世界観警察

架空の世界を護るために

モノローグ分析 - 文学雑記

 こんばんは、茅野です。

 相も変わらずに学期末をしています。今期は、フランス文学のレポートをバルザックの『娼婦たちの栄光と悲惨』で書きました。オスカー・ワイルドマルセル・プルーストトーマス・マンも絶賛した当小説、わたしも大好きです。バルザックでは所謂『幻滅』三部作が一番好きですし、すべての文学の中でもトップクラスに好きですね。久々に読んだら、相変わらずの傑作ぶりに目眩がしました……。誰がなんと言おうと、「最高の純愛、恋愛文学だ」と主張させて頂きます。宜しくお願いします。

 

 ところ変わってゲームの話。『Everybody's Gone to the Rapture 幸福な消失』については、日英全ダイアログの書き出しと考察記事を5つも書いたので、もう世界の考察勢のなかでも特に貢献したと自負しておりますが、それほど好きなゲームってことです、つまり。

 中でも好きなのは、スティーヴンエリアの最後、スティーヴンのモノローグです。あそこはもう、ほんとうに、文学。あれはゲームではなく文学。冗談抜きに。

 

 『娼婦たちの栄光と悲惨』で最も感動的なのは、勿論、リュシアンの「別れの手紙」にあります。わたしは、『幸福な消失』をプレイして、スティーヴンのモノローグを聞くとき、いつもこのリュシアンの手紙を思い出していました。わたしの考えでは、この二つの感動的なモノローグには、共通点があります。

 今回は、この二つのモノローグを比較検討し、共通点を明らかにした上で、何故こうも感動的なのかを明らかにすることを趣旨とします。それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

 

 

概要

 まずは、何故この二つのモノローグを比較検討するのかについての説明を付します。

第一に、二つとも死を前に行われた、「遺書」や「白鳥の歌」とも言うべきものだということ。第二に、ノローグの語り部が、お世辞にも魅力的なキャラクターではないこと。第三に、内容の大半が比喩に費やされていること。この三点です。

 

 細かく見ていきます。『栄光と悲惨』の主人公である、青年詩人リュシアンは、端的に言えば自殺をするのですが、それに際して、四つの手紙を書きます。最後の一つ、ヴォートランへの手紙が最も重要で、これを「リュシアンの別れの手紙」と呼びます。

『幸福な消失』のモノローグは、厳密には「死」ではなく「携挙」なのですが、「存在の消失」という意味合いでは死に同じなので、ほぼ同義であると考えました。

 

 第二に、キャラクターについて。リュシアン・ド・リュバンプレは、(その類い稀な美貌を除いて)性格面で言うとお世辞にも魅力的ではありません。優柔不断で、意気地が無く、頭も冴えません。ワイルドらは愛していたようですが、それはさておき……。リュシアンについては、英国の作家、 A. S. バイアットのエッセイに共感出来る記述があるので、引用します。

 I was surprised when I first read the scene to find tears rising in my eyes, partly at least because until that moment I had intensely disliked Lucien, in a way I dislike few fictional characters. Indeed, as Lucien writes his self-satisfied farewell messages, he remains small-minded, self-regarding, and distasteful.
 この場面(リュシアンの死)を初めて読んだとき、目に涙が浮かんでくるのに驚いたが、それは少なくともその瞬間までわたしが小説のほとんどの登場人物を嫌うように、リュシアンのことも強く嫌っていたからである。事実、リュシアンは身勝手な別れの手紙を書く間も、未だに心が狭く、自己中心的で、不愉快な男である。

The Death of Lucien de Rubempré - A. S. Byatt - JSTOR

正直に言うと、わたしとしても、この意見には全面的に賛同出来ます。

又、これは「リュシアン」を「スティーヴン」に変えても、全く同じことが言えます。『幸福な消失』のメインキャラクターの一人であるスティーヴン・アップルトン博士は、自己中心的で、周りのことを顧みず暴走するタイプで、彼の性格が大好きだ、という人は稀でしょう。スティーヴンのモノローグも、改心する様子は見せず、彼はその性格のままでいます。であるにも関わらず、何故こうも感動的なのか? それが今回の議題です。

