世界観警察

架空の世界を護るために

巡礼者エルドリッチの聖痕 - DARK SOULS考察

 こんばんは、茅野です。

丸四年間ゲームに触れなかったせいでダクソ3の記憶は全てロストした……と言いつつ結局考察記事を書いてしまう元考察勢の悲しき性。哀れだよ、全裸に向かうローガンのようだ……。

sylphes.hatenablog.com

↑記憶ロストの詳細はここから

 今回は復帰戦、リハビリがてら……ということで、お手柔らかにしてください。ガバガバだったら指摘してくれ。

 

ダクソ関連の記事はここから↓

sylphes.hatenablog.com

 

 今回は、考察勢がすぐに題材に取り上げることでお馴染みの大人気考察テーマ、深みの聖者エルドリッチについて、関連性の疑われるフィリップ・K・ディックの『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』を読み解きながら考えていきます。それでは宜しくお願い致します。

 

 

パーマー・エルドリッチの三つの聖痕

 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『高い城の男』などでお馴染みのSF作家、フィリップ・K・ディックに、『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』という長編SF小説が存在します。

「まあ、タイトルにガッツリ "エルドリッチ" って入っちゃってるし……」という至極単純な理由で四年前に読みました(※↑の記事に詳しいですが、筆者が考察勢として活動していたのは四年前の話です)。当時そのまま文章化すればよかったものを、まあ愚かなので怠りましたね。二度手間。そういうわけで今回は、こちらをガッツリ再読&精読したので、今度こそ文章化するに至ったわけです。大変お待たせしました。

 さて、この『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』(以下『聖痕』)が、『DARK SOULS III』の深みの聖者エルドリッチとどれほどの関係があるのか、という話が今回の記事の主題なのですが、先に結論を申し上げておくと、わたしは制作陣はこれを読み、参考にしただろう、とおもいます。ソウルシリーズの世界構築では、かなり多様なものを組み合わせているので、エルドリッチの元ネタが『聖痕』一つということはないと確信していますが、一方で大いにエッセンスは感じることが出来ます

 ところで、この『聖痕』、とんでもない傑作であります。もうダクソとか関係なくシンプルに面白い。『聖痕』自体の考察がしたい、というくらい奥深い世界で、物凄くハマりましたね。小説としての完成度が物凄く高い。アシッド・ノベルの金字塔。個人的に一番好きなSF小説と言っても良いかもしれません。

当記事では、『聖痕』の重大なネタバレを含みますので、未読の方は先に読むことを強くオススメします。こんな出来損ないの記事を読むよりも前に、あの感動を是非とも味わって頂きたい。酔えますよ、冗談抜きに。ドラッグは、読む時代に。

 

『聖痕』のあらすじ

 地球より遙か彼方、プロキシマ星系から実業家パーマー・エルドリッチが太陽系に帰還した。恐るべき幻覚剤、Chew-Z を携えて―――。P・Pレイアウト社(Perky Pat Layouts)は、Can-D という幻覚剤を販売し、ドラッグ市場を独占する大企業。社長のレオ・ビュレロと予知能力者で流行予測コンサルタントとして勤務するバーニー・メイヤスンは、この Chew-Z との競合に対処しなければならなくなった。レオは会って話をしようとパーマーの元へ乗り込むが、逆に捕らえられ、 Chew-Z を打ち込まれてしまう。Chew-Z で視る幻覚は実にリアルなもので、レオは現実と幻覚の境目がわからなくなってしまう。命辛々脱出し、社に戻ったレオは、バーニーが己を助けてくれなかったことを責め、彼をクビにする。バーニーは、予知能力でレオを助けに行くと己が絶命するという未來を見てしまい、動くことができなかったのだ。出世への野心が強く、仕事一本で生きてきたバーニーは、失意の中、身売りするかのように苛酷な火星の植民地開拓に志願する。レオはそんな彼にチャンスを、ビジネスを持ちかける。「火星で Chew-Z を使え。そしてその有害性を己の身体を持って証明し、Chew-Z を市場から追い出すんだ。そうすれば、きみを火星から脱出させてやる」。

