世界観警察

架空の世界を護るために

音楽の考証 - 『Paradise Lost』考察3

 おはようございます、茅野です。

一旦書き始めたらエンジンが掛かって結局貫徹。あるあるですね。

 

 今回は、続けてParadise Lost』の考察を。

↑ 第一弾はこちらから。

 

 第三回となる今回は、BGM 、音楽から読み解けることはないかを探ります。シンプルで自己主張の少ない『Paradise Lost』の音楽ですが、ヒントは満載です。細かく見て参りましょう。

 

 それでは、早速ですが、お付き合いのほど宜しくお願い致します!

 

 

音楽

 『Paradise Lost』の BGM は全部で19曲。曲の題は以下の通り。

Na Wojtusia z Popielnika (Main Theme) / Mother's Grave / Railway Station / War Theme /  Echo /  Eve's Theme / Ironworks / Bridge / Koêomyjka / Casta Diva / Harvest / Lucjan's Theme / Garden Theme / Lucjan's Cave / Revelation / Kinderjohren / Shutdown /  Goodbye, sister / Leave nothing behind。

このうち、4曲はオリジナルではなく、何か元となる曲があるものです。当記事では、この4曲を確認し、解説して参ります。

 

Na Wojtusia z Popielnika 

 メインテーマとなるのが『Na Wojtusia z Popielnika(ヴォイトゥシの灰皿で)』というポーランド民謡です。特に、この曲は子守歌ですね。

かなりアレンジされており、ポーランド文化に詳しい方でも、初見で気付く方は少数なのではないでしょうか。

 

 歌入りのものだと、このようなものがあります。民謡らしく、歌いやすそうで、短い繰り返しが多い、耳によく馴染む旋律です。

 この歌は19世紀には存在していたようで、今でもポーランドでは最も人気な子守歌の一つなのだそうです。

 

 歌詞を、英訳を元に邦訳してみたので、聴きながら見てみてください。動画では第四パラグラフが省略されていますが……。

Na Wojtusia z popielnika
Iskiereczka mruga
- Chodź opowiem ci bajeczkę,
Bajka będzie długa.
ヴォイトゥシ(男性名)の灰皿で
火花が煌めいている
「おいで、お伽噺をしてあげる
お話は長くなるよ

Była sobie raz królewna,
Pokochała grajka,
Król wyprawił im wesele...
I skończona bajka.
あるところにお姫様がいました
彼女は大道芸人に恋をして
王様は二人の結婚の準備をしました……
これでこのお話はおしまい

Była sobie Baba Jaga,
Miała chatkę z masła,
A w tej chatce same dziwy...
Cyt! iskierka zgasła.
あるところにバーバ・ヤーガ(醜い老婆の魔女)がいました
彼女はバターでできた小屋を持っていて
それはとってもへんてこでした……」
ポン! って火花が飛び出しちゃった

Patrzy Wojtuś, patrzy, duma,
Zaszły łzą oczęta.
Czemuś mnie tak okłamała?
Wojtuś zapamięta.
ヴォイトゥシは見回して不思議そうにしてる
瞳から涙がぽろぽろ
どうして僕にそんな嘘つくの?
ヴォイトゥシはきっと思い出すだろうね

Już ci nigdy nie uwierzę Iskiereczko mała.
Najpierw błyśniesz, potem gaśniesz,
Ot i bajka cała.
もうお前なんか信じてやらないぞ、ちっこい火花ちゃん、
きみは最初に瞬いて、そして吹き消しちゃう
さ、これでお伽噺は全部だよ

 

 『Paradise Lost』は舞台がポーランドであり、最初の回想では、母の話を聞くシモン君はベビーベッドと思しき場所にいます。そして母はシモン君を寝かしつけ、子守歌を鼻歌するので、この曲が採用されているものと考えられます。

 

Koêomyjka

 作中の BGM の一つ、『Kołomyjka(コウォミイカ』。

こちらは東欧、特にポーランドウクライナルーマニアなどに伝わるフォークダンスのことです。ポーランドにはコウォミイカという地名もあります。特にそういう資料は見つけられていませんが、もしかしたら発祥地かもしれません。

 ちなみに、この辺り。

 

