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架空の世界を護るために

ROHライブビューイング『アンドレア・シェニエ』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

漸く秋がお目見えしそうでしょうか。いい加減冷房が要らない季節になればいいですね。最近の日本の夏は暑すぎて、ゲントフテに疎開したいです。

 

 さて、今回は観劇レビューになります。先日はロイヤル・オペラ・ハウス(以下 ROH)のライブビューイングから、オペラ『アンドレア・シェニエ』にお邪魔しました。

↑ 今シーズンラスト!

 

 初見の演目でしたので、備忘がてら、雑感を簡単に記して参ります。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

フランス革命

 

 

キャスト

アンドレア・シェニエ:ヨナス・カウフマン
マッダレーナ・ディ・コワニー:ソンドラ・ラドヴァノフスキー
カルロ・ジェラール:アマルトゥブシン・エンクバート
ベルシ:カティア・ルドゥー
コワニー伯爵夫人:ロザリンド・プロウライト
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー

 

雑感

 ROH のオペラのライブビューイングは、地味に初めてかもしれません。バレエは幾つか観ますが、オペラは専ら MET ですね。

ROH は演目が保守的すぎるのであまり食指が動かなくて……。英国では前衛的な作品も取り上げているようなので、結局の所、「日本人は現代物とか興味ないっしょ?(笑)」とナメられているのかな、と感じてしまいます。

まあ実際、ボリショイのライビュとかでも現代物の時だけ席全然埋まってなかったしな~とは思う。だから保守化が進むんだけどな~とも思う

 

 今回の演目『アンドレア・シェニエ』は、ROH にしては珍しく、知名度・中堅どころからのチョイス。わたしも初見でした。珍しいのやってる~! と思い、取り敢えず行ってみることに。予習ゼロ・ミリしらです。

 

 それから、ラドヴァノフスキー様が出るって言いますし。わたしはいつも演目で席を買うので、出演者で選ぶことは滅多にないのですが、夏の彼女の来日公演の席は取っていました。しかし公演自体が無くなってしまったので、返金という形に。

「お前はおとなしく『オネーギン』だけ観とれや」ということらしい。はい。

 

第1・2幕

 ROH は前置きが長いですよね。サービス精神旺盛なのはいいですが、流石に冗長。

MET みたいに、前置きは簡潔にして、インタビューの類いは休憩前後に分散する方がいいと思います。

 

 今回は2015年初演のマクヴィカー演出。18世紀そのままのスタンダードな趣きが特徴です。マクヴィカーさんなら外れないわ、ありがとうございます。原作厨もニッコリです。初見が彼の演出でよかった。

 演目自体は1896年初演との由。なるほど、舞台となるフランス革命期から大体丁度100年後ということでしょうか? 世紀末ですね。

 

 今回は王室もご観劇とのことで。こ……この演目を!? フランス革命だぜ!? イギリス王室!?!

イギリス王室も殿下みたいに「フランス革命面白いよな?(圧)」とか言い始めたらどうしよう。こわいです。

 

 今回はバレエの芸監オヘアさんまで登場例のアレのせいでオヘアさんに対する苦手意識が生まれてしまった。非常に胸糞悪かった。どうしてくれんだ)

どうした、と思ったら、「来シーズンはオペラ新演出『オネーギン』やるよ! バレエもあるよ! 見比べてくれよな!(意訳)」との由。素晴らしい試みです。

 流石に今回『オネーギン』の名が出てくるとは思っていなかったので、映画館で割とデカめの声で「は?」と言ってしまった。申し訳ない。それ、わたしです。

 それにしても、衝撃が大きすぎて見逃しましたが、「エウゲニ」表記じゃなかったですか? それ辞めろって散々言ってるよね?

 今すぐに成田空港に走り込めばプレミエに間に合います。観たい。流石に厳しい。

 

 

 さて、本編です。

 第一の感想:舞台奥行あるな~ということです。『白鳥』の時は狭いとか思ってましたけど。オペラだと声を飛ばすためにみんな前に前に出るので、後ろの余白が目立つのかもしれません。

 

 序曲なし。いきなり歌が始まります。そういうところも『トスカ』っぽいですね。この時代の流行なんでしょうか。

 

 ライブビューイングのメタ的な部分に関してですが、ROH は音量控えめだな、と思います。劇場で響いている音をそのまま拾っている感じ。MET の方が色々調整を入れているように思いました。

 

 舞台は侍従カルロ・ジェラールの歌から始まりますが、アマルトゥブシン・エンクバートさん、めちゃめちゃいい声です。主役二人がネームバリュー最強キャストで揃っている中で、一番株を上げたのは彼かもしれない。