 火星に到着したバーニーは、レオの指示通りパーマーから Chew-Z を購入し内服した。それは地獄の始まりだった。幻覚から醒めたと思ってもそれはまだ幻覚で……と、幻覚の世界はどこまでも追いかけてくる。それが幻覚であるという証に、目の前の人間達は皆、パーマーの身体的特徴、義眼・義歯・義手を装着した姿になっていた。それこそが、パーマー・エルドリッチである証、"三つの聖痕"だった。パーマーは Chew-Z をしゃぶった人間の幻覚の世界に自由に干渉出来るのだった。そして、幻覚から完全に醒めたと感じたとき、レオもバーニーも気が付く。己が義眼・義歯・義手をしているということに……。人類は、パーマー・エルドリッチと一つになった。[完]

 

 『聖痕』は文庫本400ページ弱の小説なのですが、物語展開のスピードが速く、非常に濃厚なので、短く纏めるのに神経使いました。今回書かせて頂いたのはほんとうにメインとなるストーリーラインだけで、バーニーの恋愛や火星での生活など、サブストーリーもどれも大変に面白いです。個人的には、バーニー・メイヤスンに結構感情移入したりして、お気に入りのキャラクターだったりします。

 ガッツリとオチのネタバレを書いてしまいましたが、それでも尚『聖痕』は楽しめるとおもいます。夢か現か全くわからない不安定さ、クセになります。文字通り、 "読むドラッグ" 。ほんとうに面白くて大好きなので、是非読んで頂きたい。まだ間に合う。

 

"気味の悪い巡礼者"エルドリッチ

 さて、では『聖痕』と『DARK SOULS』 シリーズを絡めて考えていきましょう。

まず、一目瞭然な共通点として、名前が挙げられますね。ここからはじめましょうか。

 「パーマー・エルドリッチ」は英語で Palmer Eldritch と書きます。この Eldritch は英単語から来ていて、「不可思議な」「この世の物とは思われない」「気味の悪い」と言った意味になります。いやもう、正にという感じ。

 Eldritch というと、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが思い浮かぶ方が多いのではないかとおもいます。宮崎英高氏自身がラヴクラフト神話のファンであることを公言していることは有名ですし、こちらもベースの一つとなっていると考えられます。プレイヤーの間でもファンが多いので、ラヴクラフト神話と絡めた考察は彼らにお任せすることとして、どこまでもひねくれ者のわたくしは、ここで余り攻める人のいないディックを攻めたいとおもいます。

 尚、英語版の「神喰らいのエルドリッチ」のスペルは Aldrich になっています。ここで敢えて Eldritch ではなく Aldrich としたのは、このキャラクターに更に多くの含意を持たせるためではないか、とわたしは考えます。Aldrich という名は、古英語の Ælfric "小人の支配者" と Ædhelric "高貴な支配者" を組み合わせた名前で、"古い、賢明な支配者" といった意味になります。又、この名前からは Ælfric of Eynsham 修道士エインシャムのエルフリクスや、 Saint-Aldric 聖アルドリック を想起させ、「深みの"聖者"」というニュアンスを忍ばせていると考えられます。

 纏めると、「神喰らいエルドリッチ」には、「不可思議な」「この世の物とは思われない」「気味の悪い」「小人の支配者」「高貴な支配者」「古い、賢明な支配者」という意味、「ラヴクラフト神話」「三つの聖痕」「聖職者」の要素が含まれているのではないか、ということです。

 しかし、「小人の支配者」とはよく言ったものだ……。

 

 さて、話を『聖痕』に戻しましょう。こちらのエルドリッチさんにはファーストネームが与えられていて、 Palmer パーマー といいます。ところで、この Palmer という名も興味深い。これは「巡礼者」を意味する名前なのです。『DARK SOULS III』で「巡礼者」と言えばロンドールですが、よく考えれば、エルドリッチも巡礼者であることがわかります。