 

 第三の比喩については、次節でテクストをそのまま提示するので、読んで確かめてみてください。

 

 厳格な文学ファンの中には、「何故バルザックの大傑作をゲームなんかと比較する?」と思われるかもしれません。いえいえ、最近のゲーム業界を侮ってはいけません。昨今のゲームは、既に「芸術」の域に達しているのです。

特に、『幸福な消失』のデヴェロッパー、 The Chinese Room の代表であり、同社のゲームのシナリオライターでもあるダン・ピンチベック氏は、「次世代のストーリーテリング」を研究しており、この分野でポーツマス大学で博士号を取られた研究者でもあります。文学やナラトロジーに大変造詣が深い方です。氏の作品は「映像やコントローラを介した文学」とも呼ぶべき傑作です。保守的な方こそ触れて欲しいですね。わたくしは大好きです。

 

テクスト

 当節では、実際に対象となるテクストを提示し、確認していきます。

 

『娼婦たちの栄光と悲惨』 リュシアンの別れの手紙

 少しだけ長くなりますが引用します。原文は La Bibliothèque électronique du Québec から。邦訳は藤原書店の飯島 耕一先生の訳です。流石に引用部が長すぎなので、著作権的に問題でしたらなんとか自分で訳書き直しますので、ご一報くださいませ……。

 

では、どうぞ。

À L’ABBÉ CARLOS HERRERA.
« Mon cher abbé, je n’ai reçu que des bienfaits de vous, et je vous ai trahi.
Cette ingratitude involontaire me tue, et, quand vous lirez ces lignes, je n’existerai plus ; vous ne serez plus là pour me sauver.
» Vous m’aviez donné pleinement le droit, si j’y trouvais un avantage, de vous perdre en vous jetant à terre comme un bout de cigare ; mais j’ai disposé de vous sottement. Pour sortir d’embarras, séduit par une captieuse demande du juge d’instruction, votre fils spirituel, celui que vous aviez adopté, s’est rangé du côté de ceux qui veulent vous assassiner à tout prix, en voulant faire croire à une identité que je sais impossible entre vous et un scélérat français. Tout est dit.
» Entre un homme de votre puissance et moi, de qui vous avez voulu faire un personnage plus grand que je ne pouvais l’être, il ne saurait y avoir de niaiseries échangées au moment d’une séparation suprême.
Vous avez voulu me faire puissant et glorieux, vous m’avez précipité dans les abîmes du suicide, voilà tout. Il y a longtemps que je voyais venir le vertige pour moi.
» Il y a la postérité de Caïn et celle d’Abel, comme vous disiez quelquefois.
Caïn, dans le grand drame de l’Humanité, c’est l’opposition. Vous descendez d’Adam par cette ligne en qui le diable a continué de souffler le feu dont la première étincelle avait été jetée sur Ève. Parmi les démons de cette filiation, il s’en trouve, de temps en temps, de terribles, à organisations vastes, qui résument toutes les forces humaines, et qui ressemblent à ces fiévreux animaux du désert dont la vie exige les espaces immenses qu’ils y trouvent. Ces gens-là sont dangereux dans la Société comme les lions le seraient en pleine Normandie : il leur faut une pâture, ils dévorent les hommes vulgaires et broutent les écus des niais ; leurs jeux sont si périlleux qu’ils finissent par tuer l’humble chien dont ils se sont fait un compagnon, une idole. Quand Dieu le veut, ces êtres mystérieux sont Moïse, Attila, Charlemagne, Robespierre ou Napoléon ; mais, quand il laisse rouiller an fond de l’océan d’une génération ces instruments gigantesques, ils ne sont plus que Pugatcheff, Fouché, Louvel et l’abbé Carlos Herrera. Doués d’un immense pouvoir sur les âmes tendres, ils les attirent et les broyent. C’est grand, c’est beau dans son genre. C’est la plante vénéneuse aux riches couleurs qui fascine les enfants dans les bois. C’est la poésie du mal.
Des hommes comme vous autres doivent habiter des antres, et n’en pas sortir. Tu m’as fait vivre de cette vie gigantesque, et j’ai bien mon compte de l’existence. Ainsi, je puis retirer ma tête des nœuds gordiens de ta politique pour la donner au nœud coulant de ma cravate.
» Pour réparer ma faute, je transmets au procureur général une rétractation de mon interrogatoire ; vous verrez à tirer parti de cette pièce.
» Par le vœu d’un testament en bonne forme, on vous rendra, monsieur l’abbé, les sommes appartenant à votre Ordre, desquelles vous avez disposé très imprudemment pour moi, par suite de la paternelle tendresse que vous m’avez portée.
» Adieu donc, adieu, grandiose statue du mal et de la corruption, adieu, vous qui, dans la bonne voie, eussiez été plus que Ximenès, plus que Richelieu, vous avez tenu vos promesses : je me retrouve au bord de la Charente, après vous avoir dû les enchantements d’un rêve ; mais, malheureusement, ce n’est plus la rivière de mon pays où j’allais noyer les peccadilles de la jeunesse ; c’est la Seine, et mon trou, c’est un cabanon de la Conciergerie.
» Ne me regrettez pas : mon mépris pour vous était égal à mon admiration.
» LUCIEN. ».

