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架空の世界を護るために

ROHライブビューイング『眠れる森の美女』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

晩夏の観劇祭りです。オペラ→バレエ→映画と、三日連続で通っています。遊びすぎでは!?

↑ 前日に伺った『ノルマ』のレビューはこちらから。最高だった。

 

 連続観劇・二日目は、フォロワーさんに唐突に席を頂いてしまい、ROH(ロイヤル・オペラ・ハウス)ライブビューイングの『眠れる森の美女』にお邪魔しました。

↑ とうとうあの誤植だらけのキャスト表を紙で配ることは辞めたらしい。

 

 かなり攻めた演目を持ってくる MET とは対象的に、ROH の方はいつも余りにも保守的なので、ライブビューイングにも普段あまり行かないのですが……。こう、自分で即決で席を取る類のものではなく、「関心はあるけど……」で止まっている公演の席を回して貰えるのが一番有り難いですよね。ありがとうございます!

 個人的には、バレエのライブビューイングといえばボリショイだったので、全く現政府には個人的な楽しみを潰されっぱなしで適いません。可及的速やかに停戦しろ~!

 

 今回も、備忘目的で雑感を簡単に記しておきます。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

↑ 公式のポスターがカラボスでちょっと意外。

 

 

キャスト

オーロラ姫:ヤスミン・ナグディ
フロリモンド王子:マシュー・ボール 
リラの精:マヤラ・マグリ
カラボス:クリステン・マクナリー
澄んだ泉の精:アネット・ブヴォリ
法の庭の精:イザベラ・ガスパリーニ
森の草地の精:前田紗江
歌鳥の精:ソフィー・オールナット
黄金のつる草の精: 崔由姫
英国の王子:ギャリー・エイヴィス
フランスの王子:ニコル・エドモンズ
インドの王子:デヴィッド・ドネリー
ロシアの王子:トーマス・モック
伯爵夫人:ミカ・ブラッドベリ
フロレスタン:カルヴィン・リチャードソン
フロレスタンの姉妹:前田紗江、アネット・ブヴォリ
長靴を履いた猫:デヴィッド・ジュデス
白猫:ソフィー・オールナット
フロリナ姫:イザベラ・ガスパリーニ
青い鳥:ジョセフ・シセンズ
赤ずきん:キム・ボミン
狼:デヴィッド・ドネリー
指揮:ジョナサン・ロー
演奏:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
振付:マリウス・プティパ
改訂振付:フレデリック・アシュトン、アンソニー・ダウエル、クリストファー・ウィールドン

↑ 公式サイトから。多少省いてこれですから、『眠り』がどれだけキャストが必要かという話です。

 

雑感

 まだ夏休みなのか、客席には子どもちゃんが非常に多かったですね。習っている子が多いからか、オペラとは異なり客層が若い。よきことです。

わたくしのお隣も親子でしたが、お母様の方がずっっっと喋ったり鼻歌を歌っていたりして、習っているらしい息子君の方が博識且つ、冷静に彼女のお喋りを戒めていて、笑ってしまいました。子どもも大変だな……。

 

 当日の午後になって突然席を頂いたので、全く予習できておらず。何なら直前まで頭の中では前日の « Si, fino all'ore estreme » が流れていたくらいでした。この後の Compagna tua, compagna m'avrai ♪ がめちゃくちゃカワイイんですよね……。

↑ 今回のキャストのものではないですが、聴ける方は是非聴いて欲しい……。

 

 ロイヤル版『眠り』全幕の鑑賞は初めてです。というか、『眠り』は「眠れる森の美女」ならぬ「眠れる劇場の観客」と化すので、最後まで起きて楽しく観られたことがあったであろうか、の領域。ディベルティスマンばっかりで、長いですしね!

 わたしはラントラートフ氏のオネーギンがべらぼうに好きなので、バレエダンサーでは彼が贔屓と言って良いと思いますが、以前、スカラ座の配信で彼が王子役をやっていた時も、彼が出ている時以外は爆睡してました。ごめんて

 ちなみに、最後のロシア皇帝ニコライ2世は『眠り』が大好きで、特に終幕のディベルティスマンがお気に入りだったそうですよ。この時点で考えが合う気しないもんな。

一方、彼の父のアレクサンドル3世は、オペラの『エヴゲーニー・オネーギン』が一番のお気に入りで、ロシアでこの演目の上演が多いのは彼の功績だと言われています。終身名誉同担!