大辞泉先生によると、巡礼とは、

じゅん-れい【巡礼/順礼】

聖地や霊場を巡拝する旅によって、信仰を深め、特別の恩寵にあずかろうとすること。また、その人。

とあります。現に、エルドリッチは聖職者ですし、神々の土地、聖地アノール・ロンドへ旅をして、"特別の恩寵にあずかろうと"しているではないですか。その"恩寵"のあずかり方が、如何に野蛮な方法だったとしても。

 

 『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』を、全て日本語に直すと「気味の悪い巡礼者の三つの聖痕」になります。こうすると、なんともソウルシリーズっぽさが出て来るようには感じられないでしょうか。

 

太陽に最も近い星

 さて、『聖痕』を読んだ方、或いは少なくとも筆者の書いた拙いあらすじをご覧になった方は、パーマー・エルドリッチが「プロキシマ星系」なる場所から帰還したことをご存じのはず。ところで、「プロキシマ星系」ってなんだ、というところを今度は見てみましょう。

 プロキシマはケンタウルス座の閃光星で、太陽に最も近い恒星(4.2光年)です。

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 SF的に考えると、物凄く離れたところだとリアリティが薄れる(そもそも作中では火星や金星と頻繁に行き来したりしているような世界)、というところが理由なのでしょうが、「太陽に最も近い場所から帰還した気味の悪い巡礼者」、なんて言われてしまうと、フロム脳が沸き立ってしまいませんか。わたしは蒙を啓きました。

 深みの聖者エルドリッチは火を継ぎました。火を継ぐということは、太陽の光の王に最も近づく、ということ。パーマー・エルドリッチは、太陽に最も近い恒星でプロキシマ星人と接触し、幻覚剤を服用して"世界の見方を変えた"。聖者エルドリッチは、火を継いで"深海の時代を見た"。

 ところで、プロキシマはケンタウルス座の閃光星です。ケンタウルス座は、狼座と隣接していて、ケンタウルスが狼を槍で串刺しにするような形をしています。

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狼といえば、アルトリウスやファランが思い浮かびますが―――全く関係ないでしょうが、偶然とはいえ面白かったので、情報共有だけ。

 

巡礼

 さて、聖者エルドリッチがアノール・ロンドへ巡礼して暗月の神に見えた一方、パーマー・エルドリッチはプロキシマへの"巡礼"を行ったわけですが、彼がそこで遭遇したものに対しては、次のような記述があります。

「きっとそんなに遠くまでいけば―――」うつむいて、レオ・ビュレロのまなざしを避けるようにしながら、彼女は言った。「神様が見つかるんじゃないか、と」

 レオはおもった。―――実はおれもそう考えたよ。しかも、あの頃のおれは、もういいおとなだった。三十代なかばだった。バーニーにも、その話を何度かしたことがある。

 しかも、おれは未だにそれを信じているんだ。パーマー・エルドリッチの十年間の飛行のことを。

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.44-5)

レオは悲鳴をあげた―――と、だしぬけに、パーマー・エルドリッチが目の前に立っていた。

「きみたちの思い違いだな」 エルドリッチは言った。「わたしはプロキシマ星系で神を見つけはしなかった。だが、もっといいものを見つけたよ」(中略)

エルドリッチは言った。「神は永遠の生命を約束する。わたしはそれ以上のことができる。"永遠の生命を引き渡せるのだ"」

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.141)

不死性の議論については、ダークソウルの世界構造とは異なるので捨て置きますが、彼の目的が神そのものではなく、その先にあるもの、という点で聖者エルドリッチと共通します。ほかにも、神に纏わる記述を参照してみましょう。

ぼくは彼の中に神性を感じたんだ。それは確かにあった」

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.353)

つまるところ、深宇宙に棲み、パーマー・エルドリッチの姿をとったあの生物は、神といくらかの関係がある。もし、彼自身がそう判断したように、あれが神でないとしても、すくなくとも神の創造物の一部ではあるわけだ。だとすれば、神にも責任の一端はある。そして、バーニーにはそうおもえるのだが、たぶん神はその事実を認めるだけのおとなではあるだろう。

