こんばんは、茅野です。
今回はラトランド・ボートンのオペラ『不滅の時間』の歌詞翻訳の続きです。
初回、第1幕 第1場はここから↓
1幕 2場は短めです。それではお付き合いお願いします。
第2場
―――農夫マヌスと彼の妻マイヴの小屋。奥にエーディンが荒れ狂う嵐から身を守るために座っている。夜。
マヌス:
今夜来た男には見覚えがあるぞ
前に見たことがある
メイヴ:
しっ 静かにして 言葉に注意しなさいよ
誰が行き来するか、あたしらが知るものですか
あんた、金の欠片を3つ持っていたね
マヌス:
ああ、取ってあるよ
金はいい 常に変わらず金だからね
メイヴ:
幾ら貧しくても、あの娘に分けてやらなきゃね
そうさね、歓迎しようじゃない 他に誰が来ようともね
必要なのは食べ物か飲み物なのか、訊いてきな
それから……
マヌス:
はい、はい、静かにだな、わかってら
おっと! 雨が降ってきたみたいだ
(エーディンは立ち上がり、出入り口に行って獣皮を引いた。震えながらそれを反対にぐいと押し、戻ってくる)
エーディン:
ついさっきまでは美しく、風もなかったのに
今では丘の風は呻き、夜は苦い雨の涙で満たされている
優しいお二人は、前にも静寂の夜が嵐に取って変わられるのを見たことありますか?
マヌス:
誰が風の行き先を知っていよう?
誰が雨の行き先を知っていよう?
メイヴ:
自然はあたしらよりもずっと偉大なんですよ
長生きで、何でも知っているのさ
風と雨は、灰の羽根と盲いた瞳さ
エーディン:
だれ? だれなのですか?
マヌス:
あの女は風と雨について話しているのさ
盲いた瞳、誰も見たことのない恐ろしい者
我らの聞くその声こそは
灰の羽根、追っては追われの淡い恋
エーディン:
でも、たまには……たまには……
教えて、夕暮れや月明かりの下で、甘い声や繊細な音楽を聞いたことはないのですか?
人々がシーと呼ぶ、美しく気高い者の通り道を見たことはありません?
マヌス: (突然立ち上がって)
そんなことは話しておらん
(角笛の音が聞こえる)
メイヴ:
聞いたかい! 二回目だよ!
エオヒド: (外で)
開けてくれ! 善き民よ!
マヌス:
開けるような扉なんかありませんや
柱からその獣皮を押し返してください
エオヒド:
善き民よ 挨拶をさせてください
(彼はエーディンに気付き、お辞儀をして近くへ寄るが、その間目線はずっと彼女から離れない)
お嬢様!
エーディン:
火の近くにいらした方がいいわ
激しい雨風で身体が冷えたでしょう
マヌス、メイヴ:
お客人は濡れていない、最早雨は一滴も落ちてこない!
メイヴ:
旦那様、勇者様!
あたしらを哀れんでくださいまし
マヌス:
旦那様、あなたさまは大歓迎でさ
儂はマヌス、そいでこの哀れな女がメイヴ、子供がおらんのです
それからここで今夜匿っておるこのお嬢さんはこの地の偉大な女性
名はエーディン
メイヴ:
旦那様、あなた様がもし名もなき者
高貴な名もなき者であるならば
どうかあたしらを悪く思わないでくだされ
エオヒド:
善き民よ、勿論だとも
わたしはきみたちと違う粘土で創られてはいないよ
わたしは人間の男だ
今夜、ここで夜を明かしてもよいかな
明日には出ていこう
マヌス:
大歓迎です、旦那様
エオヒド:
あなたもです、エーディン
わたしがここにいるのは構わないでしょうか?
エーディン:
どうしていけないなんてことがありましょう?
(マヌスとメイヴは影の中へ去り、暖炉の火が弱まる)
エオヒド:
何故夢はわたしをここへ導いたのか ようやくわかりました
ここ何年も、星のような瞳がわたしを導いてきました
ここ何年も、あなたの頬に宿る月明かりのような愛は、わたしの怠惰な波を動かす風となっていました
僭越な物言いを許して下さい
わたしは狂っているわけではないのです
わたしは王 堂々たる王なのです
わたしはアルド・リー※1 アイレ※2のアルド・リーなのです (訳注1: 大王)(訳注2: 地名。現在のアイルランド)
エーディン:
それで…… お名前はなんですの、公正なる王様?
エオヒド:
エオヒド・アイレムです
エーディン:
わたくしはエーディンと呼ばれています 王家の娘です
けれど、それ以上のことは申し上げられません
わたくしの心は奇妙な忘却の雲に覆われています
唯一覚えているのは、わたくしの家族によって
沈黙の鎖を嵌められているということだけです
どのようにしてここへ来たのか 何の為に?
そして何故ここへ留まるのか
わたくしにはわからないのです
エオヒド:
ほんとうに 今やわたしは全てを理解しました
エーディン、愛しい人よ、わたしの夢は現実となりました
わたしは何日も、何ヶ月も、何年も、夢でこの淡く青白いお顔を見てきました
最後には、美の魔法がわたしの時間を支配してしまいました
わたしの王国なぞ、今や砂ほどの価値もありません
それは北や西や東に撒き散らす風を待っているだけの
既に黄色くなった八月の葉で建てられた宮殿のようなもの
忘れてしまいました、ひとは何を愛し、保持するのか
くれてやりましょう、わたしの王国なぞ カラスの群れに
踏みにじられた砂漠の牝鹿に 唸る狐に
わたしには考えも、夢も、希望もありません しかしあなただけが
あなたをわたしのものと呼び ここから連れ出すことができるならば
我が女王様
エーディン:
わたくしも同じです わたくしも無秩序な風の息に舞い上げられています
わたくしの主君、そして王様
わたくしも同じです わたくしの心は火で照らされ
わたくしの心を満たし あなた様の中の炎に引き上げられて
そして一つになるのです
エオヒド、エーディン:
苦しい年月は、今やこの世界には存在しない……
エオヒド:
誰が笑ったのだ?
マヌス: (不機嫌に)
誰も笑ってはおらなんだ
エオヒド:
あの嘲笑は何を意味するのだ
メイヴ:
灰の羽根と盲いた瞳ですよ
エーディン:
誰も笑ってはおりませんよ きっと梟の鳴き声でしょう
愛しい王様、座って下さいませ わたくし、疲れましたわ
(エオヒドはエーディンに傅く。農民達は眠っている。暗闇が支配している。エーディンの瞳に奇妙な視線が映る)
エオヒド:
エレイン※、我が愛よ! (訳注: エーディンの誤植と思われるが、一応そのまま訳出)
(遠方から音が聞こえてくるように、エーディンは闇に染まっていく)
姿なき声:
斯くも美しきか、丘の王たちよ この空虚な丘の中で
花綻ぶかんばせ、吐息は露覆うクローバーに満ちた夏の草原を吹き抜ける風
四肢は月光よりも白く 三月の風よりも機敏に動く
かの笑み、喜び、恐れ
かの槍が揺れ、輝くとき、不朽の葦は震え出す
to be continued...