世界観警察

架空の世界を護るために

青銅のたてがみ - 「青銅の騎士」考察

 こんばんは、茅野です。

体感的に、晩春から初夏にかけてが最も時の流れが速いように感じます。しかしながら、今回は季節外れにも11月の物語についてです。

 

 最近『ウマ娘』で遊んでいるので、馬そのものへの興味が湧いてきました。

↑ オペラオー君はいいぞ。文学・歴史好きな硬派なあなたも是非やりましょう。

 そこで、なんとか己の興味範囲と絡めて考えられないかなー、と考えていたとき、ふと疑問が芽生えたのです。「青銅の騎士の跨がる馬は何毛なのか」と。というわけで今回は、ピョートル大帝の跨がる馬について考えて参ります。お付き合いの程、宜しくお願い致します。

 

 

青銅の騎士

Куда ты скачешь, гордый конь,
И где опустишь ты копыта?
О мощный властелин судьбы!
Не так ли ты над самой бездной
На высоте, уздой железной
Россию поднял на дыбы?

おごれる馬よ どこへおまえは飛んで行くのか

どこに蹄をとめるのか?

おお 運命の威力ある支配者よ!

おんみこそ ロシヤの国を あの馬さながら

深淵の際 目くるめく高みの上に

後脚で立たせたのではなかったか?

          (『青銅の騎士』アレクサンドル・プーシキン / 木村彰一訳)

 『青銅の騎士』は、我らが詩聖プーシキンによる物語詩です。ごく短い作品でありながら、人気・知名度共に高い作品であります。「ヨーロッパへの窓をこじ開けた」大帝、そして「"彼"の都」帝都ペテルブルクに翻弄される官吏エヴゲーニーの対比、幻想的な「ペテルブルクもの」らしい街の描写、そして流麗な筆致、傑作に相応しい要素を兼ね備えています。

 

 さて、その物語のモデルとなったのが有名なこちらの像。

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 ペテルブルクの元老院広場にある、騎馬姿のピョートル大帝の巨大な像です。ペテルブルクの象徴の一つにもなっていますね。

 こちらは名前の通り「青銅」製なので、実際の毛並みや軍服などの色合いは不明。というわけで、考えてみることと致しましょう。

 

愛馬リゼッタ

 ピョートル大帝の馬で最も有名なのがリゼッタという馬です。

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 皇帝が一目惚れしたというカラバフのこの馬は、Бурый 、つまり栗毛の馬のようです。ちなみに、女性名が冠されていますが、牡馬らしい。実際、青銅の騎士像でも、立派な"もの"を確認することができます。

 時代は下りますが、カラバフの馬はレールモントフの詩『悪魔(デーモン)』でも第10スタンザにて描写されています。

Под ним весь в мыле конь лихой
Бесценной масти, золотой.
Питомец резвый Карабаха
Прядет ушьми и, полный страха,
Храпя косится с крутизны
На пену скачущей волны.

主を乗せて、貴重な金毛の駿馬は

全身すっかり汗まみれ。

カラバフ生まれの奔馬

耳をびくつかせ、恐怖に襲われながら

鼻息を荒げて断崖から

波立つ急流へと雪崩れ下りてゆく。

              (『悪魔』ミハイル・レールモントフ / 前田和泉訳)

 

 リゼッタは皇帝の大のお気に入りで、彼を手に入れた後は大変甘やかして育てたそう。そのせいもあってか、リゼッタの方も皇帝に大変なつき、逆に他の人の言うことは全く聞かなくなってしまったとか。

 そんな皇帝の愛馬には伝説があります。かの「ポルタヴァの戦い」で、皇帝はリゼッタに跨がっていましたが、賢いこの馬は間一髪スウェーデン軍の弾を交わし、皇帝を救ったというのです。このこともあってか、ピョートル大帝が騎馬する絵画や彫刻が作られる際、馬のモデルはほぼ全てがリゼッタとなったようです。

 

