おはようございます、茅野です。
前回の記事が所謂「はてブ砲」に遭い、プチバズを観測しております。ありがとうございます。
弊ブログの記事は、公演レビュー・資料の翻訳・歴史や芸術作品の解説・ゲームの考察の4カテゴリで9割を占めるのですが、たまにこういう体験談やエッセイを書くと予想外に評価いただけることがあり、驚きます。
……もっとエッセイ書いた方が良いのかな?
しかし今回は公演評です。まあ公演評と言っても、映像なんですけれども。
某動画サイトを漁っていたら偶然発掘しまして、先日はノルウェー国立バレエの『オネーギン』を拝見しました。2021年、コロナ禍で観客を入れての上演ができなくなった際、無観客で行われた上演の映像化です。
↑ ノルウェー語あるある:めちゃめちゃ読めそうでギリ読めない(デンマーク語学習者並感)。
ところで、このサイトの説明、とても懸念があるのですが……。適当に訳出してみます。
The ballet’s name is Onegin, but it is Tatiana’s story that we follow. She saw him and fell intensely in love, while he saw only a naive young girl. Sixteen years later, she is married – and he sees her as she really is. But by then it is too late.
このバレエの名前は『オネーギン』だが、我々はタチヤーナの物語を追う。彼女は彼に会うと熱烈に恋したが、彼は彼女をただの内気な少女だとしか見ていなかった。
16年後、彼女は結婚した―――そして彼は彼女の真の姿を見るのだ。しかし、それはあまりに遅すぎた。
お前は何を言っているんだ(画像略)。
わたしが常日頃からあれだけ「オネーギン年齢論争」には手を出すなと口を酸っぱくして言っているのに、介入した挙げ句、この珍回答ぶりである。16年も経ってたら「1820年代の物語」どころか1840年代入るわ! 推し生まれるわ!!
……ツッコミどころ満載です。しっかりして欲しいです。
いつ消されるともわかりませんし、今回は備忘がてらこちらの雑感をごく簡単に記して参ります。
それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!
↑ レンスキーが圧倒的に一番よかったので(ネタバレ)、サムネはレンスキーで。
キャスト
エヴゲーニー・オネーギン:フィリップ・カレル
タチヤーナ・ラーリナ:ヨランダ・コレア
ヴラジーミル・レンスキー:ルーカス・リマ
オリガ・ラーリナ:ナターシャ・デール
グレーミン公爵:アルベルト・バレステル
指揮:ヨハネス・ウィット
(※日本語圏で言及されているのをあまり見かけず、音写は独自です。おかしかったら教えてください)。
雑感
第1幕1場
振付や音楽は勿論クランコ・シュトルツェのものですが、美術はローゼではなく、背景がヨン=クリスティアン・アルサカーさん、衣装はイングリッド・ニランダーさんです。このような美術だけ変えるケースも結構多いですが、ライセンスどうなっているんでしょうね。
ラーリナ夫人が若い! そうですよね、ラーリナ夫人って本来30代とかですよね(チャイコフスキーは50代とか謎発言していたけど)。お衣装が夏っぽくて可愛いです。
娘のドレスを持ってくるくる回り、頬に手を当ててうっとり。まだグランディソンに焦がれる、乙女趣味な解釈なのかも。
ターニャの三つ編みは短めで、大きなバレッタをしています。バレッタ付けているのは初めて見たかも。
なんとなく、オリガのスカートが長めに感じます。且つ、質が良さそうというか、重みがありそう。回っても勢いを付けないとスカートが広がらず、パッセなどをしても殆ど足が見えません。
色合いのせいか、セットがローゼのものより都会っぽい印象を受けます。ロシアではないけど、ではどこかと言われたら、どこだろう。20世紀の北欧?(偏見)
わたしこれボリショイの旧劇場以外で思ったことなんですけど、ここオスロも舞台めっちゃ広くないですか? わたしは舞台が広いの好きですけど、踊る方は大変そうだ……。
ティンパニやハープの音がデカくてビビります。ミキシングの問題なのでしょうが。というか、音質がいい!
