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映画『シラノ』 - レビュー

こんばんは、茅野です。

今週は観劇の予定で埋まっております。仕合わせなことです。

 

 昨晩はと言いますと、公開終了間近の映画『シラノ』を鑑賞して参りました!

原作の『シラノ・ド・ベルジュラック』が好きなのですが、映画をやっているという情報を得るのが遅く、駆け込むような形に。

ナイターしか上演がなかったのですが、席はほぼ満席でした。驚き。ならばもっと上演して欲しい。

 

 以前には、ナショナル・シアター・ライブ(NTL)でも『シラノ・ド・ベルジュラック』を上演しており、観に行きました。

こちらも大変よかったのですが、主演(シラノ役)のジェームズ・マカヴォイ氏がハンサムすぎて、説得力が迷子になっておりました。もうシラノでいいじゃないですか、クリスチャンいる??

自明すぎることですが、ナショナル・シアターはほんとうにクオリティが高くて、いつ観ても感動します。シンプルで現代的なセットでも、演技が濃いので、全く集中力が途切れません。名作です。

 

 さて、というわけで、今回は、簡単にはなりますが、ミュージカル映画『シラノ』のレビューになります。

お付き合いの程、宜しくお願い致します。

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キャスト

シラノ・ド・ベルジュラックピーター・ディンクレイジ

ロクサーヌ:ヘイリー・ベネット

クリスチャン・デ・ヌヴィレット:ケルヴィン・ハリソン・Jr

ド・ギーシュ:ベン・メンデルソーン

監督:ジョー・ライト

脚本:エリカ・シュミット

音楽:アーロン・デスナー、ブライス・デスナー

 

総評

 前述のように、公開について知るのが遅れ、事前情報も何も調べず駆け込むような形で行ったので、始まるまでミュージカルだということすら知らないような有様でしたが、初見の感動も相俟って、大変楽しめました!

 『シラノ・ド・ベルジュラック』はフランスの物語で、原作もフランス語ですが、英語になっています。しかし、脚韻なども生きていて、翻訳がとても上手いです。

 元々主演は同じでミュージカル化していたものを、映画化した……という流れのようです。

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↑ 観ているだけでしんどい。

 

 冒頭は、仮面を付けた操り人形のカットで、もうこの一枚だけで完璧に『シラノ・ド・ベルジュラック』を表していますよね。掴みから上手すぎます。

 

 シラノといえば、大きな鼻。

↑ ナショナル・シアターのキャストによる「『シラノ・ド・ベルジュラック』を一言で表すと?」。

 しかし、今回の映画化では、「大きな鼻」ではなく、「小さい背」となっています。主演のピーター・ディンクレイジ氏は、身長132cm。それをコンプレックスとしている、という設定になっています。顔の善し悪しですと好みもありますが、明らかな低身長という視覚的にわかりやすいコンプレックスを本人が気にしている、というのは説得力があります。

 

 ミュージカルということで、各所で歌が挟まります。特に重唱の歌詞が本当に上手くて。特に二回目の『Someone To Say』が大変良かった……。

Christian: ≪ Something like... ≫

Cyrano: ≪ happiness? ≫

Christian: ≪ Something like... ≫

Cyrano: ≪ hunger. ≫

Christian: ≪ And something like... ≫

Cyrano: ≪ fear. ≫

シラノが全部代弁しているのが一発でわかりますし、音楽的にも素晴らしい。

『Cyrano』 OST

『Cyrano』 OST

  • アーティスト:VA
  • Decca
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↑ ふつうにサントラ欲しいな……。

 

 挿入されるダンスも大変素敵です。美しい。そういえば、監督を勤めたライト氏はイギリス版『アンナ・カレーニナ』も監督されていましたね。確かに既視感を覚える構成でした。

↑ イギリス版『アンナ・カレーニナ』、帝政ロシア感が全く無いのが不満ではありますが、このダンスシーンは美しくて凄く好きです。

 魅せ場となるバルコニーのシーンは、バルコニーということもあってやはり『ロミオとジュリエット』を想起させますね。個人的には、特にバレエ映画版が脳裏を過ぎりました。

↑ こちらも大変美しい。オススメです。


 『シラノ・ド・ベルジュラック』は、不完全な二人が、共謀して「一人の完璧な恋人」を演じる物語。一度でも自分に自信を無くしたことがある人には絶対に共感できる、恐ろしい物語です。