 

カルロス・エレーラ神父に 

 親愛なる神父さん。

ぼくはあなたから恩ばかり受けてきたのに、あなたを裏切ってしまいました。この過失による忘恩のゆえにぼくは死にます。あなたがこれらの言葉を読む時には、もはやこの世にいないでしょう。もはやあなたも、ぼくを救いにここには来ないのです。

 あなたはいつか、もしぼくがその方がよいと思ったら、あなたを地べたに、吸い終わった葉巻か何かのように投げ捨て、あなたを破滅させてもいいという権利を、まるごと与えてくれたのでした。しかしあなたを扱うぼくのやり方は愚かでした。予審判事の抜け目ない質問に誑し込まれて、ただただ困惑から逃れ出たいあまりに、あなたの精神的な息子、あなたが養子とした息子は、どうあろうとあなたを殺害することを欲する連中に―――、ぼくはあり得ないことと信じていますが、あなたとあるフランスの極悪人が同一人物だと信じさせようとする連中に―――加担してしまったのです、万事は終わりました。

 あなたはぼくを自分の力を超えた大きな人物にしたがっていましたが、そのようなぼくと、あなたのように力のある人間との間に、最後の別れに際して交わされる愚痴などあるはずがありません。あなたはこのぼくに力と栄光を与えようと望んで、その結果ぼくを自殺の深淵に突き落とした。それだけです。ずっと前から、ぼくに向かって一つの目眩が、大きな翼をざわめかせながらやって来るのが見えていました。

