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How fares my lady of the manor ? - 『The Stillness of the Wind』レビュー

 こんばんは、茅野です。

最近全然ゲームをして遊んでいません。『ポケモン』の最新作を買ったのですけども、途中で止まっています。やらねば。ちなみにスカーレットの方です。

 

 しかし先日、急に謎の虫の知らせがして、Nintendo Switch を起動したところ、何故か予感があたり、インディーズゲームのセールを敢行していました! そんなことある?

というわけで、前々から気になっていた『The Stillness of the Wind』を購入。80% OFFセールでなんと204円(!)になっており、溜まっていたポイントで、実質無料で入手。やりました。

 

 取り敢えず一周遊び終えたので、今回はこちらのゲームのレビューを書いて参りたいと思います!

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

↑ とにかく色合いが素敵なゲームです。

 

 

概要

 『The Stillness of the Wind』は Steam (PC) , Nintendo Switch で遊べる箱庭ゲームです。開発元はイギリスのデヴェロッパー Lambic Studios さん。言語対応は豊富で、オプションから変更できます。安心の日本語対応

わたくしは作中で何度か日本語と英語を切り替えて、可能な限り両方の語のダイアログを確認しました。

 

 ゲームとしては非常に珍しいことに、主人公は老婆のタルマ。これが一番目を惹くポイントでしょう。

公式の説明では、以下のようにあります。

『The Stillness of the Wind』は、とある女性の最期の時間を体験するシミュレーションアドベンチャーゲームです。

かつて、「タルマ」は家族にも恵まれ、子どもたちの声で賑やかな村で暮らしていました。しかし、1人、また1人と村を去っていき、今では年老いた彼女だけがそこで暮らしています。

ヤギやニワトリを世話して、野草を採り、植物を育てて…タルマの残り少ないゆるやかな時間が流れ続けていきます。

時々送られてくる手紙に、遠く離れた家族や友人へ思いを馳せながら、タルマだけが感じられる風の静けさ。

それをあなたも体験してみましょう。

 これだけを読めば、ゆったりとした時間の流れるスローライフが始まるのかな? と期待するでしょう。しかし、実態は……。

 

総評

 サバイバル・タイム・アタック・ゲームです。のんびりしている時間はありません。ご老体に鞭打ち、朝から晩まで農畜産業!!

スローライフを楽しみたいなら、素直に『どうぶつの森』を買いましょう。

↑ 言うまでもなく、勿論こちらはこちらで良ゲーです。最近放置しちゃってるなあ……。

 

 まず、主人公のタルマさんは老婆であるため、歩くのが非常に遅いです。走れません。

そして、街灯などが一切ないため、日が暮れて真っ暗になるのが大変早いです。何も見えない暗闇な上に、救済措置もありません。詰み防止の為、夜間の外出はお勧めしません。割と本気で家に帰れない迷子老婆が爆誕します。

 

 従って、この短い日中の間に、山羊の搾乳・チーズ作り・鶏の卵の回収・井戸から水汲み・耕作・行商人からの買い物を済ませなければなりません。無茶!!

全てをこなすのは無理だとお考え下さい。チーズ作りだけで夜になることもしばしば。

朝が来たら、覚悟を決め、気合いを入れて働きましょう。

 

 そしてこのゲーム、説明が一切ありません。従って、全て手探りで何をすべきか、何をすべきではないのかを見つけてゆく必要があります。結構不親切。

しかし、そこまで難しい操作や、通常のプレイでは絶対に見つからないような隠し要素などはないので、その点は安心してプレイしてください。徐々に慣れるというのも乙なものです。

 

 更に言うと、操作性もかなり悪いです。ポインターで誘導するタイプなのですが、近くに落ちている物を拾いたいのに歩いてしまったりなど、ままならないこともしばしば。

それも、老婆タルマの体を表しているようで、没入感に一役買っているようにも思われますが、短気な方はイライラするかも。

 

 家畜の山羊は、餌となる干し草が不足したり、狼の撃退に失敗すると、容赦無く簡単に命を落とします。そして、初期から二匹いるので、山羊が死ぬと心理的ダメージが深く……。

 わたくしは序盤で勝手がわからない頃、行商人から干し草を買い損ね、早々に山羊を一匹餓死させてしまいました……。

弔いの意も込めて(?)、現実世界でシェーブルチーズに初挑戦もしました……。

↑ 独特の獣臭さ。これは物凄く人を選ぶぞ!

作中、山羊のチーズは高く売れるんですけれども、相当なチーズ上級者が多い世界線に違いあるまい……。皆様は山羊のチーズ、お好きですか?

