こんばんは、茅野です。
METライブビューイング、毎年恒例の晩夏のアンコール祭りが始まっています。
昨日は、今シーズンの『チャンピオン』の上映があり、布教活動に努めていました。『チャンピオン』はいいぞ。弊ブログの読者さんは皆好きだと思います。
↑ レビュー記事。
報告を受けた限りだと、3人が行って下さった模様。ありがとうございます! 感想を気軽に送りつけて下さい。
東劇では、この後も、9/2(土)18:45、9/8(金)14:45 にも上映がありますので、東京にお住まいの方は是非ともどうぞ。
一方のわたくしは、その先々日の『ノルマ』にお邪魔しておりました。
やはり MET ライビュはいいですよ。わたくしもめちゃくちゃ楽しめました。常に通いたい。
今回は、備忘録として、こちらの雑感を簡単に纏めておきます。
それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!
↑ ポーズも相俟って素晴らしく絵になる~!
キャスト
ノルマ:ソンドラ・ラドヴァノフスキー
アダルジーザ:ジョイス・ディドナート
ポリオーネ:ジョセフ・カレーヤ
オロヴェーゾ:マシュー・ローズ
指揮:カルロ・リッツィ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
雑感
『ノルマ』は、CD は持っていてよく聴いており、音楽は殆ど覚えているのですが、映像を観たり、生で観たことがありませんでした。
↑ いつも聴いているもの。お勧め。
本来はこちらの公演が『ボエーム』ではなく『ノルマ』の予定で、それを楽しみにしていたのですが……、どうしてこうなった?
↑ いやまあ、『ボエーム』は『ボエーム』で好きなので良いですけど……、全幕で演目が丸ごと変わるってどうなのさ。『オネーギン』でそれやられてたら発狂ものですよ。
従って、美しく覚えやすい音楽はよく耳に馴染んでいるものの、歌詞やストーリーについては然程意識したことがなかったのですが、これは酷いですね! ポリオーネ君、クソ男選手権優勝!!
ピンカートンとか、バレエのアルブレヒトとか余裕で超えてきましたね。これは凄いわ(※褒めてません)。
わたしは『エヴゲーニー・オネーギン』という作品が大好きで、よくこの主人公が「クソ男」扱いされることが全く解せず、オネーギンさんは被害者と言っても良い側面も存在するし、斜に構えている点はあれど、寧ろ優しい部類では……? と思っているのですが(啓蒙運動)、その気持ちを新たに致しました。
オネーギンのことを「クソ男」扱いするのは、ちょっと『ノルマ』を観てから言ってくれる?
一度も観たことがなかったから、という理由以外に、もう一つ『ノルマ』が観たかった理由があって、それが『Paradise Lost』というゲームの存在です。
こちらは、ポーランド製のマイナーなインディーズゲームで、ジャンルとしてはウォーキング・シミュレーションになるのですが、恐ろしく時代考証面で凝っており、考察勢泣かせな作品です。とても苦労しながら、しかし一方で大変に楽しみながら考証・考察記事を書いていました。
この作品の舞台は、WW2 の戦後で、現実よりも更にやらしたナチス・ドイツが核兵器を撃ち込み、ヨーロッパが死の大地と化した、という歴史IF設定です。
この世界で、主にシェルターとして機能し、核戦争を耐えた地下都市を探索するゲームなのですが、シェルター内の住宅街で流れるのが、そう、『ノルマ』の『清らかな女神 Casta Diva』。
↑ この記事に詳しく書いています。
↑ OST 動画。作中ではこのような形で流れます。
ナチス・ドイツ、ソ連、そして内ゲバでの侵攻と虐殺……と、荒廃を極めたポーランドを描いた作品の中で、『清らかな女神』を流す、これ以上のメッセージ性がありましょうか。これが『清らかな女神』だと気付いて、歌詞を確認した時の興奮といったらありませんでしたよ!