 あなたが時々いっていたように、カインの末裔アベルの末裔がいます。人類の偉大なドラマの中で、弟を殺したカインとは対立者のことです。最初の火花がイヴに投げられて以来、悪魔の息で火が起こされて来続けたのですが、あなたはアダムの血の流れのうちにあるのです。この血筋に属する魔神のうちには、時にあらゆる人間の血からを一身のうちに備え、それが生を発揮するには広大な空間を必要とする、あの熱を病む砂漠の獣にも似た恐るべきもの、雄大な体質を持つ者が見出されるのです。そうした人間は、ノルマンディーの野に放たれたライオンが危険なように、『社会』の中にあって危険です。彼らには餌食が要るのです。彼らはどこにでもいる人間を貪り食い、間抜けな連中の財産を食い荒らします。この連中の戯れは、ついには自分たちが仲間とし、偶像とした慎ましい犬をも殺してしまうほど危険です。神の思召しによってこのような謎ともすべき存在が、モーゼ、アッチラ、シャルルマーニュマホメット、あるいはナポレオンである場合があります。それにしてもこのような恐るべき巨人的な器を、神が生成の大海原の底でいたずらに錆びさせるなら、彼らはもはやコサックの反乱者プガチョフ、恐怖時代のロベスピエールブルボン家のデュ・ベリ公暗殺のルーヴェル、そしてカルロス・エレーラ神父となるしかないのです。優しい魂たちに対する無限の力に恵まれた彼らは、こうした魂たちを魅きつけ、粉砕するのです。それもそれなりの形において偉大であり、みごとです。それは子供たちを森の奥で魅惑する色鮮やかな有毒植物です。それは悪の詩です。あなた方のような人間は、猛獣の住む穴に住まなくてはならない。そこから出てはならないのです。あなたはぼくにあの巨人的な生を生きさせた。けれどもぼくの人生の収支決算はちゃんとついています。ですからぼくはあなたの政略のゴルディアスの結び目から自分の首をすっぽりと抜いて、それを自分のネクタイの輪に差し入れることもできるのです。

 ぼくは自分の過ちをつぐなうために、検事総長にぼくへの訊問の取消を伝えます。あなたはその書類を利用なさってください。

 神父さん。きちんと形式の整った遺言書による希望にもとづき、あなたがぼくに抱いてくださった父親のような愛情の結果として、いささか軽率にぼくに譲渡されたあなたの教団に属する金銭は、あなたの手に戻されるはずです。

 では永久にお別れです。悪と堕落の巨像よ。お別れです。善の道にもしあるとしたら、スペインの政治家にして大審問官ヒメネス以上であった、またリシュリュー以上であったあなたよ。あなたはあなたの約束を守った。ぼくはあなたのおかげで夢の魔法に掛けられたあげく、気がづくとまたシャラント川のほとりに立っています。しかし不幸にも、それはぼくが青春の日のわずかな過ちを沈めようとした故郷の川ではなく、セーヌ河です。ぼくの穴、それはラ・コンシエルジュリーの独房です。

 ぼくを惜しまないで下さい。ぼくのあなたへの軽蔑は、ぼくの賛美と同じものです。

リュシアン

 

『Everybody's Gone to the Rapture』 スティーヴンのモノローグ

 次に、スティーヴンのモノローグを引用します。

 

『幸福な消失』、未プレイの方はもう是非触れてください。現在(2021年1月29日)、PS Store では80%オフセールをやっています。是非。

 『Everybody's Gone to the Rapture』のダイアログは日英とも全て書き出し済。全文が気になる方はこちらからどうぞ。

 

 今回は、邦訳の方はこちらで表記揺れしている点や訳の細部を修正させて貰ってます。その上で、どうぞ。

Stephen: When I was a kid,

my Dad found a fox

It'd been hit by a car, and couldn't walk anymore.

My mum went spare of course,

made him keep it in the shed.

He was already slipping away from us then.

He spent hours with that fox,

telling it all about Italy and the villages they bombed there.

I was... I was jealous I think.

That the fox got more of my Dad than I did.

But it was dying, that was clear.

So one day, I snuck out, took it a sandwich, for food.

I was only eight.

When it bit me, I remember the anger, the shock, the hurt,

running in screaming from the garden, my Mum panicking about rabies.

My Dad beat it to death with a spade.

Later I found him crying.

"It dunna ken, son",

that's what he said,

" It dunna ken it was hurting you.

It's just a poor, dumb, dying animal".

It doesn't know it's hurting us.

But Christ help us, it's left the valley. It's everywhere now.

It's been three hours since the planes went over,

I haven't been able to reach anyone on the shortwave.

