世界観警察

架空の世界を護るために

天使の照明 - 『DARK SOULS』考察

 こんにちは、茅野です。

コロナ禍に加え梅雨入りにつき、あらゆるモチベーションが下落傾向の今日この頃。

 

 さて、今回も『DARK SOULS』から。書けるうちに書いておこうという魂胆です。しっかし、今回は弊ブログ史上でも 1, 2 を争う難産記事でした。もう一生投稿できないかと思った。

 

↓ これまでのダクソ記事はこちらから。

 

 そんな難産記事の議題は「天使信仰」です。

前半はいつも通り、語義を確認し、推論を立てるベーシックな考察を行います。後半では、「旧王家神話体系」シリーズの番外編(第四弾)として、現実世界の天使信仰と照らし合わせて考えてゆきます。今回、「リアル・ゲルトルード」を発掘してきました。そのリサーチが死ぬほど大変だったわけなのですが……、この努力が報われることを望みます。

 それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

 

 

テキスト分析

 早速ですが、まずは作中のテキストを確認してみましょう。 

ロスリックでは、天使信仰は異端であり
三柱の何れもがそれを公認していない

故に「天使の娘」ゲルトルードは
大書庫の天井牢に幽閉されたという

                     (羽の騎士の兜『DARK SOULS III』)

王妃の聖女、ゲルトルードが
騎士たちに伝えたという奇跡

HPをゆっくりと、大きく回復する

後の「天使の娘」ゲルトルードは
王妃の実子であるといわれている

                       (光の恵み『DARK SOULS III』)

「天使の娘」ゲルトルードの奇跡

周囲に幾つもの光の柱を落とす

王妃の聖女であったゲルトルードは
彼女のいう天使に見え、その物語を知ったという

彼女は光と声を失い、だが物語を記し続けた
常人には理解できぬ、破綻した書付の山
ロスリック天使信仰の源流となったのだ

                      (天使の光柱『DARK SOULS III』)

大書庫の賢者たちが弄んだ聖鈴
元は「天使の娘」ゲルトルードのもの

結晶の力を借り、賢者たちは一定の成功を修めた
すなわちこの神秘の聖鈴は
魔術と奇跡、どちらの魔法も使用できる

                      (結晶の聖鈴『DARK SOULS III』)

 ここからわかることで、重要と思われる点を纏めましょう。

まず、「ロスリックに於いて、天使信仰は異端」であることが名言されています。どの程度異端なのかと言えば、国政の重鎮たる「三柱」が全く認可していないどころか、王妃の実子、即ち王子ロスリックらの兄妹(姉弟)でもある王女ゲルトルードが幽閉される程です。

 

「三柱」については、こちらの記事の「ロスリック内部事情」という項目に比較的わかりやすく纏めたつもりなので、適宜参照してください。↓

 

 これは別記事でも解説したことですが、「異端」という言葉は重要な意味を持ちます。「異端」とは、正道から外れていたとしても、体系の中に組み込まれていることを指す言葉です。即ち、天使信仰は、ロスリックにある神話体系の延長線上にあるということがわかります。

↑ 「異端」という語の詳しい語義についてはこちらから。

 

 次点。天使信仰の源流は、「天使の娘」ゲルトルードの手によるものだということです。彼女は、光と声、即ち視力と発話能力を失っていたことがわかります。先日の記事にも記しましたが、奇跡の発動に於いて重要なのは口祷であると考えられます。この点一つをとってみても、始祖ゲルトルードが発話能力を失っている天使信仰は異端であることがわかります。

 

 3つ目。奇跡「光の恵み」が、奇跡「太陽の光の恵み」の下位互換であるということ。ここから、天使信仰と誓約「王女の守り」、或いは太陽の光の王女グウィネヴィアとの関連が見え隠れします。新王家ことロスリック王家は、家系図を辿れば旧王家(グウィン一家)に突き当たると考えられ、それが影響しているのではないかと推測することができます。

家系図関係はこちらから。↓

 又、特筆すべきは、「の恵み」「天使の光柱」と、天使信仰の奇跡は全て「光」に纏わるということです。『DARK SOULS』世界で、「光」という語が出て来るテクストは数多くあるものの、大まかに分類すれば、「旧王家」に纏わるもの、そして「ウーラシール」に纏わるもの、その他、に三分することができます。前者は、「太陽の光」「暗月の光(月光)」「雷」などを基とするもの。後者は、単純であるが神秘的な魔術として扱われています。

 ゲルトルードのものであった「結晶の聖鈴」は、魔術の使用も可能な聖鈴ですが、それは大書庫の賢者たちの功績によるものであることがわかります。即ち、ゲルトルードの手元にあった頃には、ただの聖鈴であったということです。であるならば、ここで「光」という語との関連で考えるべくはウーラシールの魔術ではなく、光を司る奇跡を起こした神々、旧王家との関連を見るべきなのでしょう。

 

神意の勅使

 ここまでテキストを確認して参りました。次に、語義の確認に移ります。そもそも、「天使」とはなんなのか?

