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架空の世界を護るために

METライブビューイング2017『ノルマ』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

METライブビューイング、毎年恒例の晩夏のアンコール祭りが始まっています。

 昨日は、今シーズンの『チャンピオン』の上映があり、布教活動に努めていました。『チャンピオン』はいいぞ。弊ブログの読者さんは皆好きだと思います。

↑ レビュー記事。

報告を受けた限りだと、3人が行って下さった模様。ありがとうございます! 感想を気軽に送りつけて下さい。

 東劇では、この後も、9/2(土)18:459/8(金)14:45 にも上映がありますので、東京にお住まいの方は是非ともどうぞ。

 

 一方のわたくしは、その先々日の『ノルマ』にお邪魔しておりました。

 やはり MET ライビュはいいですよ。わたくしもめちゃくちゃ楽しめました。常に通いたい。

 

 今回は、備忘録として、こちらの雑感を簡単に纏めておきます。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

↑ ポーズも相俟って素晴らしく絵になる~!

 

キャスト

ノルマ:ソンドラ・ラドヴァノフスキー
アダルジーザ:ジョイス・ディドナート
リオーネ:ジョセフ・カレーヤ
オロヴェーゾ:マシュー・ローズ
指揮:カルロ・リッツィ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー

 

雑感

 『ノルマ』は、CD は持っていてよく聴いており、音楽は殆ど覚えているのですが、映像を観たり、生で観たことがありませんでした。

Bellini: Norma

Bellini: Norma

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↑ いつも聴いているもの。お勧め。

 

 本来はこちらの公演が『ボエーム』ではなく『ノルマ』の予定で、それを楽しみにしていたのですが……、どうしてこうなった?

↑ いやまあ、『ボエーム』は『ボエーム』で好きなので良いですけど……、全幕で演目が丸ごと変わるってどうなのさ。『オネーギン』でそれやられてたら発狂ものですよ。

 

 従って、美しく覚えやすい音楽はよく耳に馴染んでいるものの、歌詞やストーリーについては然程意識したことがなかったのですが、これは酷いですね! ポリオーネ君、クソ男選手権優勝!!

ピンカートンとか、バレエのアルブレヒトとか余裕で超えてきましたね。これは凄いわ(※褒めてません)。

 わたしは『エヴゲーニー・オネーギン』という作品が大好きで、よくこの主人公が「クソ男」扱いされることが全く解せず、オネーギンさんは被害者と言っても良い側面も存在するし、斜に構えている点はあれど、寧ろ優しい部類では……? と思っているのですが(啓蒙運動)、その気持ちを新たに致しました。

オネーギンのことを「クソ男」扱いするのは、ちょっと『ノルマ』を観てから言ってくれる?

 

 一度も観たことがなかったから、という理由以外に、もう一つ『ノルマ』が観たかった理由があって、それが『Paradise Lost』というゲームの存在です。

こちらは、ポーランド製のマイナーなインディーズゲームで、ジャンルとしてはウォーキング・シミュレーションになるのですが、恐ろしく時代考証面で凝っており、考察勢泣かせな作品です。とても苦労しながら、しかし一方で大変に楽しみながら考証・考察記事を書いていました。

 この作品の舞台は、WW2 の戦後で、現実よりも更にやらしたナチス・ドイツ核兵器を撃ち込み、ヨーロッパが死の大地と化した、という歴史IF設定です。

この世界で、主にシェルターとして機能し、核戦争を耐えた地下都市を探索するゲームなのですが、シェルター内の住宅街で流れるのが、そう、『ノルマ』の『清らかな女神 Casta Diva』。

↑ この記事に詳しく書いています。

OST 動画。作中ではこのような形で流れます。

 ナチス・ドイツソ連、そして内ゲバでの侵攻と虐殺……と、荒廃を極めたポーランドを描いた作品の中で、『清らかな女神』を流す、これ以上のメッセージ性がありましょうか。これが『清らかな女神』だと気付いて、歌詞を確認した時の興奮といったらありませんでしたよ!

