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新国立劇場『ボリス・ゴドゥノフ』GP - レビュー

 こんばんは、茅野です。

毎週新国立劇場に通っております。しかも、大好きなロシアオペラで!

先週はオペラトーク、今週はゲネプロ……。素晴らしいことです。勿論、本公演にもお邪魔します。宜しくお願いします。

 

 そうなのです、ゲネプロ招待企画の抽選に当選致しまして、我らが新国立劇場ボリス・ゴドゥノフ』にお邪魔して参りました!

↑ 有り難や。

 

 実は、劇場にお手伝いに参ったりすることもあるのですが、基本的に一介のオタクであって、関係者では御座いませんので、ゲネプロにお邪魔するのは人生で二回目。しかも両方ロシアオペラという。そんな人間は稀なのではないか。あ、勿論前回は『エヴゲーニー・オネーギン』です。溺愛しているオペラ(叙情的情景)です。宜しくお願い致します。

 新国のツイ廃イッタラゲネプロ招待企画は、今回が初でしょうか。ツイ廃としては有り難い試みです。当選して何より。

 

 今回は、その雑感を記していくわけなのですけれども、当然ながら、上演に関する多大なネタバレを含みます。特に、今回は新演出ですから、自分の目と耳で確かめたいという方は、観劇後のお目通しを推奨しております。注意喚起をば。

 

 それでは、問題が無いようでしたら、お付き合いを宜しくお願い致します。

 

 

キャスト

ボリス・ゴドゥノフ:ギド・イェンティンス

グリゴーリー:工藤和真

ピーメン:ゴデルジ・ジャネリーゼ

シュイスキー:アーノルド・ベズイエン

シチェルカーロフ:秋谷直之

聖愚者:清水徹太郎

ヴァルラーム:河野哲平

ミサイール:青地英幸

女主人:清水華澄

クセニヤ:九嶋香奈枝

フョードル:小泉詠子

乳母:金子美香

フョードル(黙役):ユスティナ・ヴァシレフスカ

指揮:大野和士

演奏:東京都交響楽団

合唱:新国立劇場合唱団

 

雑感

 お席は 2 階中央。S 席相当ですね。恐らく周囲はツイ廃同志の皆様でしょう。実質オフ会。

 

 上手のセットがオケピまで乗り出しており、幕は閉めないスタイル。
公式サイトなどに予告されていた通りのセットで、簡素で現代的というか、少し SF 的な雰囲気です。

 

 ではそのセットや演出から。ゲネプロに入れて頂いている身分なのに恐縮ですが、正直に申し上げて、わたくしの理解力不足なのか、演出は何がしたいのかよくわからないです。
 セットを切り取った箱のようなものが動くのですが、結構機械音がするし……。散々『オネーギン』の時に雑音がうるさすぎるって申し上げたでしょうが!

↑ 最大の魅せ場のひとつ、「手紙の場」での風の音がうるさすぎたのである。

凝っているのは間違いないんですけれども。場の変化もシームレスですし。

 

 背景にプロジェクターがあり、歌手や俳優の表情などを大きく写してくれて、これは良い試みだと思います。
皆様本当にお芝居が上手いです。とても自然。しかし、歌いながらこれは大変だろうと思いました……。

 

 お衣装や小物は現代風なので、「読み替え演出」と言っても良いでしょう。しかし、そうしている必然性や、説得力が弱い。どうしてそうしたのかが伝わって来ない。

 貴族会議は会社の会議のようになっているし、ゴドゥノフ家は現代の豪邸といった形。国境沿いの場は明らかに現代的ないかがわしいお店に設定されていて、よい子には見せられません。それでいて、軍服のデザインは20世紀初頭のものに近く、聖職者は正に「orthodox」なものです。戴冠の場では現代的な服装にココシニクという、不思議な服装の女性も。正にカオス。

