世界観警察

架空の世界を護るために

ドラマ版『現代の英雄』(2006) - レビュー

 こんばんは、茅野です。

 夏は全然記事を書けなかったので(理由はこちらに書いています)、秋になってゴリゴリ執筆しております。やっぱり文字を書くってたのしいですね~! オススメの趣味です。コロナ禍でも問題無くできます。是非どうぞ。

 

 先日、光文社古典新訳文庫様より、レールモントフ著『現代の英雄』 の新訳が発売されました!!!

↑ 今すぐに購入してください。既にお持ちの方も観賞用・布教用にもう一冊どうぞ。

 

  高校生の頃から、「一番好きな小説」に挙げている作品です。初見のとき、わたしは神保町の三省堂岩波文庫版を購入したのですが、わたしが買って以降入荷されることはなく、謎の罪悪感を抱えたりしました。

そんな罪悪感とももうおさらばだ! 聞いて驚け、5年前のわたし! 今では『現代の英雄』は平積みされるようになったのだ!!

 

 ほんとうに『現代の英雄』が好きで、3年前に決行した「ロシア聖地巡礼の旅」(モスクワ~ペテルブルク)ではレールモントフ関係をメインに据えたくらいですし、オタクですので、色々な版を買い集めてもいます。

 いや、……心の底から嬉しいです……新訳…………。

 

 さて、今回はそんな『現代の英雄』のドラマ版についてのレビューになります。上記のツイートの画像にも写っていますが、はじめて購入した露文ドラマがこちらでした。好きすぎて。5時間半ありますが、もう何回観たことか。

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 ↑ おっ洒落~!

 今までブログにあまり映像作品のレビューを書いてこなかったので、『英雄』についても書いていなかったのですが、新訳も出たことですし、今更ながら一筆やってみようとおもいます。それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

 

キャスト

グリゴーリー・ペチョーリン: イーゴリ・ペトレンコ

ヴェーラ: エルヴィーラ・ボルゴワ

グルシニツキー: ユーリー・コロコリニコフ

メリー: エフゲニヤ・ローザ

監督: アレクサンドル・コット

音楽: ユーリー・クラサヴィン

 

総評

 素晴らしいです。何でも良いので観てください(迫真)。 

あの複雑で難解な『現代の英雄』を、わかりやすく、美麗に纏めてくれています。理解を得がたいことで有名な主人公ペチョーリンも、等身大の姿を見せてくれ、感情に寄り添いやすくなっているとおもいます。

また、これはほんとうに素晴らしいことですが、原作を読んでいなくてもストーリーをしっかり理解できることとおもいます。露文ドラマは、「長い」「難解」というところから、映像化で観ても原作を読んでいないとよくわからない……ということも多々あるのですが、こちらはもう全然大丈夫だとおもいます。

尤も、『現代の英雄』はやはり原作が素晴らしくよいので、読んで頂きたいのですが……。

 

 構成は、同DVDに収録されている解説によれば、時系列通りとなっています。

原作の『現代の英雄』は、ご存じのように、意図的に時系列が乱されており、精読をすればある程度は理解できるものの、どのような順番で展開されるのかはレールモントフの筆から直接は明かされていません。現在ではウドドフ説が有力となっています。過去に少しだけ解説しているので、こちらからどうぞ。

↑ ウドドフ説についてはこちらから。

 ドラマ版では、メリー編冒頭(第一話)、回想の体での運命論者編(第二話)、メリー編中盤(第三話)、回想の体でのタマーニ編(第四話)、メリー編後盤(第五話)、ベーラ編、マクシム・マクシームィチ編(第六話)という構成になっています。基本的には運命論者編の位置が論点となりそうです。

 

 ドラマ化にあたっての創作点は、ペチョーリンの過去と、その因縁の相手ローコトフ大尉の掘り下げがあることでしょうか。

原作では謎めいていて明かされないペチョーリンがペテルブルクを追われた理由は、ドラマ版では著者レールモントフと同じように、決闘が理由となっています。

女性関係を巡ってローコトフ大尉と対立し(というか相変わらずのペチョーリンの「サディスティックな恋愛遊戯」にローコトフが振り回され)、吹雪の朝決闘をすることになるのですが、これまたレールモントフの一回目の決闘同様、ローコトフの弾は外れ、ペチョーリンは皮肉っぽく笑いながら銃を空に向けて撃った―――というわけです。

