世界観警察

架空の世界を護るために

死者の人権を考える2 - 文献学編

 こんばんは、茅野です。

冬休みに入り、やりたいことを色々やるチャンスに恵まれたので、前々から書こうと思っていた翻訳を書いてみたり、積読を消費したりしています。楽しいですが、コロナ禍で人にあまり会えないので、それが生産性に影響を及ぼしています。人間、人と相対することは非常に重要なので……。卒論を提出したばかりなので(ちなみに19世紀フランスの作家ヴィリエ・ド・リラダンの長編戯曲『アクセル』という作品で書きました)、暫くインプットに専念しようとおもっていたのですが、対話の機会がないとこちらから発信をしたくなるもので、アウトプットも頑張ろうかなとおもっている今日この頃です。お付き合い宜しくお願いします。

 

 さて、今回は「死者の人権を考える」シリーズの第二弾。文献学を用いてこの問題にアプローチします。前回の記事はこちらから↓。

このシリーズ、問いが重すぎてどこまでリサーチしてどこまで書けば完結できるんだろう(遠い目)と思案しているのですが、特に歴史などに興味がある人にとっては避けては通れない問題なので、じっくり向き合っていこうと思っています。

それでは、今回もお付き合いの程宜しくお願い致します。

 

 

過去の実在を疑え

  始めに、恐ろしい問いを立てます。以下は19世紀フランスの詩人ステファヌ・マラルメが、同じく詩人であり親友であるヴィリエ・ド・リラダンが亡くなった際、追悼演説で述べた一節です。

véritablement, et dans le sens ordinaire, vécut-il?

本当に、彼は字義通りの意味で生きていたのでしょうか?

        (ステファヌ・マラルメヴィリエ・ド・リラダン』)

 「何を言っているんだ」、と鼻で笑われるかもしれませんが、よく考えると背筋が寒くなってきませんか。 "本当に、彼は字義通りの意味で生きていたのでしょうか?" ――――。

 現代であれば、写真や動画などで安価に、大量に記録を残せますから、こんな問いが頭を掠める機会も少ないのかもしれません。しかし、もっと昔、中世や古代まで遡ったらどうでしょう。少なくとも、我々は面識がない相手ですし、実在を証明することが可能でしょうか。聖徳太子シェイクスピアは実在しなかったのではないか、なんて議論が何度も持ち上がっていることはご承知かと存じます。

 マラルメが生きた19世紀はもう写真もありますし、ヴィリエ自身作家であり、作品を多く書き残していますから、謂わば「生きた証明」のようなものは沢山残っていたはずです。それに、彼はヴィリエの友人でもあって、当然生前交流もあります。であるにも関わらず、このような問いが生まれることは異常だとお考えになりますか。果たして、そうかもしれません。しかし、どこか一方で、共感できないでしょうか。全ては自分の妄想ではないのか。全ては錯覚ではないのか。或いは、人類が共通して見た白昼夢……? ましてや、面識がないとくれば尚更……。

 果たして、「過去」は実在するのか? 当記事では、この疑問から出発しましょう。

 

未來を生きるために

  尤も、マラルメのこの言説には含みがあり、ヴィリエという人物が「夢」と「現実」に対する奇抜な思想の持ち主であったことから出た言葉ではあります。ヴィリエは、遺作『アクセル』のなかで、主人公にこのような台詞を言わせています。

 … Que sommes-nous, même dans le passé ? tel rêve de notre désir. 

……我々の過去になにがあるって? 過去なんて、我々の願望が形作る夢のようなものだ。

              (ヴィリエ・ド・リラダン『アクセル』)

この台詞は、先程のマラルメの演説にも引用されている一節です。このように、勿論留保付きではありますが(その点についてはここでは深入りしませんが)、ヴィリエ自身「過去」の存在に懐疑的であったことが伺えます。

 

 では、どのように「過去」を証明しましょうか。ヴィリエが言うには、未来を生きる術はテクストにあります。だからこそ、彼は作家なのです。 作品の存在そのものが、過去の実在の証明に繋がるというわけです(ちなみに、哲学の分野では「過去の実在」についてまた別のアプローチを行っています。ここでは、ヴィリエ及びマラルメの意見としてご紹介しているに過ぎません。哲学からのアプローチも面白いので、ご興味があれば後記「参考文献」に挙げた資料などを読んでみて下さい)。

 

