こんばんは、茅野です。
個人的には、昨年12月頃から、謂わば「オタ活情勢」が白熱しておりまして、年始からまた蛮勇行動に手を染めております。皆様は素敵な年始を過ごされたでしょうか。そうであることを願います。
さて、今回は映画レビューです。「ジェラール・フィリップ映画祭」、個人的には三本目! スタンダールの名作を原作とする、『パルムの僧院』で御座います。
これまでは『肉体の悪魔』、『モンパルナスの灯火』を鑑賞して参りました(それぞれタイトルにレビューリンク)。
今度はスタンダール作品を攻めて参ろうと思います!
それでは、お付き合いの程よろしくお願い致します。
キャスト
ファブリス・デル=ドンゴ:ジェラール・フィリップ
サンセヴェリーナ公爵夫人:マリア・カザレス
クレリア・コンティ:ルネ・フォール
モスカ伯爵:トゥリオ・カルミナティ
エルネスト4世:ルイ・サルー
グリロ:ルイ・セニエ
ラシ:リュシアン・コーデル
コンティ将軍:アルド・シルヴァーニ
監督:クリスチャン・ジャック
雑感
まさかの出・白馬の王子様です。めっちゃ汚れてるけど。
ジェラール・フィリップ氏を白いお馬に乗っけようと最初に発案した方、大正解です!
原作となったスタンダールの『パルムの僧院』は、邦訳の文庫本だと二巻本相当の長編で、従って映画もかなりの大作。3時間あります。長い。お手洗いなどの対策をしてから臨んで下さい。
今回、鑑賞にあたって原作を再履。やはりスタンダールはよいですなあ。
↑ 文庫版を読むのは初めて。少し古いので多少癖がありますが、問題無く楽しめると思います。
それでも、ワーテルロー編などの前半は大幅カット。ファブリスがパルマ公国へ馳せ参じるところから物語は始まります。
スタンダールですし、本国ではもしかしたら原作は既読前提なのかもしれませんが、そこまで複雑なストーリーでもありませんし、事前知識がなくても充分楽しめると思います。
最初に思ったのは、お衣装や調度品がめちゃくちゃ19世紀前半だ……! ということですね。
サンセヴェリーナ公爵夫人(サムネイル画像の左)の髪型が完全にナターリヤ・ゴンチャロワ=プーシキナだった……。
↑ わたくしが蒙愛している韻文小説『エヴゲーニー・オネーギン』の著者、アレクサンドル・プーシキンの妻。
わたくしは19世紀文化を愛好しているオタクなのですけれども、当初は1820年代ばかり追いかけていたものの、最近は60年代ばかり見ていたので、実家のような安心感を覚えました(?)。40年の開きは大きい……。
みんな大好き(?)決闘描写もあります。剣によるもので、相手が重症を負うまで続けているのでかなり殺意高めのルールです。19世紀だ……(二回目)。
ファブリスは相当剣の腕が立つようですが、演じるジェラール・フィリップ氏が物凄くスレンダーなので、「そんな体躯で大丈夫か!?」と不安になりますね。監獄に入っているシーンはともかく、宮廷に出入りしている若者がそのスタイルを維持するのは至難の業なのでは……。
簡素な修道士の黒服がよくお似合いになります。尤も、縮小色の代表・黒ですので、殊更細身に見えますが……。
突然ですが、わたくしはモスカ伯爵が好きです。『パルムの僧院』に於けるイチオシキャラクターです。モスカ伯爵、格好良くないですか!?