そして、今まで聴いてきた中で一番演奏が上手い(CDを除く)。CDを売ろう。これWalkmanに入れたい。
レンスキーの登場。ゆっくり歩いてきて、レンスキーにしてはノーブルです。レンスキーも貴族だし、本来はノーブル感が漂っていて全く問題がないのですが、タイトルロールとの対比を図る為にレンスキーは元気キャラになりがちですよね。
ではオネーギンは? と思ったら、オネーギンの方が元気だった。逆だよ、逆!
これネタバレなんですが、2幕1場のレンスキー、もう最高なんですよ。思わず太字にしちゃったくらい。初見時、1幕ではそこまで思わなかったのですが(特に演技上難しいところもないし)、もう一度改めて見直したら、1幕の演技もとてもよかったです。
よく見たら、動きは原則ノーブルなのだけど、オリガを見たらニコニコの笑顔になるし、オリガがはしゃぐと、お兄さんらしくちょっと窘めたりする。オリガが離れるとすぐ不安そうな顔になり、彼女に対する思いやりを持っていることがよく伝わる接し方。それがまた自然で! 好きかも!!
一方で、オリガがポワントで立つと身長抜かれてますし、恐らくちょっと小柄な方なのだと思います。従って、リフトもちょっと「よいしょ」という感じがありますし、パートナーリングについては正直かなり懐疑的です。また、レンスキーの演技力が素晴らしいばかりに、オリガの表現力のなさが悪目立ちしている側面もあります。
これはどうしても致し方ないところではありますが、このような体型のこともあって、もっと四肢が長くて「美しい」レンスキーは他にいっぱいいると思うんですけど、圧倒的な表現力で全てを黙らせましたね、ええ。
え、ちょっと待って、この記事書きながら改めて1幕のレンスキーを観ているのですが、本当に演技上手いわ。PDDの最中でさえいつもにこやかにオリガに話しかけていて、それがとっても自然で。あなたは何者ですか? わたしの守護天使? それとも狡猾な以下略。可及的速やかに自己紹介してください。
いやしかし、よかった~、映像で。これ一回きりの公演だったら、2幕からその良さに気付いて、1幕であまり注目していなかったのを絶対後悔していたと思います。え、良いわ、マジか……。
レンスキーのお衣装は茶色、オネーギンはいつも通り黒です。黒じゃないオネーギンは出現しないのであろうか。
オネーギンさん。いきなりビジュアルの話からして恐縮ですが、鼻の形が特徴的です。ゴーゴリと同時代人だったら惚れられていると思います。
オネーギンの方はかなり背が高そうで、ターニャともかなり身長差がありそうなペア。
高身長のダンサーは動きが緩慢になりがちですが、カレルさんは全くそんなことありません、これは大きな美点です。一方で、緩慢に思わせない為か、動きがハキハキしすぎる傾向があり、これがあまりオネーギンっぽくない。うーん、これはちょっとバランスを取るのが難しそうですね。なんか生き生きしちゃってるもんな。オネーギンってそういうキャラじゃないんよ……。
美術は美しいのですが、背景が暗すぎてオネーギンがよく見えない! これ結構問題なのでは?
オネーギンの Va. は、少し動きが硬いですね~。初演だと思うので、今後の伸びに期待です。普通に及第点ではあるのですが、わたしはオネーギンに求める理想が著しく高いので……評価辛めで申し訳ない。
ポーズはすごく綺麗です。長身で手足が長く、ピタッと止まると非常に画になる。オネーギンとしてはもっと表現力が欲しいところですが、わたしにはわかるんだ、モテるのは表現力あるレンスキーではなく、こういうただただ立ち姿が美しいオネーギンみたいなタイプなんだ、と思いました、はい。
↑ めっちゃ美しくね?(語彙力)
ターニャは正に「心ここにあらず」という様子で、オネーギンに腕を組まれるまで呆けていて、腕に彼の手が触れてハッとします。可愛い。
ターニャは基本的に演技は薄味気味。薄味とはいえ、控えめな感じが伝わって悪くないのですが、今回はレンスキーが濃厚濃い味だからな……、バランスを取るためにもう少し濃いめでも構いません。