天界にあり、神の使者として人間に神意を伝えたり、人間を守護したりすると信じられるものユダヤ教キリスト教イスラームなどに見られる。エンゼル。

②心の清らかな、やさしい人のたとえ。

③天子の使者。勅使。

                             (デジタル大辞泉

 恐らくは概ね想定通りの内容かと思われます。しかしながら、天使信仰を異端と考える時、見落としてはならない点があります。それは、「天使とは、神ではなく、神の使者である」という点です。

 ここに挙げられている三大啓典宗教(ユダヤ教キリスト教イスラーム)では、天使の存在をも信仰するように説かれています。それは、彼らが神を代弁する存在であるからです。それこそが、天使の定義であるからです。

 ということは、ロスリックに於ける「天使」も、なにがしかの神の勅使であるはずなのです。

 天使信仰というものは、強固な神話体系の上にしか存在し得ません。何故ならば、神という主体無くして代弁者である天使が存在するはずがないからです。幸い、ロスリックには旧王家神話という強固な神話体系が存在しており、それを土台にしていると考えて差し支えないと思われます。

 

 では、如何なる神の勅使なのか。前提を再確認しましょう。

1. "異端" である天使信仰。一方のメインストリームは、旧王家神話(白教、太陽の戦士、王女の守り、暗月の剣、教会の槍)、及び青教を基としたものである

2. 旧王家神話では、「光」という語が多用されているが、それは天使信仰も然りである。

3.  ゲルトルードの実母であるロスリック王妃は、アイテム「女神の祝福」によれば、「豊穣と恵みの女神にすら例えられた」とあり、太陽の光の王女グウィネヴィアとの関係を匂わせる

4. 天使信仰の奇跡「光の恵み」は、奇跡「太陽の光の恵み」の下位互換である

 ここから仮説を立ててみましょう。これらを組み合わせて考えると、ゲルトルードの見た「天使」は、女神グウィネヴィアの勅使であったのではないか、と推測できます。

但し、これは実際に女神グウィネヴィアが送り込んだ勅使であったのではなく、そうであるとゲルトルードが勘違いし、それを盲信した、というのが尤もらしいのではないかと考えられます。

「女神グウィネヴィアがロスリックに天使を遣わして下さった」。これは客観的にみて明らかに誤りであったにも関わらず、ロスリックの騎士の間で信仰されてしまった。何故ならば、始祖ゲルトルードは、恐らく旧王家の末裔であり、その発言には信憑性があったから。そして、幸か不幸か、彼女の記した奇跡は、実際に効果があったから

このゲルトルードの見た「天使」は、十中八九、女神が実際に遣わした勅使ではありません。であるからこそ、三柱は、正統な信仰を冒涜するとして、彼女を幽閉したのだと考えられます。それに、高確率で、この信仰はロスリック国政にとって都合の悪いものであったとも考えられます。しかしながら、国民、特に騎士からの王女への忠誠は厚く、異端信仰は拡がるばかり。故に、牢へ繋がれることになった。女神の加護を信じるゲルトルードからしたら、その扱いは全く不当なものだと感じられたに違いありません。そうして、獄中にて狂ったように奇跡を書き連ねていく―――。

 

 では、実際には彼女は何を見たのか。そうですね、「吹き溜まり」に現れる天使のような敵、これは大いに有り得ると思います。あの厄介極まる敵が繰り出す光の矢は、天使系奇跡や「ロスリックの聖光」などの白金のエフェクトに酷似しており、関連性を見出すことは容易です。

 しかしながら、あれはロンドール黒教会が煽動する巡礼者が蛹となり、成長した姿。ロスリックが主導する火継ぎとは全く正反対の思想を持つものです。王女ゲルトルードが、何を勘違いしたのか、「火消し思想のなれの果て」を「女神の勅使」と思い込み、これは救いなのだと喧伝したのだとしたら―――? 三柱が黙っていようはずもありません。二度と何も発言できないように、秘匿してしまえ!……