 舞曲であるコウォミイカの特徴は、二拍子であること(稀に四拍子)、非常にアップテンポであること、更に曲の中盤から加速してゆくことです。

↑ 女性三人が弾いているのはバンドゥーラというウクライナの民族楽器。

聴いているだけで踊り出しそうになりますね。

 

 コウォミイカを踊る様子は、前回の記事で紹介した画家、テオドール・アクセントヴィチも描いています。

↑ テオドール・アクセントヴィチ画『コウォミイカ』(1895)。

 前回ご紹介した『フツルの葬儀』同様、フツル人がモデルだそうです。

 

Casta Diva

 高級住宅・店エリアで流れる BGM は『Casta Diva(清らかな女神)』。

『Casta Diva』は、ヴィンチェンツォ・ベッリーニ作曲のオペラ『ノルマ』の中の名アリア。

作中では、ピアノとヴァイオリンの編曲になっています。

 

 リサイタルでも取り上げられる機会の多い名アリアだけあって、とても美しい曲です。是非とも最後まで聴いて下さい。

↑ 流石のフレミング様、美しい……。

 

 歌詞を見ると、どうしてこの曲が採用されたのか、ということがとてもよくわかります。邦訳してみたので、動画と併せてご覧下さい。

Casta Diva, che inargenti
queste sacre antiche piante,
a noi volgi il bel sembiante
senza nube e senza vel...
清らかな女神様
この聖なる古代の植物を白銀に輝かすお方
どうか私達にその美しいお顔をお見せ下さい
ヴェールを脱ぎ、曇りのないお顔を……
Tempra, o Diva,
tempra tu de’ cori ardenti
tempra ancora lo zelo audace,
spargi in terra quella pace
che regnar tu fai nel ciel…
和らげて下さい、女神様
和らげて下さい、この燃え盛る魂を
和らげて下さい、今なお不埒なこの熱意を
振り撒いて下さい、この地に平和を
あなたが統治する天国のように……

 

 「女神様、この地に平和を振りまいて下さい」という祈りは、Paradise Lost』に何よりも相応しいものです。

 わたくしはオペラ鑑賞が趣味の一つですが、平和を希求するアリアというと、この『ノルマ』の『Casta Diva』は最も相応しいと言えるでしょう。

『ノルマ』自体はあまり上演回数の多い作品でもありませんし、「平和と言えば『ノルマ』!」というように、明確に関連づけて挙げられる作品でもありません。

作中ではヴァイオリンによる演奏ですし、曲の題も示されません。ただの BGM の一曲です。そもそもこの曲が『Casta Diva』であると気が付く人は少なく、歌詞にまで気を回す人は極少数でしょう。

しかし、だからこそ、ここでこの曲を持ってくる、ということが、何よりも洒落ているのです。その演出に、わたくしは何だかもう感動してしまいました。余りにも上手すぎる……。

 

Kinderjohren

 作中の BGM の一つ、『שנות ילדות(幼少期)』。

高名な詩人モルデハイ・ゲビルティグ(מרדכי געבירטיג)の詞による歌です。

 

 民謡なので、明確な原曲のようなものはないのですが、こちらなどはお洒落にアレンジされていて大変素敵です。

↑ MV 含め、とてもお洒落。

 

 東欧のユダヤ人の間で話されていた言語、イディッシュ語で書かれた歌です。『Paradise Lost』という二次大戦が題材のゲームでユダヤの詩人、ということで嫌な予感がした方もいらっしゃるかと思いますが、残念ながらその予感は当たってしまいます。

詩人ゲビルティグは、クラクフのゲットーでドイツ兵に銃殺されています。

↑ 詩人モルデハイ・ゲビルティグ。

 

 そのような背景を思うと、殊更泣ける歌詞になっています。英訳を元に邦訳を試みたので、参考になれば幸いです。原文はアルファベットへの音写版にしておいたので、聴きながら追うのも一興かと思います。

Kinder-jorn, sisse kinder-jorn. 
Ejbik blajbt ir wach in majn sikorn; 
Wen ich tracht fun ajer zajt, 
Wert mir asoj bang un lajd ― 
Oj, wi schnel bin ich schojn alt geworn. 
幼少期、甘く遠い日々よ
お前は僕の元を決して去りはしなかったね
その日々は、まるで輝く一日のように思える
だが、その時影が落ちたんだ―――
おお、老いとは哀しいものだね
Noch schtejt mir doss schtibl far di ojgn, 
Wu ich bin gebojrn ojgezojgn 
Ojch majn wigl se ich dort, 
Schtejt noch ojf dem selbn ort ― 
Wi a cholem is doss alz farflojgn. 
想い出は僕の心を通り過ぎて
息を吹き返す、再び傍にいるんだ
過去の景色が目の前で瞬いて
母さんの子守歌の暖かさを感じるよ―――
心の内に秘めていた、母さんへの言葉
Un majn mame, ach, wi sh’fleg si libn,
Chotsch si not in chejder mich getribn;
Jeder knip is fun ir hant
Mir noch asoj gut bakant ―
Chotsch kejn zejcheni is mir nischt farblibn.
大好きな母さん、ああ、その素敵な顔が大好きだった
学校に行くときは、優しい手を握らせてくれたよね
その手はとても暖かくてすべすべしてた―――
あれから随分経ったけど
でもどんな些細なことでも覚えてるんだよ
Noch se ich dich, Fejgele, du schejne, 
Noch kusch ich di rojte beklech dajne, 
Dajne ojgn ful mit chejn, 
Dringen in majn harz arajn, 
Ch'hob gemejnt, du west amol sajn majne. 
僕の彼女の視線を感じる
君って奴はほんとに最高だった、小鳥ちゃん
君の炎のように赤い唇は
花のように甘く鮮やかでさ
逢瀬は僕ら二人にとっての希望だったよね
Kinder-jorn, junge schejne blumen!
Z' rik zu mir wet ir schojn mer nicht kumen;
Jorn alte, trojerike,
Kalte, mojre-schchojredike
Hobn ajer schejnem plaz farnumen.
幼少期、桜咲く季節よ!
僕らは鳥のように飛び去ってしまった
老年っていうのは最も哀しい時だよ
心の内に何も感じないときがある
昔はそんなこと知りもしなかったのに
Kinder-jorn, ch'hob ajch ongewojrn. 
Majn getraje mamen ojch farlojrn, 
Fun der shtub nishto keyn flek, 
Fejgele is ojch awek, 
Oj vi schnel bin ich schojn alt geworn.
幼少期よ、僕に何を遺してくれたんだい?
僕はお前を失った、今になってわかったんだ
窓越しに薄暗い夜明けが見える
最愛の人たちはもういない
僕には想い出と哀しみしかないんだ

 自分で書いていて涙腺に来ました。

 

 前述のように、『Paradise Lost』のメインテーマは子守歌。この『幼少期』中の歌詞、「暖かいママの子守歌」という歌詞がばっちり嵌まります。ここまでの細かいネタの仕込み方を思えば自明ですが、そこまで計算されて仕込まれていると思うので、本当に制作陣は化け物です。

 

まとめ

 『Paradise Lost』で用いられる非オリジナル楽曲は、非常にメッセージ性が強いので、我々プレイヤーは是非ともそれを読み取ってあげる必要があります。

 平和を希求するアリアに、現地によく浸透したノスタルジックな民謡……。歌詞や、楽曲が生まれた背景もゲームの内容によく合致しています。

 但し、原則的に BGM ではかなりしっかりアレンジが為されており、原曲を探し当てることは困難です。「わかる人にはわかる」「細かく調べた人はわかる」くらいのもので、知らなくともストーリーの骨格の理解には全く差し障りありません。

だからこそ、この丁寧な「仕込み」には感動してしまうのです。正に我々考察勢の為のゲーム、『Paradise Lost』……!

 

最後に

 通読お疲れ様で御座いました。6000字ほど。

 前回取り上げた絵画の類いも然りですが、『Paradise Lost』はネタの仕込み方が丁寧且つ他大変洗練されています。調べれば調べる程理解が深まる、正に考察勢好みのゲーム。リサーチを深めれば深めるほど好きになってしまいます……。好きだ、『Paradise Lost』……。

 

 次回は、一応最終回を予定しています。取り上げるテーマは「地理と宗教」。現在、絶賛リサーチ中です。最終回も楽しんで頂ければ幸いですね。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また次の記事でお目に掛かれれば幸いです!