 今思うと、『ノルマ』作中の文脈よりも、この荒廃した世界で、しかもインストルメンタルで『清らかな女神』を流す方が、感動的な気さえします。

とにかく考証に強い作品ですので、20世紀ポーランドに関心がある方は、『Paradise Lost』、是非とも遊んでみてください。

 

 第三の理由は、キャストです。

今シーズンでの『メデア』で、その「鋼鉄の喉」を遺憾なく発揮されたソンドラ・ラドヴァノフスキー様がタイトルロールとあっては、行かざるを得ません。

↑ 『メデア』とんでもなかったです。

 『ノルマ』の上演回数が少ないのも、歌える歌手が少ないから、とのことで……。超難易度のタイトルロールばかり演じるラドヴァノフスキー様は、さながら MET の最終兵器といったところでしょうか。カッコイイが過ぎる。


 このような、「鋼鉄の喉を持つ MET の最終兵器」というポジションに惚れ惚れしていたら、インタビューでの素がまたチャーミングでね!

17歳でお父様を亡くされて、両親に対して恥じないパフォーマンスをするって決めたんだ、と震え声で仰っていて、わたしも釣られ泣き。最近東劇で泣きすぎですね。

↑ インタビュー動画。チャーミングすぎる。存命の人間は推さない主義なんですけど、惚れそう。

 最後までフレッシュな歌声を保つために、ペース配分を考えなければ、と仰ってますね。非常に大事なことです。そして実際、有言実行しています。最初にセーブしすぎることもないし、最後に息切れすることもありません。流石の一言に尽きます。

 

 肝心の『清らかな女神』に関して。

こちらは、ガラ公演などではベル・カントを得意とするコロラトゥーラが軽やか~に歌ったりもしますが、『ノルマ』全幕の中ではそんな訳にも参りません。

ノルマ役の狂った所は、アジリタまみれのベル・カントでありながら、ドラマティックで屈強な声を求められるところ。それは普通両立しないんだよ、何を考えているんだよ。

……というのを両立させてしまったのがラドヴァノフスキー様です。やはり最終兵器……。

あの素晴らしく力強い声を殺さないまま、全くそのままで、淀みなく軽やかに転がしていきます。怖い!

 その上更に、一回目は祭壇の上で座して歌いますが、二回目は聖樹の枝を切り落としながらという演技付きです。安定感の鬼。

これは部族(武族?)の長ですわ……必勝ですわ……間違いない……。

 

 これ褒め言葉になるのかわからないんですが、メデアといいノルマといい、ラドヴァノフスキー様は「強いんだけれども苦悩する女性」の役が余りにもハマります。この二つの役は、ストーリー上結構似ていますよね。

今作でも息子が二人いて、やはり手に掛けようとしていました。今回は生かしていましたが……。

↑ 公式広報も同じこと言ってますね。

 しかし、こんな強く美しい女性を苦しめる者は須く悪なのでね、滅せよの心です。ノルマ自身劇中で、「あんな男に会う前に死んだ方がマシだったのよ!」と言っていますが、そこでノルマやアダルジーザが死ぬのはおかしいので、ポリオーネを滅しましょうね。

 

 前回の『メデア』では、もう完全にラドヴァノフスキー様劇場で、他の全てのキャストを背景に押しやり、彼女一人しか目に耳に入らない状態でしたが、今回は共演者も良かったです。

 ノルマとアダルジーザは二重唱も多いですが、ディドナート氏との声の相性も抜群です。これ CD で欲しい、ずっと聴いていられる。

また、金髪ショートでスレンダーなディドナート氏のアダルジーザは大変可憐で美しく、ポリオーネが浮気心を出すことへの説得力も抜群です。うるせえお前はノルマを愛すんだよ!! とは思いつつ。

年若い乙女であることもよく伝わる演技でした。

 

 ノルマにとって、アダルジーザの存在は救いですよね。第二幕の二重唱、めちゃくちゃ好きです。

『メデア』にはなかった存在。二人でポリオーネを滅すルートがよかったな(?)。

 

 さてそのポリオーネは、キャラクターとしては史上最悪クラスなのですが、カレーヤ氏の歌唱はめちゃくちゃ良いです。第一声から、どんだけ響くんだこの声は、と思いました。そりゃあモテますよ、とばかりの輝かしいテノールです。

 

 『ノルマ』は基本的にこの三人で展開されますが、オロヴェーゾも良かったですね。やはり低音がしっかりしていると、舞台全体が引き締まりますよね。

第2幕は例のインタビューの後だったので、厳しくも優しい父、というキャラクター性も二重に涙腺に来ます。

額の傷もリアルで、歴戦の戦士感抜群でした。

 

 戦士といえば、勿論合唱もよく、勇ましかったです。合唱隊の中でも筋骨隆々な男性が多く、しっかり戦士に見えるのが凄い。さては『チャンピオン』にも出ていたな?