彼らが一堂に会していると、ヘアハイム演出の『エヴゲーニー・オネーギン』のポロネーズを想起します。

↑ ご紹介しておいてなんですけれども、大好きな『オネーギン』の中でも最も苦手な演出の一つ。この演出にはブーイングが出たそうですが、正直、然もありなんというところ。

 わたくしは個人的に原作や史実に沿う、オーソドックスな演出を好むので、わたくし個人の好みに合わない、ということも大きいと思います。善し悪しというより、好き嫌いで測る部分も多分にあるでしょう。これが好きだという方も勿論いらっしゃると思います。

 しかしながら、一点決定的な欠陥があって、それが照明の暗さです。

特に第1幕の修道院の場。真っ暗な場でバスの独唱なので、もう何が起こるかは考えるまでもありません。

ゲネプロにいらっしゃる方々は、オペラに強い関心がある方が多いと思うのですが、周囲は揃って爆睡。
 何が悲惨かと申しますと、ピーメンの歌唱がダメダメであれば、「良い睡眠休憩になったね」とも言えそうなものですが(ダメです)、これまたピーメンが素敵なのです。是非とも耳に留めたい歌声なのです。キャストの中でも、一二を争う素晴らしい歌唱です。わたくしの意見では、今回の MVP はピーメンで良いとさえ思います(後述しますが、ボリスも大変素晴らしかったので、一騎打ちです。甲乙付け難い!)。

 しかし、この心地よい暗さは眠りへ誘い、意識が遠のく……。舞台上の動きも少ないし……。これは宜しくない。明確に、演出に欠陥があると考えます。

 

 読み替えといえば、ボリスの息子、フョードルに重い障害があるという設定に変更されています。フョードル役の黙役の方がこれまたお芝居が感動的なまでに上手いのですが、原作には無いこの設定を、物語に中心に据えることに対する違和感があります。

 確かに、「フョードル1世」の方には知的障害があったと言われていますし(ボリスの息子とは別人)、「ロシアの難病の王子」といえば、ロマノフ朝最後の皇太子アレクセイを想起させ、荒唐無稽とは言い切れないのかもしれませんが、最初に説明を必要とすることは間違いなく、その正体がわかるまでは、彼女(彼)は誰なのだろう、何を表しているのだろう、と考え込んでしまいました。

 フョードルは、殆ど常に上手前のオケピに迫り出した箱にいて、演技をしている為、実質的に主人公のよう。
また、「障害がある設定」ということで、フョードルの黙役は聖愚者の黙役も兼ねています。

 フョードルは本来、故王子ディミートリーと重ねる、或いは正反対に演じるのがオーソドックスな演出です。フョードルと聖愚者を重ねることに関しては興味深いと思うのですが、フョードルも聖愚者も、きちんと歌詞があるメインキャラクターなのであって、かなり無理があるように思われます。

 それにしても、オペラトークの際にも申し上げたように、聖愚者がまた素晴らしい歌唱をするので、舞台上に出さずに袖から、とするのは非常に勿体ない。引っ張り出したい。

ゲネプロでも絶好調でした。よかった。

 それに、前述のように、俳優さんの演技が大変上手いので、つい視線を誘導されてしまい、音楽に集中できないという、由々しき問題も存在します。

そうして、「原作にはない、重度の障害があるという設定の演技」を長時間観ることになり、「わたしは何を観に来たのだっけか……」と感じてしまうのです。彼女の演技は大変素晴らしいけれど、わたくしは別の作品で観たい。

 

 『ボリス』は、日本では上演機会の少ない演目です。ロシア史に対する理解が不可欠ですし、(バレエよりはマシにせよ)保守的な演目の方が客の入りやすい日本のオペラ市場では厳しいでしょう。メロディックで耳に残る旋律も少なく、登場人物の大半が男性、しかもバスやバリトンです。わたくしは好きですが。