 

 そんなこんなで、苦手とまでは言わないまでも、全く得意意識はなかった『眠り』。

チャイコフスキー自身、「自分の作品の中で最も優れているのは『オネーギン』、『スペード』、『眠り』だ」と言っているので(意外にも交響曲室内楽は入っていないのである)、克服したいとは思っていたのですが、今回偶然にも全幕をしっかり観る機会を得られました。有り難や。

 

 ロイヤル版の『眠り』は、「ロシア色を排除した」と明言されていたので、ロシアのカンパニーのものとは大分異なるのでしょうね。いずれしっかり比較検討したいところ。眠らないようにせねば……。

 このバージョンの制作が WW2 戦後ということもあって、なんと申しますか、イギリスの意地を感じますよね。英露関係……

 

 毎度恒例、ダーシー・バッセル姉様の案内付き。ROH では、終幕後も挨拶があって丁寧です。

曰く、コヴェント・ガーデンでの『眠り』上演は、今回で950回目なんだとか! もうすっかりイギリスに根付いていますね。

1シーズンに何公演くらいあるんだろう。4桁は間近でしょうか。

 

プロローグ

 かなり長いにも関わらず、一応「プロローグ」らしい実質第一幕。主演二人が全く出て来ないという。主演に依存しすぎない、古き良き時代の名残と考えるべきなのでしょうか。

 しかし、インタビューでもあるように、『眠り』の真の主役とは、姫と王子ではなく、リラの精とカラボス、つまり善と悪なのだ、という解釈には納得できるところがありますね。今回の広報ポスターも、カラボスでしたし。

 

 プロローグでの見せ場は、妖精たちの躍りです。一人一曲与えられています。

しかし、やはりリラの精のマラヤ・マグリ氏のオーラですよ。一人だけ纏う覇気が別格ですね。これぞプリンシパル

振付が難解だから、中央にいるから、とかではなく、バレエの階級って佇まいだけで一発でわかりますよね。恐ろしい世界だ。この階級制が良いのかどうかはともかくとして。

 

 マイムの多い『眠り』ですが、オーラのみならずそのリラの精の落ち着いた佇まいと言ったら。

呪いを掛けるカラボス、慌てふためく宮廷を前にして、一人悠然と微笑み、まるで幼稚園児でも相手にしているかのような、優雅で超然とした態度で、「ダメでしょう、悪戯したら。落ち着いて、何ともないのよ。」と言わんばかりでした。聞こえた(幻聴)。

 寧ろリラの精がラスボス感あるまである。カラボスに対峙し、赤子の姫の前に立ちはだかっているのも、さながらボディガードのよう。最後の砦。美しいんですけど、それよりもなんというか頼り甲斐があるというか、カッコよかったです。

 

 今更ですけど、何故キーとなる妖精はリラ(ライラック)の精なんでしょうね。ふつう、「眠り」と関連する花といえば、ケシでは?

↑ 最近読み進めている「花と木の図書館」シリーズ。漸くゴールが見えてきました。ポピーの巻では、ケシ科植物と眠り、死との関係に多く紙面が割かれています。

 原作童話や制作過程に何かヒントがあったりするものでしょうか。

 

 ROH の良いところは、何と言っても多様性ですよね。もう本当に多国籍。また、そのこともあってか、体型なども幅が出てきたように思いました。身長差があるのは勿論のこと、かなりグラマラスな体型のダンサーさんもいて少し驚き。よいと思います。

 

 黄金のつる草の精が人差し指を立てて踊ることの由来も気になりますね。

バレエで人差し指を立てて踊るものといえば『くるみ』の「中国の躍り」で、今回は東アジア系の崔由姫氏がキャスティングされていたこともあって、殊更想起しました。

「中国の躍り」の場合、その指が表すものに関して諸説ありますが、今では差別的であるとして忌避されることも多いので、色々余計なことを考えました。

 ちなみにわたくしは、『ジゼル』のミルタや、『オネーギン』のターニャが指さす時に人差し指オンリーなのはイヤ派です。手全体で指し示すのが好き派です。宜しくお願いします。

 

 ライブビューイングだからこそ、細かい点がよく見えますが、その分、粗もよく見えてしまいます。現代のダンサーは大変だ。

小道具もしっかり見えるのが強みですが、乳幼児オーロラ姫のお人形もよく見えました。結構ガッツリ泣き顔でした。まあ赤子は泣くのが仕事ですから……。

 