 

 農作の方では、行商人から種を買い、畑で育てることができます。育てられるのはニンジン、タマネギ、トマトなど。また、キノコを採取することもできます。今のところ毒キノコは確認されていない模様。折角なのでこちらも現実世界で遊んでみました。

↑ オタクなので、再現(? ではないですが)みたいな遊びは常に楽しいものです。

 

 タルマさんがどうこうすることはできませんが、Tips として、弟妹や娘、友人らから定期的に手紙が届き、街に住む彼らの近況を伺うことができます。また、詩のようなものが付いていることもあり、意味深な内容を楽しむことができます。

ゲームの進行には関係しないものの、物語に深みを出すのに一役買っており、重要な要素の一つになっています。

 

 総評と致しましては、このように、擁護は可能ですが、安価なインディーズに付きものの課題は数多いと感じましたね。

とはいえ、「老婆を主人公にする」という発想は素晴らしく、新規性があり、且つ派手なアクションなどを志さない、インディーズらしい作品でもあると感じました。

 

制作の経緯・考察要素

 『The Stillness of the Wind』は、イギリスのデヴェロッパー Lambic Studios さんの処女作です。

一応、試作の『Where the Goats Are』という作品の後継らしいので、二作目と数えることもできるかもしれません。

しかし、『Where the Goats Are(やぎたちのいるところ)』とは……、何かを想起するタイトルですね……。

Where The Wild Things Are

↑ 世界中で愛される名作絵本、モーリス・センダックの『Where The Wild Things Are(かいじゅうたちのいるところ)』。わたくし、幼少期はこの絵本が大好きでした……、実写映画版も好き!

 

 『Where The Goats Are』は、確かに『The Stillness of the Wind』の前作であることが伺えます。グラフィックが殆ど同じです。

↑ 正方形に近い分、殊更「箱庭」感があるかも。

 但し、主人公の老婆の名前は Talma(タルマ)ではなくTikvah(ティクヴァ)。

変わった名前ですが、ヘブライ語の女性名ですね。

しかし、アラブの政治を研究していたわたくしにとっては、イスラエルシオニズムを推進する極右ファンドの名前というイメージが強く……。

↑ こんな記事まで出てます……。

 わたくしは、国際政治、特にアラビア語圏の現代政治を勉強していたので、ユダヤ人の苦難の歴史なども理解した上で、どうしても、シオニズム政策を受け入れることはできません。数千年の昔に領土を奪われ、長い間迫害され続けてきたことは余りに悲劇的なことであり、我々皆が向き合ってゆかなければならない過去であり現在ですが、そのことは現代の無関係なパレスチナ人民から領土や権利を剥奪していい理由にはなりません。

 

 ちなみに、Tikvah はヘブライ語で「希望」を意味するそうです。素敵な名前だと思います。この素敵な名前の方に対する風評被害エグいな。

しかし同時に、 Tikvah の名を知るならば Tikvah Fund を知らないはずはありませんので(事実、検索を掛ければ一番上に出ますし)、制作者のコーエン・カルデナス氏は、シオニズムに関してどう考えておられるのだろう……、と邪推せざるを得ないのです。

 

 尚、Talma という名もヘブライ語の女性名です。やはり何か拘りがあることが伺えます。周囲も砂漠だし、もしかして……?

しかし、他のキャラクターの名前はスペイン系だったりハンガリーだったりと統一感に欠け、物語の舞台を暈かそうとしているようです。

 

 更に言うと、作中では何度も「ジプシー(Gypsy)」という語が登場します。

「ジプシー」という語は、非常に有名である一方で、彼らの自称ではなく、外部の人間が勝手に付けた名前ゆえ、蔑称や差別用語と受け取られる場合もあり(類似の例としてはアメリ先住民族を「インディアン」と呼ぶようなもの)、現在はあまりこの語は使われず、「ロマ(Roma)」と呼ばれることの方が多いです。

↑ 有名な語学書シリーズ「ニューエクスプレス」のロマ語。ダイアログが死ぬほど面白いことで有名で、一時期話題になりました。「そんな会話する機会あんのかよ!」という抱腹絶倒対話集、是非ともご覧になって下さい! 強くお勧めできます。

 

 このようなところから、 Lambic Studios さんはあまり政治や語彙に注意を払っていない傾向が認められると考えます。何か特別の意図があるならばともかく、そのようなものも感じられませんでしたし……。

 わたくしは芸術に於けるポリティカル・コレクトネスを過度に気にするタイプではありませんけれども、それでも思うところが結構ありました。

素敵な色合いに、新規性のある主人公の選択など、処女作がこうも素晴らしいとあっては、将来が楽しみなデヴェロッパーである一方で、今後は何か、アドバイザーをチームに引き入れるとか、この点に関して何かしらの対策があってもよいのではないか……と感じます。

 

 わたくしはゲームに関しては考察を書くことを好む考察勢ですので、何か書けたらいいなあと思っておりましたが、このように固有名詞に地理のばらつきがあること、また手紙に登場する名前や詩も全てが創作であるというところから、現実世界との繋がりを考えることはできないと判断します。

 また、マルチエンディングであり、分岐したルートから、物語の核心が見えることもあるようですが、やり込み及び物語の推測に関しては、既に多くの先駆者がいるために、わたくしが筆を執るまでもないことでしょう。

 

ネタバレゾーン

以後、ネタバレ注意

 

 

 

 

 

 

 

 鬱ゲーじゃないですかー! やだー!

