世界観警察

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『モアナと伝説の海』を環境学と神話学の視点から観る - 映画考察

 こんにちは、茅野です。

最近は柄にもなく、最大手ジャンルに参入したりしています。普段はマイナージャンルの極北を生活圏にしているので、たまに我に返り、「わたしは今、一体何を……?」と考えたりしています。

 

 今回はなんと、最大手の代名詞とも言うべき、ディズニー映画を題材にします。発端は筆者と、友人 Jamila の千葉旅行に遡ります。夜、旅館で「お菓子でも食べながら映画観ようよ」という話になり、選ばれたのがこの作品でした。

 友人 Jamila とは国際政治の研究会で共に活動する間柄ですが、筆者と同年代でありながら、環境保全の分野に於いては名の知れた人物で、特に島嶼の海面上昇について関心があるエリートです。一方わたくし茅野は、民族学や比較神話学について学ぶのが趣味で、フィクション作品に於いてどのように神話が取り入れられているかについても関心がある者で、普段は考察書きをしています。

 そこで、鑑賞会を行うことで、お互いの知識を補い合い、理解を深め合えたら面白いのではないか、ということで、『モアナ』を観ることになりました。

 

 今回は、鑑賞会中に話し合ったことをベースに、わたくしの方で加筆修正を加えたものを、会話形式でお送り致します。勿論、ネタバレ満載ですのでご注意下さい

それでは、宜しくお願い致します。

 

 

環境/神話: 物語の舞台

環境担当・Jamila: 物語の舞台はポリネシア! 美しい海に多くの小島嶼が浮かぶ地域で、わたしの大好きな国キリバスや、研究会ではよく話題になるサモア、日本が最も新しく国家承認した国ニウエなどがあるよ。

 

神話担当・茅野: ポリネシア・アウトライアー(域外ポリネシア)も含むのかな? パプア・ニューギニアの神話をよく調べていたので、関連があると嬉しいな。ポリネシアの神話はマオリ神話などを基に、地域によって差異があるので、一括りにするのは危険! 気をつけないと……。

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ポリネシア及びポリネシア・アウトライアーの地図。

 

環境/神話: ヒロインの名

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神話担当・茅野: 「モアナ」という名はポリネシア祖語で「海」を意味するね。又、苗字の「ワイアリキ」の "ワイ" は「水」を表していると想定されるけど、「ヴァイ」ではなく「ワイ」とされているのが興味深いね。

フィジー産の飲料水で「ヴァイワイ VAIWAI」というものがあるけど、これは公式サイトの説明にあるように、ポリネシアとフィジーの言葉で「水」を表している。

“Vai” is a Polynesian word meaning water while “Wai” is the Fijian word for water too.

「ヴァイ」はポリネシアの言葉で「水」を、「ワイ」はフィジー語で同じく「水」を意味します。

VaiWai®

このことから、モアナの操る言語は /v/ の発音が存在する中央ポリネシアの言語ではなく、 /v/ のない言語、即ちマオリ語やハワイ語なのではないかと考えられるね。

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↑ VAIWAI。

神話担当・茅野: 水」は、ここでは基本的に「淡水」を指すよ。名前に「海(塩水)」「水(淡水)」の双方が入っているのは興味深いね。神話では「海水」と「淡水」は明確に区分されて考えられることが多いよ。例えば、世界最古の神話と言われるメソポタミア神話では、淡水(アブズ / アプスー)と海水(ティアマト)が混ざり合うことによって世界が創造されるんだ(『エヌマ・エリシュ』第一粘土版)。

 

環境担当・Jamila: なるほど。「海水」と「淡水」を分けて考えなければいけないのは環境問題でも同じ。国連主導で進められる SDGs (Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)のゴール6は「水と衛生に対する人権 The human right to water and sanitation」。島嶼は国土が狭いから、淡水を貯めることが難しく、生きるのに必要な水資源の確保が難しくなっているの。ポリネシアを含む小島嶼の国々にとって、これは人権に関わる大きな問題となっているよ!

 

神話担当・茅野: わかるなぁ。「小島嶼に於ける水資源確保の難しさ」を神話学と絡めて考えると、例えば、沖縄の琉球神道では、「御嶽(うたき)」という杜=森が聖地とされているんだけど、聖域の中心は泉や川であることが多いんだ。それは、琉球石灰岩が保水性に乏しく、水資源の確保が難しいという実情が、信仰に反映された形なんだよ!

 

環境/神話: マウイの伝説

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神話担当・茅野: え~っ! 「マウイ」ってそっくりそのままポリネシア神話の半神半人の名前じゃん! びっくり! モデルにするだけで、名前とかは変えてくるのかとおもっていたよ!