 テクストは、何も文学作品には限られません。前記事で触れた、日記や書簡もテクストに当て嵌まります。先日、ひょんなことから知ったのですが、例えば、ロシア音楽研究者の梅津 紀雄氏によれば、ロシア音楽に於いて日記・書簡などのテクストを用いた研究が行われたのはピョートル・イリイチ・チャイコフスキーについてで、発起人は弟モデストなのだそう。わたしはチャイコフスキーのオペラ『エヴゲーニー・オネーギン』の大ファンなので、まさかここで繋がるとは……と運命を感じています。

 このように、日記・書簡などのテクストも研究の対象になります。つまり、議題である「死者」は文学者に限らず、それこそ音楽家であったり、公人、政治家、勿論一般的な市民をも当て嵌めることができるわけです。

 

 現代では、文字媒体の資料: テクストのみならず、画像・録音・映像なども問題になるでしょう。当該分野への研究ははじまったばかりです。これらについて考えるのも実に魅力的ですが、次節ではまず、先行研究の豊富なテクスト批判・分析を主眼に考えてみたいとおもいます。

 

過去を「確定」させる

 この世界に残された我々に与えられた仕事は、「過去を確定させる」という作業です。これが実に厄介な代物。この問題は既に一つの学問領域を築いており、それが文献学の一部、というわけです。

 

 馴染みがない方には、一見簡単なことのように映るかもしれません。テクストを収拾し、編纂する、それだけでしょ? ……しかしそうは問屋が卸しません。どのようにテクストを「確定」させるのか。長い文献学の歴史を簡単におさらいしてみましょう。

 

完成形という幻想

 過去を「確定」させる作業が難しい、これがどういうことなのかと疑問に思われた方はまずこう考えたはずです。「絶対的に正しい、一なるテクストが存在する」と。果たしてほんとうにそうでしょうか?

 

 確かに、校訂作業では、原型に最も近いものを作らなければならないという使命から、この考えに沿ってアプローチされることが多いです。特に、古代、中世などの古いテクストに関してはそうです。「ラハマン校訂法」は、中でもこの考えに忠実です。乱暴な言い方をすれば、ラハマン校訂法は、「一なるテクスト」の実在を信じた校訂法と言えます。ごく簡単に言えば、様々な写本を見比べたとき、① 共通点から元となる親写本を見極め、② 親写本に絞って検討し、③ そこから数の利に従って「正しい」テクストを見定め、④ それを「正しいもの」として取り、ヴァリアント(異文)に関しては価値を見出さない とする考え方及び手法です。

 

 しかし、これに対して批判が出ます。その急先鋒がフランスの校訂者ジョゼフ・ベディエです。彼が編み出した「ベディエ校訂法」では、精査した写本をベースに、優れたヴァリアント(異文)も記載するという方法を採りました。ヴァリアントを記載することによって「揺れ」の存在を提示することがテクスト批判の門戸を広げ、文献学の発展に貢献しました。この二つの校訂法は、現在に至るまでも改良を重ねながら発展し、中世文学の主要な校訂法となりました。

 

 ベディエ法では、場合によってヴァリアントの記載を行うことが求められました。これが意味することとはなにか。それは、「絶対的に正しい、一なるテクストが存在する」という考えの否定です。

 たとえば、このブログが良い例です。わたしは目が節穴なので、頻繁に誤字脱字・誤変換をしたまま投稿してしまいますし、後から編集して表現を改めたり、加筆したりすることがよくあります。この時点で、「一なるテクスト」が存在していないことがお分かり頂けるかとおもいます。勿論、「どちらが正しい」ということもありません。仮にこのブログを対象とするならば、誤字脱字塗れの初稿も、訂正後の原稿も、同じくわたしが書いたテクストということになります。

 

 先にご紹介した二つの校訂法は、主に中世文学を対象とした方法です。では、対象が近現代である場合には、如何でしょうか。これらでは、原テクストの入手が比較的容易です。これ自体はよいことですが、そのことによって「どこまでをテクストとして研究の対象と定めるか」の境界が不明確になりました。そして前述のような、日記や書簡を対象とする動きが出てきます。又、その集積された膨大なテクストをどのように纏めるか、これも大問題です。やりようによっては、前回の記事で解説した「同一性保持権」に接触する可能性が出てきます。そうですね、近現代では、著作権の概念が生まれ、発達し、法整備されたということも関わってくるでしょう。特に、メモ書きのような遺稿はどうするか? 全集にはどこまでを含めるべきか? どのような順番で纏めるか? 書かれた時期がわからないものは? ……ここに、原著者ではない、残された編者の解釈、恣意性、手入れが発生するわけです。

 

