こんばんは、茅野です。
最近は映画を観たら、何だかんだでレビュー記事を必ず書かなくてはならないことになっているような気がします。ブログ書きとしては良いことかもしれません。
さて、というわけで今回は映画のレビューと軽く考察を。年始、我ながら大変珍しくディズニー映画『モアナと伝説の海』を鑑賞し、アカデミック寄りの考察を書いてみました。
↑ こちらからどうぞ。
まさかのディズニー映画に始まりディズニー映画に終わる2021年。同記事でもお世話になった友人 Jamila に連れられて、今回は新作『ミラベルと魔法だらけの家』を鑑賞しました。従って、今回は同作について書きたいと思います。
国際政治研究をやっておりましたが、原則わたくしは中東が担当で、南米は全くご縁がなかったので、リサーチを走れて楽しかったです。
それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!
キャスト
ミラベル:ステファニー・ベアトリス / 斎藤瑠希
アルマ:マリア・セシリア・ボテロ / 中尾ミエ
イサベラ:ダイアン・ゲレロ / 平野綾
ルイーサ:ジェシカ・ダロウ / ゆめっち
ペパ:カロリーナ・ガイタン / 藤田朋子
フェリックス:マウロ・カスティージョ / 勝矢
ドロレス:アダッサ / 大平あひる
アントニオ:ラヴィ・キャボット=コニャーズ / 木村新汰
マリアーノ:マルーマ / 武内駿輔
総評
作品毎の好き嫌いは分かれれど、概ね外れない大手ディズニー映画。最新の映像美と、老若男女、世界中の人に受け入れやすいストーリーで大衆の心を掴みます。
今作『ミラベル』も、勿論その一つ。わたくしのように事前情報ゼロで鑑賞に出掛けても、満足と共に帰宅できることでしょう。
『モアナ』などの系譜に連なり、本社のあるアメリカなど多くの人々にとっては異文化にあたる地域を取り上げる『ミラベル』。コロンビアを舞台とし、ラテンの陽気な音楽に踊り、カラフルな街並みや服装、多様な動植物、トウモロコシを中心とした食文化など、南米を代表する様々な事項が取り上げられています。
一方で、プラスの側面のみならず、マイナスな側面も描かれます。保守的な旧世代、家長制と、多様性溢るる家族。しかしその多様性、個性とはなにか? という問題を主題に取ります。特別な才能(ギフト)がないと立派な人間として認めて貰えないのか? という疑問は、SNS の普及により、著名人や優秀な人の活躍を目にしやすくなった近年に特に顕著な若年層の悩みです。
従来のプリンセス・シリーズのように、生まれながらにして「持つ者」であるお姫様ではなく、敢えてヒロインを「持たざる者」の側に立たせることにより、共感を狙ったのでしょう。現代のニーズを汲み取った主題選びだと言えそうです。
『ミラベル』は、このような、どちらかというと小学校高学年以上の子供が悩むような問題を主題に取っていることもあり、従来のディズニー映画よりほんの少し対象年齢が上がった印象を受けます。後述しますが、紛争、明確な殺人の描写までありますし、少し方向転換を狙ったかと推測されます。ただ美しく円満なまま幕を下ろす時代は終わろうとしているのかもしれません。
ミラベルに魔法(ギフト)がない、という時点で正直結末はほぼ読めますが、起承転結がハッキリしており、後味もよく、娯楽映画としての条件を満たしており、休日にフラッと観るとすっきりとリフレッシュできる作品と言えそうです。
また、ラテンが舞台ということで、ミュージカル映画の本領を発揮。音楽が良く、陽気なリズムには中毒になりそうです。
ディズニー映画のレビューなど五億とあることでしょうから、レビューはこれくらいにして、作中の事項について少しずつ掘り下げてみましょう。
題の話
完全にミリしら状態で鑑賞しましたが、物語の舞台となる地名、及び映画の原題は『Encanto(エンカント)』。もしかして……、英単語の Enchant(魅了する、魔法にかける)のスペイン語版でしょうか! 物語の内容にも合致します。
