こんばんは、茅野です。
明日は恋する乙女たちの祝祭、「バレンタインデー」だそうです。皆様、チョコレートの準備は宜しいですか。
わたくしはあまりこういう商業的な由来のあるアニュアル・イベントには参加しないのですが、今年は折角近代19世紀の、主にロシア帝国のレシピを考証・再現するシリーズを始めたので、珍しく、波に乗ってみたいと思います。
今日突発的に思い付いた企画記事なので、構成がガバガバなのはご容赦ください。
↑ これまでの近代レシピ考証シリーズはこちらから。
まあ、勿論19世紀のロシア帝国には2月14日にチョコレートを贈る風習など全く無いわけですけれども。切っ掛けはなんだってよいのだ。
というわけで、今回は近代の「ホット・チョコレート」について考えます。
「飲むチョコレート」は19世紀の主流。ロシア皇帝アレクサンドル3世が愛飲していたというチョコレートとはどのようなものなのでしょうか。
はてなブログでも、今週のお題は「手づくり」だそうですし、例によって最後に再現を試みます。
それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!
19世紀のチョコレート
チョコレートについて然程詳しくなくても、「19世紀、チョコレートといえば飲み物のことで、固形物ではなかった」ということをご存じの方は少なくないでしょう。
事実、19世紀はチョコレート固形化実験の世紀でもありました。年表にもそのことは現れています。
↑ 趣味で作成している19世紀年表。宜しければ。
中南米からヨーロッパへもたらされたチョコレートは、王侯貴族が愛好する、栄養価と値段が高い飲み物(ホット・チョコレート)として有名になりました。
19世紀半ば頃にココアが市販されるようになると、庶民の手にも届くようになります。
19世紀末から20世紀初頭に掛けて、固形のチョコレートが安定して作られるようになってゆき、今では「チョコレートといえば固形」と、我々の脳内イメージも固まってきています。
↑ 詳しいチョコレート史に関してはこちらなどをどうぞ。
チョコレート関係の書籍といえば、アメリカのハーシー社とマーズ社について扱った『チョコレートの帝国』が大変お勧めです。長いですが、面白いのでサクサク読めます。
↑ アメリカ研修の際に大変お世話になったおやつたちの制作秘話に関しても。めっちゃ太りました。
そしてですね、前述の書籍を著したブレナー氏も解説として出演している、『ザ・フード』というド直球タイトルのドラマ(全三回)を是非観て頂きたいのです、これ本気でめちゃくちゃお勧めです。アマプラのドキュメンタリー系ドラマの中でも一番好きかもしれません。
↑ 第二話がチョコレート編。第一話から抜群に面白いので観て頂きたい冗談抜きに。
「コカ・コーラ」「ケロッグ」「マクドナルド」など、我々もよく知るアメリカの食料品メーカーの勃興を描いた作品で、舞台は19世紀後半から始まります。最高すぎる。
これを観て、ハーシー社創業者のミルトン・ハーシー氏がとてもすきになりました。「ユートピアを築きあげたチョコレート・タイクーン」という二つ名に惹かれない人類など存在するのか。ゲームとかに出てきそうまである。
これを観たあと、ハーシー氏に敬意を示したくて暫くハーシーの板チョコを食べていたのですが(ちょろい)、ハーシーチョコ独特の酸味が最後まであまり好きになれず、謎に申し訳ない思いをしました……。
何故少し酸味があるのかなどの解説もドラマで出てきます。是非観ながらハーシー社の板チョコやキスチョコを食べてみて欲しいのです。
盛大に脱線し、ダイマをキメてしまいました、失礼しました。でも、ハーシー氏がアメリカで初めてミルクチョコレートを作ったのも、19世紀末のことですからね。
『ザ・フード』は大層面白いし、ミルトン・ハーシー氏は格好良いのです。観ればわかります。ほんとです。
アレクサンドル3世の大好物
ロシア皇帝アレクサンドル3世といえば、その恰幅の良さで有名です。背も高いし(身長193cm)、お腹も大きい。その存在感は、実際に目の前にしたら如何ばかりかと考えてしまいます。
体型に関しては、写真を見れば、一目瞭然です。
↑ 妻・皇太子妃マリヤ・フョードロヴナと。
こちらはアレクサンドル大公が22歳、マリヤ・フョードロヴナ大公女が20歳の頃のお写真なので、若い頃から恰幅がよかったことがわかります。
また、彼の弟であるヴラジーミル大公は、小さい頃からの愛称が、日本語にするならば「おでぶちゃん」とか「ぽっちゃりくん」とでも訳しましょうか、Толстяк と呼ばれていて、兄たちからも体型に関して冗談交じりにからかわれていたようです。
成長と共に、お腹の方も更に……。
↑ 家族写真。揉みしだきたくなるお腹と太腿。
一方、彼らの兄であるニコライ大公は、痩せ型で知られていました。彼も背が高く、身長は190近いですが、体重は70kg程度であったとか。
↑ 体型がわかりやすいお写真を選んでみました。いつも思うけど、殿下って唇つやつやですよね。
こちらは19歳頃のお写真です。少なくとも、シャツ、ベスト、コートと三枚着込んでこの腰のラインと考えると、相当上体が引き締まっていることが伺えます。寧ろ腰細すぎでは……? 弟と同じ服を着ているようには見えない……。くびれ凄。