 根拠とするテクストそのものが間違っていた、という事態になった際、何が起こるかは説明不要でしょう。故人の意見はねじ曲げられ、誤った情報が流布し、収拾不可能になります。意図せずとも、まさしく「フェイクニュース」を垂れ流してしまうことと変わりません。だからこそ、校訂者は常に研鑽を積んだプロフェッショナルの研究者、或いは、親族や親しい友人などの身近な人が行うこととされてきたのです。勿論、彼らだって常に正しい解を導けるとは限りませんが、素人衆が行うよりも何十倍何百倍も良いという話でしょう。

 

意図を探る旅

 別人が著作物を編纂する必要に駆られたとき、大半の人は「著者の意図に沿ってことを運びたい」と願うはずですし、多くの場合、そうあるべきです。しかし、今回の議題に沿えば、その「意図」を伺う術はありません。では、どうするか?

 

 もし「こうして欲しい」と何かを書き残している場合には、それに従えばよいです。しかし必ずしもそういった文書があるとは限りませんし、その指示に「嘘」の存在がちらつくとき、我々の手は停止することでしょう。たとえば、20世紀などの場合は特に、公開や検閲の問題について政権に脅されているとか、晩年の著者が精神異常に犯されていて何が本心なのかわからない……などの場合です。この場合、「意図」を探ることは非常に困難になります。

 

 最近の文学研究では、手書きの草稿などをそのままプリントアウトするなどして、なるべく「編者の余計な手を加えない」という選択が取られています。しかし、そもそも草稿や書簡など、公開すること自体に問題はないのかという話でもありますし、この方法についても批判は存在します。万人の納得する最適解というものは未だ存在していないのです。

 

 又、このインターネット社会に発展してからは、容易になった点と困難になった点どちらも存在します。テクストの収拾は確かに容易になりました。パソコンなどを用いれば、膨大な情報を集積し、瞬時にアクセスすることが可能です。一方、前述のブログの例にもあるように、書き換えや削除が容易になったことが混乱も生んでいます。ウェイバックマシンなどを用いれば、ある程度遡ることはできますが、限度があります。

 更には、最近ではGoogleが2年利用がないGmailのデータを削除すると決定するなど、データ保存の面でも不安が残ります。

データをクラウド上に保存しておけば安心!……というわけでもないのです。

 

 「意図」を探る旅は、共同著作物については更に困難を極めます。それが文書の場合、「どこを誰が書いたのか」を見分けるのは多くの場合難しいと考えられます。映画表現の場合、どこまでが監督の意図で、どこまでが美術の意図で、どこまでが演者の意図なのか。音楽の場合、どこまでが作曲者の意図で、どこまでが指揮者の意図で、どこまでが演奏者の意図なのか。ここまで来ると、「一人の意志」と切り離して考えることはほぼ不可能になります。しかし、共同著作物の製作者が常にコンセンサスを取れているとは限りません。

 

 「意図」はどこにあるのか。もしかしたらそんなものないのかもしれません。それもまた哲学的な問いになってしまいますが……。不明確な「意図」について、どのようにアプローチを図ればよいのか。これは非常に難しい問題です。

 「意図」が明確に伝わっていても、この商業主義世界は恐ろしいもので、需要があったり、ビジネスに繋がりそうだと、直ちにこの「意図」は揉み消され、侵害されます。わたしは強い憤りを感じています。だからこそ、この問題を常に意識して、議論の俎上に上げておくことで、透明性を担保し、あらゆる人がこの問題について思考し、討議できるようにしておかねばなりません。結論が出ていないからといって、いやだからこそ、逃げることは許されないとわたしは考えます。我々にできる最初の一歩とは、そこなのではないでしょうか。

 

終わりに

  通読ありがとうございました。6000字弱。

「考える」シリーズは、学術的なトピックについて書くことになるので、緊張感があります。とても楽しいのですが、その分体力使いますね……。

 答えの出ない問いに一所懸命に体当たりする、それこそが考察の醍醐味だとわたしは考えています。今回の議題の場合、法整備などによって改善の余地があることも重要ですね。切実な問題であると同時に、興味深い議題でもあります。まだまだ考えなければならない切り口が沢山あるので、引き続き同議題で書いていきたいとおもっております。お付き合いの程宜しくお願い致します。

 それでは、一旦お開きとさせて頂きます。ありがとうございました!

 

参考文献

 参考文献はこちらから。 

Roland Barthes: La mort de l'auteur
松原 秀一: フランス中世文学の写本と校訂法

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米澤 克夫: ウィトゲンシュタイン哲学の展開における記憶論の意義(1)

↑哲学からのアプローチをしたい方にはこちらなどがオススメです。