世界観警察

架空の世界を護るために

映画版『モルヒネ』(2008) - レビュー

 こんばんは、茅野です。

「罪罰マラソン」に勢いづいて、ロシア文学の映像化・舞台化を観まくり、レビューを書きまくるタームに突入しています。たのしい!

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↑罪罰マラソン。『罪と罰』映像化・舞台化も面白いので、是非観ましょう。

 

 今回はブルガーコフ原作『モルヒネ』です。ブルガーコフといえば、『巨匠とマルガリータ』、『犬の心臓』などの長編大作が有名で、自身の経験を元にして書かれた短編『モルヒネ』の知名度は低め。しかしながら、ドラッグを主題にした日記体の構成、革命期のロシア、自身の経験に基づいているということでブルガーコフ自身の研究に繋がるなど、「おいしさ」が凝縮された作品になっています。

 原作はこちら↓

 

 今回は、そんな『モルヒネ』の映画化作品のレビューを書いていきたいとおもいます。普段は帝政期の沼に滞在しているので、「ギリギリソヴィエト連邦」なこの作品はノーマークでした。知った切っ掛けは、『救済同盟』。

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 最近この記事へのアクセスが増えているようなので、いよいよ日本進出なのかとおもえばそういうことでもないらしい。かなしい。

この映画『救済同盟』で、南方結社の主格であり、同作品での主人公格でもあるムラヴィヨフ=アポストルを演じているレオニード・ビチェーヴィン氏が『モルヒネ』の主人公ポリャコフを演じているということで辿り着きました。露文ドラマは同じ俳優さんが出ていることが多く(正に「皆勤賞」とも言うべき登場回数な俳優さんも!)、俳優さんから作品情報を探すことはとても有益なのです。

 

 こちらは円盤が大変入手困難なようですが、多くの動画サイトで視聴することができます。サイトによっては豊富な言語の字幕が付けられますが、日本語は対応していません。わたしは英語字幕で観ました。好きなので円盤欲しいのですが……それにしても便利な世の中になったものだ。

 

 それでは、お付き合いの程宜しくお願いします。

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↑ポスターの雰囲気がもう最高。

 

キャスト

ミハイル・ポリャコフ: レオニード・ビチェーヴィン

アンナ・ニコラエヴナ: インゲボルガ・ダクネイト

アナトーリ―・デミヤネンコ: アンドレイ・パニン

エカテリーナ・カルローヴナ: カタリーナ・ラディポイヴィチ

ペラゲーナ・イオアノヴナ: スヴェトラーナ・ピスミシェンコ

監督: アレクセイ・バラバノフ

音楽: アレクサンドル・ヴェルティンスキーほか

 

総評

 まずオタクが一番気になるポイント、原作との差異について。数十ページの原作を2時間弱の映像に落とし込むというところで、やはり原作にない描写というものが大量に出てきます。ポリャコフ医師の日記は、主にモルヒネ中毒についてが主なので、彼の日常については想像で補ってやる必要が出て来るのです。映像化にあたってのそういったエピソードの「創作」は、全く無理がなく、イメージ通りなので原作のファンであってもストレスなく観ることができるかとおもいます。

 しかし、「そこを原作と変える必要はあったのだろうか?」という点もちらほら。原作では語り部である医師ボムガルドの失踪、「我がアムネリス」ではない女性との関係などですが、一番気になるのは名前でしょう。医師ポリャコフの名は原作では「セルゲイ・ワシリエヴィチ」ですが、映画版では「ミハイル・アレクセーヴィチ」になっていたり、「アンナ・キリーロヴナ」も「アンナ・ニコラエヴナ」になっています。ここを変える必要をつよく感じなかったので、疑問におもっています。

 

 特徴として、エピソード毎に章分けされていることが挙げられます。2時間もない映画ですが、一区切り付けやすいので、自宅でゆっくり観るときなんかには有り難い配慮ですね。その一方、前エピソードと次エピソードの時系列がわからなくなったり(大抵は前エピソードの直後が描かれるので問題ないのですが)、繋がりが弱く感じることがあるかもしれません。

 

 高く評価したい点として、時代考証が挙げられます! 小道具や音楽など、色々凝ってます。あのセットに飛び込みたいまである。

たとえば、お風呂のシーンとか……(部屋の中に浴槽を持ち込む)。

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とんでもなく分厚い、吹雪での防寒服とか……。

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粉末を量るときの天秤……。

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などなど!