あんまりオネーギンを見ていなくて、自分の中の物思いに耽っている演技です。これ結構珍しいかもしれません。しかしターニャの恋って、オネーギン自身を見ているというより、自分の中の理想像に彼を勝手に当て嵌めちゃっているような感じなので、この解釈は結構いいかも。
タチヤーナ、後ろパドヴレはなめらかなのですが、前パドヴレがガタガタしています。しかし、なんかこう、ペンギンのようにぺたぺたオネーギンに近寄っているようにも見えて、なんだか可愛らしいからこれはこれでいいか(?)。
農奴の踊り。ここまでオーケストラの演奏は終始上手かったのですが、メロディのトランペットがコケましたね。まあ他が全体的にレベル高いので許そう。
女性のスカートは重そうなのに、男性群舞のルバーシカが透けるほど薄くないですか? 寒そう。
女性は結構おませさんな演技がお上手な方もいるのですが、男性はみんな足が細く、ノーブルです。みんな王子様やないか! 農作業したことなさそう。これは農民に擬態したナロードニキに違いない。きっと全員アルブレヒトなんだ。恐ろしい世界だ。
第1幕2場
ターニャのショールがカーテンと同化しています。ターニャがカーテンから出てきた。バレットは外されました。
そしてお布団が毛布ではなくちゃんとお布団でした。質が良さそう。ノルウェー国立、布地などへの拘りがありそうだな……。
アップの画が多いので、照明が落ちて(=オネーギンが出てきて)気が付きましたけど、鏡がド真ん中にありますね。通常は少し下手寄りであることが多いと思うので、ちょっと驚きました。
カメラワークもあって、鏡は完全に中の人と被っちゃっていました。なるほど、完全に被ると「鏡感」薄れますね……。
ターニャのお部屋、床の模様が綺麗です。新国『アラジン』的な仕組みだろうか。
フィリピエヴナが寒そうに腕をさすりながら登場。ロシアだからかな! 設定上は夏だけどね!!
鏡のPDD。
ターニャ、バランス良いですね。ポワントで立っていようが、足を上げていようがピタッと止まります。美しい。
マクミラン的な滑る振付も上手いです。これはサポートの問題ですが、ちょっと膝をついたり、勢いよく爪先から着地することが何度かあって、痛そうではありましたが……。
舞台中央で、互いに腕を掴んでクペで回るところ(伝わるか?)は1回回転数少なかったですね。
オネーギンがターニャを片手で抱き込みながら回す振付。ここはダンサーさんによって結構違いがあるのですが、片手で抱きかかえるものの、右手で脇も支えていました。サポート重視。
また、行き先を指し示すこともなく、腕を伸ばしたままです。
最高の高さまで持ち上げる大リフトの直前のハープ、良すぎです! こういうゆっくりとしたアルペジオをしていたんですね。サビ中もよく聞こえて、ハープそんな動きしてたんだ……と気付かされました。今まであまり聞こえていなかった。
スコア譜欲しいです……!!!!!
「鏡」の後、フィリピエヴナが髪を触りながら出てくるのが自然でいいなと思いました。フィリピエヴナも演技に力入っていますね。
第2幕1場
少し新国の『こうもり』2幕を彷彿とさせるようなカラーリングの2幕1場。
藤の花が垂れていて綺麗ですが、冬のロシアか? っていうと、何とも……というところですね。
↑ 上手のペアがレンスキー×オリガ。
群舞はみんなエレガントで、コミカルさは全くありません。これはシュトゥットガルトとは真逆ですね。まあ演目により善し悪しですが、しかしノルウェー国立の群舞はノーブル系が得意だということを知れてよかったです。彼らが活躍できそうな演目を観てみたいところですね。
それから、一人群舞に物理的に頭ひとつ抜けた巨人がいますね。『オネーギン』なら構いませんけど、演目によっては少し悪目立ちしちゃうかも。体型の問題は難しいですね……。
群舞にぶつかったレンスキー×オリガペア。ここも演技が分かれるところですが、レンスキーは申し訳なさそうで、それでいてぶつかった相手に対してというより、「オリガの前でかっこ悪いところ見せちゃったな……」というようなニュアンスがあって、ナイーヴで神経質な感じがよく出ていました。もしかして、リマさんのレンスキーの解釈、大正解??