I'm beginning to think I may have made a terrible miscalculation.

 

ティーヴン:子供の時 父さんがキツネを見つけた

車に轢かれて 歩けなくなっていた

もちろん母さんはひどく怒って 小屋に入れさせた

父さんはその頃よそよそしかった

何時間もキツネと過ごして、イタリアの

爆撃した村のことを聞かせていた

僕は… 嫉妬していたんだろう

僕以上に父さんと過ごしていたから

キツネは 死にかけてた

ある日 ぼくはこっそりそいつにサンドイッチを持って行った

まだ8歳だった

噛み付かれて…

体に怒りと衝撃と痛みが走って…

慌てて庭で叫んでいたら母さんがパニックになっていた

父さんは鋤であいつを殴り殺した

その後 泣いていた

「あいつは知らなかったんだ」 そう言っていた

お前を傷つけるなんて

ただの弱ったかわいそうな動物だと

「それ」は傷つけていることを知らない

神よ ついに谷を出てしまった

そこかしこにいる…

戦闘機が来てから3時間がたった

短波では誰とも接触できていない

僕は恐ろしい計算ミスを犯したのかもしれない

 

分析

 テクストを実際に読んだところで、比較検討に入っていきます。まずは、わたくしが簡単に纏めたパラグラフ毎の説明をご覧下さい。

f:id:sylphes:20210129195559j:plain

f:id:sylphes:20210129195622j:plain

(所々誤字ありますね、すみません……)

 

 では、それぞれポイントとなる点を確認していきます。

 

構成

 リュシアンの手紙は、ザックリ言うと、「謝罪」「比喩」「今後の展望」「別れのことば」で構成されています。スティーヴンのモノローグは、「比喩」「繋ぎ」「現在の状況説明」です。ここでは、手紙と独白という違いから多少の差異はありますが、双方の大部分を占める「比喩」、そして「今後の展望(未來)」や「現在の状況」など実際的なことを最後に語る、という点で共通します。

 

自己中心的な行為

 リュシアンは、ヴォートラン(文中で言うカルロス・エレーラ神父)に幸福な人生を与えて貰ったにも関わらず、過失から彼を窮地に立たせてしまった挙げ句、自ら命を絶つという無責任な行動を取ります。手紙の第三パラグラフでは、「あなたはこのぼくに力と栄光を与えようと望んで、その結果ぼくを自殺の深淵に突き落とした。それだけです。 Vous avez voulu me faire puissant et glorieux, vous m’avez précipité dans les abîmes du suicide, voilà tout.」と、ヴォートランに対する責任転嫁までも行っています。

 

 スティーヴンは、「それ it(作中では感染症の類いだと思われている)」が蔓延することを恐れ、戦闘機を呼んで谷に VX ガスを捲き、あらゆる生物を死滅させました。モノローグの最後では、「戦闘機が来てから3時間がたった。短波では誰とも接触できていない。僕は恐ろしい計算ミスを犯したのかもしれない。 It's been three hours since the planes went over, I haven't been able to reach anyone on the shortwave. I'm beginning to think I may have made a terrible miscalculation.」と、全てが終わった後に後悔しています。それに、スティーヴンの論でいえば、正にスティーヴンもそこで死ななければならなかったのに、本人は地下通路を通って谷から脱出しようとさえしています。

 

 このように、この二人は最後まで自己中心的であり、無責任であることが共通します。確かに最後のモノローグは感動的なのですが、それはこの二人が改心したからではありません。あくまでもそのいけ好かない性格の延長線上に来るものであることが重要であると考えられますいけ好かない性格であるということは、ある意味で、実に人間らしいと言い換えることもできますその人物が、……というところに、我々は心を動かされるのかもしれません

 

過去との紐帯

 もう一つ重要な要素に、過去との紐帯があります。これは前項にも通じますが、このモノローグの執筆及び発言が、あくまで今までと同一人物が取った行動である、ということが強調されます。時間の概念の導入です。