絵画『ポルタヴァの戦い』

 では、実際にポルタヴァの戦いに於けるピョートル大帝とリゼッタを描いた主要な絵画を見てみましょう。

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↑『ポルタヴァの戦い』ボグダン・パーヴロヴィチ・ヴィルヴァルデ(1818-1903)

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↑ 『ポルタヴァの戦い』イワン・アレクセーヴィチ・ヴラジーミロフ(1869-1947)

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↑ 『ポルタヴァの戦いでのピョートル一世』(1718) ルイ・カヴァラク(1684-1754)

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↑『ポルタヴァの戦いでのピョートル一世』(1724) ヨハン・ゴットフリート・タンナウアー(1680-1737)

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↑ 『1709年6月27日、ポルタヴァの戦いでのピョートル大帝』作者不詳

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↑ 『1709年6月27日、スウェーデン軍に包囲されたポルタヴァでの戦い』(1726) ピエール・デニス・マーティン(1663-1742)

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↑ 『ポルタヴァでのスウェーデン軍の降伏』(1887) アレクセイ・ダニーロヴィチ・キヴシェンコ(1851-1895)

 

 このように、リゼッタ、つまり栗毛の馬が描かれています。栗毛と言っても、月毛と言うのでしょうか、金に近い色合いで描写されているものもありますね。レールモントフも золотой (金色)と描写していますし、カラバフ種は茶と言ってもかなり明るい毛色の馬が多かったのではないかと推測します。但し、長毛については、黒・茶・金とまちまちです。

 

 尚、皇帝は、愛のあまり、この馬の剥製を作らせます。これを見る限りでは、どうやら長毛は黒のようです。

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↑ 科学アカデミーの動物博物館で見ることができるようです。

 

 というわけで、検証結果としては、青銅の騎士像の馬は、栗毛(長毛は黒)の愛馬リゼッタがモデル……と考えてよいと思われます。

 

王は白馬に乗るか

 さて、この記事を書くにあたり、騎馬姿の大帝の肖像画を片っ端から見ていたのですが、大抵は皇帝が跨がるは栗毛の馬、リゼッタでした。一方、少数ながら、白馬に跨がるものも見られます。それが史実で栗毛リゼッタに跨がっていたことがわかっているポルタヴァの戦いのものに於いても、です。

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↑ 『ポルタヴァの戦いでのピョートル一世』作者不詳

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↑ 『ポルタヴァの戦い』(抜粋)作者不詳

 

 「白馬の王子様」などの言葉に代表されるように、「高貴な者は白馬に跨がる」というイメージの現れでしょうか。白馬の馬は希少であり、特に古代に於いては神格化されたことから、白馬は王侯貴族のものとされることが非常に多いです。事実、19世紀では、皇帝の多くは白馬に跨がっていました。アレクサンドル一世、二世、三世はいずれも肖像画や写真にて白馬に跨がっていたことが確認できます

 そのような中で、後(帝国時代)にロシアに併合されるカラバフの、栗毛の馬が大帝に愛された、というのは興味深い事実です。それに、大帝は西欧化を強力に推し進めた人物ですが、カラバフといえば中央アジアに分類されますし、リゼッタの血統はペルシア系だといいます。真の愛に国籍(血統)は関係ないのかもしれませんね。

 

最後に

 通読お疲れ様でした。弊ブログにしては最短クラスの3000字です。

 ロシア文学では、軍人が多く登場するため、必然的に馬の描写も多くなります。改めて、馬のリサーチも詰めないとなぁと感じました。特に馬の場合は産地なども重要になりますし、ロシア帝国の領土の拡がりなどと絡めて考えたらとても楽しそうです! 馬に限らず、動物にフォーカスしてみるのも一興やもしれません。

 単発記事ということもあり、あまり新規性がない内容になってしまいましたが(ロシア語の文献では既に検証・考察が為されている)、自分で肖像画を色々調べたりするのは大変楽しかったです。日本語でリゼッタについて書かれたものはほぼ全く無いので、その意味ではよいかもしれません。わかりませんが。お役に立てていれば幸いです。

 それではお開きとしたいと思います。また別記事でお目にかかれれば嬉しいです。

 

参考文献