リマさんのここの演技で素晴らしいなと思ったのは、この演技によって、「もしかしたらレンスキーにはダンスやエスコートに苦手意識があるのかも」という推測ができることです。
彼はあまり舞踏会での振る舞いに自信がなかった中、実際にオリガを前に "失敗" し(しかもこのレンスキーはこの日のために立ち振る舞いを一生懸命研究していそうだ!)、自尊心が傷つけられる。その直後に、オネーギンが彼の恋人を相手にトランプで勝たせ、ポルカでは完璧にエスコートし、機知に富んだ言葉で彼女を喜ばせる。レンスキーはコンプレックスを刺激され、劣等感を抱いたのかもしれません。
この小さな動き一つだけで、これほどのことが読み取ることができて、本当に恐ろしいほどレンスキーというキャラクターを研究されていることがわかります。ここでこのような演技をするのは、今の所わたしが知る限りではリマさんのみで、ハッとしたというか、ほんとうに今更ですが、初めて「レンスキーってこういうキャラクターだったんだ!」と気付かされたんですよね。いや、好きだ……。
レンスキーから逃げて手をクイッてするオリガが可愛いです。かなり大袈裟に動くタイプ。最後にレンスキーが「捕まえた!」ってやるのも可愛い。
レンスキー、お衣装が群舞に近くて、割と溶けちゃっていますね。1幕のオネーギンも然りですが、美術・衣装は美しいものの、調整した方がよさそう。
よく見たら指先を一本ずつ緩めているだけなのですが、手袋を脱ぐのにちょっと手間取っているように見えるオネーギンさん。スポッと抜けた方が洗練された感じはあるかも。
オリガに「一曲くらい一緒に踊ったら?」と促され、ターニャに「あなたたちが二人で踊りなさい」と返されるレンスキー。ターニャの拒否に、レンスキーは少し安堵しているように見え、この時点でオリガから嫌われること、関心を持たれなくなることに病的な心配をしているように見えます。こちらも今後の布石として素晴らしい演技です。
スカートを広げて座るターニャ、お嬢さん感があって可愛いです。
恋文破り。群舞が来て擬態する時、オネーギンは右手を腰に当てています。ガッツリ踊っている!
破る前、ターニャの手を顔からガッと離すのがかなり暴力的で、怖かったです。このオネーギンさん(物理的に)デカいし! ターニャのトラウマなりますよ。
呆然、というより、悲しそうなターニャがまた心を抉る……。原作によれば、本来、オネーギンはこういう表情を向けられることが一番嫌いなはずなんだけどな……。
グレーミンがムキムキだ~! 強そう! これは前線で戦ってたタイプの将軍。ナポレオンを追い返すのだ!
今回の映像でレンスキーとオリガもグレーミンに挨拶していることに今更気付きました(遅い)。オリガがグレーミンに挨拶するときにレンスキーの顔が少しこわばっていて、このレンスキーは男がオリガに接触するのが本気で嫌そうです。良い解釈すぎる。
グレーミンに手にキスされる直前に怖くなって逃げ出すターニャ。もしかしたら、男性恐怖症になったというより、キスする為に頭を下げたグレーミンの後ろにオネーギンの顔が見えたからかもしれません。想像が捗るな……。
わたしが初見の時「このレンスキー、演技が上手いのではないか?」と思い始めたのは漸くこのポルカになってからなのですが……(遅い)。いやだって、オペラはともかく、バレエの『オネーギン』を観ていてレンスキーが一番よかった経験なんて今までなかったものですから、完全に予想外で……。
オネーギンはわざとレンスキーを小突いたり、非常に悪意ある解釈です。それにレンスキーがしっかりよろめいちゃうものだから、余計に悲惨。
自らの胸を両手で押さえ、「僕は君を愛しているのに!」と必死でオリガにアピールしますが、オリガは知らんぷり。これはオリガが悪いよ、うん。フォーメーションが大きく変わるときは必死にオリガのことを探しており、切ないが過ぎるよ。
自らターニャに助けを求めに行くなど、積極的に動くレンスキー。今までで観た中で一番必死且つ悲壮な面持ちで、これまでで一番レンスキーに感情移入したし、シンプルに可哀想だった。
バレエファンにはなかなか信じて貰えないのですが、原作のオネーギンは決して悪い奴ではありません。常識的な一般人です。それなのに、特にバレエでは悪い奴のように仕立て上げられていて、可哀想だなといつも思います。その同情点もあって、わたしは基本的にオネーギン贔屓ではあるのですが、今回初めて「なんだこのクソ野郎」と思わされてしまった……。恐ろしいレンスキーだ!
