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新国立劇場『レオポルトシュタット』 - レビュー

 こんばんは、茅野です。

レビュー執筆マラソン敢行中です。どんどん参ります。

 

 第二弾となる今回は、同じく新国立劇場の演劇、『オポルトシュタット』です。10月16日の回にお邪魔して参りました。

↑ 10月末まで上演中。まだ間に合うので滑り込みましょう!

 

 実はわたくし、中学・高校とずっと演劇部で活動していたのですが、色々ありまして、それが寧ろ仇となり、日本の演劇には苦手意識があります。従って、オペラでは通い倒している新国立劇場で演劇を観るのは初めて。

 最近は、National Theatre Live など、英国の演劇にはよく通っています。日本の演劇も好きになれるのならばなりたいところ。

 

 今作『レオポルトシュタット』は、件の National Theatre Live さんが来年 1 月に上演を予告しておりましたので、予習ということで、意を決して滑り込むことに。タイムリー。

↑ 今回の観劇で、このあやとりをしている少年の意味を理解しました。

 

 如何せん苦手意識があるものですから、正直客席に座るまでは気が重かったくらいなのですが、幸いなことに、結論として、観に行ってよかったな、と言える体験になったので、その感想を簡単に書いてゆきたいと思います。

 

 それでは、お付き合いの程よろしくお願い致します。

 

 

キャスト

ヘルマン:浜中文一

グレートル:音月桂

エーファ:村川絵梨

ルードヴィク:土屋佑壱

ハンナ:岡本玲

ヴィルマ:浅野令子

フリッツ:木村了

エミリア那須佐代子

ポルディ:泉関奈津子

パーシー:内田健介

サリー:太田緑ロランス

オットー:椎名一浩

ネリー:椙山さと美

ヤーコプ:鈴木勝大

クルト:鈴木将一朗

ローザ:瀬戸カトリーヌ

ナータン:田中亨

エルンスト:野口卓磨

ザック:松本亮

ヘルミーネ:万里紗

レオ:八頭司悠友

作:トム・ストッパード

翻訳:広田敦郎

演出:小川絵梨子

 

雑感

 大劇場には何度も赴いておりますが、人生二回目の新国立劇場中劇場。前回は、7月にオペラ研修所の『領事』を観ました。

↑ こちらも良かった……。

 オペラ『領事』も、恐らくは中欧を舞台とした物語であり、政治的で、迫害を受け、最後は主人公のマグダがガスによる自殺を行って幕切れとなるので、ストーリー上似たものを感じたり。中劇場はそういう物語がお好みなのか? ちょっと暗すぎないか?

 

 脚本は、『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』のトム・ストッパード御大。氏は、ロシア文学を元とした作品も色々書いておられるようなので、今後色々観てゆけたらよいですね。

『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』は、拝見したことがないのですが、この間の MET ライブビューイングのオペラ『ハムレット』にて、言及がありました。

↑ 白塗りの登場人物たちが最早ホラー映画のそれ。

 よい機会なので、観てみたいところです。

 

 大変に個人的なことですが、丁度観劇の前日にフランツ・ヨーゼフ帝の本を読み終えたばかりだったので、個人的には大変タイムリー。

↑ 刀水書房の歴史書、すきなのです。ロシア帝国を中心に、19世紀史なら何でも関心があるので、オススメの一冊を教えて下さい。

わたくしは基本的に19世紀のロシア帝国の文化と社会を愛好しておりますので、隣国オーストリア(=ハンガリー)帝国に関してももっと知見を深めたいところ。

 

 さて、内容に関してですが、何って、登場人物の多さ! 覚えられるかぁ!

前記のキャスト表は、一応家系図を見ながら写しましたけれども、未だに混乱します。

個人的には、少人数劇の方が好みなので、最初から「ほらね、大人数劇はこれが難しくていかん……」と感じてしまいました。

 しかしながら、登場人物の相関関係に関しては、朧気な理解で観ても構わないのです。勿論、初見の状態で観ても楽しめるように作られているのですから。

登場人物たちの会話で、「この人がグレートルか」「この人が彼女の旦那さんか」、といったように、理解が進んでいくのが、面白さの一つです。

 

 多少衒学的であり、その時代時代の文化や芸術、情勢に詳しいとより楽しめるポイントも。有名どころだと、マーラーフロイトなど。

 わたくしも存じ上げなかったのですが、「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世は、正にこのレオポルトシュタット地区を題材としたポルカを書いているのですね。

↑ その名も『レオポルトシュタット・ポルカ』。作品の暗さに反し、こちらのポルカシュトラウス2世らしい愛らしい一曲です。ああ、古き良きベル・エポック……!

彼はワルツやポルカを600曲近く書いているので、全曲把握するのは至難の業。素敵な曲を知れて嬉しいです。

 

 わたくしは国際政治の研究会に属しており、特にアラビア語圏を対象としていました。となれば当然パレスチナ問題の勉強は必須なわけで、テオドール・ヘルツルの主張を巡る論争などに、思うところがあったり。

パレスチナレバノン、シリアなどの苦難を学んでいた身であることもあり、シオニズムには断固反対の立場ですが、何故彼らがシオニズムを開始したのかという点は理解できるので、やるせなさを覚えますね。迫害された歴史があるからこそシオニストになるわけであって、シオニストのみに罪を被せるのは何か間違っている気が致します。

 