 

 リュシアンの手紙では、ヴォートランとの想い出がいくつか書かれています。ヴォートランとリュシアンの出逢いは、リュシアンの故郷にて、リュシアンが入水自殺をしようとしていたところをヴォートランが止めたことでした。そして、再び独房でリュシアンは自殺しようとしており、これまでのことを「夢のよう」「魔法のよう」と喩えているわけです。これは、死を目前としているという状況を考えると如何にも涙を誘います。

 スティーヴンのモノローグでは、8歳の頃の想い出が語られます。作中、ここで語られるスティーヴンの父は早逝していること、スティーヴンは母ウェンディや妻ケイト、叔父フランクと上手くいっておらず、昔の恋人リジーと浮気に走るなど、「家族」の仲は良好でないことが示されています。その上で、スティーヴンが過去の家族の思い出を語る、という行為は、プレイヤーにとって新鮮さがありますし、「消失」を覚悟したスティーヴンの口から語られる「最後の想い出」であるという点で、胸に刺さるものがあります。

 

比喩

 リュシアンの手紙も、スティーヴンのモノローグも、大部分を占めるのは比喩表現です。

 リュシアンの手紙では、聖書に始まり、ナポレオンやらプガチョフやらを宛先であるヴォートランと同列に扱い、彼を一種皮肉交じりに褒め称えています。この部分は衒学的且つ文学的です。

 一方、スティーヴンのモノローグでは、「それ it」が図らずして人々を傷つけているということを表現するために、昔父が可愛がっていたキツネが自身を噛んだ想い出について語っています。この喩えは実に的確です。

 

 的確な比喩の使用は、読者に理解を促進させ、イメージさせやすくする効果、更にはそれによって意識の深層へ定着させやすくする効果があります。

 

本人らしい表現

 最後に、本人らしい表現の使用について触れます。

 リュシアンは詩人なのですが、実力は三流で、これまで本格的で評価に値する詩はろくに書けなかった人物です。しかし、リュシアンは最初で最後の大傑作を生み出した。それがこの手紙です。手紙だけ読んだ人には、前項で触れた比喩の部分などは冗長に感じるかも知れませんが、そうではありません。これは詩だからです。ここでリュシアンは初めて、真っ当な「詩人」になるのです。

 スティーヴンは科学者で、アメリカで博士課程を取った人物です。そのアメリカで、同じく科学研究者であるケイトと出逢い、結婚したのですが、実力は彼女の方が上。スティーヴンは思うように成果が出せず、妻ケイトに劣等感や尊敬の入り交じった感情を抱えています。だからこそ、最後の「計算ミス miscalculation」という表現が、実に彼らしさを感じさせます。それがミスであろうと、科学研究者としての自負心がここに見て取れるわけです。

 

総括

 纏めると、「本人らしい表現」を用いること、「過去の話」を交えること、「人格の根本が変わっていないことを明示」すること、「的確な比喩」を用いること、の四点が共通し、これらが感動的なモノローグを生み出す一端を担っていると考えることができます。よし……これで素晴らしい辞世の句が書けますね?(※生きてください)。

 

最後に

 簡単にではありますが、モノローグの構造分析を行いました。引用が長かったこともあり、12000字を超えております。お付き合い有り難う御座いました。このような分析は、読解だけではなく、小説を書いたりする場合にも役立ちそうですね。

 

 『娼婦たちの栄光と悲惨』は傑作自殺文学ですが、自殺文学に興味がある方は併せてこちらもご覧下さい。↓

 

 『栄光と悲惨』も、『幸福な消失』も、胸を張ってオススメできる傑作です。それぞれ、好きな小説、好きなゲームの10本の指には入るとおもいますね。触れたことがないという方は、是非ともお手にとってみてくださいませ。

 それでは、長くなったので閉めたいと思います。重ねて、お付き合い有り難うございました。