わたくしは政治が上手いキャラクターが好きですし、イケてるおじさんも大好きです。モスカ伯爵は、首相として大公の信任を得て、長年安定した統治をしている(尤も、現代的な視点で見れば、パルマ公国の独裁自体どうなんだ、という話ですが、ここではモスカ伯爵の能力に関する話であるため一度捨て置きます)、素敵なおじさまです。好きだ……。
彼の恋人である絶世の美女・サンセヴェリーナ公爵夫人も、「彼は愛するに値する人だ」と何度も仰っています。わたくしもそう思います。
それでも彼女は、甥のファブリスに惹かれてゆきます。叔母としての母性に満ちた愛だ……と自分を納得させようとしては失敗し続けます。
モスカ伯爵が落ち着いた聡明な壮年の男性であるのに反し(恋には情熱的ですけれども)、我らが主人公のファブリスは、若く、後先考えない無鉄砲さがあり、放っておけない、あどけない少年らしさを残した青年です。
叔母の公爵夫人や、その恋人のモスカ伯爵にも迷惑を掛け通しで、しかし「可愛い可愛い甥だもの」で全てを許されています。羨ましい境遇だ……。
特に原作を読んでいる間、ファブリスのあまりの放埒さ、公爵夫人に対する恩知らずさで、「もし自分がサンセヴェリーナ公爵夫人なら、ファブリスなんて放っておいてモスカ伯爵と駆け落ちするのに!」と思う読者も多いのではないでしょうか。わたくしもその一人でした。
「それでも、それでも尚、ファブリスがいい!」と思わせる説得力は、成る程、ジェラール・フィリップ氏だからこそ演出できるものなのでしょう。そう感じました。
↑ モスカ伯爵(中央)、ファブリス(右)。
『パルムの僧院』は、確かにファブリス・デル=ドンゴ小侯爵が主人公なのですけれども、実に群像劇らしい構成になっており、スタンダールの筆に導かれた読者の視線は延々と彼の後ろ姿を追うわけではありません。寧ろ、物語的な展開を考えれば、サンセヴェリーナ公爵夫人の方が「主人公らしい」とさえ言えるでしょう。
そんなファブリスにジェラール・フィリップ氏を充てるのは、勿体ないのではないかとさえ思っていたのですけれども、この「説得力」に全てを賭けているのだと思えば大変納得がいきました。
立派で聡明で地位もあるモスカ伯爵に対抗するには、これくらいのインパクトがないとダメですね……なるほど、ファブリスも魅力的だ……と、なんだか乙女ゲームでもやっているような気分にさせてきます。危険だ!
映画で拝見すると特に、『パルムの僧院』のメインストーリーはオペラ『ばらの騎士』みたいだな……と感じました。
年上の女性と「いい仲」であった若い男性が、自分と同じ年頃の乙女と恋に落ち、それまで彼を可愛がっていた年上の女性は身を引いて去って行く……というような。
『パルム』ではサンセヴェリーナ公爵夫人、『ばら騎士』ではマリー・テレーズ元帥夫人の方に感情移入する方の方が多いと思われるので、何となく切ないですよね。
↑ 甥のファブリスを可愛がるサンセヴェリーナ公爵夫人(左)、彼と恋仲になる年若いクレリア(右)。
映画版では、白黒映画ながらに、艶やかな深紅の薔薇の大輪を思わせる公爵夫人に、小振りで清純な百合を思わせるクレリアの対比が見事で、素晴らしい配役であると感じました。
尤も、オペラ関連で言えば、ファブリスが閉じ込められる監獄の名前が「ファルネーゼ塔」で、これは某オペラの第二幕の舞台と同じお名前ですよね。
SCARPIA(スカルピア)
Presto!... seguila
dovunque vada!... non visto!... provvedi!
急げ! 彼女を追え
見られずに! ……注意しろ!SPOLETTA(スポレッタ)
Sta bene! Il convegno?
承知しました! どこで落ち合う予定で?SCARPIA(スカルピア)
Palazzo Farnese!
ファルネーゼ宮だ!
Va, Tosca! Nel tuo cuor s'annida Scarpia!...