 個人的には、ロシア帝国を中心に19世紀という時代を愛好しているので、初代が好み。

重く受け止めて学んでいかないといけないことではあるのですが、「愛好」するには、20世紀は重たすぎる。特にユダヤ問題に関しては……。

 とはいえ、どの代にも悩みが尽きず、19世紀は「比較的マシ」レベル。現代社会が、彼らにとって生きやすい社会であれば何よりなのですが。

 

 「比較的マシ」であったとしても、特にウィーン恐慌(1873)後のオーストリアの自殺率は跳ね上がり、絶望とデカダンの入り交じる、混沌とした世界に突入します。

 ヤーコプの命の絶つ経緯と方法は、20世紀のユダヤ系イタリア人作家、プリーモ・レーヴィと全く同じで震えました。意識されていたりするのでしょうか。

レーヴィは、好きな作家の一人ですけれども、自身の体験を綴った真っ暗で絶望に満ちた作品と、ユーモアたっぷりのフィクション作品のギャップが著しく、そこに更なる闇を感じます。

アウシュヴィッツでの体験を綴った『休戦』。

↑ 愉快で笑える短篇集。ほんとうにギャップが凄いんです! 同じ人の作品とは全く思えない。

 レーヴィは、わたくしが生まれるよりも前に亡くなっているのですが、自伝にしろ、フィクションにしろ、こんなにも素敵な作品を書く彼が、階段から身を投げたのだと知った時は結構ショックで、人種差別政策の恐ろしさを改めて感じる思いでした。

 

 多くの登場人物が同時に喋る描写では、照明、音声含め視線誘導が上手いなと思ったのですが、マイクを使っておられるのかな。普段はマイクという文明の利器を使わないオペラを愛好しているので、中劇場規模でもマイクを使うんだ……という新鮮な驚き。

 

 演者さんに関しては、「飛び抜けてこの人がよかった!」という抜きん出た才能は感じない一方で、逆に「どうしてそうなった?」と怪訝に思うこともなく、ストレスなく世界に没入できます。寧ろ、その方が観やすい。粒ぞろいであり、高水準です。

 

 個人的な体験ですが、中学時代、演劇部の歴史劇に参加して、『フリードリヒ』という20世紀のドイツを舞台とした作品に出演したことがあります。同題役のユダヤ系少年が、迫害に遭って亡くなるまでを描いた、めちゃくちゃ重たい作品です。

正にユダヤ人差別政策に関する物語で、わたくしは小学校の社会科教師としてユダヤ人差別やゲルマン民族の優位性を教え込むナチ党員の役でした。勿論差別を助長させる目的ではなく、悪役枠です。

演劇に於いては、悪役を演じるのは楽しくて、オーディションでは狙い撃ったりする程好きなのですが、台詞が台詞だけに、凄い役を任されたなと感じていたものです。

今回、ナチ党員がユダヤ人家庭に乱暴に踏み込むシーンを客観視し、「ああいう役、やったなあ」と、懐かしい気持ちも覚えつつ、「いや、ふつうに怖いよな」と、改めて……。

 

 前述のように、NTL のポスターは、レオと思しき少年があやとりをしているものですが、新国版のソファも大変素敵。時代を経るにつれ、ボロボロになっていくのが切ないです。いえ、勲章と思うべきでしょうか。

 舞台セットも美しく、床が回転します。中劇場、そんなに規模は広くないのに、結構豪華な舞台セットを組めるんですね。

舞台は前面まで余すところなく用いており、そのため緞帳もなし。なんだか舞台が近いな……と思ったら、オケピを塞いでいるのですかね。

 

 ほんとうに久しぶりに生で演劇を拝見しましたが、流石の新国立劇場、役者さんは粒ぞろいですし、何よりも物語が暗いながらも興味深くて、素敵な観劇体験になりました。

 一点気になったのは、観客の少なさ。確かに、連日上演しているし、題材も少々衒学的で難解なところがありますから、一般受けはしないのかも知れませんが、それにしても客入りが寂しくないか。新国の財団の知り合いも、空席を嘆いておりました。

 席を取ったときは、U25 席だったこともあってか、取れる席がかなり限られていたので( 3 席くらいしか空きがありませんでした)、ほぼ満席なのだろうと思っていたので、怪訝に思ったものです。

 迷ったのなら観るべきです、今日明日まだ上演しておりますので、是非駆け込んで頂きたい公演です。

 

最後に

 通読ありがとうございました。4500字強。

 

 わたくしはフランス語圏が専攻でしたし、研究会でもアラビア語圏を担当していたので、ドイツ語圏はあまりご縁がなく、知識もありませんでした。

しかし、今年は何故だか、ユダヤ関連の作品に触れる機会が多く……。

↑ 二次大戦下のポーランドを描くゲーム『Paradise Lost』。

イディッシュ語で歌う音楽グループ「The Mamales」の紹介記事。

 有り難いことです! お勉強を深めて参りたいところ。

 

 19世紀の歴史政治学を考えるのが好きで、特にロシア帝国を愛好しているのですが、オーストリアとの関係といえば、まず何よりも、メッテルニヒが手強すぎる。

最近は丁度、露外相カポディストリアス VS. 墺外相メッテルニヒの手練手管を尽くした政治的闘争の記録の資料を読んでおり、大変に興味深く、心躍るながらも恐ろしい気持ちです。こういうのが大好きで、歴史政治学を学んでいる……。

皆様の「推し」オーストリア政治家も是非とも教えて下さいね。

 

 それでは、今回はここでお開きと致します。また別の記事でお目に掛かれれば幸いです。