初見でしたが、色々な役で輝けそうなバリトンです。ふくよかで豊かな響きがイタリアオペラとベストマッチかも。

 

 ヒロインのラドヴァノフスキー様。声が非常に特徴的なので、一発でわかります。もう説明不要。何を演じてもラドヴァノフスキー様はラドヴァノフスキー様だった。

 アンドレ・シェニエは実在の人物ですが、マッダレーナとカルロ・ジェラールは絶対架空の人物だろ……と思って観ていましたが、やはりそのようです。実在の人物モデルで、ここまで色々とねじ曲げちゃうのはどうなんだろう……、『ホフマン物語』といい……、わたしはそういう方針は好きじゃないですが……。

 

 ラドヴァノフスキー様が普通の役(普通の役?)を演じているのを初めて観たので、なんだか新鮮でした。MET では、「これ彼女以外には不可能では?」みたいな、難易度が狂っている役ばっかりやっている印象で、実際そういうのばかり観ていたので……。

 当たり前に、普通の役(?)も普通にお上手です。ラドヴァノフスキー様は、「根からの美声!」って感じではないのですが、何かクセになる良さがありますよね。

 

 タイトルロールは「イケメンテノール」の代名詞、カウフマン先生。今回の広報は完全に \カウフマン主演!/ みたいな感じだったので(お陰様でラドヴァノフスキー様が出ることをギリギリまで知らなかった、流石にどうかと思う)、彼がお目当てのお姉様方が多いのではないかと推測しておりますが真偽のほどは定かでない。

 個人的には、10年くらい前の映像などで拝見することが多かったので、「おおー、お年をお召されになったな……」と思ってしまいました。勿論今でもバリバリ現役ですが、やはり10年くらい前が全盛期だったのかな、という感じは致します。

 

 地味に、脇役の修道院長の顔芸がすごい。これは俳優としてもやっていけるレベル。

オペラでフランス革命修道院というと、やはり『カルメル会修道女の対話』を想起しますね。『カルメル会』観たい~。弊ブログの読者さんは好きそうな方多そうなので、皆さんにも観て欲しい。

 

 如何にも18世紀的なバレエシーンがあります。しかし、 ROH にしてはクオリティが……。普通に ROH バレエの方だと思うんですが!

 割としっかり PDD を踊られました。オペラの中の余興枠なのに、何故か振り付けがやたらとマクミラン風で、「ROH だから……? いや、でも、マクヴィカーさん……??」と混乱しました。しかし、マクミラン風の振付を踊るには、技量はどうか。狭いスペースで頑張っているとは思いますが……。ていうかマクミランって全然18世紀っぽくないけど……(『マノン』も振り付けてるけど)

まあオペラの中の余興なので、幾ら ROH とはいえ、贅沢言っちゃいけねえな! と思うことにします。あまりここのクオリティが高すぎると、バレエ目当てで席が埋まるかもしれない。

 

 歌手達も割としっかりダンスします。2回もガヴォットを踊る歌手たちと幼女ちゃん(とてもかわいい)。最近の歌手は歌って踊れてアイドルですね。

『オネーギン』の時もワルツとポロネーズを宜しく頼みます。間違ってもワルツを二拍子で踊らないでいただきたい(まだ言ってる)

 

 照明が暗い中で幕が下がり、幕の裾が斜めに切れているのが洒落ていて素敵だなーと思ったのに、照明が当たったらなんと血塗れのフランス国旗! ビビりました。流石マクヴィカー先生、そういうところも計算されているのでしょう。

 血塗れなだけじゃなく、びっしり字が書いてあります。怖ぇーよ。それホラーゲームで出てくるやつ。

 黒く太い字で書かれているのは、"Même Platon a banni les poetès de la République. Robespierre."  かと思います。字幕では、「プラトンも『国家』で詩人を追放せよと書いている。ロベスピエール」となっていました。ロベピそんなこと書いてるのか……。ところで、ロベスピエールのことはロベピって略しますよね? あまり一般的ではない?ブラピとか彼ピとか散々言われてビックリした

 黙役で実際にロベピと思しき人が出てきて笑いました。出るんかい。

 

 シェニエは運命を信じるそうです。運命論者だった!

↑ 必修です。読んでください。わたしの一番好きな散文小説です。

 

 第2幕では、革命歌 Ça ira のアレンジが演奏されます。オーケストラが Ça ira を演奏する機会、他にある?

第3幕では La Carmagnole も歌われますし、第4幕ではフランス国歌を鼻歌するおじさんも登場。三大フランス革命歌、フルコンボだドン!(?)

