェウス神話は、ご存じのように、天性の詩人・音楽家であるオルフェウスが、亡き妻エウリュディケを求め、冥界へ下り、妻を取り戻そうとする物語です。

ここでの「死の河」というのは、ギリシア神話に於ける冥界を流れる大河、ステュクス河であると考えられます。ケセップは、ステュクス河の岸辺に生える木がオレンジであると言っているわけですね。

 尤も、ステュクス河はアキレウス伝説からもわかるとおり、不死性を与える霊水であるという説もあり、その水を吸って育ったオレンジ、という解釈をすることも可能です。それは、これから述べる「生」のイメージとも繋がってゆきます。

オルフェウス神話が好きで、たまに関連記事を書いています。良かったら。

 

イタリアの結婚式

 では今度は明るい側面を見て参りましょう。

イタリアでは、オレンジの花は結婚の象徴となっているようです。

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↑ オレンジの花。

 オレンジの花は、その名に反して、白く可憐な花弁をつけます。薫り高く、また美しいことから、お祝いの花として好まれているようです。前二節で扱った内容とは対象的に、イタリアではお葬式にオレンジの花を供すのは場違いだと思われるそう。

 

 産地として高名なイタリアでは、オレンジは生命に強く結びつく果実であり、また、その花でもあります。白い花は、日本でも同様のイメージがありますが、無垢な純粋性を連想させますし、結婚のお祝いの花としては最適というわけですね。開花時期が4~5月なので、「ジューンブライド」には少々早いですが、代わりに暖かな晩春を華やかに彩ってくれることでしょう。

 

常世の国の橘

 最後に、我が国日本についてです。

東京生まれ・東京育ちのわたくしは、昨年、人生で初めて和歌山へと旅に出掛けました。

↑ 旅日記。

 和歌山といえば、そう、みかん!  全国でも生産量第一位を誇る和歌山県。濃厚で甘い蜜柑は、日本の冬のお供に最適です。

 

そんな和歌山には、蜜柑に関する神話や伝説もあります。遠征でも訪れましたが、橘本神社(きつもと・じんじゃ)という、柑橘類とお菓子に纏わる神社があります。

 記紀神話に依れば、田道間守(たじまもり)という人物が、垂仁天皇(すいにんてんのう)に、「非時香菓(ときじくのかくのみ)を持ってくるように」と命じられます。この非時香菓こそが、常世の国(冥界)に繁茂する橘のことで、不老不死の実と考えられていました。田道間守はやっとの思いでこの橘を持ち帰り、天皇の元へ出頭しますが、既に時遅く、彼は亡くなってしまっていました。田道間守は橘の木をこの和歌山に植え、悲しみの余り死んでしまったと伝えられています。

このような由来で、和歌山は日本に於ける柑橘類発祥の地、と信じられているのです。名産となるのも納得ですね。

 また、日本に於ける記紀神話でも、柑橘類(オレンジ)が冥界に実る果実だと考えられている点は非常に興味深いです。田道間守の御加護の効いた、和歌山の蜜柑を食べて不老不死になりましょう。

 

 神話の世界で特に関連が深い果物といえば「リンゴ」。特に、「黄金のリンゴ」というような表現はよく見られます。字面だけを見れば、リンゴが黄金色に輝いている……と読めますが、最近は興味深い研究もあり、「これはリンゴが輝いてる、ということではなく、リンゴしか果物を知らない人類が、ソフトボール大の黄金色の丸い未知の果実を、比喩的にそう呼んだだけではないか。即ち、それは輝くリンゴではなく、オレンジそのもののことだ」という意見も出ています。大変に面白い指摘だと思いませんか。

 確かに、「黄金のリンゴ」が登場するのはゲルマン神話など北方の地域に多く、リンゴしか知らなかった彼らが、初めて見た果実を「(オレンジ色、や橙色、という表現も持ち得ないので)黄金色のリンゴだ」と表現した、……と考えると、すとんと納得がいきます。

智慧や生命を与えてくれる果実は、もしかしたらオレンジなのかもしれません。

 

最後に

 通読お疲れ様でございました。6000字強です。

この記事は、結構前から着手していたのですが、盛り上がりに欠けると考え、実は何度か没にしようか考えておりました。丁度季節ということもあるので何とか書き上げてみましたが、お楽しみ頂けていれば幸いです。

 

 一つのものについて、多角的に見ていく作業は非常に楽しいですね。わたくしは特にオレンジ・みかん好きというわけでもなかったので、あまり詳しくなかったのですが、だからこそ調べていて楽しい側面も多々ありました。

お勧めのオレンジが登場する作品や、美味しい品種など、お気軽にご教授頂ければ幸いです。

 

 映画作品では、『みかんの丘』がお勧めです。静かながらにメッセージ性のある映画で、情勢が不安定な今だからこそ刺さるかもしれません。『マイケル・K』など主人公が静かに耕作を進める芸術作品が好きな人にもお勧め。イケてるおじいちゃんが大好きな人にもお勧め。イヴォ爺さんカッコいいです。

みかんの丘(字幕版)

みかんの丘(字幕版)

  • レンビット・ウルフサク
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↑ アマプラですぐに観られます。

 

 果実こそ食べる機会は多くあれど、日本ではオレンジやみかんの花を見る機会はなかなかないので、晩春に地中海に訪れてみたいですね。お花屋さんでも取り扱っていればすぐにでも買いに行くのですが。

……となると、やはり香水類を見てしまうわけですが、FROLIS さんの『NEROLI VOYAGE』なんかも凄く気になりますね~。長らくボディミルクを FROLIS で仕入れているのですが、濃厚で華やかな香りが素晴らしいメーカーなので、きっと良い香りなのだろうと思います。

↑ 老舗 FROLIS、流石の品質です。プレゼントにもお勧め(旧友の誕生日に贈ったことがありますが喜ばれました)。

 

 ……と、話が脱線して参りましたので、この辺りでお開きにしたいと思います。機会があれば、別の果物などにも挑戦してみたいですね。

また別記事でお目に掛かれれば幸いです!

 

参考文献

Вилла Бермон (Russian Edition)

Вилла Бермон (Russian Edition)

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