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.367)

 「エルドリッチの中に神性がある」。どこかで見たような記述ですね。このバーニーの台詞、ダクソNPCが言っていても違和感ない。

 

幻覚

 エルドリッチに纏わる議論でポピュラーなものに、「手頃な神だったらなんでもよかったのか問題」があります。要は、喰った対象が「神」であればなんでもよかったのか、「暗月の神グウィンドリン」でなければならなかったのか、という疑問です。

 この問題、余りにも深遠なので、また別記事でじっくり取り込んだほうがよいとおもうので、ここで結論を急くことはしませんが、今回は『聖痕』と絡めて考えてみましょうか。

 前述の通り、パーマー・エルドリッチはプロキシマで幻覚剤を携えて帰還しました。一方、深みの聖者エルドリッチが喰らった暗月の神というのは、無印の所謂「昼アノ」や女神グウィネヴィアの像を造るなど、幻を操る神でもありました。ふたりのエルドリッチは、巡礼の先に、幻を操る術を得た。ここに我々は、奇妙な一致をみるわけです。

 どちらのエルドリッチも、それを望んでいたのか、ということは言明されません。求むるものは別にあって、偶然結果的に手に入った力なのかもしれません。しかし、偶然にしては興味深い一致だとはおもいませんか。

 「手頃な神だったらなんでもよかったのか問題」、異説を立ててみました。こちらからどうぞ。↓

sylphes.hatenablog.com

 

ひとつになる

 さて、聖者エルドリッチといえば "神喰らい" なわけですけれども、『聖痕』のほうでも "喰う" "喰われる" という主題は重要です。

「やつが"かつら"をつけたプロキシマ星人であっても平気なのか。いや、もっとわるいものかもしれんぞ。深宇宙のどこかでパーマーの乗っていた宇宙船にとりつき、やつを食ったあとで、その姿になりすました怪物かもしれん。」

     (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.181)

 生け贄にされるのはだれだろう?―――と、レオは自分にたずねた。おれか、バーニーか、フェリックス・ブラウか―――この中の誰かが、どろどろに溶かされ、パーマー・エルドリッチに呑み込まれることになるのか? なぜなら、やつにとっておれたちはそういうもの、ガツガツとむさぼられる食べ物だからだ。プロキシマ星系からやってきた食欲の化け物、おれたちを待ってぱっくり開いた巨大な口―――それがあいつだ

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.304)

特に後者の引用は、もうそのまま「神喰らいエルドリッチ」の説明として当て嵌まるくらい、そのままですよね。わたしも読んでいて驚きました。

 『聖痕』では、作中現れるパーマー・エルドリッチが "ほんとうのエルドリッチなのか" 、つまり、星間実業家として活躍する彼なのか、それともプロキシマで何者かに喰われて乗っ取られ、その何者かがエルドリッチの振りをしているだけではないのか、という疑問が盛んに提示されます。そして、結局何者なのか確定されることはなく、考察勢にぶん投げられて終わります。そのわからなさというのが、考察勢を惹き付けてやまないポイントでもあるのですが……。それはさておき、では、『聖痕』の世界に於いて、「何がエルドリッチであることを示すのか」という答えが、義眼・義歯・義手という "三つの聖痕" であるわけです。

 一方で『DARK SOULS』世界。聖者エルドリッチは、人や神を喰らっているわけですが、それでも尚「エルドリッチとしての自我」を保っているのか、というのは焦点になりそうです。特に、喰らったグウィンドリン様に乗っ取られた場合、思想が180度変わりそうですし。「喰らいつつあった」そうなので、制御権はエルドリッチ自身にあるのでしょうが……。作中、エルドリッチは喋ったりしませんし、 "三つの聖痕" に代わるアイコニックなものもないので、何にせよ断定出来ないところが歯痒いのですが。

 しかし、今回はそれを検討するべくここでは少し見方を変えましょう。 ここでわたしが提示したいのは、 「喰う / 喰われる」「制御する / 制御される」 という対立構造で考えるから迷いが生じるのであり、もっとシンプルに――― 「ひとつになる」 と言い換えてはどうか、ということです。ふたりのエルドリッチについて検討するとき、最も関連が明白なものが「ひとつになる」というテーマです。

