こんばんは、茅野です。
新国立劇場が、来期の『エウゲニ・オネーギン』の広告を本格化してきましたよ。
公式サイトはもうご覧になりましたか? 見ていない人は今すぐチェック!
このシンプルな秋色のポスターが、わたしは好きです……。公演終わったらポスター貰えるor買えないかなぁ~~部屋に貼りたい。
さて、このサイトの記述のなかで、一点引っかかったところがあるので掘り下げてみようかなぁ、なんていうのが今回の記事の趣旨だったりします。
これだから限界オタクは面倒くさいって言われるんですけどね、オタクとはそういう生き物なので諦めてください。
それでは始めます。
オネーギンは「ニヒリスト」か?
まずは「ものがたり」に、以下の一文があります。
ニヒリストのオネーギンは、自分は結婚生活に向かない人間だと冷たく告げ、タチヤーナに自制することを学ぶよう諭す。
ロシア近代文学に明るい方は、「ん?」と一瞬詰まるかもしれません。
というのも、「ニヒリスト」という語は、帝政ロシアの文脈で用いる場合、特殊な意味が付与されるからです。
「ニヒリスト」とはなにか
現代日本社会で「ニヒリスト」というと、虚無主義者、それこそ「冷笑系」という意味で使われることがほとんどかもしれません。
ではここで、ちょっと辞書を引いてみましょう。
① ニヒリズムを信奉する人。虚無主義者。
② 19世紀後半の帝政ロシアにおける革命的民主主義者。また、その党派。虚無党。(大辞泉「ニヒリスト」)
上記、公式サイトでは、この①の意味で「ニヒリスト」「ニヒリズム」の語を使っていると考えられます。それは、ふつうに読めばそう取ることができますし、誤用でもありません。
但し、「オネーギン」は帝政ロシアで生まれし帝政ロシアの物語。ともすれば、②の意味が頭を掠め、少しモヤッとするのはひとの性で御座いましょう。
新しい人々
では、帝政ロシアの文脈に於ける「ニヒリスト」ってなんだ、というお話です。
「ニヒリスト」という語は、ツルゲーネフの『父と子』という有名な小説が初出になります。こちらは1862年発表の作品ですから、『オネーギン』よりも後の作品です。ちなみに、オネーギンもこの『父と子』の主人公バザーロフも、名前はエヴゲーニー。
ちょっと話が逸れましたが、つまり、『オネーギン』が発表された頃合いには少なくとも「ニヒリスト」という語はこの世に存在していないのですね。
では、『父と子』ではどのような使われ方をしているのか見てみましょう。
「あの男はニヒリストです」
「え?」とニコライ・ペトローヴィチが聞き返した。
(中略)
「ニヒリスト」ーーーとニコライ・ペトローヴィチは言ったーーー「それは、わしの判断するところでは、ラテン語の nihil つまり "虚無" から出ているようだな。するとそのことばは、つまり……その、なにものをも認めない人間を指すんだな?」
「なにものをも尊敬しない人間といった方がいい」とパーヴェル・ペトローヴィチは口を入れて、またバターの方に取りかかった。
「つまりすべてのものを批判的見地から見る人間です」
(中略)
「ニヒリストというのは、いかなる権威のまえにも屈しない人間です。まわりからどんなに尊敬されている原理でも、それをそのまま信条として受け入れることはしないんです」
(「父と子」ツルゲーネフ著、金子幸彦訳)
と、ここではどちらかというと①のような使われ方をしているのがわかります。
但し、ここには含意があって、つまり、「ニヒリスト」が社会現象となっているということ、そしてそれは②の革命的民主主義者という層へリンクしてゆくということです。
『ニヒリスト ロシア虚無青年の顛末』という書籍があります。随分前に読んだのですが、タイトルからしてドンピシャの書籍ですから、ここから少し引いてみましょうか。