 例えば『椿姫』や『蝶々夫人』のような、日本でもいつでも観られるような演目であれば、尖ったプロダクションであっても、スパイスとなって良いのではないかと思います。

或いは、上演予定であったポーランドでは、日本よりも『ボリス』の上演回数は多いでしょうから、同様に受け入れられたかもしれません。

 しかし、これは必ずしも新国立劇場の咎ではないにせよ、『ボリス』を観るのが初めての方が多いであろう日本の観客を前に、ここまで尖った演出をいきなり持ってくるのは、少々攻めすぎではないかと思わざるを得ません。

 逆に『ボリス』に強い関心のあるオペラファンにとっては、この間の MET ライブビューイングの『ボリス』の演出が素晴らしかったので、つい比べてしまうのではないかとも思います。

↑ これが王道な演出。『ボリス』、二回目以降でしたら新国のものも一見の価値があると思いますけれども、初見ならばまずこちらなどを観て頂きたいな。

なかなか難しいですね。

 

 歌唱に関して。

前述のように、ピーメンが大変よいです。ずっとピーメンのターンで良い。ずっと語っていてくれ。但し照明はもっと明るくして欲しい。

低音が力強く、嵌まり役です。ジョージアのご出身ということで、ロシア語も違和感なし。

「この方絶対グレーミン歌ってるだろ」と思って調べたら、案の定でした。やっぱりね。ありがとうございます。

↑ まだまだお若そうなので、もう少しお年を召されて渋さを増し、経験も積まれたら更によくなりそう。

 わたくし、バス歌手ですとアイン・アンガー氏がすきなのですが、彼のピーメンをこの間ライブビューイングで聴いたばかりなのに、同じピーメン役でこの高評価が出せるとは。強い。

↑ 観たのは MET 版ですが、こちらの動画はパリ・オペラ座から。彼、ワーグナー歌いのイメージが強いですが、結構ロシアオペラ歌って下さいますよね。グレーミンも素敵でした。

 

 そんなピーメンと首位を競い合うは、我らがタイトルロール、皇帝ボリス・ゴドゥノフ。

オペラトークの時は、「タイトルロールとしては弱いか?」と感じたのですが、ホワイエという歌手にとっては地獄であろう環境でしたし、声を出し惜しんでいたのでしょう。

 舞台上に立ったら、それはもうしっかりと皇帝でした。声量もあの大野氏率いるオケに負けないし、2 階まで飛びます。緩急もしっかりとあって、この難しい演出の中で、演技も申し分ないです。尤も、お衣装のせいで皇帝感はないのですが。なんだあのサンダルとサングラス。

 

 数少ない女性陣では、クセニヤが健闘。低音ばっかりの舞台に於いて、美しいソプラノの存在は舞台を引き締めますね。

どうでもよいのですが、「デンマークの王族と婚約しているロシアの王族」で、「婚約者が結婚を目前にして急死(病死)」など、どこか大変身に覚えのあるお話で、クセニヤの嘆きの歌は、聴く度にデジャヴュを起こし、毎度なんだか申し訳ない気持ちになるのですよね、はい。歴史は繰り返すというやつでしょうか。現ロシア政権が倒れたら、大動乱時代になりますか。

 その他の女性陣はもう少し踏ん張りが欲しいところ。本公演に期待です。

 

 お師匠ピーメンに対し、お弟子のグリゴーリー(偽ディミートリー)はあと一歩。このままだとボリスの亡霊に王冠を奪取されるぞ。

 そういえば、王冠はモノマフ帽ではなくロマノフ帝冠でしたね。Twitter のわたくしのアイコンです。

↑ 『Романовы』というロシアの歴史ドラマのポスターです。

今回は受付でアカウントを報告するスタイルでしたので(劇場に垢バレは斬新すぎる)、少々恥ずかしさを覚えつつ。めちゃくちゃオタクみたいじゃないですか! やだー。全然否定できない。

 この演出では、時代設定がいつなのかもわからないし、色々とカオスなので、時代考証とかもうそういうのは野暮でしょうから捨て置きます。ロマノフ帝冠はエカテリーナ2世時代に作られたものだぞ……。

 

 そして素晴らしいのが、我らが新国立劇場合唱団! 彼らは外れないですよ、それは勿論存じ上げておりましたけれども!