今思うと、『ノルマ』作中の文脈よりも、この荒廃した世界で、しかもインストルメンタルで『清らかな女神』を流す方が、感動的な気さえします。
とにかく考証に強い作品ですので、20世紀ポーランドに関心がある方は、『Paradise Lost』、是非とも遊んでみてください。
第三の理由は、キャストです。
今シーズンでの『メデア』で、その「鋼鉄の喉」を遺憾なく発揮されたソンドラ・ラドヴァノフスキー様がタイトルロールとあっては、行かざるを得ません。
↑ 『メデア』とんでもなかったです。
『ノルマ』の上演回数が少ないのも、歌える歌手が少ないから、とのことで……。超難易度のタイトルロールばかり演じるラドヴァノフスキー様は、さながら MET の最終兵器といったところでしょうか。カッコイイが過ぎる。
このような、「鋼鉄の喉を持つ MET の最終兵器」というポジションに惚れ惚れしていたら、インタビューでの素がまたチャーミングでね!
17歳でお父様を亡くされて、両親に対して恥じないパフォーマンスをするって決めたんだ、と震え声で仰っていて、わたしも釣られ泣き。最近東劇で泣きすぎですね。
↑ インタビュー動画。チャーミングすぎる。存命の人間は推さない主義なんですけど、惚れそう。
最後までフレッシュな歌声を保つために、ペース配分を考えなければ、と仰ってますね。非常に大事なことです。そして実際、有言実行しています。最初にセーブしすぎることもないし、最後に息切れすることもありません。流石の一言に尽きます。
肝心の『清らかな女神』に関して。
こちらは、ガラ公演などではベル・カントを得意とするコロラトゥーラが軽やか~に歌ったりもしますが、『ノルマ』全幕の中ではそんな訳にも参りません。
ノルマ役の狂った所は、アジリタまみれのベル・カントでありながら、ドラマティックで屈強な声を求められるところ。それは普通両立しないんだよ、何を考えているんだよ。
……というのを両立させてしまったのがラドヴァノフスキー様です。やはり最終兵器……。
あの素晴らしく力強い声を殺さないまま、全くそのままで、淀みなく軽やかに転がしていきます。怖い!
その上更に、一回目は祭壇の上で座して歌いますが、二回目は聖樹の枝を切り落としながらという演技付きです。安定感の鬼。
これは部族(武族?)の長ですわ……必勝ですわ……間違いない……。
これ褒め言葉になるのかわからないんですが、メデアといいノルマといい、ラドヴァノフスキー様は「強いんだけれども苦悩する女性」の役が余りにもハマります。この二つの役は、ストーリー上結構似ていますよね。
今作でも息子が二人いて、やはり手に掛けようとしていました。今回は生かしていましたが……。
✨アンコール上映作品紹介✨
— METライブビューイング 公式 (@MET_LIVE_JP) August 29, 2023
《#ノルマ》
東劇のみ:8/29・9/10・21
S・ラドヴァノフスキーとJ・ディドナート、ベルカントの二大女王の競演!〈清らかな女神〉〈ご覧なさい、ノルマ〉など美しい音楽に酔いしれます☺️
禁断の三角関係の結末は…?物語をご存知ない方は是非ネタバレなしでご覧ください!… pic.twitter.com/56KQHV9HRh
↑ 公式広報も同じこと言ってますね。
しかし、こんな強く美しい女性を苦しめる者は須く悪なのでね、滅せよの心です。ノルマ自身劇中で、「あんな男に会う前に死んだ方がマシだったのよ!」と言っていますが、そこでノルマやアダルジーザが死ぬのはおかしいので、ポリオーネを滅しましょうね。
前回の『メデア』では、もう完全にラドヴァノフスキー様劇場で、他の全てのキャストを背景に押しやり、彼女一人しか目に耳に入らない状態でしたが、今回は共演者も良かったです。
ノルマとアダルジーザは二重唱も多いですが、ディドナート氏との声の相性も抜群です。これ CD で欲しい、ずっと聴いていられる。
また、金髪ショートでスレンダーなディドナート氏のアダルジーザは大変可憐で美しく、ポリオーネが浮気心を出すことへの説得力も抜群です。うるせえお前はノルマを愛すんだよ!! とは思いつつ。
年若い乙女であることもよく伝わる演技でした。
ノルマにとって、アダルジーザの存在は救いですよね。第二幕の二重唱、めちゃくちゃ好きです。
『メデア』にはなかった存在。二人でポリオーネを滅すルートがよかったな(?)。
さてそのポリオーネは、キャラクターとしては史上最悪クラスなのですが、カレーヤ氏の歌唱はめちゃくちゃ良いです。第一声から、どんだけ響くんだこの声は、と思いました。そりゃあモテますよ、とばかりの輝かしいテノールです。
『ノルマ』は基本的にこの三人で展開されますが、オロヴェーゾも良かったですね。やはり低音がしっかりしていると、舞台全体が引き締まりますよね。
第2幕は例のインタビューの後だったので、厳しくも優しい父、というキャラクター性も二重に涙腺に来ます。
額の傷もリアルで、歴戦の戦士感抜群でした。
戦士といえば、勿論合唱もよく、勇ましかったです。合唱隊の中でも筋骨隆々な男性が多く、しっかり戦士に見えるのが凄い。さては『チャンピオン』にも出ていたな?