 こんなところが尤もらしい仮説かな、と存じます。よりよい説が思いついた方は、是非とも議論しましょう。

 

(2021/5/23 追記)

 完全に書き忘れていました。追記。

巡礼者が蛹を経て巡礼の蝶や天使になるのではないか、というのは実に尤もらしく、一般的な説ですが、この考えに近い小説があります。イタリアの奇才プリーモ・レーヴィの短編小説『天使の蝶』です。

 タイトルからしてドンピシャですが、内容もドンピシャです。少し引いてみましょう。

contiene un passo che mi è parso fondamentale, in cui, al suo modo insieme apodittico e confuso, ma con insistenza maniaca, Leeb formula l'ipotesi che... insomma, che gli angeli non sono una invenzione fantastica, né esseri soprannaturali, né un sogno poetico, ma sono il nostro futuro, ciò che diventeremo, ciò che potremmo diventare se cicessimo abbastanza a lungo, o se ci sottoponessio alle sue manipolazioni.

 わたしはそこに、彼の理論の根幹をなすものと思われる行を見出した。レーブは、明確ではありながらも入り組んだ彼特有の論法で、マニアックなほど執拗にひとつの仮説を打ち立てている。いわく、天使というものは、たんなる空想の産物でも、超自然的存在でも、詩的な夢でもなく、わたしたち人間の未來の姿だ、というものだ。つまり、わたしたち人間がこれからなるであろう姿、ある程度以上の長生きができたなら、あるいは、なんらかの人為的操作が加えられたなら、なれるはずの姿だというのだ。

           (『天使の蝶』プリーモ・レーヴィ著. 関口英子訳. 光文社古典新訳文庫. p.95)

 『天使の蝶』が巡礼の蝶や天使のような敵のモデルになっている可能性は多いにあると踏んでいます。

 

 

天使の照明

 さて、ここまで作中の「天使信仰」について考えて参りました。ここからは、現実世界での「異端たる天使信仰」を確認し、更に深掘りしてゆきます。

 

 わたくしは、ゲーム考察の醍醐味は、当然、ゲーム本編の解像度が上がることが第一ですが、次点で、リサーチにより教養が深まり、現実世界でも使える知識が手に入ることであると考えています。というわけで、作中で語られる事項に近しい現実世界での伝承などもいつもリサーチするように心懸けているのですが……、今回は、「リアル・ゲルトルード」を発見したので、ご紹介させて頂きたいと思います。ずばり、シハーブ・アッディーン・スフラワルディです。

 

 スフラワルディは、12世紀ペルシアに実在した神学・哲学者です。彼の人生を簡単に追ってみましょう。

1155年、現イランのザンジャーン州生まれ。マラーガとイスファハーンで学問を修めます。そしてイスラーム世界の各地を転々としながら、『照明哲学』や『光の書』『深紅の知性』などの代表作を記しています。最後に、現シリアのアレッポに活動拠点を移し、アイユーブ朝の君主マリク・ザーヒルウラマーイスラーム法学者)として仕えますが、現地の保守的な法学者たちに、スフラワルディの斬新すぎる思想は受け入れられず、「彼を生かしておくならば、彼はザーヒルの信仰を堕落せしめ、何処へ追放してもその地を腐敗させるであろう」と、異端思想として扱い、死刑執行を要求されてしまいます。最終的に、ザーヒルは彼らの圧力に屈し、1191年、36歳の頃、スフラワルディは獄死を遂げるのです。

 

 宮廷に近づくも、その異端思想故に獄死……、とそれだけでゲルトルード感がありますが、勿論それだけではありません。特筆すべきは、彼の思想にあります。―――そう、それこそが、「天使信仰」なのです。

 

 先に申し上げておきたいのですが、いや、これを理解するのが物凄く大変で! わたくし、4年近く現代アラブ政治を研究しており、アラビア語も多少は解すのですが(彼の著作はアラビア語とペルシア語が半々です)、彼の思想の難解さには頭を抱えました。なるほど、これが「常人には理解できぬ、破綻した書付の山」か! と、ある意味納得さえしました。これがこの記事が非常に難産だった理由です。

 