 カラボス登場時の雷で逃げちゃうお小姓ちゃんなど、所謂「額縁」組も演技をしっかりしていました。

 カラボスは、ポスターになっているだけあって、演技凝っていましたね。ロイヤル版では女性が演じますが、靴もポワントではなく、マイムが主。

ドレスのレースがかなりセクシーです。最初ニップルカバーみたいになっているのかと思った。お衣装の色が黒×赤なのは、クラシック・バレエの悪役の共通事項なのであろうか(こちらとか)。

 

第1幕

 第1幕(実質第2幕)。

花のワルツ組のお衣装がめちゃくちゃカワイイです。赤リボンの黒いお帽子で、どことなく英国風です。

ガーランドは、ワイヤーが入っている組と入っていない組に分かれています。恐らく、ワイヤー組男女各×8、ワイヤーなし組女性×4で、20人体制です。

 

 ギャリーさんが出てくると、客席から\ギャリーさん/\ギャリーさんだ/と沢山声が聞こえてました。大人気。気持ちはわかる。

 

 王子4人はイギリス、フランス、インド、ロシアの王子なんだとか。ちゃんと国決まってたんですね……。

オーロラ姫の国のモデルはフランスだと思っていたので、フランスの王子が求婚者に入っているのは驚きでした。王子の方だって、デジレにせよ、フロリモンドにせよ、フランス系のお名前ですよね。フランス語圏が分裂している……? ベルギーとか? ドイツ語圏はリストラ? どういう設定なんだ……。

 ところで、弊ブログではお馴染みのカップルの「ローズ・アダージオ」は、お相手がロシア、イタリア、イギリスの王子なのですが。もう一ヶ国参戦が欲しいところ

 

 さて、漸くタイトルロールの登場です。オーロラ姫はもう、何と言って、足が弓形でね! 人間の脚じゃなくて竹か? というくらいしなる。

バランスの安定感は同カンパニーのマリアネラ・ヌニェス様の方があるとは思いますが、ヤスミン・ナグディ氏も古典が素晴らしく合いますね。

 Va. のオーボエソロになるところで、ピッタリと音楽に合わせて静止するのが素晴らしい。ダンスって、激しい動きなどの方が注目されがちですけれど、一番難しいのは綺麗に静止することだと思っています。基礎的でありながら、だからこそ、重要な点です。

 

 どうでもいいですが、オーロラ姫の第1幕のお衣装の胸元にあるのは、「ローズ・アダージオ」という名前も相俟って、バラの花だと思っていました。赤いおリボンなんですね!

『椿姫』と混同しているのか……。まあ、「ローズ・アダージオ」でも最後にバラ投げますし……(?)。

 

 幕間のインタビューでは、指揮のジョナサン・ロー氏が音楽について語っていました。

その中で、我らがチャイコフスキー御大がミンクスやドリーブに憧れていた、という発言があったので、「ほんまかいな」と思って、ちょっとだけリサーチをしました。

 彼がミンクスについて言及しているのは、弟子セルゲイ・タネーエフに宛てた1878年4月8日/3月27日の手紙くらいで、自身の交響曲第4番に関してのものです。

抜粋して翻訳すると、以下のようなことを書いています。

 Я решительно не понимаю, что Вы называете балетной музыкой и почему Вы не можете с ней примириться? Подразумеваете ли Вы под балетной музыкой всякую весёлую и с плясовым ритмом мелодию?
Но в таком случае Вы не должны мириться и с большинством симфоний Бетховена, в которых таковые на каждом шагу встречаются.
Хотите ли Вы сказать, что трио в моём Скерцо написано в стиле Минкуса, Гербера и Пуньи? Но этого, мне кажется, оно не заслуживает.
Вообще же я решительно не понимаю, каким образом в выражении балетная музыка может заключаться что-либо порицательное! 

 私は全く理解できないのですが、どうしてあなたはこれをバレエ音楽と呼び、そしてそれを貶すんです? あなたの言うバレエ音楽とは、陽気で、躍りのリズムを持ったメロディのことですか?
しかし、それはベートーヴェンの偉大な交響曲の殆ど全てにも見られることを認めなければなりませんよね。
私の三重奏のスケルツォが、ミンクスやゲルベル、プーニのスタイルで書かれていると言いたいんですか? しかし私にはその指摘が正しいとは思えません。
概して、バレエ音楽という表現が、何か否定的な意味を持っているということは理解できません!