ちなみに、ここでの「女性」の名が「リーザ」というのも皮肉。ロシア文学の伝統では、悲劇のヒロインの名を「リーザ」と付ける風習があります。

 大尉ローコトフは、その後またピャチゴルスクでペチョーリンに遭遇し、グルシニツキーの介添人になるという運命を背負います。ローコトフ自身がペチョーリンに間接的にではあっても殺害されたりすることはありませんが、「断頭台」ペチョーリンは、彼に何度も峰打ちを喰らわせています。

 他には、各話毎にほんの少しだけ、意味深長なエピソードが挿入されていたりします。たとえば、二話では「狼が現れた」と叫びながら銃を乱射する狂人が現れたり、ペチョーリン、グルシニツキー、ヴェルネルの三人がたまたま死体を発見したり、など。物語には特に影響はなく、原作ファンにも謎を提示し、解釈の道へ誘ってくれます。

 

 そして、また舞台がいいわけです。『現代の英雄』の隠れ主人公、カフカースレールモントフ自身が描いた風景画の如くです。

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レールモントフの描いた風景画に近い絵を描く軍人。アップで映ると、心なしかレールモントフに似ている。

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鉱泉地のやや寂れた雰囲気。

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↑ 不気味な雰囲気のタマーニ。

 

 又、個人的なお気に入りはペチョーリンの筆記セット。原作では、第三部以降は全て日誌からなりますからね。

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時代考証班、大歓喜セット。

 ただ、時代考証の面で言うと、たまに低予算が覗くことも。

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↑ 傘が現代的すぎる!

 

 音楽もいいですね。メインテーマが素敵ですね~! オリジナル曲だとおもうのですが、主題がスヴィリドフの『吹雪』の『パストラール』に酷似しています。意識したのでしょうか。

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オーボエの囲った辺り。ドラマ版『英雄』主題の方が、下降線率が強調されていますが。

 その他、鉱泉地での味のあるブラスバンド、舞踏会でのヴァイオリンの高音の音程の甘い感じ、絶妙なヘタウマ感で耳に残ります。わたしは好きです。

 それから、ウンディーナの歌! ただのヴォカリーズなのですが、最高にいいです。又、カズビーチが歌う民謡も。OST が欲しい(出ていない模様)。

 

ペチョーリン

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↑ 顔が良い。

 グリゴーリー・ペチョーリン、かっっっっこいいです!!! この非凡の極みのような人物を演じるのは大変だったろうに、見事にやってくれました。ありがとうございます。一般的にも、とても評価が高いようです。ですよね。

自信溢るる堂々とした身のこなし、それでいて物憂げな印象もあり、深いバリトンの声がロシア語によく合います。原作で描写される外見とは少々異なりますが(例えば金髪とあるのにブルネットだったり)、演技に説得力があるので気になりませんね。

 

 そして、流石ダンディ、作中のお着替え率がとても高いです。どれもお似合いですが、めちゃくちゃ着替えます。

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↑ ペチョーリンファッションコレクション。たぶんこれで全部コンプリートしてます。画像作るのが地味に面倒だった。

軍服からチェルケス服、簡素な部屋着からウシャンカまで、なんでも着こなしてくれます。お風呂シーンもあるぞ!(ピャチゴルスク鉱泉地ですから……)。

 

 ドラマ版では、基本的に映像でストーリー展開を魅せてくれますが、夜、部屋に一人になると、日誌の部分を独白したりします。

またその低い声のよいことよいこと。ドラマ版の特権ですね。ちなみにどうでもいいですが、最初のグルシニツキーとの女性の品定めする対話は何故かロシア語で返しています。これはこれで含意があってよい……。

 

 個人的推しポイントは、原作にもある、白くほっそりとした貴族的な手!