 スフラワルディの思想、通称「照明哲学」は、イスラーム神学をベースに、古代ペルシア哲学の宇宙論と天使論をミックスし、そこに古代ギリシアの逍遙学派と言われる哲学思想を織り込み、更にインドのヴェーダーンタ学派という哲学思想まで混ぜ込んだという、猟奇的とさえ言って良い難解な思想なのです。一生懸命リサーチしましたが、途中で何度も心が折れました。絶望を焚べすぎてはじまりの火より炎デカくなりました。

 

 この猟奇的な思想を、必要な部分だけ抜き出しつつ、可能な限り平易に解説します。

まず、古代ペルシアでは、ゾロアスター教が信仰されていました。同教の教義では、「神とは光であり、地上にある火は神の代理である。物質世界(肉体)は闇であり、二元論的に解釈できる」という考え方がありました。この考えは「照明学派」に受け継がれています。

 これはとてもゲルトルードに近いなと感じた点の一つなのですが、曰く、彼は神秘主義体験により、「光とは、天使である。」と直感したのだそうで……(疑問を差し挟んだら負け)。このことから、彼は物質世界(この現世)の本来の姿は、「天使の世界」「光の世界」なのだと喝破します。

 彼の著作『西方への流刑』によれば、アッラーアラビア語で「神」)とは、あらゆる光の根源であり、即ち「光の光」であると言います。事実、イスラーム聖典クルアーンに於いても、神は「光の中の光」と表現されています。「神とは光である」という考えは、前述の旧王家の神話にも対応しますね。

 そして、「光の光」の使者である天使がおわします「天使の世界」は、「東よりも上にある」とのこと。これは太陽は東から昇るため、それよりも "上" にあるという意味で、概念上の話であり、地理的な東や、上空を意味するわけではありません。故に、東から最も離れた地、概念上の「西」が人間の住まうこの現世、即ち物質世界ということになります。そして、現世「西」は、追放された流刑地なのであって、我々はもともと住んでいた「天使の世界」に帰るために努力しなければならない、と説きます。

 又、「照明学派」の "照明" という語は、スフラワルディの思想に於いては、ギリシア哲学に於ける「イデア」に近しい意味で解釈されています。曰く、「天使の世界」には、完全無欠の "知" なるものがあり、それが、物質世界に向けて照射(照明)されるのだ、ということらしいのです。そして、人間がその「東の光(真理)」に到達することで、人間は「天使の世界」に至るのだ……と言います。

 

 素直に、「意味わからん」とお思いの方。はい、その感覚は当時のアレッポの法学者と同様です。イスラーム法学者というのは、概して保守的であるものですが、いきなりこんな思想が出てきたらそりゃあ糾弾するわ……と思ってしまいました。それにしても、死刑には反対なのですが。

 尤も、20世紀に入ってからは再評価の動きがあり、イスラーム神秘主義スーフィズム)、ゾロアスター神話とプラトン哲学を見事に融合せしめた希代の哲学者、として研究が進んでいます。

 

 しっかし、「こ、これがリアル異端天使信仰か……」と唸ってしまいました。稀にわたくしも行ったりしますが、原則として当方は「モチーフ考察」という手法には懐疑的なので、このスフラワルディの「照明哲学」をゲーム考察に直接的に落とし込むことは一切致しません。が、恐らくはゲルトルードの記した「常人には理解できぬ、破綻した書付の山」ってこんな感じだったんだろうなあ、というエッセンスを味わって頂けたら、筆者冥利に尽きますね……。いや、ほんとうに大変だった……。わたくしがロスリックの祭儀長だったら発狂している所であった……。

 

最後に

 通読お疲れ様でございました。6500字超です。

正直に申し上げますが、ログを確認したところ、スフラワルディのリサーチを始めたのが昨年の5月22日らしいので……丁度一年くらい経ってます……ね……。勿論、その間ずっとリサーチできていた訳ではないのですが、難産っぷりがご理解頂ければ幸いです。めちゃくちゃイスラーム神学・哲学勉強した……。それでこの程度しか落とし込めないのが悔しいのですが……。詳しくは、下に主要な参考文献を載せておくので、ご興味ありましたら読んでみて下さい。

 

 しかし、漸く世に送り出すことができて安心もしています。『DARK SOULS』の記事では、これまたまだ難産記事を複数抱えているので、近いうち……そうですね、近いうちに……脱稿できたらいいなあ……と思っています。気長にお待ち下さい。

 それでは、長くなりましたので、お開きとさせて頂きたいと思います。また別記事でお目にかかれれば幸いです。

 

参考文献