どうでもいいですが、わたしはいつも Bel Canto(ベル・カント / 「美しい歌」の意)に空耳してしまいました……(オペラ用語。特定のオペラや唱法を表す)。
まあ、実際、ミュージカル映画なので、歌は歌いますけれども。もしかしたら、掛けている可能性もありますね。主人公一家の苗字「マドリガル」も音楽の形態の一種を指す言葉ですし、可能性は低くなさそうです。
↑ マドリガルの例。中世の作曲家カルロ・ジェズアルドの作品です。
舞台について
物語の舞台は南米、コロンビア。作中の歌の歌詞にもしっかり登場します。
↑ ド初っぱなから「コロンビア――!!(絶叫)」です。
一方で、コロンビアのどこなのか、いつの話なのか、ということは全くわかりません。特に後者は、「魔法」という超自然的なものが登場することも相俟って全くわかりません。少なくとも、コロンビア共和国が成立しているということで、1819年のシモン・ボリバルによる独立より後でしょう。ボリバルによる独立運動の話は、わたくしが愛好しているロシアの韻文小説『エヴゲーニー・オネーギン』にも登場します。
最近では、2016年に内戦の終結が為され(革命軍との和平)、話題になりました。コロンビア内戦については、千代勇一先生の論述が簡潔に纏まっているので、一読をお勧めします(コロンビア革命軍との和平合意の背景とインパクト)。
尤も、作中での争いは、武器は剣、移動手段は馬にロバなので、もっと時代を遡る必要があるかもしれません。それにしても、ディズニー映画で不可逆的で明確な殺人の描写があったのって、もしかして初でしょうか? ディズニー映画自体あまり観ないのでわかりませんが、両手を挙げて降伏している人に対して剣を降ろすという直接的な描写をしてもいいんだ……と、結構驚きました。
時代が特定できないが故、統治形態も謎に満ちています。山に囲まれている分、中央政府から把握されているのかということすら謎。中央政府の管理やインフラが通っていないからこそ、マドリガル家の魔法が必要とされたのだ、と捉えることもできます。そうなれば、ミラベルの祖母アルマを長とした小集落と捉えるのがよいのでしょうか。
一方で、教会があり神父がいるということは、教区制の枠組み内に入っていると推測できます。祖父ペドロの名からも、キリスト教が浸透していることがわかりますね。
集落エンカントは、自然の要塞、山に囲まれた町です。実際、アンデス山脈は西部コロンビアを貫いています。
↑ 雄大の一言尽きます。
↑ コロンビアの高低差を示す地図。
最後、エンカントを囲んでいた山の頂が二つに割れますが、ゲームファンとしては『JOURNEY(風ノ旅ビト)』を想起してしまいますね。
↑ 『JOURNEY』の旅の最終目的地たる山の頂は真っ二つに割れています。
閑話休題。実際にコロンビアにはインフラも整わないような山奥の小集落が点在するようです。昨今のコロナ禍に於いては、そのことが更に問題視されています。
ディズニーのような影響力の強いカンパニーが、このようなソフト・パワーを用いて間接的にも世界に現状を発信してゆくというのは大切なことであると思います。
また、ブルーノの部屋の遺跡然とした場所のモデルは、サン・アグスティンの遺跡群がモデルでしょうか。
↑ 紀元前500年頃から続く文明を示します。
植物と食文化
ミラベルの姉イサベラが花を咲かすことができる能力を持つことから、多くの植物が登場する同映画。薔薇(ローズ)、ブドウ、サボテンなどはともかく、ジャカランダはあまり耳にする機会の無い植物なのではないでしょうか。
そう思って調べてみたところ、同映画でも頻繁に登場した紫色の花のようです。
↑ 並木になっているとこれまた壮麗。
分布を確認してみると、隣国アルゼンチンやブラジル原産で、コロンビアも分布域内に含まれるようです。
ミラベルの母フリエッタは料理で人を癒やしますが、出て来るのは勿論コロンビア料理。
作中でよく食べられていたおやきのようなものは、恐らくアレパ(Arepa)でしょう。
↑ こちらはチーズ入り。美味しそう~!