多くの同時代人が、彼らの体型の差について指摘しています。
それにも関わらず、お二人は、思わず比較してしまう程に容姿も物腰も正反対でした。
ニコライ・アレクサンドロヴィチは、すらりと痩せていて、上品でしなやかな肢体をしていました。
(中略)
(アレクサンドル大公は)まだそれほど背は高くないものの、既に肩幅が広く、胸板が厚くて筋肉質で、顔も身体付きも大変丸みを帯びていました。
↑ その一例。
彼らは兄弟で、基本的には食事の内容も同じですし、若い頃は主に座学中心の勉学に励むことに一日の大半を費やしていたはずなので、運動量も大差なかったはずです。
体型に関しては個人差が大きいとはいえ、それでそんなにも差が出るものでしょうか? と、長らく疑問でした。
その答えらしきものを、この間偶然発見しました。読んでみます。
Из сладкого в молодые годы Александр III предпочитал пастилу и фруктовый мусс, а также горячий шоколад в конце завтрака.
А вот качество шоколада, который готовили специально для него, царя часто не устраивало: «Не могу добиться, сказал он Зедделеру, чтобы мне подавали порядочный шоколад».甘い物に関しては、アレクサンドル3世は若い頃からパスチラとフルーツのムース、また昼食の後にホット・チョコレートを飲むのが好きだった。
しかし、皇帝の為に特別に用意されたチョコレートの品質は、度々彼の満足を得られなかった。「まともなチョコレートさえ飲めないのか」と、彼はゼッデレルに言った。"Двор Российских Императоров 2", Сергей Девятов, Игорь Зимин - 412p.(拙訳)
そう、昼食・夕食は一緒に摂っていても、朝食・間食・夜食はそれぞれ皆好きなものを食べていたようなのです。
パスチラというのはロシアの伝統的なお菓子で、本来はリンゴと砂糖或いはハチミツだけを使った、素朴な味わいの民衆の味方なのですが、皇家で食されていたのは豪華版で、最早ケーキ風であったようです。従って、ここではざっくり、アップルケーキのようなもの、という認識で宜しいかと思います。
↑ こちらも作りました! 皇家で食されていたのはもっと豪華版だとは思うけど……。
一方の我らがニコライ殿下は、朝はコーヒーとフルーツ(恐らく秋はリンゴ、それ以外はベリー類が多かったものと推測できます)で簡単に済ませていたようです。コンチネンタル・ブレックファストだ……。
また、昼食後はホット・チョコレートではなく、コーヒーと共にパイプ煙草を吹かすのを好んだので、この辺りに差が出たものと思われます。
アレクサンドル3世が立太子前から愛飲し、そのお腹を育てた「ホット・チョコレート」とは如何なるものでしょうか、見て参ります。
レシピ
皇家のレシピを探したのですけれども、意外とないんですね、これが。
というのも、皇家に仕えるような一流のシェフの料理本になってくると、シンプルな「ホット・チョコレート」なるものは全然なくて、「○○風チョコレート・ケーキ」とか、「✕✕を使ったチョコレート・ソース」とか、お洒落で手の込んだものばかりになってしまうのです。
特にロシア皇家では、メインのお料理やデザートを作る部署と、珈琲・紅茶・チョコレートなどの飲み物の部署は別れていたので、そもそも記録されていないものと思われます。
というわけで、前回の記事でもお世話になった、エレーナ・モロホヴェーツ女史の『若き主婦への贈り物(Подарок Молодым Хозяйкам)』を見てみることにします。
↑ 前回は、前述のニコライ殿下の先生も務めていたストロガノフ家と関わりがあると思われる「ビーフ・ストロガノフ」編です。
前回の記事でも触れたように、『若き主婦への贈り物』は中産階級の主婦向けの料理本なので、「皇帝の為に特別に用意された~」という文言への引っ掛かりはあるのですが、流石に基本的な部分に大きな違いはないでしょう。
また、モロホヴェーツの本を考えても、前回の「ビーフ・ストロガノフ」のように、彼女自身の考案ではなく、他からの借用らしきものが多いことも挙げられます。この本には他にも「皇帝風」と冠されたレシピも載っておりますので、皇家に提供された「ホット・チョコレート」に近いものであると信じましょう。
それに、今シリーズのコンセプトはあくまで「近代レシピ考証」ですので、仮に皇家とは縁遠くとも、近代のレシピ本を検討することは理念に沿っていると考えます。
それでは、モロホヴェーツのレシピを見てみます。1861年の初版から載っているものです。
Шоколад
チョコレート