エレベーターが着いた。ドアが横に開いた。エレベーターの中には、四人の男と二人の女が無言で待っている。

彼らみんながパーマー・エルドリッチだった。男も女も。人工の義手、ステンレス・スチールの歯……肉をこそげとられたように痩せこけた灰色の顔と、ジェンセン式の義眼。

       (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.314)

しかし、彼は幸福ではなかった。ひとりぼっちだという至極簡単な理由からである。そこで、さっそく彼はそれを埋め合わせに取りかかった。色々と骨を折って、ほかの連中を彼の辿ったルートに沿って引き寄せようとした。(中略)

「ぼくを石に変えてくれ」

「なぜ?」

バーニー・メイヤスンは言った。「それなら、なにも感じなくて済む。もうぼくはどこにも行き場がない」

わたしと一つに溶け合った生命体に転生するのもいやか?

返答はなかった。

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.320, 332)

エルドリッチ「わたしと一つに溶け合った生命体に転生するのもいやか?」 グウィンドリン様「いやです……(ドン引き)」

と、そのとき、笑い声が彼の耳に聞こえた。それはパーマー・エルドリッチの笑い声だったが、その出所は―――

彼自身だった。(中略)

右手―――ピカピカと輝き、しみ一つ無いメカニックな完璧さ。とっくに失われたもとの手とは、比べものにならないほど優れた義手。

 いまや彼は自分に何が起きたかを知った。大きな転生が―――少なくとも彼の立場からすれば大きなそれが―――成し遂げられたのだ。(中略)

いま、おれはパーマー・エルドリッチになったのだ

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.328-9)

「わたしがきみを見ている目は、一対のジェンセン・ラックスヴィドの義眼かもしれないが、中にいるのはもとのわたしだよ。いいな?」

「いいとも」 フェリックス・ブラウは言った。「なんなりとあんたの仰せの通りにするよ、レオ」

「"レオ"? どうしてわたしをまだレオと呼ぶんだ?」

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.375)

最後ふたつの引用はエルドリッチとの一体化を象徴する、背筋が寒くなる場面です。何度読んでもゾクゾクする。本当に好きです。

 このように、 "現実に影響を及ぼせる幻覚" の不可思議な世界に墜ちてしまったパーマー・エルドリッチは遙か長い苦行の末、同じ "現実という夢"を見ている Chew-Z 使用者と「ひとつになる」ことを目指しています。このように、仮にエルドリッチが消化不良を起こしたとしても、少なくとも「ひとつになった」と捉えることで、新しい発見があるかもしれません。

  「ひとつになる」というテーマは、多くのフィリップ・K・ディック作品に多く見受けられます。これは先日書いた別のゲームの考察ですが、そこでもディック作品を取り上げ、この傾向について掘り下げているのでもし興味があればどうぞ。

sylphes.hatenablog.com

↑『Everybody's Gone to the Rapture 幸福な消失』考察第五回。考察難易度カンストでお馴染みのウォーキング・シミュレータです。考察勢垂涎の神ゲー

 

 『聖痕』では、パーマー・エルドリッチと「ひとつになる」と「穢れる」そうです。その圧倒的な「穢れ」から、エルドリッチとひとつになったバーニーは野生動物からすら避けられる始末でした。なかなか示唆的ですよね。エルドリッチが病原菌みたいな扱われ方をしている……。

 

 また、話が逸れますが、上記の引用からは、「幻覚の上に幻覚が重なり、現実が何かわからなくなる」という複雑な「入れ子構造」は絵画世界の成り立ちを、「石になり、感覚を捨てる」ということからは火のない時代、石の古竜を連想します

 

 今節の最後は、「精霊」について。Chew-Z を使用した人は、その幻覚のなかで、「薄気味の悪い精霊がずっと傍にいるような感覚」を味わいます。それこそがエルドリッチなわけですが……。一方で、「精霊」という言葉はほかに神学論議的な局面で象徴的な使われ方をしています。

「それじゃお祈りをしてみるわ。お祈りって難しいのよ。正しいやり方を知らないとだめ。(中略) そして、お祈りを捧げる相手は、天のどこかにまします神じゃなく……自分の内部にある精霊なの。」

And what you pray to isn’t the God Who’s in the heavens out there somewhere… it’s to the Holy Spirit within; that’s different, that’s the Paraclete.