南米ということで、トウモロコシの粉で焼くそうです。
クレジットロールでは、沢山の料理が登場します。特徴的なトウモロコシの入ったスープはサンコーチョ(Sancocho)でしょうか。
↑ 芋や鶏肉を入れる澄んだスープ。身体によさそう。
三人組の少年少女を中心に、コーヒーも登場。コロンビアコーヒー、有名ですからね! 作中では、興奮剤としての役割を果たしていました。
ついでなので、コロンビア大使館御用達というコロンビア産コーヒーをご紹介。これを機に、映画を観ながら一杯、如何でしょうか。
他にも、ドラゴンフルーツやパパイヤ、バナナなどのフルーツ、穀物ではお米なども登場していました。日本に住んでいるとそこまで南米料理は食べる機会がないので、是非挑戦してみたいところです。
蝶の特定
物語で重要なアクターの一つになっているものが「蝶」。どのような種なのか少し考えてみます。
まずはポスターになっているものから。
こちらのモデルはペレイデスモルフォ(Morpho peleides)でしょう。
↑ 美しい青と、縁取りの黒に白い斑点という特徴が合致。
↑ ポスターにも少し映っている裏側。下部の三連の「目玉」の特徴も合致。
分布図を確認しても、コロンビアはしっかり域内です。
次に、作中で重要な役割を果たす黄金の蝶ですが、こちらはオオカバマダラ(Monarch butterfly)でしょうか。
↑ 上部の三つの「部屋」と、端の縁取りから推測。
分布的にも問題ありません。
コロンビアではありませんが、隣国メキシコは死者に纏わる伝承が多いことで知られます。同じく分布域内にあるメキシコでは、このオオカバマダラを「死者の精霊」と捉え、家族の元に魂を返す役割を持つ、と信じられているようです。
これを物語に照らし合わせて考えれば、ミラベルに蝶(オオカバマダラ)を見つけよ、という予言が下ったのは即ち、祖父ペドロの魂(家族を大切にせよという願い)を見つけよ、という意味であると捉えることができそうです。
蝶と魂を結びつける考えは作中には示されないので、大分前提知識と教養が求められそうな気が致しますが……。作中では、魔法は蝋燭に宿るのに、それが何故蝶に繋がるのか、という点について明かされません。リサーチして、漸く一応の納得を得ました。
それにしても、黄金の蝶と魔法が結びつくのは、個人的には『うみねこのなく頃に』を想起してしまいますが、世界共通だったのですね。初出がどこなのか気になるところですが、そのリサーチを詰めるのは相当骨が折れそうです。
最後に
通読お疲れ様で御座いました! 5000字ほどです。
一回しか観ていないので、観直せば他にも色々発見がありそうですね。
今までディズニー映画は全くご縁がなかったのですが、このように地域色のつよい作品はリサーチを走っていて楽しいので、ディズニーにはこれからも同系譜で突き進んで欲しいですね!
どうだろう、今度はそろそろアジア辺り来るでしょうか。国家問題に発展してしまうような、センシティヴすぎる問題を避けつつも、現代に即したテーマを見つけるというのは容易ではなさそうです。
わたくしはアラビア語を少し勉強していたのですが、ディズニー映画『アラジン』は舞台となるバグダッドへの理解が乏しく、アラブ、ペルシア、トルコの人々からは歓迎されなかったと聞いています。グローバル化が進んだ現代に於いてはそのような事態は起こりづらいかとは思いますが、文化盗用の問題などもありますし、現地の人からも歓迎される作品に仕上がることを望むばかりです。
それでは今回はお開きにしたいと思います。また別記事でお目にかかれれば幸いです。