Желтки растереть добела с сахаром, всыпать тертый шоколад, развести вскипяченным теплым молоком или сливками, поставить на плиту, бить метелкой, пока не погустеет, но не дать кипеть; когда пена поднимется, тотчас разлить в чашки, подавать.卵黄を砂糖と共に白くなるまで擦り潰し、粉にしたチョコレートを加え、沸騰させた牛乳或いは生クリームで希釈し、火に掛け、沸騰しないようにしながらとろりとするまで泡立てる。泡が浮いてきたら、直ぐに容器に注ぎ、給仕する。
Выдать на 6 человек: 3 желтка, 3 стакана молока или сливок.
3 обыкновенных куска сахара.
⅛-¼ фунта шоколада6人分の材料:卵黄3つ、牛乳或いは生クリーム3カップ。
角砂糖3個。
チョコレート 1/8 から 1/4 フント
Или другим манером: пропорция всего та же самая, но в холодное молоко или сливки всыпать сахар и тертый шоколад, поставить на плиту, беспрестанно мешая, пока молоко не закипит; ¼ стакана холодного еще молока разбить с 3 желтками, когда молоко закипит, влить эти желтки, шибко мешая метелкой, тотчас отставить кастрюлю и бить метелкой, пока шоколад не обратится в пену; разливать в чашки и подавать.別のやり方:文量は上記と同じだが、冷やした牛乳或いは生クリームに砂糖と粉にしたチョコレートを加え、火に掛け、沸騰させずに絶え間なく混ぜる。冷やした牛乳1/4カップに卵黄3つを割り入れ、牛乳が沸騰したら、卵黄を入れ、泡立て器で素早く混ぜ、直ぐに鍋を火から下ろし、チョコレートが泡にならない程度に泡立て器で混ぜ、容器に注ぎ、給仕する。
"Подарок Молодым Хозяйкам"(1861 г.), Елена Молоховец - 627p.(拙訳)
タイトルが「ホット・チョコレート」ではなく、単に「チョコレート(ロシア語読みでショコラード)」となっているところに、前述の「19世紀はチョコレートといえば飲み物であった」、というところが伺えますね。しかし、「チョコレート」を作るのに、材料が「チョコレート」とは、これ如何に。
レシピ自体はシンプルです。これなら簡単に誰でもできそう。
現代風・再現レシピ
というわけで、恒例の、行って参りましょう。今回は、レシピを殆どそのまま踏襲して作って参ります。
1. 用意するもの
【カップ1杯分(レシピだと2人分相当)】
・チョコレート - 50g。
・砂糖 - 3g。
・卵黄 - 1個。
・牛乳或いは生クリーム - 200 ml。
↑ チョコレート入れるのに、まだ砂糖を加えるんですか……?(戦慄)
今回は日本が誇る meiji 様のド定番、ミルクチョコレートを使用しました。固形がすぐに手に入る21世紀は凄い。
丁度50gですし、「甘い物が大好き」なアレクサンドル3世に肖りまして、甘めの選択です。
↑ 飾ったものより、このパッケージが一番カワイイと思う。素晴らしいカラーリング。
板チョコは普段あまり買わないので(前述のように一時期ハーシーの板チョコ食べてましたけど)、久々に一欠片食べたらシンプル・イズ・ベストの真実を思い知りました。つまり全くこれでよいのだ。もう全部そのまま食べたい。
しかし、どうせこんなにもミルクを加えるのだから、ビターにしておけばよかったかもしれない、と後になって思いました。最早ハイカカオ系でもいいかもしれません。
ビターチョコレートで挑戦した方がいらっしゃいましたら、味の感想を宜しくお願い致します。
ミルクですが、わたくしは今回、生クリーム100ml + 豆乳100mlで用意しております。折衷案。
豆乳は常温保存が利きますし、お料理での汎用性が高いので、茅野家では箱買いして常備しています。お勧めです。
2. 工程
卵黄と砂糖をボールにあけ、白っぽくなるまで混ぜます。
包丁でチョコレートを細かく砕き、そこに加えます。
沸騰させた牛乳又は生クリームを注ぎ、軽く混ぜた後、鍋に入れて、弱~中火で温めます。
とろみが増し、泡がぷつぷつ浮き始めたら、容器に注いで完成です。
↑ 鍋に入れた段階の図。
卵黄を白くなるまで泡立てるのは、結構根気がいるので、もしお持ちなら文明の利器・ハンドミキサーを使うのがお勧めです。また、その際にほんの少し牛乳を加えておくと混ぜやすいと思います。
チョコレートは、特に冬ですと硬くて大変ですので、これまた文明の利器・電子レンジ600Wで20秒ほど温めてから切ると、すっと刃が通るもののねちょねちょ感はなく、楽に粉状にできると思います。
3. 盛り付け
なんかいい感じのカップに注ぎます。
↑ カップ1杯にギリギリ全部入るか入らないかくらいの量です。
Приятного аппетита!