 一点気になったのは、モスクワの精神病院でのこちらですね。

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↑アレクサンドル三世の肖像……?

モルヒネ』の舞台は1917-8年。帝政が倒され、ソヴィエト連邦に移りゆく過渡期にあります。モルヒネに溺れるポリャコフ医師だけではなく、社会自体が不安定だということもよく現れていて、素晴らしいです! しかし、皇帝の肖像を掲げるとしてもニコライ二世の方が相応しいでしょうに、何故アレクサンドル三世。病院や医学への貢献が著しいとか、ありましたっけ? リサーチが足りていませんね、精進します。もし何かご存じだったら教えてください。

 詳しくは後述しますが、音楽も最高です。蓄音機から当時流行った音楽を流すという手法! たまらん!! オタクに優しい!!

 

 そして、映画版『モルヒネ』ですが、なにって、何よりも雰囲気が良い~~~!!

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↑ポリャコフの書斎があまりにも美しい……。

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↑薬品棚。個人的にこういう瓶がずらっと並んだ光景が大好きなので悶絶しています。

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↑凄まじい冬の田舎のロシア感。

この雰囲気に酔うだけで充分楽しめます。凝ってます。

 

 又、主人公が外科医であることもあって、医療ドラマとしても楽しめます。尤も、20世紀の初頭ですから、とてもアナログな手法ですが……。足を切断したり、喉を切開したりという場面がガッツリ映るので、そういう描写が苦手な人には黄色信号。

結構驚いたのは、ヌードシーンも多々あることです。ダクネイト氏、脱ぐんですね……。ふだんは皇族の役を沢山演じられていることもあって、複雑な心境に。少々大人向け。

 

ポリャコフ

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↑『モルヒネ』の存在を知ったのは、『救済同盟』の情報を調べていたときに見つけたこの画像から。顔がよい。

 

 原作だと「セルゲイ・ワシリエヴィチ」ですが、映画版では「ミハイル・アレクセーヴィチ」になっているポリャコフ医師。

前半の神経質な青年感、そして後半の完全に薬物中毒に陥った病的な姿ともに素晴らしいです。又、モルヒネがキマっているときの饒舌で明るいかんじ、欠乏しているときの病的な飢餓感の演じ分けも見事。

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↑タチヤーナが歌う後ろで、エカテリーナと上機嫌に踊り始めるポリャコフ先生(後方)。

 

 中盤のアンナ・ニコラエヴナにモルヒネの注射を頼むシーンはどこを取ってもいいですね。蓄音機で古い歌曲を流しながらベッドの上でただ少し息苦しそうに寝返りを打ち、突如起き上がって思いっきりよろめきながら彼女を呼ぶ。アンナと話しているときの目の見開き方、瞬きの多さ、指先の痙攣、完全に中毒患者のそれです。

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↑窓枠が十字っぽくなっているのがまたよい。

 

 どうでもいいですが、上裸でベッドで煙草を吸うので、火の粉のついた灰が胸に落ちていて怖かったですね。モルヒネもそうですが、煙草もどえらい量吸っているので、そちらも絶つ練習をされたら如何でしょうか、ポリャコフ医師……。

 

 終盤では、原作で約10kg痩せたことが明かされるように(約65kg→54kg)、どんどん窶れていきます。目の隈と手の痙攣が酷く、頻繁に嘔吐します。怒りやすくなり、モスクワの病棟へ移動してからは、異様に挙動不審です。

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↑お手本のような「死んだ目」。

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↑病棟にて、限界過ぎてヴォトカで誤魔化すポリャコフ先生。

 

 又、演出として面白いのが、十字(ロシア正教会)との関係です。前述の窓枠の「十字」も然りですが、モスクワに移動してからはあきらかに宗教と関係深い場所でモルヒネを注射します。

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↑墓地にて、猫と共に。

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↑教会にて。

 聖なる場で薬に溺れてゆく。背徳さにも磨きが掛かります。

 

 最後はもう悲惨の極みです。精神病棟で、暴言を吐いて気を引いてモルヒネを盗んだり、追ってくる知人を射殺したり、もう見境など全くありません。その病的な演技の上手いこと!