ニヒリストたちは、潜在的暗殺者としてよりは、寧ろ珍奇な社会的存在物としてロシアの舞台に登場した。それから数年経ってやっと、彼らはツルゲーネフの小説「父と子」で有名になったニヒリストという名前を頂戴した。
より以前の世代の典型的なロシア知識人が概して上流地主階級出身であるのに比べると、この<新しい人々>(ニヒリスト)の大多数の出自はいちだんと卑しかった。
しかし、かといって典型的なニヒリストの多くはロシア社会階級の最下層で圧倒的多数を構成する農民の子供ではなかったから、社会の対極的階級の出身でもなかった。
ニヒリストのほとんどは貧しい地主、下級監視、僧侶あるいは下級聖職者の子女であった。
(『ニヒリスト』 - ロナルド・ヒングリー)
外見的特徴や顛末など、色々他にも引用したいところはあるのですが、この調子だと一冊そのまま引用しかねないので、気になった方は書籍のほうを読んで下さい。
と、このように、「ニヒリスト」の語を錦の御旗に、1860年代頃から革命的志向を持つ中産階級出身の層が生まれてきます。帝政ロシアの文脈では、主にこちらを「ニヒリスト」と呼びます。
彼らは、ダイナマイトの発明と時を同じくして、後にアレクサンドル2世暗殺に繋がる過激派テロリスト集団へと繋がっていったりするのですが―――それはまた別の話。
余計者≠ニヒリスト
さて、公式サイトには室田尚子先生のコラムがあるのですが、そのなかには、以下のような記述があります。
若いのにニヒリズムに支配されていて、人生で何が一番大切なのかに気づかない。最近流行りの言葉では彼のような人を「冷笑系」というが、実は19世紀のロシアにも、現代の「冷笑系」にあたる青年貴族たちがいた。
ツルゲーネフが書いた小説『余計者の日記』から「余計者」と呼ばれる彼らは、西欧の自由主義的な思想を身につけ、高い知性を持ちながらそれを活かす機会が与えられず、実際の社会に背を向けて無気力でデカダンな生き方をしたり、恋愛や恋愛が発端となった決闘などにうつつを抜かしていた(ちなみに、プーシキン自身も決闘で命を落とすという最後を迎えている)。
(室田尚子)
「余計者」。
わたしはこの語に対して、おもうこと、言いたいことが山のようにあるのですが、本旨とはズレるので捨て置きます。
オネーギンは、基本的には「余計者の祖」と言われています。
↑ オネーギンと「余計者」については、過去の記事で触れているので、よかったら。
して、この「余計者」を批判したのが「ニヒリスト」だったりします。「余計者」は、上記「ニヒリスト ロシア虚無主義青年の顛末」の引用でいうところの、"上流地主階級出身の前時代的な知識人"なわけです。
新たな文化というのは常に前時代を否定することによって生まれますが、次世代の「ニヒリスト」は、この「余計者」を否定したのですね。……それも痛烈に。
それは勿論、「ニヒリスト」が革命志向を持つ人々だったために、「額に汗して働かぬ資産家」である「余計者」を攻撃対象とするのは自然なことといえましょう。
このようなことから、「余計者」と「ニヒリスト」が同時に出て来るとちょっとびっくりしちゃう、そういうわけであります。
おわりに
また面倒くさいオタクを発揮してしまいました。
公式サイトの記述には何の間違いもないのですが、オネーギンが帝政ロシアの作品であることを考えると、少し誤解を招きそうだなぁとか考えてしまってついまた3000字も……。
また、「ニヒリスト」だけではなく「インテリゲンツィア」なんていう語も、帝政ロシアの文脈だと現代日本人が一般的に使っている語義とは少し離れますので、注意が必要です。気をつけましょう!
なんか意外にも批判めいちゃってびっくりしているんですが、わたしは公式サイトの解説が心底嬉しいし、新国立のオネーギンめちゃくちゃ楽しみです~~! 応援しています。あ、もちろん松本の方も!
それでは、ここまで通読ありがとうございました。オネーギン公演の成功を願って。