「埃まみれのマラー像」というセリフと、実際に巨大なマラー像が舞台中央にあります。やはり、歌詞やト書き通りのセットが一番! 読み替えではなく!

 フランス革命がお好きな方には、マクヴィカー演出大変お勧めです。

 

 最初のインタビューの時から「『アンドレア・シェニエ』は『トスカ』に似ている」という話がありましたが、舞台となる時代・作曲された時代がそれぞれ近いことのみならず、通行証が出てくる辺りもそれっぽいですね。パスポートの問題はなあ……その国の情勢に直結しますからね……(19世紀後半になっても妻の旅券は本人ではなく夫が持っていた帝政ロシアに思いを馳せながら)

 

 黙役がフランスパンを食べながら登場。オペラでフランスパンといえば、そう、ワーナー演出『オネーギン』である。

↑ それはそうと、歌いながら食べるの、それなりに難易度高そうなんだけど……。

 そういえば、完全に余談ですが(元から余談なのに)、雑誌「TRANSIT」の新刊がパン特集で、丁度オペラを観る前に買いました。読むのが楽しみです。

↑ わたしは普段雑誌は買わないのですが、「TRANSIT」だけは結構持ってます。お勧め。

 他にフランスパンが登場する演出があったら教えてください!(?)

 

 マッダレーナがこのシーンでは何かターニャみたいなこと言ってます……。夢見る夢子さん……。

なんなら、1幕のドレスはそのまま1幕ターニャできそうですよね。マッダレーナは19世紀でも十二分に通用するファッションです。ラドヴァノフスキー様、群青のドレス+白ショールが大変お似合いになります。素敵。

 

 「この声を知っている!」というシェニエのセリフでちょっと笑いました。そらラドヴァノフスキー様やがな……誰でも知っているだろうて……。

 

第3・4幕

 休憩を挟みまして後半戦です。

司会はエル・オシリ=ウッドさんという方。初めましてです。ROH のオペラのほうは、バレエと違って司会は固定されていないのかな?

 MET のようにオペラ歌手というわけではないようで(寧ろあのスタイルが贅沢すぎるのである)、カンペ見すぎですし、質問が初歩的すぎて(コンマスに「楽器は何ですか?」って訊くことある?)、なんだかな……とは思いました。

 

 コンマスさん曰く、パッパーノ御大の働きにより、ROH オケはベントレーからフェラーリへ進化したそうな。『Top Gear』を観ていてよかった……(?)。わたしは『農家になる』の方が好き

この例えがお好きなのか、2回も使っていましたね。

 

 

 さて、本編です。

第3幕は議会のセット。いいですね! 右側に座るべきか、左側に座るべきか?

とはいえ、フランス革命期ですから、この席に座るのは「市民(citoyen)」の皆様です。合唱の関係か、女性ばかりです。編み物していたり、酒瓶を持っている人まで(いや、火炎瓶か?)

 

 前2幕でシェニエにこめかみを切られたジェラールは、「頑丈な体のおかげで」無事だと告げます。で、でしょうね……。エンクバートさんはモンゴル出身のガッシリした体つきの方で、実際に戦ったらシェニエ(カウフマンさん)より強そうです。

 ちゃんと左のこめかみがミミズ脹れになってます。メイクが細かい!

 

 「あれ?このバリトンのアリア、知ってるぞ? 何かアリア集に入っていたかな」と思ったら、こちらですね。

Heroes & Villains

Heroes & Villains

  • Delos Records
Amazon

↑ ホロ様のアリア集の中でも、Heroes & Villains は最高の名盤だと思う。だいすき。聴きやすい名曲揃いです。

 ミリしらのつもりでいたので、知っている曲があって驚きました。このアリア、めっちゃ綺麗ですよね~。そうか、これ『アンドレア・シェニエ』だったのか……。

 聴きくらべてみると、ホロ様の方がやはり陰のある声をしているな~と思いますね。エンクバートさんの方が明るくて、イタオペ向きな声質かも。でも、Villains と思えば、ホロ様も合いますけどね~。ジェラールは、悪役というには弱いけど……。

 

 ROH の凄いところ:老人役はちゃんと老人が演じています。ジェラールの父も、第3幕の老婆も。

にしても、この歌詞、どうですか。「戦争はんたーい! 革命はんたーい!」と言いたくなりませんか。な~にが祖国の為じゃクソ食らえいと言わざるを得ない。まあ、かと言ってアンシャン・レジームが良いかというと……という話ではあるんですが。両方ダメ。

殿下、フランス革命、面白い、か……?