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.244)

原文だと "Holy Spirit" "Paraclete" の二種類の言い回しがあり、興味深いので一応原文も持ってきました。 

「自分の内部にある精霊(或いは "聖霊" )」。キリスト教の思想では、聖霊(Holy Spirit, Paraclete)は三位一体の考えがあり、言い換えれば、「自分の体内にいる神(グウィンドリン様)」というような見方ができるかもしれません。或いは、 "Spirit" を日本語にするとき、「精霊」ではなく「魂」と言い換えることができることから、ソウルと関連づけるのも面白い。エルドリッチが人や神を "殺してソウルを奪う" のではなく、 "喰らう" ということに焦点を当ててみましょう。火防女は、レベル上げの際「主なきソウルを、貴方の力としましょう」と言います。生きながらにして喰う、ということは、「主あるソウルを己のものとする」ということとは考えられないでしょうか。主があることとないこと、そこにどのような差異があるのか。次節ではそこを掘り下げます。

 

絶対悪・人間の魂の漁師

 パーマー・エルドリッチとは何者か。これは最早ダクソの考察というより『聖痕』そのものの考察になりそうですが(それはそれでやりたい)、ここでは、ソウル世界に関係しそうな興味深い表現を取り上げます。

 一番目を引くのは、「人間の魂の漁師」、原文で "Palmer Eldritch, the fisherman of human souls" という表現。「ソウルを喰らう」という意味でもエルドリッチそのままですし、「漁師(fisherman)」という語はあきらかに「深海」を想起させます

 そして、「絶対悪」です。次の引用をご覧下さい。

 プロキシマ星系からもやもやと滲み出てきた邪悪な訪問者が、我々がここ二千年以上にわたって願い続けてきたものを、提供しようとしているのだ。ところで、何故それがかくも明白な悪なのだろう? 一言ではいいにくいが、にも関わらず、それは事実だ。たぶんそれは、レオが経験したように、エルドリッチへの隷属を意味するからだろうか。エルドリッチはこれから常に我々と共にあり、我々の生活へ浸透してくる。そして、過去に我々を護り続けてきた神は、ただ手をこまねいて座っているだけなのだ

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.247-8)

この表現に代表されるように、パーマー・エルドリッチは「絶対悪」として捉えられています。これを補強するものに、著者ディックのことばがあります。1972年のSFコンベンションで、ディックは「『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』では絶対的な悪を検討した」と述べています。何故パーマー・エルドリッチが「絶対悪」なのか。それは正に、彼が「人間の魂の漁師」であるからです。ソウルを喰らうことは本来悪なのだと、『聖痕』では述べられているわけです。聖者エルドリッチは特に火継ぎ派の人物や白教系の信仰を持つ人々、そして何よりも良識的な道徳観を持つ人々にとって、悪であると認識されています。昨今では、「エルドリッチにも深遠な思想と使命があって、実は良い奴だったんだよ!」的な説も増えていますし、わたしもそれは興味深いと感じるのですが、逆に振り切って"絶対悪"として考えてみるのも、それはそれで面白いかもしれませんね。

 

ソウルシリーズに於ける神性

  これは次回予告……というわけではありませんが、最近わたしが抱いている疑問について述べます。それは、実に根本的な話、DARK SOULS』世界に於ける神とは何か、ということです。無印時代、わたしは神とは人間や巨人、デーモンとは違う、神族という種族、別の生態系なのだという理解をしていました。それが、 II になると、弓の英雄ファリスが狩りの神エブラナとして神格化されたのではないか、と考えられるように、「人間の神格化」という概念が生まれます。更に、III になって「神喰らい」や DLC で世界の成り立ちについての情報が追加されたことで、個人的には「神とは種族である」という確信がかなり揺らぎました。もっとシンプルに、原点を疑ってみるのも面白いかもしれません。

