世界観警察

架空の世界を護るために

NTLive『るつぼ』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

 先週・今週から始まる映画やライブビューイングの豪華なことよ……。楽しんで参りたいと思います!

暫くは観劇三昧ですね。嬉しい。尚、溜まるレビュー記事……。

 

 その第一弾として、先日は National Theatre Live 様の『るつぼ』にお邪魔しました。

↑ ポスターがお洒落。

 

 今回は、こちらの雑感をごく簡単に記して参りたいと思います。

それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します!

 

キャスト

アビゲイル・ウィリアムズ:エリン・ドハティ
ジョン・プロクター:ブレンダン・カウエル
エリザベス・プロクター:アイリーン・ウォルシュ
メアリー・ウォレン:ラシェル・ディーデリクス
パリス牧師:ニック・フレッチャ
ヘイル牧師:フィサヨ・アキナデ
作:アーサー・ミラー 
演出:リンゼイ・ターナー

 

雑感

 安定の高クオリティ。前回の『かもめ』に引き続き、戯曲が古典的傑作だからこそ、高い質が求められる『るつぼ』。今回も信頼に応えて下さいました。これだから好きだ、NTLive ……。

↑ 前回の簡単なレビューはこちらから。邦題が平仮名三文字仲間。

 

 セットデザインは、『リーマン・トリロジー』と同じエスデブリン氏。

舞台を囲むように雨が降ります。幕が下りているわけではないのに、何人をも中に入れず、何人をも外に出さないという自然の檻。

更に、チャコールの背景がこの作品の凄まじい閉塞感を表していますね。

↑ 名作揃いの NTLive の中でも、屈指の名作。個人的には一番好き。

 

 『るつぼ』は群像劇で、明確な主人公の存在しない作品ですが、やはり一番目立つのは少女アビゲイル(アビー)。

両親を惨殺された過去を持ち、奉公先の旦那(ジョン・プロクター)に恋をして関係を持ちますが、妻(エリザベス)にバレて失職します。その後、叔父に引き取られますが、街での評判も落ち、愛する男性も手に入らず。挽回の機会を伺う、肝が据わっている少女達のリーダー格な女の子です。

彼女は常に猫背で、ギラついた目をしながらも涙目で、狂気的な感じが伝わります。計算高く、賭けにも強い勝負運を持っていて、しかし内心は不安もある……という不安定さを、よく表現されています。

↑ 完全にキマッている(※とても褒めています)。

 スレンダーながら、堂々としていて凄みのあるアビーには、町の少女たちは逆らえず、彼女の町全体を呑み込んだ魔女狩りに巻き込まれていきます。その説得力がある、納得の演技!

 恐らくは、少なくとも戯曲では、アビーは意図的に町の人々を陥れ、罪もないのに絞首台に引っ立てています。そこには悪意があります。しかし表層は無垢な少女を装っているわけですから、謂わば作中劇のような状態になっています。どこまで「キャラクー "を" ではなく、キャラクター "が" 演じているということを観客に理解させるか」、というのは、非常に難しいだろうな……と感じます。

 作中でも、アビーは最も悪意のあるキャラクターの一人ですが、不運はドミノ倒しのように連鎖的であり、その罪はアビーのみにあるわけではありません。

連鎖は先住民の土地を奪った瞬間から始まっているのです。

 

 他の俳優陣も熱演。特に牧師や判事陣は、よくもまあこんなに滅茶苦茶なことを、凄みを利かせて捲し立てるよなあと、感動さえしますね。

 年齢、肌の色などもばらばらな少女陣も、悪霊に取り憑かれた "演技" を好演。これはやはり劇場で実際に観ないといけないよなあ……と感じましたが。ライブビューイング、お手軽だし好きなんですけどね……。

 相変わらず多様性のある俳優陣で、流石の英国です。日本だとやはり未だここまではいかないですね。後述しますが、この『るつぼ』を、多様性あるキャストで演じることの重要性と言ったらもう……。

 舞台上では身の毛もよだつような言動を繰り返すキャラクターも多い今作ですが、カーテンコールでは人柄が良さそうに皆様微笑んでらして、改めて「これが俳優か……!」と。いやはや、恐ろしい。

 

 音楽は基本的に無く、要所要所で、キャスト陣によるアカペラの聖歌が流れます。プロの歌手の歌唱ではないところが逆に耳に残りやすく、しかし普通に合唱として上手い。

インタビューでも仰っていたように、キャストの声を使っているため、声と歌(音楽)がシームレスなのも素敵です。

 

 台本は完全に戯曲通りで、改変された点が恐らく全くないくらいに忠実。好きです!!