 

 アンドレ・シェニエってコンスタンティノープルイスタンブール)生まれだったんですね!? 初めて知りました。お父様が外交官であったとか。ははー、なるほど……。

いつもだったら「コンスタンティノープルでもイスタンブールでもなくツァーリグラードなw」とか言って遊ぶんですけど、今のご時世下だとマジモンの頭Zだと思われかねないので、そういうギャグも言えなくなってしまいました。マジでロシア政府さあ……。

 

 マッダレーナが現れ、お話が進みます。確かに、ジェラールはスカルピアみたいなことを言い始めます。

しかし、『テ・デウム』ほどのインパクトはないし、根はいい人なので、すぐに改心してしまいます。いや、普通にいい人すぎてびっくりした。それで Villain は名乗らない方がいいと思う。

現実なら、いい人に越したことはないのですが、舞台芸術としては、どうか?

 

 第4幕、フランス国歌鼻歌おじさんで吹き出しました。危ない危ない。こういう緩い(?)演出、大好物です。

しかし、大劇場に響く音量での絶妙なヘタウマ鼻歌、逆に難しそう。

 

 この『アンドレア・シェニエ』というオペラの特徴として、一曲一曲、潔く終わりますね。後奏とかもありません。こういうの、意外とリサイタル向きだったりするのではないか?

 

 最終幕には、タイトルロールの有名なアリアがあります。今回はパパ上と一緒に来ていたのですが、「どうしよう、『アンドレア・シェニエ』ミリしらだと思ってたけど、この曲知ってるわ(先程のわたしと同じこと言いよる)。なんなら歌詞全部覚えてるわ」とか言いだし、抜き出してみると意外と知っている曲があることが判明しました。オペラファン、そういうところある。

 それにしても、わかりきっていることではありますが、やはりカウフマン先生はテノールの中ではかなりの重量級です。やっぱりあの人ヘルデンですよね。

アンドレア・シェニエ』の全幕を観るのは初めてなので、このような声質がこの役に合っているのか判断しかねるのですが、どうなんでしょうか。

 

 なんだかんだで、最後は「オペラ的」です。心中エンド。

それにしても、文通だけでそこまでの愛に発展するとは。シラノ・ド・ベルジュラックが号泣しておりますよ。

 いやしかし、「死は救済! あの世で結ばれればOK!」みたいな演目のなんと多いことか。そろそろ「何があっても生きるぞ!!!」みたいなオペラ欲しくないですか? 現代物にならありそうではあるけど……。

 わたしはロマン主義大好きですけど(でなければ近代のオタクなどやっていない)ロマン主義って人口に膾炙している割には病んでないですか? 結核鬱病が「カワイイ」とされた時代である、面構えが違う。まあ現代でもヤンデレ・メンヘラとかってあるけども

 

 最後、ギロチンに向かう前のマッダレーナの左のこぶしが震えているのが印象的でした。右手はシェニエと手を繋いでいます。

影絵みたいになる演出も素敵です。流石マクヴィカー御大、外れない。

 

 初見の演目だったので、大半雑談になってしまいましたが、こんなところでしょうか。

悪い作品ではないですし、1・4幕のシェニエ、2幕のマッダレーナ、3幕のジェラールには素敵なアリアもありますが、「まあ『シェニエ』やるくらいなら『トスカ』やるわ」と言われてしまうのはわかる気がする……と思いました。構成が似ている上に、『トスカ』の方がドラマティックなので……。

 フランス革命に関心がある方にはお勧めできますね! 特にこのマクヴィカー演出ならお楽しみ頂けるのではないでしょうか。まあ、フランス革命のお話なのにイタリア語歌唱なのはどうなの? という気もするんですが。気持ち入りきらなくない?

 

 今回はパッパーノ御大引退公演ということで、長年 ROH をありがとうございました。お疲れ様でございます。

是非とも『オネーギン』も全幕振ったり弾いてくださいませ!!!

↑ 恐らく販売されているのはこれだけかと。今、深夜に一番最後のレンスキーのアリアを聴いてキマっています。深夜に聴くレンスキーのアリア、危険なんだよな~! アルコール度数が高い

 

 以上!

 

最後に

 通読ありがとうございました。8000字ほど。

ほぼ雑談しか書いていないのに、どうしてこんなに長くなったもんだかよくわかりません。相変わらず短く纏める能力がありません。

 

 さて、次回ですが、次も観劇レビューになるかな~と思います。MET アンコールで、もう1個行っておこうかな、と思いまして。サクサク脱稿したいですね。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。