うーん、これだと何とも言えませんね……。

 一方で、ドリーブに関しては、『シルヴィア』を絶賛しています。1877年12月8日/11月26日の、友人ニコライ・カシキン宛ての手紙には、凄い表現が出てきます。

«Озеро лебедей» чистое говно в сравнении с «Sylvia». 

白鳥の湖』なんて、『シルヴィア』に比べたら、ほんとにゴミみたいなもんだよ。

(訳注: ここではチャイコフスキー自身が粗野な表現を使っている。)

 いや、そんなことはないと思いますけど……。

この手紙以外でも、チャイコフスキーは『シルヴィア』、特に序曲を大絶賛しています。確かに『シルヴィア』の序曲はいいですよね。

↑ わたしも一丁前にバレエファンのはずなのに、個人的にこの曲は『ファースト・マン』という宇宙飛行士ニール・アームストロングの伝記映画の中の、NASA の映像で使われていたイメージが一番強いです。『ファースト・マン』はいいぞ。大好き。

 以上、プチ検証作業でした。

 

第2幕

 第2幕です。いよいよ王子の登場。ここまで出番なしって、逆に凄い。

マシュー・ボール氏は卒なく踊りますね、もう大古典ですし、慣れが伺えます。ソロよりも、PDD でのサポート、ナグディ氏とのパートナーシップが優れているな、と感じました。

 

 インタビューでも、第2幕冒頭での姫は幻影なので、演じ分けなくては、と仰っていましたが、それが大変よくわかります。

ナグディ氏は笑顔が大変素敵で、「ローズ・アダージオ」では歯茎まで見せてニッコニコでしたが、第2幕では口を噤み、無表情なのが、とてもギャップがありました。良い。

 

 リラの精と王子はゴンドラに乗って「眠れる森」へ。カラボス退治も道案内も全部リラの精がやってくれる全自動モード。王子、かなり楽をしているな? キスだけして良いところ取りだな?

 

 ディベルティスマン組は、順当にブルーバードが白眉。流石にコーンロゥの青い鳥は初めて見ました。ROH の多様性が好きだ。

背中の反りが半端じゃないです。ブリゼ地獄も難なく飛んでいました。怖。

 

 主役組。Va. で、ナグディ氏がが溜めたそうにしているのに、オケがガン無視して突っ走ってしまい、諦めてテンポ速めに軌道修正しているのが勿体なかったです。

前日、MET でオペラを観ていたせいもあってか、演奏は ROH にしては盛り上がらなかった印象。特にプロローグ段階からフルート・ピッコロが残念で、これブルーバード大丈夫なんだろうか、と心配でした。ブルーバードは大丈夫でしたが、他で何回かひっくり返っていましたね。

 また、タイミングがズレたようで、コーダの際にサポートで無理やりピルエット回しているな~というのは多少感じました。

 

 予告に関して。いつも演目が保守的すぎて気乗りしない ROH のライブビューイングですが、来シーズンには『ルサルカ』があるんですね! 歌手や演出にもよりますが、それはちょっと行きたいかも。

『ルサルカ』が攻めているか、と言われたら全然保守だと思いますが、東欧オペラは応援していきたいのでね……。

 

 こんなところでしょうか。全幕バレエを観るのは久々でしたし、チケット争奪戦に敗れたこともあって、ROH 自体もお久しぶりでしたので、楽しかったです。

 

最後に

 通読ありがとうございました。無駄なことを沢山書いたので、いつの間にか7500字超え。なんてこった。レビューなのに?

 

 久々の『眠り』でしたけれど、改めて、我らが殿下CPって童話の世界の物語なんじゃないかという認識を新たにしました。以前からイタリアオペラっぽいなとは思っていましたが、バレエでもいいな……(何が?)。『眠り』的なハッピーエンド世界線、どこにあるんでしょうか。

 

 連続観劇・三日目は映画で、イラン映画君は行く先を知らない』を観ました。多少人を選ぶと思いますが、個人的にはこういうミニマルな映画が好きです。

最近、映画のレビューは Filmarks で纏めているので、宜しければこちらからどうぞ。

↑ イランの雄大な自然の風景だけでも一見の価値あり。

 

 今後は特にバレエ鑑賞の予定はありませんが、来週はオペラを2つ観る予定なので、レビュー記事は続きます。

未だにレビュー執筆に苦手意識があるので、企画記事とかやりたいんですが、それはそれとして舞台は観たいのである。困ったなー。

 楽しんで行きたいと思います。お勧めの公演がありましたら教えて下さい。

 

 それでは、長くなりましたので、今回はここでお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです!