こんにちは、茅野です。
本日はバレエ: クランコ版『オネーギン』の楽曲の解説をしていこうかと思います。
クランコ版オネーギンの楽曲は、全てチャイコフスキーの既存の曲のアレンジになっています。所謂「ポプリ形式」という編曲ですね。
バレエ版の音楽に興味のある方、チャイコフスキーの楽曲を他の人間がオーケストレーションしたということに興味のある方、いらっしゃるでしょう。
正直これほどの曲を分解して調べて纏めるのは面倒くさい! そうですね! だったらわたしがやりましょう!
……というわけで今回の記事を書きました。『オネーギン』が好きで、チャイコフスキーが好きな皆様。是非お楽しみください。
又、別記事への案内になりますが、『Theatre in my Blood - A biography of John Cranko 』という本に、編曲を担当したクルト=ハインツ・シュトルツェによるクランコ版『オネーギン』の解説がありましたので、翻訳しています。良ければ併せてご確認くださいませ。
- ACT1 - Entree
- ACT1 - Danse
- ACT1 - Pas D'action
- ACT1 - Variation (Lenski)
- ACT1 - Pas De Duex
- ACT1 - Pas D'action
- ACT1 - Scene
- ACT1- Variation (Onegin)
- ACT1 - Finale
- ACT1 - Intermezzo
- ACT1 - Scene
- ACT1 - Pas De Deux (Spiegel)
- ACT2 - Grand Valse
- ACT2 - Mazurka
- ACT2 - Pas D'action
- ACT2 - Danse Generale
- ACT2 - Scene
- ACT2 - Variation (Tatjana)
- ACT2 - Finale
- ACT2 - Intermezzo
- ACT2 - Variation Triste (Lenski)
- ACT2 - Pas De Trois
- ACT3 - Pollacca
- ACT3 - Scene
- ACT3 - Scene And Pas De Deux
- ACT3 - Pas D'action And Finale
- ACT3 - Scene
- ACT3 - Pas Du Deux
- 最後に
ACT1 - Entree
肝心な序曲。こちらは『The Seasons』より『February』。
『The Seasons』はピアノ曲集で、各月毎12曲存在します。クランコ版オネーギンではここから沢山の曲が使われています。『The Seasons』からきている曲はほぼ全てがレンスキーの踊りに当てられています。『The Seasons』は著名な詩人の短詩を元に書かれた作品集なので、詩人レンスキーのイメージに合ったのかもれませんね。
ピアノソロ / オーケストレーションという違いはありますが、基本的に大きな改変はありません。フルでそのまま使われています。
あの豪華なオーケストラ版が、元々ピアノ曲だというのはなんだか逆に新鮮みがあって面白いですよね。
↑ 大体一緒の元曲です。
ACT1 - Danse
個人的にバレエ版の曲で一番好きな曲がこちら。
ラーリン家に仕える娘達によるコール・ド・バレエであり、後半からオリガが参加します。
使われている楽曲は、前半部、後半部に『Polka Op. 51, No. 3』。
こちらの動画でいうと、1:45のところまでが前半部となります。また、3:51から後半部として使われています。
実際に弾いてみると、黒鍵での両手のクロスが意外と厄介な一曲です。
Polka peu dansante / P. I. Tchaikovsky
— 茅野 (@a_mon_avis84) November 6, 2018
Ballet Eugene Onegin Suite#底辺枠の鍵盤叩き pic.twitter.com/F45NVJHc8i
↑こんなかんじ。
展開部に『Feuillet d'album Op.19 No.6』を丸々そのまま使っています。
繰り返し部分は少し削られていますが、大方そのままです。
ラスト4小節を削り、『Polka』後半部と連結させているのですね。アレンジが上手い……。
ACT1 - Pas D'action
レンスキーとオネーギンが初登場するシーンです。
こちらはかなり複雑なので、細かく解説していきます。
冒頭部、上記『Februrary』が再び使われています。展開部からのスタートで、上記の動画だと1:14~になります。
徐々に上昇するパッセージの後、レンスキーの登場に合わせて『January』に移行。最初が February(2月)でその後に January(1月)かい、……という野暮なツッコミはさておき。
上記動画でいう30秒くらいのところまで使われます。この後のレンスキーのヴァリエーションも『January』ですし、レンスキーのテーマというわけですね。
レンスキーがオリガの鏡を覗き込んで、突然の恋人の来訪に舞い上がるオリガ。楽曲はまたまた『February』に。1:51~の細かい装飾音がオリガの天真爛漫さをよく表しているように思います。
トランペットのファンファーレの後、我らが主人公:オネーギンの登場です。
使用楽曲は『Impromptu in A flat major』。
バレエ版ではアップテンポですが、原曲だとなんだかとても優雅に聞こえますね。
この楽曲は第1幕、第2幕、第3幕共に、オネーギンが登場する時に必ず使われる曲です。『January』がレンスキーのテーマなら、オネーギンのテーマはこちらと言えるでしょう。
レンスキーに倣い、タチヤーナの鏡を覗き込むオネーギン。ここでまた『February』に変わります。
しかし、レンスキー&オリガカップルの可愛らしい長調の旋律とは違い、オネーギン&タチヤーナでは少し不穏な短調にアレンジされています。
二組のカップルの関係性をよく表している良アレンジです。
ACT1 - Variation (Lenski)
恋する詩人:レンスキーのヴァリエーション。使用楽曲はレンスキーのテーマこと『January』。
「炉端で」という副題が示すとおり、朗らかで落ちついた一曲です。
中間部の大アルペジオは、囲炉裏の火が揺らめくようなイメージでしょうか、とても素敵です。
この『January』はプーシキンの詩を元に書かれた一曲で、メタなことを言うとプーシキンの詩をそのまま詠う詩人レンスキーにぴったりとも言えます。
夜が薄明かりのうちに静かな喜びの一隅を包む
囲炉裏の火は小さくなり 蝋燭は溶けてしまった
バレエ版に際して大きな改編はなく、中間部の繰り返しを削ったくらいです。
ACT1 - Pas De Duex
ゆったりとした曲に合わせたポージングが美しいレンスキーとオリガのPDD。使用楽曲は『The Seasons』より、『June』。
愛し合う若い二人のPDDとは思えぬもの悲しく落ちついた一曲です。オペラ版とは大違い。(※オペラ版ではレンスキーのアリオーゾ "Как счастлив, как счастлив я!" (「なんて幸せだ、なんて幸せだろう!」)が歌われます。タイトルで分かると思いますが、幸せ絶頂! みたいな長調です。)
こちらも改変はありません。オーケストレーションされたことによって厚みが増した『June』もまた素敵です。ここはバレエ版というだけでなく、使用楽器の違いによって立ち現れる違いに耳を傾けてみては如何でしょうか?
ACT1 - Pas D'action
その場にいた全員が捌ける、繋ぎの場面。最後のタチヤーナを探していると思われるばあや(フィリピエヴナ)の動きがコミカルなワンシーンです。
曲はお馴染み『February』。43秒の繋ぎの場面ですし、冒頭部分が少しだけ使われています。ラーリン家のテーマが『February』なのでしょうね。
ACT1 - Scene
オネーギン&タチヤーナの再登場。チェロとコントラバスの重たい音色で登場する我らが主人公。
さて、使用楽曲は歌劇から。
歌劇『Cherevichki(チェレヴィチキ)』より、オクサーナのアリアです。
0:22からの部分で、歌無しのインストルメンタルとして使用しています。
オネーギンがはじめてタチヤーナをリフトする場面、上記の動画だと1:54からは歌の部分もオーケストラに組み込んでいきます。
チェレヴィチキはオペラとしてはかなりマイナーな作品で、私も今回初めてCDを購入しました。曲はチャイコフスキーなのでとても素晴らしいのですが、なるほど確かにストーリーに少々難ありのようです。いや、ゴーゴリの物語はよいのですが、余りにもオペラ向きではない……。
このアリアを歌い上げるヒロイン・オクサーナは、自分の美貌を知る少々傲慢な娘で、主人公・ヴァクーラに気がありながら、生意気な態度を取ってしまう。このオクサーナのアリアは、そんな彼女の心の内を密かに、しかし華やかに歌い上げています。
このアリアがオネーギンの各所で使われているとなると、どうしてもタチヤーナの純真さに心を動かされながら、飽きで麻痺した心で拒絶してしまうオネーギンと重ね合わせてしまいます。或いは、音の上昇とタチヤーナのリフトが組み合わさるバレエ版は、オクサーナとタチヤーナの恋による心の高揚感が現れているようにも思えます。
ACT1- Variation (Onegin)
右手の動きが異様に艶めかしいオネーギンのヴァリエーション。
使用楽曲は、チャイコフスキーの中でも特に有名な『Nocturne op.19. No4』。
チェロのアレンジの方をご存じの方も多いのではないでしょうか?
チェロ版の伴奏のオーケストレーションを元にしていると思われ、ほぼ原曲通りとなっています。ピアノソロだと大分味気ないので、良いアレンジだと私は思います。
後半部は右手の旋律がタチヤーナ、左手のメロディラインがオネーギンを非常に上手く表しています。元々振り付けと共に書かれた曲かと錯覚するくらい……。
このような有名な曲がヴァリエーションに使用されるなんて、流石タイトルロールというべきでしょう!
ACT1 - Finale
ラーリン家に仕える男女による、土臭さを残したコール・ド・バレエです。まずは登場シーンですが、歌劇『ウンディーナ』よりフィナーレ。
動画だと、13:00-です。多少端折っていますが、大体そのままです。
躍りが始まると、『Cherevichki(チェレヴィチキ)』から『Russian Dance 』になります。ほんとうにそのままです。
聞いて頂くとわかるかと思いますが、本当にそのままです。
もしコンサートなんかで聞く機会があれば、つい体が動いてしまいそうですね。
ACT1 - Intermezzo
第1幕第1場と第2場を繋ぐ舞台替えの時間。バレエ版オネーギンでは、中幕の前で登場人物たちがすれ違い、関係性を端的に表します。そのシーンが私は物凄く好きなのですが、同意して頂けるでしょうか?
さて、使用楽曲は上記と同じく、『Cherevichki』より『Russian Dance』です。
かなり重たく、ゆっくりとアレンジしています。
途中から曲が変わり、これまたお馴染み『February』。
最後は次の曲に繋がるようにストリングスに絞っていきます。その音の削り方がとても秀逸なので、まだバレエ版を見ていない方は踊りと共にオーケストレーションを是非楽しんで下さい。
ACT1 - Scene
第1幕第2場、タチヤーナの寝室。
うっとりとした表情で恋文をしたためるタチヤーナ。この時の楽曲は『Cherevichki』より『オクサーナのアリア』。昼間のオネーギンを思い浮かべているのでしょう。ご丁寧に、歌い始め(=はじめてのリフト)からの抜粋です。
ばあや(フィリピエヴナ)が登場すると、楽曲が変わります。これまた『Cherevichki』より、『Overture(序曲)』です。
1:58からの部分がそうです。9:55からは同じ部分が華々しくアレンジされています。同じメロディなのにここまで変わるか!というほど。
序曲というのはその作品のテーマ曲みたいなものですから、チェレヴィチキがロシアの土着的なイメージの強い喜劇だということがここからもよくわかります。
ちなみにオペラ版オネーギンの序曲は、ストリングスの切なげに降下する旋律が印象的な、ドラマティックでメロディックな一曲です。とても美しいので是非聞いてみて下さい。
鏡からオネーギンが登場する際に『交響的バラード 地方長官』になります。
冒頭部です。
ACT1 - Pas De Deux (Spiegel)
バレエ版オリジナルのシーン。夢の中で鏡の中から立ち現れるオネーギンと、夢見る少女タチヤーナの鏡のPDD。
ここはバレエ版オリジナルのシーンだとしてかなり叩かれたらしいですが、バレエという媒体にするに当たって仕方ないことだと感じます。個人的には、恋文をしたためるという描写を夢の世界で表現する、という発想は見事だとおもっています。
また、邪推すると、バレエ版のこのシーンは原作の第五章 - 名の日の祝いでタチヤーナが見た"ふしぎな夢"をオマージュしているのではないか、とも考えられます。
さて、ここで本題。ここで使われるメインの楽曲は歌曲『ロミオとジュリエット』より、デュエット。
2:54~のジュリエットの歌う旋律からがそうです。
この愛のデュエットは、なるほど、夢の中で束の間愛し合う二人の儚い絆に似ているとも言えましょう。オクサーナといい、全然違うはずのキャラクターが、とあるシーンで使用されたというだけでこうも重ね合わさってしまうのは不思議なことですね。
詳しくはこれらの記事を参照のこと。
途中で挿入されているのが、オペラ『チェレヴィチキ』の「ルサールカたちの合唱」です。
↑ 冒頭から聞き馴染みのあるメロディが!
ここでは、「暗くて不気味だ」と歌われているので、深夜の夢の世界に相応しいとも言えるでしょう。
途中で挿入されるのが、『Overture in F major』です。チャイコフスキー最初期の作品ですね。
↑ 2:12~より。
ACT2 - Grand Valse
第2幕の幕開けです。第2幕第1場は、タチヤーナの名の日の祝いから始まります。
第3幕第1場と違い、田舎らしい慎ましさで、老人が多いことが特徴です。
さて、使用楽曲は『Natha Waltz Op. 51, No. 4』。
第二主題のアルペジオが特徴的な物静かなワルツです。クランコ版オネーギンでは、社交ダンスとして使われている曲ということもあって、華やかにオーケストレーションされていますね。
改変は一切なく、フルでそのまま使われています。
中間部、オネーギンが登場するときに 『Waltz Sentimental(感傷的なワルツ)』になります。形式的にタチヤーナと踊り、去るまでが該当します。
その後また Natha Waltz に戻ります。
ACT2 - Mazurka
クランコ版オネーギンといえば、そう、ここ、ラブレターを破るシーンですね!(?)
この前触れ、客人達が捌けていくダンスで使われるのは、 『Mazurka Op.72, No.6』。
マズルカというのは社交ダンスの中では最も難易度が高いらしく、オネーギンの得意分野であったりもします。ここで繰り広げられる軽やかなステップは原曲からも健在です。
さて、このマズルカがフルで演奏された後、肝心のラブレター引き裂き事件での楽曲はというと、劇付随曲『偽ディミートリーとヴァシリー・シュイスキー』よりマズルカ。
こちらは後に自身の手でピアノ曲に編曲され、『Mazurka de Salon Op.9, No.3』になったようです。
前者の方がオーケストラ曲ですが、後者の方が旋律はそのままですね。
マズルカを二曲繋ぐことで違和感を無くすというテクニック!
こちらの方は、中間部をガッツリ削っています。そして2:25~また戻ってきます。
これだけ聞くと美しい曲なのですが、仏頂面のオネーギンが思いっきりラブレターを引き裂いた様を目の当たりにした我々からすると、最早この曲に関してはそのイメージしか湧いてきません。今でもありありと脳内再生出来てしまいます。
オネーギンがカードゲームの卓に戻ってからは、また最初の『Mazurka Op.72, No.6』に戻ります。
ACT2 - Pas D'action
グレーミン公爵の初登場シーンです。グレーミン公爵が名の日の祝いの席に現れるのはクランコ版オリジナル。しかし、グレーミン公爵はオネーギンの親戚であり、バレエ版でのみラーリン家とも親戚という設定になっているようなので、さして不自然もないように思います。
さて、使用楽曲は『Tendres reproches Op.72, No.3』。
ここは1分もない繋ぎの場面なので、イントロがほんの少し演奏されます。
ACT2 - Danse Generale
タチヤーナとグレーミン公爵、オネーギンとオリガが交差する印象的なワンシーン。振付したクランコとしても、一番の自信作だという部分です。
グレーミン公爵に手を取られるも、オネーギンから目を離せないタチヤーナ。一方のオネーギンは、自分を退屈なパーティに連れてきたレンスキーへの嫌がらせを決意。オリガとカード遊びに興じたり、二人で笑い合いながらレンスキーから逃げてみたり。群衆の隙間でばったりと顔を合わせたオネーギンとタチヤーナは、あまりの気まずさにすぐに顔を背けてしまう。
不穏な匂いを漂わせ始めたストーリーと違い、軽やかで可愛らしいポルカが奏でられます。使用楽曲は『Polka de Salon Op.9, No.2』。
これは本当にそのままですね。原曲の可愛らしさが残るオーケストレーションです。
ACT2 - Scene
ポルカが終わり、タチヤーナを残して群衆が捌ける繋ぎのシーン。
こちらは上記『Tendres reproches Op.72, No.3』をアレンジして使っています。
20秒ほどの短いものなので冒頭のみです。かなりゆっくり、フルートのソロで奏でているので分かりづらいですが、ちゃんと聞けば同じ曲だとわかるはずです。
ACT2 - Variation (Tatjana)
我らがヒロイン: タチヤーナのヴァリエーション。
バレエ版オネーギンは、グランドバレエの型に囚われず、ストーリーに沿ってヴァリエーションや PDD が散りばめられているのが特徴です。
このタチヤーナのヴァリエーションでは、恋した異性の気持ちが分からず歯がゆい思いをする、子供っぽくも可憐な少女を上手く表現しています。
使用楽曲は『Capriccioso Op.72, No.3』。
実際に弾いてみると、左手でのメロディーラインがかなり厄介な一曲です。
中盤のクペ→シェネターン部分に相当する、高速アルペジオのあたりを大幅に削っていますが、大体同じです。
ACT2 - Finale
いよいよ第2幕第1場も大詰めです。
レンスキーからオリガを奪い、黒鳥オディールさながらの誘惑をキメるオネーギン。
レンスキーに対しては、オリガをサポートしつつジュテで彼女を自慢するかのよう。オペラ版でのここのセリフは「どうして君は踊らないの、レンスキー?」
そんな蠱惑的なオネーギンの演技力が試されるここでの楽曲は『Valse à cinq temps Op. 72, No. 16』。
直訳で、「5拍子のワルツ」。
全くもって意味がわかりませんが、楽譜を見るとその構成のうまさに唸らざるを得ません。流石のチャイコフスキー。チャイコフスキーの五拍子のワルツといえば、交響曲第六番 第二楽章も五拍子のワルツですね。チャイコフスキーの得意技です。
終盤、激怒したレンスキーが白手袋を投げつける、バレエ版オリジナルのシーン。ここでの曲が一番見つけるのに苦労しました。
使用楽曲は歌劇『ウンディーナ』より合唱。
9:41-、合唱を抜いたオーケストラの部分です。
そして、最後オネーギンが手袋を拾う段になると、 Act1 scene1 のコール・ドでも使われていた、歌劇『ウンディーナ』よりフィナーレの最終盤になります。
動画では 13:49-辺りから。完璧に一致します!
ACT2 - Intermezzo
第2幕第2場序曲。
オネーギンという作品の中で最も荒涼的な決闘シーンの前ということもあり、もの悲しい一曲となっています。
曲はこの後すぐ踊られるレンスキーのヴァリエーションと同じ、『The Seasons』より『October』。
移調しているせいもあって、かなり分かりづらくなっています。
オーケストレーションに興味のある方は、じっくり研究されるのがよいでしょう。
ACT2 - Variation Triste (Lenski)
Triste(悲嘆的な)なんて付いている、レンスキーのヴァリエーション。
オペラ版でいう、レンスキーのアリア(『青春は遠く過ぎ去り』)に相当しますので、辞世の句を体で表現したともいうべきこのヴァリエーションは、苦悩に満ちあふれていて見ているこちらが息苦しくなるくらいです。
使用楽曲は、先ほどに引き続き『October』。
こちらはかなりわかりやすく、そのまま使われていますね。メロディラインをストリングスにして、原曲と比べて繊細な音の揺れを表現しています。
再びレンスキーの踊りに当てられた『The Seasons』ですが、October(10月)の元となった詩はトルストイ(※レフではなくアレクセイであることに注意)から。
わたしたちの庭から秋が
金色の木の葉の飾りを奪った
そして木の葉はゆっくりと
林の中を風にはためいて行く
アレクセイ・ニコラエヴィチ・トルストイ
ACT2 - Pas De Trois
ラーリナ姉妹とレンスキーの3人で踊られる、Pas de Trois。
ここでラーリナ姉妹が決闘を引き留めにくるのもバレエ版オリジナルになっています。丸々1場を男性二人で繋ぐのには流石に無理があったのでしょう。(そういえばクランコ版ではザレーツキーとムッシュー・ギヨーが出てきませんよね。流石に男性4人のカルテットは難しいということでしょうか。)
使用楽曲はまたも『The Seasons』より『August』。
レンスキーの死と共に、『The Seasons』シリーズが出揃いました。2月→1月→6月→10月→8月と、季節感はめちゃくちゃですが。
『August』は原曲に Allegro Vivace という指示があり、このリズムも難解で指が絡まりそうな曲を高速で弾き上げることが求められます。それと比べると、バレエ版のアレンジでは大分遅くなり、イメージも変わったことと思います。
The Seasonsは全ての曲が3部構成になっているのですが、今回は第1部、上記動画でいう~0:55が使われています。
第2部の代わりに挿入されるのが、久しぶりの『Impromtu in A flat major』!
かなり上の方、 ACT1- Pas D'action にて初登場致しましたこの曲。
久々なのでもう一度貼ります。
前に解説致しましたように、この曲は必ずオネーギンの登場シーンで使われます。
つまり、ここで我らがロシアの外套を羽織ったチャイルド・ハロルドがピストルを手に現れるわけですね。編曲と振りが見事に一致しています。
ここでは決闘前ということを意識してか、第1幕、第3幕よりも勇ましいアレンジになっています。
そして第三部、再び『August』に戻って参ります。ここのレンスキーとオネーギンが背中合わせに近づき、対峙するも決裂してしまう様は、オペラ版のレンスキーとオネーギンの心の内を謳った「手が血に染まらぬうちは笑い出すことも出来ないのか? 仲良く別れることは出来ないのか?」という歌詞を思い出します。
最後、オネーギンのピストルが火を噴き、曲は更に壮大にアレンジされた『October』になります。
先ほど斃れた詩人が嘆いたこの曲で、我らが主人公も手に顔を埋めて嘆くのです。
ACT3 - Pollacca
首都ペテルブルク、花の社交界。オペラ版、バレエ版共に、華やかなポロネーズで第3幕は幕を上げます。
使用楽曲は『Cherevichki(チェレヴィチキ)』より、『Polonaise』。
ほとんどそのままですが、オーケストレーションに違いがあります。クランコ版オネーギンでは第1部でも優雅に聞こえるようアレンジが加えられています。
また、中間部は少し削られています。
原曲はかなり勇ましいですが、バレエ版オネーギンでは社交界に相応しい華々しくも優雅で洗練された曲に仕上がっています。
ACT3 - Scene
26歳(バレエ版では32歳)になり、社交界に帰還した我らが主人公オネーギンの登場です。
ドイツの初演では、白髪に口髭というメイクのせいでロシアの原作ファンを激怒させたと聞き及んでおります。ファンとしては時代考証もしっかり厳守して頂きたいと思うものの、中年オネーギンというのもめちゃくちゃ気になる次第であります。
さて、ここでは彼の回想シーンのようなものが入ります。沢山の女性がオネーギンの気を引こうとしますが、オネーギンと彼女らの視線は一度も噛み合いません。
まさに心ここにあらずという状態のオネーギン。使われた楽曲は、第1幕第1場にて、オネーギンが登場した際に使われた『オクサーナのアリア』冒頭と、オネーギンのテーマこと『Impromtu in A flat major』。オネーギン尽くしです。
この曲が使われるのも最後となり、漸くフルで使用されます。重低音でのメロディラインはそのままに、優雅さがプラスされています。
ACT3 - Scene And Pas De Deux
宮廷の寵愛を受け、社交界の誰からも羨まれ、慎ましげな愛を築くグレーミン公爵夫妻のPDD。
冒頭は、第2幕第2場でグレーミン公爵が初登場した際に使われた、『Tendres reproches Op.72, No.3』。これがグレーミン公爵のテーマということでしょうか。
PDDでは、『Romance Op.51, No.5』が使われています。
こうやって聞くと、とてもバレエの練習曲っぽい……。
この落ちついた感じが、老年の公爵と貞淑なタチヤーナによく合っていると思います。
ACT3 - Pas D'action And Finale
グレーミン公爵夫妻に駆け寄るオネーギン。そして、彼女があのタチヤーナであることを確認します。
オペラ版だとオネーギンのアリオーゾ(『Ужель та самая Татьяна,』)に該当する部分なので、ここでヴァリエーションとかやってくれてもよかったのに~と思いつつ。オペラ版もバレエ版も、オネーギンの魅せ場って少ないですよね。タイトルロールなのに……。
使用楽曲は、第1幕第1場のフィナーレで使われた『Cherevichkiの『Cossack Dance』です。
4:17~がそうです。
ポロネーズ同様、原曲と比べると少し優雅に感じますね。中間部端折っていますが、大体同じです。
ACT3 - Scene
第3幕第2場。公爵夫人タチヤーナの部屋にて、ラストシーンです。
冒頭に『Francesca da Rimini』。
1:31~をアップテンポにアレンジしています。
グレーミン公爵が現れてから、最後のダメ押し『February』。あの懐かしい音色がここで一瞬出てきます。よく見ると、タチヤーナの机の上には鏡が。そう、第1幕第1場と同じように、グレーミン公爵がタチヤーナの鏡を覗き込むのです。その時と同じように、タチヤーナはびっくりして逃げだし、『February』は短調にアレンジされます。
そして、グレーミン公爵とタチヤーナの二人ということで、先ほどのPDDで使われた『Romance Op.51, No.5』。振りも先ほどと同じです。
グレーミン公爵が去り、入れ替わるように現れるオネーギン。そこで旋律はまた『Francesca da Rimini』に戻ります。そしてそのまま最後の魅せ場: 手紙のPDDへ―――。
ACT3 - Pas Du Deux
ラストシーン、手紙のPDD。
少年のように情熱的に恋い慕いながら、病的に痩せ衰えたオネーギンと、本心ではオネーギンを未だ愛しながら、貞淑な妻としての道を捨てられないタチヤーナ。高い演技力が求められ、また、難易度も高いフィナーレに相応しい出来になっています。
楽曲は先ほどの『Francesca da Rimini(フランチェスカ・ダ・リミニ)』。
フランチェスカ・ダ・リミニは、ダンテの神曲に登場するキャラクターです。この曲はダンテの神曲を読んで深く感動したチャイコフスキーがその場の勢いで書き上げたものです。
簡単に説明しますと、フランチェスカはジョヴァンニという足が不自由で醜い領主のところへ嫁ぐことになるのですが、ジョヴァンニの弟: パオロとお互いに惹かれ合います。あるとき、フランチェスカとパオロが密会していると、それがジョヴァンニに見つかり、二人は殺されてしまう……というお話です。
足が不自由で醜い領主……それってグレーミン公爵のことでは? 惹かれ合い密会する男女……それってオネーギンとタチヤーナ? では、オネーギンの結末って……? な~んて、妄想が滾りますね!
楽曲について、細かく見ていきましょう。手紙のPDDは、フランチェスカ・ダ・リミニを断片的に切り取って繋いでいるので、上記動画に沿って解説します。
1:31~3:23:第3幕第2場入り~オネーギンが出てくるとこまで
7:50~8:10:タチヤーナがオネーギンの手紙を突っ返すところ(※一番最後)
8:54~10:44:手紙の PDD 始~二人がすれ違う振りまで
11:46~15:43:冒頭~二人が顔を付き合わせるところまで
16:44~18:58:続き~リフト(※中間部オーケストレーションが少し違う)
19:33~20:02:リフトを交えて上手後方へ下がるところ
22:13~:ラスト手紙を突き返すところ~終幕まで
という流れになっています。わかり辛かったらすみません。
鏡のPDDと同じ部分は『Overture in F major』です。これにてお終い!
最後に
通読お疲れ様で御座いました! なんとか全ての楽曲の原曲を提示することが出来ました。
この記事が何字になったかと申し上げますと、なんと、13000字超です。本当にお疲れ様でした。書いたわたくしも疲れました。
『オネーギン』はオペラ版は勿論、バレエ版も楽曲が素晴らしいです。流石のチャイコフスキーです。編曲のクルト=ハインツ・シュトルツェも才能に満ちあふれています。
『オネーギン』が好きな方、ピアノで弾いてみたい方、チャイコフスキーとオーケストレーションに興味がある方、そういう方々のお役に立てたならば幸いでございます。
それでは、『オネーギン』ファンが増えると願って。