行け、トスカ! お前の心にはスカルピアが潜んでいるぞ!……
↑ プッチーニの名オペラ『トスカ』の中でも特に人気の高い一曲、『行け、トスカ!/ テ・デウム』。 引用した台詞は冒頭。
『トスカ』も19世紀前半のイタリアが舞台(1800年ローマ)ですよね。台本もフランスの高名な劇作家サルドゥで、「フランス人の描いたイタリア」という点も同じです。
監獄も登場しますし、『トスカ』要素も多め。
監獄の長官の娘クレリアは、国でも随一の美少女の設定であり、実際その通りなんですけれども、日本人ゆえに少し美輪明宏さんを想起してしまうのが……、……。
↑ 大体髪型のせい。
父の政敵の身内を恋ゆえに助けてしまうのは、どこか『ロミオとジュリエット』のようでもあり……。
監獄から脱出するシーンは、塔からロープ一本で降りることになるのですが、公式サイトにとんでもないことが書いてありました。引用します。
7月の酷暑のローマ、ジェラールは18メートルもある塔からロープで降りる場面ではスタントマンではなく、自分で降りると言い張った。監督によると1回目のシーンを撮り終え、念のため2回目のシーンを撮った後、初めてジェラールの両手がロープとの摩擦により完全に焼け焦げて血だらけになっていることを知ったという。
あの真っ白な手を血塗れにしちゃったんですか!? ……それは……。
原作では、脱出前に筋トレとかする描写があります。そこらへん自然主義っぽい。
原作からの改変として、看守グリロの掘り下げがあります。言明はされていませんが、描写を見るに、映画版では所謂ロリコン……というよりも、ペドフィリアの設定になっているのでしょうか。恐らく元々性犯罪者で、それをラシに揉み消して貰ったのでしょう。
また、パッラも大活躍です。冒頭から彼を登場させることにより、寧ろ原作よりも繋がりが良いようにさえ感じられました。
映画版では、ラストが革命シーンになりますが、原作に比べてずっとド派手になっています。サンセヴェリーナ公爵夫人が「隠密に」と指示した設定は華麗にスルーし、大々的な暴動に。パッラもその場で槍で刺し殺されます。
若君は登場せず。わたくしは原作の彼の、
Je vous signe un papier en blanc, régnez sur moi et sur mes États.
私は署名済みの白紙をあげます。私と私の国を統治してください。
という台詞が大好きなので、これ聞きたかったなぁ、と思いつつ……。
群像劇であることもあってか、アップのシーンはそれほど無く、引きの画が多いです。しかし、ラストの涙を堪えるジェラール・フィリップ氏の小鼻の動きを是非とも大画面で観て頂きたいですね。
映画版の『パルムの僧院』は、原作の物語を丁寧に追う超大作です。長いながらも、スタンダールの筆の力、美しいイタリアの風景に名俳優陣が揃って、飽きさせません。
群像劇なので、「とにかくジェラール・フィリップ氏を堪能したい!」という目的の方には少々不向きかもしれませんが、文学が原作のドラマとしての完成度は非常に高いと感じました。
19世紀前半をこれでもかという程感じられ、個人的にも満足致しました。
最後に
通読ありがとうございました! 5000字程です。
今回、原作を再読したんですけれども、オレンジの鉢植えの話がずっと出て来ることに気が付きました。初読時は、植物に一切の関心が無かったために、読み飛ばしていたというか、すっかり記憶から抜け落ちていました。
最近は打って変わってオレンジの花に関心があるので、興味深く思ったり。そうか……イタリアだものなぁ……オレンジ育つよなあ……。
↑ 以前書いた記事。
また、『APPLES』という映画で、主人公がオレンジとチョコレートのケーキを作るシーンがあって、凄く美味しそうで素敵な場面なのですけれども、この間それに酷似したケーキを成城石井さんで買いました。ここからダークチョコレートコーティングをすれば完璧です。映画再現メシです。
今日こそは!!!🍊🍰 https://t.co/Jk2L6wDqDu pic.twitter.com/fH30ZrIejT
— 茅野 (@a_mon_avis84) December 28, 2022
中にもたっっぷりオレンジピールが練り込まれているのですが、一番は何と言ってもインパクトある輪切りオレンジ。甘酸っぱい蜜漬けになっていて、非常に美味しいのです。寧ろこの蜜漬け輪切りオレンジだけで売ってくれても良い……。是非とも。
謎に食レポをしてしまいました。
映画祭、次回は『赤と黒』に行けたらと考えています! 楽しみ!
それでは、今回はここでお開きと致します。また別の記事でお目に掛かれれば幸いです。