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軍人役が十八番のペトレンコ氏、何故こんなにも手が綺麗なんだ。また帝政ロシアの将校役やってくれ……。

 

 演じてくださったイーゴリ・ペトレンコ氏は、他に帝政ロシアものだと『救済同盟』に出演されています。観たい。

基本的には軍人の役が多いのですが、ロシア版『シャーロック・ホームズ』(歴代映像化『ホームズ』で一番変人だという評も……)で主人公ホームズ役を演じています。

 

 ペチョーリンはほんとうに文字通り出ずっぱりで、一周するだけで五時間半のお付き合いになりますが、何よりもめちゃくちゃカッコいいし、安定感があるので、安心してご覧頂けるかとおもいます。好きだ。

 

ヴェーラ

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↑ 頬のほくろが特徴のヴェーラ。

  ヴェーラ~~!! 個人的に、ペチョーリンとの恋愛関係はヴェーラが一番好きです。ペチョーリン×ヴェーラ CP 派です。何故って、あきらかにレールモントフの愛したワルワーラ・ロプヒナーがモデルじゃないですか……?

 ドラマ版のヴェーラは、白い頬に青い瞳が美しいです。終始少し疲れていて、その影がある感じが魅力的。

 

 わたしは原作の、ペチョーリンが名前を出さずに自分とヴェーラの馴れ初めをサロンのヴェーラの前で話すエピソードが大好きなのですが、ドラマ版では次のようになっています。

ヴェーラがペチョーリンと会うために、彼をリゴフスカヤ公爵家に来るように誘い、その後、そこでリゴフスカヤ公爵夫人に紹介されたペチョーリンに対し、ヴェーラは少し微笑んでから、≪Рад нашему знакомству.(はじめまして)≫ って言うんですよ!! 最高!! な~にが「はじめまして」ですか! この!! ありがとうございます!!!

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↑ 推しCPです。

 

 最後、「あの手紙」を届けた後、ペチョーリンの窓の前で ≪Прощай, прощай...≫ と繰り返すヴェーラを抱き締めたい。ドラマ版だと、ペチョーリンが手紙を読んでいる間、「窓の前にいる」という演出が相俟って、更に「間に合わなかった」ことが刺さります。辛い。 

 

グルシニツキー、メリー

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↑ この距離感。

 このグルシニツキー、ウザいぞ!()。グルシニツキーのウザさは本当に凄まじくて(褒めてます)、そりゃペチョーリンも嫌いになるわ……という感じなのですが、余りにも露骨すぎて、自ら「小説の主人公・英雄」を志すグルシニツキーには相応しくないのではないかと感じます。解釈の問題ですが……。

 

 メリーも、あまり令嬢感がない気がします。寧ろ、今風のギャルみたいな役の方が似合いそうな印象ありますね。その分、「物憂げな雰囲気を "作っている"」という意味ではよいかもしれません。ドラマ版、グルシニツキーとメリーはそのわざとらしさを楽しむのがよいのかもしれません。

 

その他

 ドクトル・ヴェルネルは名優アヴァンガード・レオンティエフさまです。

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露文ドラマだと、他に『オブローモフ』にアレクセーエフ役で出演されていますね。安心感がすごい。

 

 個人的にめちゃくちゃ解釈一致したのがカズビーチです。

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↑ with カラギョーズ。

 目鼻立ちがくっきりしていて、荒々しい声を上げる様は正に「山賊」。前述しましたが、個人的に歌を歌うところが凄く好きです。まさかの頭髪にもご注目。

 

 歌と言えば、「ウンディーナ」も素晴らしい。

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↑ アジアンビューティ。

 ヴォカリーズがいいんですよ……。OST 欲しい!

 

 ヒロインだと、ベーラが凄く美人さんです。

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少女感があり、無垢なかんじがとてもいいです。ロシア語は母国語ではないということで、少々辿々しい喋り方もそのイメージを促進させています。

 

 マクシム・マクシームィチも、人柄のよさがよく出ていていいですね~!

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これならニコライ一世陛下も褒めてくださいそうです。 

 

最後に

 こんなところでしょうか! お付き合いありがとうございました。5000字ほど。

『現代の英雄』、原作もドラマ版も素晴らしいので、是非……。共に『英雄』沼の底へ参りましょう。宜しくお願い致します。

 

 それでは、お開きとさせて頂きます。他の記事でもお目にかかれれば幸いです。