特に終幕の場が最高で、凄く酔えます。ありがとうございます。これを求めていた。それが聴きたかった。

序盤は、消防士? のような格好をしていて、演出の不可解さに呆気にとられてしまったので、集中力を欠いてしまって、記憶が薄く……。本公演で堪能したいと思います。スミマセン。

後ろのプロジェクターで細やかな表情が写ることもあってか、演技面も殊更磨きが掛かったように見受けられます。なんてハイクオリティなんだ。素敵すぎる。

 

 オケに関してですが、こちらも非常に高水準。日本でこれほどのムソルグスキーが聴ければ文句無し。

多少手探りなところがあったのか、序盤よりも終盤に掛けて盛り上がりがあった印象を受けます。ボリスの戴冠の場はもっと大迫力で劇場を底から揺らして欲しい。合唱を掻き消す勢いで OK です、彼らは絶対に負けないので、手加減しなくて大丈夫(?)。

 

 字幕に関しては、読み替えに対応して意訳している場がちらほら。気持ち、英語の方が原作寄り。

「ヤバい」などの現代語も登場。個人的には、ボリスが「~じゃ」のような老人語尾を付けるイメージはあまりないので(作中では50代ですし)、多少の違和感。

それから、粗筋の方は、 Царевич であれば「王子」では。「帝位継承者(皇太子)」は Цесаревич です。

 

 再び演出について多少。

第三幕では、子供達が登場しますが、『もののけ姫』の「こだま」のような被り物をしていてめちゃくちゃ怖いです。これは正しく悪夢。

↑ 普通に怖かった。わたくしを含め、周囲全員オペラグラスを構える。ホラーオペラ。R-15。

 

 最終幕では、血糊を多用します。ここまで血糊が出て来るのは、最近の作だとブレット・ディーンの『ハムレット』くらいでしょうか。

↑ こちらもエグかった。

 あの凄惨さは酷く人を選ぶと思います。登場キャラクターが死んだり殺されたりするのは、ある程度リブレット通りなのでよいのですけれども、納体袋に入れてぶら下げて、死体を刺して血を出すなど、そこまでする必要があるのか。

正に目を覆いたくなる光景が、自分の側に正義があると錯覚した民衆の残酷さをよく表しているのですが、それはそれとして見るに堪えない。やりたいことは伝わりますが、少々悪趣味が過ぎますね……。

 

 総評と致しましては、演奏は大変素晴らしいということです。特にボリス、ピーメンを中心とした低音が美しく、力強く、酔えます。また、合唱やオケも大変に素敵です。

一方で、演出は大変に人を選ぶ代物で、率直に申し上げれば、わたくしの好みとは逸れると言わざるを得ません。凝ってはいるし、質は高いとも思うのですが、『ボリス』を観慣れない日本の観客にとっては前衛的すぎるだろうし、設定に無理がある点が多いことや、照明が暗すぎることなど、改善を要すであろう点はあると感じました。尤も、初見時のインパクトが強いということもあると思いますので、本公演で解釈を深めることができればと思います。

 音楽は素晴らしいので、次はこちらに集中したいですね。わたくしの雑感が、参考になれば幸いです。

 

最後に

 通読ありがとうございました。6500字ほど。

頂いた案内によると、感想の投稿期限が 11/14 とのことでしたので、急いで書きました。14日の日付変更線まで、という解釈で許して頂きましょう。

 

 「率直なご感想を」とのことでしたので、ほんとうに率直に書いてしまいましたが、このようなところで宜しいのでしょうか。一介のオタクであるからこそ、「御用評論家」には書けないことが書けるのが利点であるとは考えますものの。レビューを書くのには苦手意識があるので、技術を磨いて参りたいところです。

 

 本公演には初日に伺う予定です。ゲネプロからの更なる発展を期待しております。

 それでは、今回はここでお開きと致します。本公演、劇場でお会いしましょう!