この問いをあきらかにする記事群の執筆を始めました。こちらからどうぞ。↓

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小ネタ・進化した頭部

 小ネタ1。『聖痕』では、"E療法"といって、「人間を進化させる」という技術が出て来るのですが、その療法を受けた人間のビジュアルについての記述がこちら。

 ナットがその男の頭から、連想したのは、むかし教科書の中で見た写真だった。その写真には"水頭症"と説明がついていた。眉の上のふくらみ方がそっくりだ。明瞭なドーム形で奇妙にかよわい感じのそれを見たとたん、何故こういう進化を遂げた富豪たちが、俗に"フーセン頭"と呼ばれているかが納得できた。―――まるでいまにも破裂しそうだ、と彼はおもい、強い感銘を受けた。それに―――あの堂々たる外皮。頭髪は後退し、色の濃い、つるりとしたキチン質の殻にかわっている。フーセン頭? ココナツの方がぴったりだ。

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.109)

 そして、宇宙船のそばをぶらついている二つの人影も、プロキシマ星人でも地球人でもなかった。彼はこんな生物に、これまで一度もお目にかかったことがない。ひょろひょろノッポで、手足は草の茎のよう、そしてグロテスクな卵形の頭は、この距離から見ても妙にデリケートだ

       (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.166)

それって、もしかして、こんな見た目?

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割と真面目に、インスピレーション元の一つになったんじゃないかな、……と考えました。少なくともわたしは『聖痕』を読んだ時に、文章から得られるイメージから「星界からの使者」を連想した。

 それから、「変化した頭部」という見方をすれば、「ウーラシール人の肥大した頭部」なんかも、もしかしたらここから来ているのかも?

 

小ネタ・Grobal Armaments

 小ネタその2。

 きっとやつのいうとおりだ、とレオはおもった。その商売敵というのは、パーマー・エルドリッチに違いない。おれも不運な男さ。こともあろうに、プロキシマ帰りのエルドリッチが手がけようと考えた事業と、鉢合わせするとは。何故ロケットの誘導システムでも作っていなかったんだろう? そうすりゃ、競争相手はせいぜいGE社か、ジェネラル・ダイナミックス社だけだったのに。

      (フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』p.89) 

 ここでの「GE社」は、恐らく General Electric Company のことで、こちらはアメリカに実在する総合電機メーカーです。このGE社、実は同じフロム・ソフトウェアの『ARMORED CORE 4, for Answer』シリーズのGA (Grobal Armaments)社のモデルではないか、と言われています。依頼主はいつものGA。

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こんなところでお目に掛かるとは。

 

最後に

 「もうガッツリ考察は書かない」とか言っておきながらガッツリ1万2000字書いているという謎。尤も、『聖痕』は考察を書いていた時代に読んでいたので、元から書こうとはおもっていたわけですが……。

 ソウルシリーズでは、様々な神話、民話、他作品の要素を縒り合わせ、オリジナリティのエッセンスを加えて抽出しているのは疑いようがないので、『聖痕』だけがベースだとは全く考えていませんが、今回は『聖痕』との関わりを検討してみました。こうしたアプローチ方法では、何でもかんでもこじつけ風になってしまうことに大きな懸念を感じるのですが、その点を弁えて取り組めるならば、個人的には好きなアプローチ方法ですね。色々リサーチするの、やっていて楽しいですし。

 もう何でも良いから『聖痕』を読んで欲しいし『聖痕』について語り合いたいというのが正直な筆者の心境ですが……、今回の記事、お楽しみ頂けていれば幸いです。ご不明な点、反論、ご意見などはコメント欄へ。

 ここまでお付き合いありがとうございました。また考察書くかはわかりませんが、一旦お開きとさせて頂きます。それでは~。