 

 今回の棒の特徴としては、ベル・カントらしく、何度も繰り返されるところでは方向性を変えて、表情付けがあったのがよかったですね。

例えば、ポリオーネとアダルジーザの二重唱や、第二幕のノルマとアダルジーザの二重唱では、二回目を著しくテンポを緩めていて、より技巧的に魅せていました。

こういう細かい変化が大事ですよね。

 

 舞台は毎度お馴染みマクヴィカー演出。もう「 MET といえば!」になってきていますね。毎回マクヴィカー演出な気がする。好きだから良いですが!

 ゼフィレッリ氏の『アイーダ』のように、下から舞台が丸々せり上って来るスタイルです。なんでも、聖樹の根の部分にノルマの部屋がある設定なんだとか。お洒落~!

 この凝った舞台転換は、五面舞台によって作られているのだとか。流石 MET、設備が豪華すぎる。

曰く、グランド・オペラに特化した仕様とのことです。なるほど、確かにグランド・オペラって五幕構成ですもんね。パリのオペラ・バスティーユもこのタイプなんだとか。

我らが新国君も頑張って下さい。

 

 神秘的な森の情景が主で、ブルーグリーンの照明が非常に美しいです。

また、マクヴィカー氏は、ケルト系の家系なんだとか。確かにお名前からしてそんな感じもありますね。自分のルーツに関わる作品の演出なんて、素敵ですよね。

 

 今回は2017/18年シーズンのリバイバル上映ということで、当時の演目の広報も流れていました。MET が同じキャストを乱用するのはよくあることではあるのですが、それにしてもヨンチェヴァ氏祭り。3回くらい出てました?

 また、レヴァイン氏が生きてる~~! とちょっと感動。彼の『オネーギン』大好きなんですけどねえ……。RIP。

 

 今更ながらラドヴァノフスキー様の魅力にやられてしまったので、我が最愛の演目はやって下さらないのだろうか、と思って調べたら、インタビューで « I did Eugene Onegin many many many many many times ago. » と仰っているのを見つけました。many 何回言ったのか指折り数えてしまった……。

やっぱりターニャ歌うんですね……!! なんとかまたやって下さらないだろうか。あの屈強なドラマティコでのターニャ、ぜっったいに良い。

 また、『スペード』のリーザを歌っている動画は見つけたのですが、流石にリーザには重すぎる気がしました。ターニャをやろう、ターニャを。宜しくお願いします。

 取り敢えずは、「俺得CD」を聴いて待ちます。

Verdi: Opera Scenes

Verdi: Opera Scenes

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↑ 我らがホロ様とのカップリング。最強か?

 

 こんなところでしょうか。今回も本当に行って良かったです。

『ノルマ』は音楽が美しいですし、リオーネに対してフラストレーション溜まりまくりますがストーリーもわかりやすく簡潔なので、客としては手軽にオペラのいいところを摂取できて楽しいです。歌う側が(特にノルマ役が)大変なのは間違いないですが……。

 Blu-ray も出ているので、普通に購入検討中。お勧めの上演でした!

↑ 女性二人が本当に美しい。

 

最後に

 通読ありがとうございました。5000字強。

 

 このようにアンコール上映なども始まりましたので、レビューが溜まってきています。急いで消費してゆかねば……。

次回はバレエのレビューになります。こちらもライブビューイングですが。

 

 また、MET のアンコール上映にも数作品伺う予定です! 楽しみ。演目絞るのに苦労しました。毎日通いたいくらい。破産する。

東劇でオペラ観るの、かなり快適ですのでお勧めです。東京在住の方は是非ともどうぞ。東劇でぼくと握手!

 

 それでは、お開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。