↑ 厳しい……自然が厳しい……!!
あらゆる方向から災厄が襲い掛かり、「どう足掻いても死」という絶望感が襲ってきます。吹雪の中、薪が枯渇し、家の中で寒さと飢えで震えながら死を待つしかありません。そんな馬鹿な…………。

 尤も、「タルマさんの最期の日々」というのは公式説明にも記載がありますから、ゲームの最後が彼女の死であることはプレイヤーにもわかっていたことです。

しかし、「穏やかな老衰による安らかな死」とか想像するじゃないですか、あの説明文? それなのに待っているのは寒さと飢えだなんて……。ほぼ詐欺だよ! 辛いよ!

 

 タルマさんの最期の日々を操作するのはプレイヤーであり、彼女には複数の選択肢があります。しかしどうやら、井戸が枯渇し、チーズが腐り、農作物が枯れ、薪がなくなるのはルート分岐に拘わらず固定の様子。嘘でしょ……。

 

 「プレイヤーの選択次第で、タルマさんに穏やかな死を迎えさせてあげられる」とかならばまだ良いのですけれども、「解釈はプレイヤーに委ねられている」というのは綺麗ごとであって、これでは絶望しかないじゃないですか! これはわたくしの感受性の問題ではないですって!

 

 このようなことから、わたくしは試してないんですけれども、聞いたところによるとタルマさんをショットガンで自殺させることも可能とか。…………(絶句)。

寒さと飢えで死ぬぐらいなら、鉛弾で死んだ方がまだマシ……なのか……? なんだこの苛酷なゲームは…………。

 

 そんなタルマさんの「絶望の最期の日々」の唯一の救いが、行商人の翁です。名をラズロさんと言います。間違いなく全プレイヤーを惚れさせた男。心が乙女タルマになるんじゃ(?)。

 行商人ラズロとの最後の逢瀬、ほんとにヤバいですよ。語彙力消し飛びましたよ。涙腺ブレイカーが過ぎる。ラズロ×タルマ、覇権 CP ですよマジで。

My dearest Talma.
We have stood here, like this, so many times before.
In the darkness. In the light. For years and years, since we are young.
Before I go to where my brothers and sisters are waiting for me.
I wanted to say this to you:
I know I may just seem like an old fool to you.
A familier face in the mist of the day-to-day.
But for the miles I walk, and the hours I fill
Between the city and you, and you and beyond
I have never once regretted walking this road.
History is history, I suppose.
It is silly to dig up the earth when an avalanche is barrelling down the mountain.
But I just wanted to tell you
Talma, my dearest Talma
Whatever happens, I will always want to know
How fares my lady of the manor on this snail of a day.

愛しいタルマ…
俺たちはいつも、こうしてふたりで立っていた。
暗闇の中で… 光の中で… まだふたりが若かった頃から何年も何年も…
俺はこれから… 兄弟たちが待つ場所に旅立たなきゃならない。
その前に君に伝えたかった。
君にとって俺は… ただのふざけた年寄りだったかもしれない。
毎日なんとなく顔を合わせるだけの相手だったかもしれない。
それでも君と街をつなぐために
何時間もかけて長く険しい道のりを歩くことを
一度として後悔したことはないんだ。
過去は過去でしかないと俺は思う。
雪崩の跡を掘り返すなんて愚かな行為だ。
だけどこれだけは伝えておきたい。
タルマ、愛しいタルマ…
この先何が起きても、ずっと君のことを気にかけてる。離れていてもこう呼び掛けるよ…
美しいご婦人、本日はごきげんいかがですかと…

泣いた惚れた

行かないでくれラズロ、助けてくれ、ここに住んでくれ……或いは一緒に連れて行ってくれ……。世界一イケメンなおじいちゃんだ……。

 

 事前情報ゼロでプレイしていたのですが、ここの台詞、凄く英国文学っぽいなあと思っていたら、実際デヴェロッパーがイギリスの会社で納得しました。道理で……。

わたくし英国文学は詳しくないので的確な例を出せなくて恐縮なのですけれども、ティーンエイジャーの頃からの新聞配り或いは牛乳配達の男性と、同い年程度の在りし日は美少女だったものの今では老婦人の、切ないプラトニックほんのりラヴロマンス的な。絶対ある。確実にある。

最高の愛の告白でした…………。

 

最後に

 通読ありがとうございました! 7000字程です。

 

 色々書きましたが、数時間で終わるお手軽インディーズなので、良ければ手にとって頂きたいですね~。お手軽インディーズ大好きなので、お勧めの作品が御座いましたら教えて下さい。

↑ 匿名でも構いませんよ!

 

 セール中でしたので、超高名ながらも実は持っていなかった『エディス・フィンチ』も同時に購入しました。こちらも近々遊んでレビューを書きたいですね。楽しめるといいな!

 

 それでは、今回はここでお開きとしたいと思います! また別の記事でお目に掛かれれば幸いです。