ターニャのVa. 、なんですが……。
すみません、後ろで完全に拗ねたレンスキーと、そこから徐々に仲直りするオリガばっかり観ていました。『オネーギン』観ていてこんなにレンスキーばっかり追い掛けるの初めてなんですけど! なんだこれは、新体験だ。
最初は「何?あいつ(オネーギン)のところ行けば良いじゃん」という態度なのに、結局手にキスしてハグしちゃったりして、お前はそういう奴だよ……という顔になります。
それでいて、頭の中オリガ一色なのかと思えば、タチヤーナの異変にオリガより先に気付き、「タチヤーナ、どうしたのかな?」と耳打ちし、オリガも真剣な顔つきに変わります。良い奴すぎる。
しかし、ターニャの Va. も普通に綺麗なんですよ! これはこの二つのドラマを同時に進行させたクランコが悪い。目が足りません! これが映像で本当に良かった。
オネーギンはマジの台パン。怖いて!
5拍子のワルツ。
机の上の白手袋を手に取り、「何かを思いついたかのように」ハッと顔を上げるレンスキー。この時の表情見ました?? マジでオネーギンなんか観てる場合じゃないって(?)。
肩で息をして、正常な思考ができていない様子。特にオネーギンがオリガの首に触れた後は、大きく目を見開いて口で息するようになってしまい、なんかもうまともに見ていられないよ~! なレベルまで行きます。ちょ、ちょっと、流石に演技派すぎないか??
左手首に手袋を仕込むのですが、オネーギンとオリガを見ながらずっと左の袖を弄っています。実は手袋を仕込むところを見せてくれるレンスキーって意外と珍しいのですが、リマさんはわたしたち観客に、しっかりと左手首に手袋を仕込むところを見せてくれます。そのことによって、その後彼が左の袖を触ることにどのような意味があるのか、何を考えているのかを明確化してくれるのが素晴らしい!「 左の袖を触る」という小さな動作にさえ物語が生まれるのです。ここで棒立ちしている他の全レンスキーに見習って欲しい。
ワルツが終わる頃には、もう完全にまともに呼吸もできなくなっており、オリガに肩を触られ、弾かれたように恐ろしい勢いで振り返る様は、完全にアドレナリンだけに突き動かされて動いている人。
オリガより、オネーギンを見ている時の表情が絶望しきっててしんどいです。自分から手袋ビンタしておいて、既に死にそうな顔をしているレンスキー、それこそ何か運命に操られていて、自分をコントロールできてない感じがします。手袋が目に入った瞬間から、結末は既に読めていそう。
ど、どうしよう、レンスキーが上手すぎる。こんなにバレエのレンスキーに心揺さぶられたの、初めてなんですが……。
いいですか、皆さん、今回の作品のタイトルは『ヴラジーミル・レンスキー』です、わかりましたか?
頷いてから帰るオネーギン。これはマチュー・ガニオさんと同じ演技ですね(ぶっちゃけわたしはゆっくり頷くこの演技が好きではないのだが……)。
第2幕2場
幕間の演技、照明が暗すぎて顔しか見えない!
そして、月デッカ! 満月です。
レンスキーのVa.。
前1場で演技が上手すぎてひっくり返りましたが、普通にバレエも上手いです。1幕では、オリガとのパートナーリングの悪さが目立ちましたが、ソロだと綺麗ですね。前カブリオール高すぎ! 個人的には彼の振り返り方がめちゃくちゃ好きです。
冒頭の両腕を差し出す振りでは、1回目は柳の枝のように爪先まで美しく伸びるのに対し、2回目は何かを求めるように力強く手のひらを上に向けていて、この演じ分けも良いです。
膝立ちで反る振りの2回目では、右手が少し震えていて、全ノルウェーが泣いた。極東のオタクも泣いた。
え、ちょっと待って、こんなところ(※テキトーに観始めた映像の意)で傑作レンスキーに出逢う予定じゃなかったんだけど……。正直に言って全然期待せずに観始めたので、何が起きたのかわからなかったです。マジで言ってる?