極めつけは、映画館でコメディ映画を観て、笑いながらの拳銃自殺です。原作でもポリャコフ医師は拳銃自殺を決行しますが、映画版では「映画館で笑いながら」というのが更に更に悲惨です。最後映画の画面に映る「END」が、映画『モルヒネ』の「END」も表しているというメタなお洒落構成付き。良改変。素晴らしい!

 

アンナ・ニコラエヴナ

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 原作だと「アンナ・キリーロヴナ」ですね。また、彼女の夫がドイツ人捕虜なだけで、特にドイツ人であるという設定はありません。

 演じるはインゲボルガ・ダクネイト氏。数多の出演作がある、人気女優さんです。

 

 最初のポリャコフへのモルヒネ注射のとき、そして己に注射するときも、まるでナイフで人を刺し殺すかのように勢いよくグサッと注射針を刺すのが怖かったです()。それ絶対痛いよ! ポリャコフも終盤は彼女を真似るように、そして痛みすらも求めるかのように似た挙動になってきます。怖い。

 

 アンナは、夫がある身でありながら、彼に最初にモルヒネ注射を施したこともあり、途中からポリャコフと恋仲になります。最初は必要に応じてのモルヒネ注射でしたが、「次の一回」を与えたことを強く悔やんでおり、彼が中毒になったのは自分の責任でもあると考えています。そして、「ポリャコフと同じ気持ちを体験するため」というある意味で献身的、ある意味で狂気的な理由から、彼女も中毒の道へと墜ちていくのです。

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↑モスクワで再会した際、大変窶れています。原作でポリャコフは言います。「彼女を破滅させてしまった」と。

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↑ポリャコフが殺害したゴレンブルクの遺体から、ただモルヒネの瓶を回収して去るアンナ。病的。
 

その他

  準医師アナトーリー・デミヤネンコ(原作だと名前表記なし)を演じるのは、名優アンドレイ・パニン様。

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↑レオニード・ビチェーヴィン、アンドレイ・パニン、インゲボルガ・ダクネイト。安定感と安心感が半端ではない。名優揃い。

 露文ドラマだと、他には『罪と罰』でポルフィーリー役をやっていますね。

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 準医師は原作でもポリャコフ医師から嫌われていますが、映画版でも露骨に嫌われています。それに一々胡散臭そうに彼を見たり、露骨に溜め息をつくアナトーリー氏、可愛い。

 

 タチヤーナがピアノを弾いて歌うとき、こういった映像化作品には珍しく、指の動きと音が完全に合致していたのが細かくていいな~! とおもいました。しかも奏でるのがメインテーマ、『コカイン』ときた。最高です。それにしても、『モルヒネ』のメインテーマが『コカイン』って…………。

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www.youtube.com

↑原曲です。

 『モルヒネ』の BGM はアレクサンドル・ヴェルティンスキーの歌曲が中心となっていますが、こちらはほんとうに1917年頃に流行したロシア歌曲で、時代考証もバッチリ、雰囲気も完璧に合致します。最高!

 

 「我がアムネリス」の名は出て来るのに、彼女は一回も出ず、エカテリーナという令嬢と関係を築くポリャコフ医師。ここは「アムネリス」でもよかったのではないかなと思わなくもありません。しかし、エカテリーナの「如何にも……!」としか言いようのないわざとらしい演技は、それはそれとしてツボです。

 

最後に

 こんなところでしょうか! 5000字弱です。通読ありがとうございました。

モルヒネ』、単純に映画として完成度高いとおもいます。原作からの膨らませ方も巧みです。是非ご覧になってください。

それでは、また別の記事でもお目にかかれれば幸いです。