メインはシラノ、クリスチャン、ロクサーヌの一風変わった三角関係ですが、今作では公爵(原作では伯爵)も名脇役として盛り上げていました。『What I Deserve』など、「自分には愛される権利がある」という言葉に、シラノは思うところがあるんだろうなと感じたり。

 しかし、一人騙されっぱなしのロクサーヌも可哀想ですよね。年頃の乙女が、「顔も頭も良い恋人が欲しい」と願い、一目惚れすることの何が悪いんだ、といつも思ってしまいます。特に、フランス文学では、「恋の始まりは目から(=一目惚れ)」という伝統があり、ルッキズムが顕著な傾向があります。このような伝統があるフランスだからこそ、特に重みが生まれる物語となっているのではないかと理解しています。そんな文学を読んで育った乙女が、美青年を一瞬見惚れることがそんなに罪深いことなのでしょうか。シラノにも共感できますが、ロクサーヌにも共感できてしまうところが、この戯曲の恐ろしいところです。

 シラノは才能に溢れ、そして何より大変な人格者。或いは、恋に狂っているとも。ロクサーヌに頼み事をされたら、それがどんなに自尊心を傷つけるようなものであっても、確実に遂行してみせます。特に、ロクサーヌがシラノにクリスチャンへの愛を打ち明けるシーンなど、主演二人の名演もあり、観ているこちらが呻きたくなりました。誰も悪くない……のだが……。

 

 今作は、原作『シラノ・ド・ベルジュラック』に非常に忠実です。当然、幾らかの差異はありますが、全く気にならないレベル。(たとえば、伯爵が公爵になっているとか、最後が15年後から3年後に変わっていることとか)。あとは、パナッシュへの言及がないことくらいですかね。

 『シラノ』は、いきなり劇場で喧嘩を売ったり、悪漢に襲われたりと、展開が急激で、荒唐無稽さを感じる側面もありますが、全てが劇的なので、映像で観るととても映えますね。

 

 最後は戦場へ。こちらは2021年の映画ですし、舞台は17世紀ですが、降雪の戦場は、現在の世界情勢を反映しているかのようで、ズシンと響きましたね……。

シラノの隊が捨て身特攻( suicide mission と言っていましたね)を命じられたときの歌、『Wherever I Fall』でド直球に泣かせに来ています。こんなド直球に泣かせに来ているのに罠に嵌まるとは。映像が無くても泣ける。なきました。

↑ えぐい……。

 隊の皆さんは素朴ながらに、だからこそ響く手紙を執筆し、届けようとしますが、クリスチャンは届ける言葉を持ちません。その悲哀もよく描写されていました。声を失い真実を話せない童話の姫のように。


 ふつうの物語であれば、劇的な戦場のシーンで終わりそうなものですが、この物語の主人公はあくまでシラノであり、彼の死までを追います。最後は、二人が共謀した「完璧な恋人」の「最期の日」。シラノはクリスチャンの執筆を装った手紙を暗誦することで、己の正体を明かします。最期まで詩的です。
 しかしやはり、「選択肢」を与えられず、「二度も」未亡人になったロクサーヌに同情してしまいます。涙が鼻筋を伝い、シラノの顔に流れ落ちるカットの美しさ。愛とは、つまり全くそれでよいのだ。

 

最後に

 通読ありがとうございました。感じたことをつらつらと脈略なく書いてしまいました。3500字強です。

レビューを書くのが公開が終了した後になってしまって恐縮です。今後サブスクや円盤で出ると思うので、見逃してしまった方は是非ともご鑑賞ください。泣きましたし、個人的にも大変好みでしたし、最高に楽しめました。と、ロクサーヌに罵倒されそうな月並みで直球な言葉を書いてしまう。

 原作『シラノ・ド・ベルジュラック』も、未読の方は是非とも。面白いのでガッとすぐに読めます。

↑ 実は昔、演劇部の脚本書きをやっていたせいか、ともだちに懇願されてラブレターを代筆したことがあり、三角関係にこそならなかったものの、「人の容姿を借りて言葉を紡ぐ」という点に死ぬほど感情移入した思い出の一冊。だいすきです。「恋愛小説(戯曲)」というカテゴリなら一番好きかも。

 何故か最近『シラノ』の映像化が流行しているようですが、沢山の名作に巡り会えて嬉しい限りです。まだまだ大歓迎。これからも古典『シラノ』が読み継がれ、演じ続けられることを願って。

 それでは、今回はここでお開きとしたいと思います。また別記事でお目に掛かれれば幸いです。