食レポ
脳の奥まで痺れるような、ダイレクトに伝わるカロリーの波。
いや、美味しいです。ホット・チョコレートで失敗するのは逆に難しいのではないでしょうか。
温かくて、とろっとしていて、甘くて、舌触りがよくて、……寒いロシアの冬に飲むには打って付けだと思います。
しかしながら、一口飲む毎にブラックコーヒー1杯飲める味です。
不思議なことに、最初の2, 3口は、「あれ、意外とふつうに飲めちゃう……美味しい……」なんです。
ところが、その数十秒後、激烈な甘さが舌と脳と食道を駆け巡ります。何と言うか、甘みを感じるのに少し時差があるのです。
一度その激烈な甘みにやられると、次に口を付けるのが怖くなる領域。割と冗談抜きに、一撃で糖尿病になりそうな味がする。
正直なところ、半分でギブアップしました……(※半分でも頑張った方だと思います。飲めばわかる)(残りは父に献上したのでフードロスは出しておりません)。
それでもお夕飯抜こうかなと思った……。
試算してみたのですが、仮にこれを全部生クリームで作った場合、1杯分のカロリーは1000kcalを越えます。 全てを牛乳で作っても、約500kcalにはなります。生クリームの脅威を胃で感じています。今。
これを……毎日、だと……。逆に拷問として機能しそうな気がするのですが。飲んだ後寝込みそう。
誤解のないようにもう一度申し上げたいのですが、美味しいです。ほんとに美味しいです。しかし一口、精々二口でいいです。充分です十二分です。一杯飲むのは厳しいです。
現代でこのレシピを使ってやるなら、ハイカカオ・チョコレート+豆乳とかでいいかもしれません。
また、皇家での提供スタイルを推測しつつ、シナモンやカルダモン等のスパイス類を加えると、殊更風味豊かとなって宜しいかと思われます。どうやら追加でホイップクリームなんかを乗せるのが可能性高そうなのですが、殊更カロリー爆弾になりますので、胃と相談してください。あんまりお勧めはしません。
今年のバレンタインデーは、150年近く昔に思いを馳せつつ、恋しい人の胃と脳を甘い刺激で痺れさせてみては如何でしょうか。
しかしその結果に関して、当ブログ「世界観警察」は責任を取りかねます。ご了承下さい。
最後に
通読ありがとうございました! 8000字です。
アレクサンドル3世は、時にはその体型を気にして、ダイエットをしようとしては失敗していたそうです。しかし、「ホット・チョコレート」だけは手放さなかったそうなので、その愛好っぷりが伺えます。
いやしかし、間違いなくそれが原因だと思うのですが……。「ホット・チョコレート」を抜くだけで大分ダイエット効果が期待できそうな気がするのですが!!
兄弟の体型の差は、正にこの飲み物にあったのかもしれません(勿論他にも色々な要因があるでしょうけれど)。
当然のように、チョコレートを用いたレシピは近代の料理本にも色々載っているので、機会があればそちらにも手を伸ばしてみたいと思います。
皆様はどのようなチョコレート菓子がお好みですか。
お料理後、この記事を書いているわけですが、現在、胃の奥底にチョコレートと生クリームが溜まっているのを感じます。せめてもの気持ちで、胃薬を飲んで筋トレでもしてこようかな……。
ということで、今回はここでお開きとさせて頂きます。今度は何か辛味か塩気があるものを作りたいところです。
それでは、次の記事でもお目に掛かれることを期待しまして、Happy Valentine's Day!