今回の棒の特徴としては、ベル・カントらしく、何度も繰り返されるところでは方向性を変えて、表情付けがあったのがよかったですね。
例えば、ポリオーネとアダルジーザの二重唱や、第二幕のノルマとアダルジーザの二重唱では、二回目を著しくテンポを緩めていて、より技巧的に魅せていました。
こういう細かい変化が大事ですよね。
舞台は毎度お馴染みマクヴィカー演出。もう「 MET といえば!」になってきていますね。毎回マクヴィカー演出な気がする。好きだから良いですが!
ゼフィレッリ氏の『アイーダ』のように、下から舞台が丸々せり上って来るスタイルです。なんでも、聖樹の根の部分にノルマの部屋がある設定なんだとか。お洒落~!
この凝った舞台転換は、五面舞台によって作られているのだとか。流石 MET、設備が豪華すぎる。
曰く、グランド・オペラに特化した仕様とのことです。なるほど、確かにグランド・オペラって五幕構成ですもんね。パリのオペラ・バスティーユもこのタイプなんだとか。
我らが新国君も頑張って下さい。
神秘的な森の情景が主で、ブルーグリーンの照明が非常に美しいです。
また、マクヴィカー氏は、ケルト系の家系なんだとか。確かにお名前からしてそんな感じもありますね。自分のルーツに関わる作品の演出なんて、素敵ですよね。
今回は2017/18年シーズンのリバイバル上映ということで、当時の演目の広報も流れていました。MET が同じキャストを乱用するのはよくあることではあるのですが、それにしてもヨンチェヴァ氏祭り。3回くらい出てました?
また、レヴァイン氏が生きてる~~! とちょっと感動。彼の『オネーギン』大好きなんですけどねえ……。RIP。
今更ながらラドヴァノフスキー様の魅力にやられてしまったので、我が最愛の演目はやって下さらないのだろうか、と思って調べたら、インタビューで « I did Eugene Onegin many many many many many times ago. » と仰っているのを見つけました。many 何回言ったのか指折り数えてしまった……。
やっぱりターニャ歌うんですね……!! なんとかまたやって下さらないだろうか。あの屈強なドラマティコでのターニャ、ぜっったいに良い。
また、『スペード』のリーザを歌っている動画は見つけたのですが、流石にリーザには重すぎる気がしました。ターニャをやろう、ターニャを。宜しくお願いします。
取り敢えずは、「俺得CD」を聴いて待ちます。
↑ 我らがホロ様とのカップリング。最強か?
こんなところでしょうか。今回も本当に行って良かったです。
『ノルマ』は音楽が美しいですし、ポリオーネに対してフラストレーション溜まりまくりますが、ストーリーもわかりやすく簡潔なので、客としては手軽にオペラのいいところを摂取できて楽しいです。歌う側が(特にノルマ役が)大変なのは間違いないですが……。
Blu-ray も出ているので、普通に購入検討中。お勧めの上演でした!
↑ 女性二人が本当に美しい。
最後に
通読ありがとうございました。5000字強。
このようにアンコール上映なども始まりましたので、レビューが溜まってきています。急いで消費してゆかねば……。
次回はバレエのレビューになります。こちらもライブビューイングですが。
また、MET のアンコール上映にも数作品伺う予定です! 楽しみ。演目絞るのに苦労しました。毎日通いたいくらい。破産する。
東劇でオペラ観るの、かなり快適ですのでお勧めです。東京在住の方は是非ともどうぞ。東劇でぼくと握手!
それでは、お開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。