↑ 原作。これは間違いなく演劇史に残る名作。

『るつぼ』は戯曲の時点で完成されているので、余計に手を加える必要は全くありません。忠実にやるだけで充分以上です。よかった。ありがとうございます。

 

 マッカーシズムの最中に書かれたという本作。全体主義のおぞましさをこれ以上なく的確に描きます。

舞台は近世ですが、本質的な部分にはやはり20世紀的なものを感じます。

 この作品を「20世紀の作品だ」と思って観ていられるのは、我々がそれを乗り越えた21世紀の人間だからですが、いつこの時代に逆戻りしてもおかしくありません。我々はこれを戒めとし、この作品を歴史に遺して、語り継いでいかなければならないと強く感じました。

 

 作中でよく登場するのが「○○ならば‪‪✕‬‪‪✕‬しなければならない。」という構文。

これは、例えば、作中でも登場する十戒の如く、「この地球に生まれたならば、地球環境を大切にしなければならない。」とか、「キリスト教徒ならば、人を殺してはならない。」とか、普遍的で倫理に沿うものであれば構いません。

しかし、「ドイツ帝国民ならば、ユダヤ人を憎まねばならない。」とか、「日本国民ならば、天皇に命を捧げねばならない。」のような形になってくると話は別です。

厄介なことに、その境界線は時に曖昧であり、隠されているので、明確に線引きをすることはできない時があります。

そこに全体主義同調圧力の恐ろしさがあるわけです。

日本も所謂「村社会」で、「お上の言うことには絶対」というような同調圧力は強い傾向にあるので、そのことを念頭に置いて生活せねばならないと改めて感じました。

 全体主義を生まないためにも、多様性を尊重しなければなりません。全ての物事に白黒付ける必要はないのです(勿論、時には必要ですが)。このまま排他的で独善的になってくると、我々はセイラムに逆戻りする羽目に陥るでしょう。

 

 全体主義の横行する社会では、他人の影響を著しく受けやすい、自省する理性を持つ、本来善良な人物(作中だとメアリー・ウォレンなど)が、罪もなく精神を疲弊、破壊されてゆきます。

そして、アビーやパリス牧師など、悪意があるが権威と迫力がある人物が力を持ち、社会はその影響に逆らえなくなってくるのです。

 

 終幕のジョン・プロクターのシーンは圧巻です。

「嘘の "自白" をして自由を得るか、真実を守って絞首台に上るか」という究極の選択を突きつけられた彼は、最初は前者を選ぼうとするのですが、その自身の署名付きの "自白" が公表されると知り、後者を選びます。

彼が名前を渡さないのは、それが生きるために必要だから、それがないと生きていけないから=それを奪われたから死んでしまうから、と作中では説明されています。そのことに、どれほど納得できるかは、人それぞれでしょう。

 先程貼った原作戯曲の邦訳の巻末の解説では、「彼が名前に拘りすぎる理由がよくわからない」という旨だけが書いてあるのですが、色々な解釈は可能だと思います。

今回の上演を通して、わたくしが感じたのは、彼が名前を渡さないのは、新たなる同調圧力全体主義を生み出さない為なのかな、という一つの解釈です。

彼とその妻エリザベスが尊重したかったのは個人の選択であり、煽動はその対極に位置します。判事たちは、ジョンの "自白" を通して、他の受刑者や村人を動かそうとしており、彼はそこに抵抗したのではないか、と考えました。

勿論、彼が「真実」を守ったことで人命が失われている事実が存在する以上、それが唯一の正解であるはずがありません。ある意味では現状維持、停滞でしかなく、何の意味も無い、と断じられてしまうものであるかもしれません。

しかし、ミラーがこの作品の最後に伝えたかったことに関して、各々が思いを馳せるのは重要なことなのではないでしょうか。

特に現代芸術に関して、「理解する」ということが必ずしも「正しい」とは限りませんが、理解しようとする姿勢は忘れてはならないと思います。PC 版のプロフィール(右上)でも、似たようなことを引用していますが……。

 

 今上演は、戯曲をそのままに演じ、演出もクラシカル。群像劇で役者も粒ぞろい、スタンダードで奇を衒ったところがなく、「これぞ『るつぼ』」という出来です。

この作品を初めて観るには持ってこいですし、この作品が好きでよく観るという方にもお勧めできる、おぞましくも良質な名上演です。

 

最後に

 通読ありがとうございました。4000字。

 

 先日、『黄泥街』というとんでもない小説を読みました。こちらも、『るつぼ』に負けず劣らずのおぞましさを放つ怪作です(※とても褒めています)。

↑ 結構長らく積読してしまっていたのですが、古代中国史ファンの友人と会話したことを切っ掛けに一気読み。個人的には、初めての現代中国小説でした。

 こちらも、教育レベルが低いことが一因となり、負の連鎖が起こって崩壊していく街を描いており、少し『るつぼ』に似ているな……と感じました。

近世のアメリカ、20世紀の中国と、舞台は異なりますが、『るつぼ』がお好きな方には強くお勧めできる一冊だと感じました。是非どうぞ。

 

 次回の NTLive は『オテロ』でしょうか! オペラにもなっているシェイクスピア作品なので、こちらもお伺いしたいですね。楽しみ!

 

 それでは、今回はお開きと致します。また次の記事でもお目に掛かることができましたら幸いです。