Va. の最後にカメラ目線で手を出すの好きです。伝わってるよ~、全てが……。でも、充分ではあるのですが、1幕の方が舞踏の中での演技も多めだったかも。
リマさん、いつからレンスキー踊っていらっしゃるのかなと思って調べていたら、ご本人がInstagramに2014年のロールデビュー時の動画を上げているのを発見しました。
↑ 信じ難いほど上手すぎる。バランスなどはこちらの時の動画の方が優れているまである。
「7年もレンスキー踊っていたらそりゃ上手くなるか〜」と思ったら、最初から "これ" ……だと……? やはり天才か……。
姉妹の登場。レンスキーは終始泣きそうな顔をしています。何度も小さく首を振り、姉妹を押しのける時も「こんなことしたくないのに!」とばかりに、優しさがあります。本当にオリガのことが好きなのだと思う。
リマさんのレンスキーは、1場で手袋が目に入った瞬間から自分の結末は読めていて、それ故にある種の諦念があります。ここでの脱力感でそれが上手く表現されていますが、それでもしっかりリフトしているので力自体は入っているという。どういう仕組みなんだろう。演技が上手すぎる。人体の不思議。
いやしかし、リマさんの演技が上手すぎて、彼がいると他のダンサーがみんな大根役者に見える問題が発生してるのですが。残酷だな……。
2場では、レンスキーはいつもオネーギンを見るとき顔が辛そうですね。目を合わせられなくて、半ば投げやりになっているのだけど、他の動作で力強さを担保することにより、レンスキーらしい熱意も窺えます。上手いな……!
レンスキーは、オネーギンと対峙する時ですら「こんなことはしたくない」という表情・仕草をしていて、オリガへの愛のみならず、オネーギンとの友愛さえ感じさせます。多くのレンスキーは、ここではもうオネーギンを憎んでいるような、怒りに任せたような演技をすることが多いのですが、リマさんのレンスキーは、ちゃんとオネーギンと親友だった時代があることを感じさせ、それがまた素晴らしい……。根は凄く優しい青年なんだろうな、ということが伝わります。ベタ褒めしかできない……。
太腿叩きの際、レンスキーは目を見開いてオネーギンを見つめていますが、どんどん呼吸が荒くなっていくのがハッキリとわかり、胸が痛くなります。そうだよな、怖いよな、ヴラジーミル君17歳だもんな……! 君はここで死ぬべきではない。
1場の時から思っていましたが、呼吸の演技がバカみたいに上手いんですよねリマさん。勿論、ダンスで息切れしているわけではなく、演技でやっているわけです。天才?
オリガを引き留める時の、目をつぶって眉間に皺を寄せている表情に、クランコ版レンスキーの全てがあります。あなたがレンスキーだ。
今回の美術では、中幕がないので死体が隠れないスタイル。『オネーギン』の全年齢たる所以が……(?)。まあ草で割と隠れてますけど……。1月後半のロシアに草なんか生えているのかという話なんですが……(※一般的な演出では雪で覆われています)。
レンスキーが死んでしまったので、わたしは何をモチベーションに3幕を観ればよいのでしょうか! …………、まあ、音楽かな……。
これは文句なしにマイ・ベスト・レンスキーを更新です。ルーカス・リマ殿、貴殿を茅野のバレエ版「わたしのレンスキー」に任命致します。
浅学なもので、オペラ歌手もバレエダンサーもよく知らないものですから、今回初めましてだったのですが、軽く調べたところ、彼はブラジル出身で、ロイヤルバレエ学校(ROHのところ)をご卒業との由。現在はノルウェー国立バレエのプリンシパルでありながら、同バレエ団のバレエ学校の講師でもあり、振付家でもあるのだそうです。頭がよいのだろうな……!
↑ 良いマスタークラス広報動画があったのでご紹介しておきます。
オペラでも、バレエでも、今のところ「わたしのオネーギン」「わたしのターニャ」は全員ロシア人なので、「結局ロシア人贔屓じゃないか!」とか言われるんですが、レンスキーに関しては、オペラだとフランス人のベルナイムさんが好きだし、リマさんもブラジル出身とのことで、意外とロシア語圏以外が強いのかもしれませんね。
バレエのレンスキーは、オネーギンとの対比もあって、明るく元気なキャラクターとして演じられることが多いように思います(かつて「テニサーのレンスキー」なる怪文レビューを書いたこともあった)。
しかし、リマさんのレンスキーの特徴は、何よりも神経質であることです。オリガから自分への気持ちが離れることを極度に恐れています。普段は優しくて、思いやりのある素敵な青年ですが、こと恋愛が絡むとすぐに気持ちが昂ぶってしまう、感受性が豊かで、危ういほどナイーヴなティーンエイジャー―――これはレンスキーの特徴を完璧に捉えられていると言えるのではないでしょうか。
元気なレンスキーでは、何故急にオネーギンに決闘を挑むまでになるのか、繋がりが不明瞭でした。その場で取っ組み合いでも始めた方が、筋が通っていると思います。
しかし、紳士的且つ神経質なレンスキーならば話は別です。彼がオネーギンと公的に対峙するストーリーに格段の説得力が生まれます。どう考えても、彼の解釈は正しいです。
正直、レンスキーの表現力が富んでいることで、ここまで物語に深みが生まれるとは思っていませんでした。わたしに「正解」を教えてくれてありがとう……。今になって初めて、レンスキーというキャラクターを理解しました。ああ、これがヴラジーミル・レンスキーなんだ……。
オネーギン役は演技が難しいことで有名です。実際、わたしはバレエの技術と同じくらい、或いはそれ以上に演技力を求めています。従って、この演目の配役を考えるとき、オネーギン役に圧倒的な演技力あるキャストを充てるのが適当であろうと考えていました。
しかし、レンスキーに表現力お化けを充てると、このようになるのだな……! という新たなる発見がありました。これは、レンスキーをずっとやって欲しい。オネーギンに昇格することによってこのレンスキーが失われるのは勿体なさすぎる。
予想外の出逢いでした、いや、本当、ありがとうございます。まさかこんな逸材がオスロにいたとは。レンスキーいっぱい踊って欲しい! あれをやるのは精神的にも肉体的にも疲れそうですけれども!
第3幕1場
レンスキーの死にこれ以上無くショックを受けつつ、「16年後」とやらに進みます。どうしよう、レンスキーが良すぎてオネーギンとターニャに関心なくなった(失礼)。
全然ペテルブルクっぽくないですけど、綺麗な美術ですね。窓の外緑だしな。ロシアの冬だぞ!!(2回目)。
↑ 『シンデレラ』とかにありそうな美術。『シンデレラ』って舞台どこなんだろう。
中幕が開く前、群舞がピタッと止まってて綺麗です。
群舞は終始エレガントだから、3幕が圧倒的に一番似合います。漸く自分の持ち場に帰ってきた! という感じ。
遠近感もあるのでしょうが、リフトの高さが合っている組と合っていない組があるので、全部揃うとさらに良いですね。
E. O. の回想。ちょっとバランスが怪しいですが、動きは滑らかになってきましたね。命の価値に差はないけれど、レンスキーが一生懸命だったせいで、余計にオネーギンの背負う十字架が重く感じるな……。
ターニャのお衣装はちゃんとラズベリーカラー。帽子を被らないなら、せめてドレスの色くらいそうして欲しいですよね。3幕1場のターニャは、ドレスと同じく口紅もラズベリー色だと嬉しいのですが、完璧でした。可愛い。メーカーどこ?
今更ですが、ターニャ役のコレアさんは、腕、長! 足、細! みたいな白鳥人外タイプではなく、勿論引き締まってはいるけど人間らしい体付きなのがターニャっぽくていいと思います(褒めてる)。ターニャはあくまで、19世紀のロシアの女性なので……。
勿論、人外的プロポーションなダンサーさんは美しいのですが(ザハロワ姫タイプ)、ターニャではないかな、と思うんですよね。他にもっと似合う役があると思う。
カメラワークも原則素敵です。これライブビューイングした方がいいよ。行くよ、通うよ。無観客だから変な拍手がないのも好きです。
ムキムキグレーミンとのPDD。
中盤、速くなる所のオケの歯切れがいいですね。また、3幕ではスカートの重さが吉と出ていて、美しいです。
グレーミンはあんまり感情が見えませんが、ターニャとじっくり見つめあっていて愛を感じますね。手に2回キスしていたり、ターニャのことを愛しているのがよくわかります。「好き」というより、「愛してる」というニュアンス。
バレエ的にはあんまり主張がなく、完全に「リフト係」って感じでしたが……、まあグレーミンならそれでも構わないでしょう。
最後のポーズはもっと長くて大丈夫です!
ターニャとオネーギンが再会するところ、ホルンが崩壊。ここまでよかったのに~!
ターニャは割と「え゙っ……」と動揺します。原作・オペラとは異なりますが、これはこれで。
幕間回想シーン最後のピッチカートは遅め。わたしはこれくらいの速度でいいと思う。
第3幕2場
ターニャのお衣装はオフショルだけどもローゼのものに近いです。2場でもスカートがボリューミーで可愛い。パニエ(?)に紫のものが一枚入っているのが見えました。素敵!
ターニャの方からグレーミンの頭を抱えるようにキスします。普通だったら情熱的で愛らしいと言えるのだけれど、な~……。
オネーギンよ、その走り方は一体全体なんだね! やる気がない女の子走りみたいな……。もっと全力で走らんかい。
「手紙」。
これは「鏡」の時も思いましたが、「音楽を待ってます」みたいな間があると「振り付けに踊られています」という感じがしてしまって、不自然だし、感情が見えないのが勿体ないですね。
尤も、これは8割くらいのダンサーさんはそうだと思います。従って、これができていないから云々という話ではないのですが、更なる高みに行くにはこの壁を突破しなければなりません。
カレルさんのオネーギンは、前述のように、立ち姿が非常に美しいです。美しいので、ターニャが恋してしまうのもわかります。しかし、表現は薄味だなあ、とは思いますね。変化球解釈ではないのでいいのですが、もっと味が欲しいかも。
コレアさんのターニャは、内気で夢見がちな感じが伝わり、解釈はわたしの好みですが、こちらももう少し感情が見えてもよい気がします。というか、あのレンスキーを見た後だと全てが薄味に思える……。
今回の上演、スタイル部門、テクニック部門、表現力部門と分けるとしたら、綺麗に役割が分担されているように思います(勿論、前者から、オネーギン、タチヤーナ、レンスキー)。そんなことある?
サビ(?)、一番美しいのは音楽です。ほんとうにストリングスが綺麗だった! これにはチャイコフスキー御大もニッコリ。ありがとうございます。
しかしオネーギンさんが終始やる気無くて(?)困ります。ここはもっと全力で受け止めに行くんだよ!
寝そべっての大ジャンプの前にキスは入れませんが、サビの後のハグでキスを入れていました。ほんとうにダンサーによって様々ですね。寝そべる際は、頭をガッツリ床に付けています。
PDDの後半から、よく左手で口元を抑えるターニャ。オネーギンの手を振りほどくのもやんわりです。
恋文破りの際、ファゴットの音が明瞭で興味深かったです! そういう動きをしていたのか……。スコア譜が欲しい(2回目)。
ターニャが出口を指し示すのは人差し指か、4本指か、ちょっと見づらかったですね……。どっちだろう? 最後のポーズはグー派。
最後のピッコロが暴走気味。最後、大事だから頑張れ!!
こんなところでしょうか。
レンスキーが2幕で退場するので、3幕は超豪華なエピローグみたいな気持ちでした。
レンスキーに負けず劣らず音楽が良くて(何度かひっくり返ったりしてはいましたが)、来月の来日でもこれくらいの質でやってくれなきゃ困ります、本当に。もう期待はしていませんが……。
予想外の宝物の発掘で興奮しています。観て良かったです!!
最後に
通読ありがとうございました! 1万2000字。やはり『オネーギン』の話は長くなるのだ、そういうものなのだ。サクッと書くぞ! と思ったのに、もう朝になっている……。しかし字数を考えれば致し方ない。
それにしても、「わたしのレンスキー」がブラジルとロンドンを経由してオスロで見つかるとは……。数奇な運命だ。注目します! オスロ、次はいつ『オネーギン』やるの!?
皆様の最高傑作なレンスキーはどなたですか? 是非とも教えてくださいね。
次回ですが、「わたしのレンスキー」についてお話したら、そろそろ「わたしのオネーギン」にも言及すべきなのかもしれません。怪文書を錬成する時が来たのかも……。しかし、来月『オネーギン』ラッシュが来るので、そちらが先になるかもしれません!
それでは、今回はここでお開きと致します! また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。