 マウイはポリネシアに広く伝わる有名な「文化英雄」。あ、文化英雄というのは、神話に登場する、人類に有益な発明や発見をもたらした人物のことで、火や農耕など特定の文化要素に限定された範囲の創造行為を行う、多神教神話の中ではよく登場する存在だよ。文化英雄の定義についてはまだまだ議論が盛んだけど、有名な文化英雄だと、ギリシア神話のプロメテウスが挙げられるよ。

 マウイも文化英雄としてとても有名な存在。だけど、ナレーションで「厄介者」と述べられているように、「トリックスター」としての側面が強いね。トリックスター」というのは、文化英雄の一部がそれに該当するのだけど、悪戯好きな性格を表しているんだ。北欧神話のロキなんかが有名かな? トリックスターの物語では、主に盗みなどを働くのだけど、それが結果的に人類のためになる……というものが多いよ。火やテ・フィティの「心」を盗んだりする、作中のマウイも正にそれだね!

 

環境担当・Jamila: 知らなかった!

 

神話担当・茅野: マウイの伝説について話を移そう。作中のマウイは、劇中歌『俺のおかげさ』の中で、「空を高く押し上げた」と歌っているね。文化英雄マウイは、ポリネシアに広く伝播した存在だけれど、実は「空を高く押し上げた」、即ち天地開闢に於いてマウイが活躍するのはハワイ神話だけなんだ! ハワイ神話の元となったマオリ神話では、「空を高く押し上げた」のはマウイではなく、森の神タネ・マフタなんだよ。マオリの人々には、空高く聳える木々が空を支えているように見えたのだろうね。このことから、『モアナ』に於いてモデルとされたのは、マオリ神話よりもハワイ神話であることがわかるね!

 

環境担当・Jamila: なるほどね~。外見の話になるけど、首に掛けているのはクジラの歯で作られたレイ(ポリネシアで用いられる装飾品)かな? クジラのレイは高貴な身分を示すというし……。ポリネシアの温暖な海には、沢山のクジラが生息しているよ。尤も、クジラ漁を行って世界的な非難を浴びている、日本人としては耳が痛い話でもあるけれど……。生物多様性に関する国際会議では、クジラを神聖視するマオリ族を擁す国々(オーストラリアやニュージーランド)と日本は常に対立しているね。

 

神話担当・茅野: そうだね。こちらも外見の話を続けるね。まず髪型なんだけど、マウイは「女神タランガの髷から生まれた」と言われているから、髷を結っているイメージがあったな。『モアナ』ではそうではなくて、驚き!

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New Zealand Maritime Museum より。

 

神話担当・茅野: そして、体型! ギリシア神話などでは、「神及び半神は人間よりも大きい」とされているのだけど、それは身長の話。『モアナ』のマウイは、16歳の少女モアナと並んだところを見ても、一般的な男性の身長とみて良いね。一方、肥満体型であるというのはとても衝撃的。ディズニー映画であるというメタ性を鑑みると、女性が主人公(女性の地位向上)、肥満体型の英雄(ルッキズムの撤廃)、登場人物が有色人種(白人至上主義の撤廃)、という三つの側面が伺えるけれど、それは制作者側の都合であって、作中に落とし込むにはもっと別の理由が必要だよね。

 文化英雄マウイは、先程のイラストなどからもわかるように、精悍な男性として描かれることが多いよ。又、作中でも描かれているように、必要に応じて様々な姿に変化することができる。その彼を、影響力のあるディズニーが、「肥満体型」で描き、イメージを固定させてしまったことには、懸念が残るかな。現在のポリネシアでは肥満率の高さが指摘されているだけに、余計にね。これは、「偶像化」と「文化盗用」の問題として、これからも議論されていくだろうね。

 わたしたちだって、たとえば、勝手に影響力ある外国人に天照大神を彼らのおもう "日本風" に、眼鏡に猫背なステレオタイプのオタク風女性として描かれ、世界中に「天照大神とはこういう外見です!」と流布され、定着してしまったら、あまり良い気分はしないんじゃないかな。「神話を描く」ということは、こういったセンシティヴな問題を必然的に孕むことになる。最大手ディズニーだからこそ、目を逸らさず、真剣に取り組んで貰いたい問題だな。

 

環境/神話: 農耕と牧畜

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環境担当・Jamila これはわたしが感動したポイントの一つ! 『モアナ』では、砂丘農地の問題点、及びその特性が物凄く良く描かれているの! 南国といえば、果物がどっさり取れるイメージがあるけれど、小島嶼は砂浜が多く、肥沃な土壌には恵まれていない。だから、その農耕は結構シビアなのよ。その代表が、子豚のプアや鶏のヘイヘイ。痩せた土地では動物も育たない。けれど、豚と鶏だけは痩せた土地でも育つから、ポリネシアでも唯一家畜として育てられているの。それがしっかり反映されていて、感動した!

 

神話担当・茅野: 豚と鶏しか育たないんだ! 初めて知った。農耕といえば、畑を耕すシーンがあるね。ここで育てられているのは、葉の形状を見るに、タロイモかな?

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 ↑ ポリネシアで栽培されるタロイモ

 

環境担当・Jamila: そうかも! ポリネシアでは、芋の栽培が盛んだね。根菜がよく育つよ!

 

神話担当・茅野: そうだよね。神話では、始めに「天地開闢」「生物の創造」「農耕と狩猟・牧畜の起源」が語られることが多いのだけど、ポリネシア神話でもそれは変わらない。ハワイ神話では、天の神ワーケアと大地の女神パパの間の長子がハーロアというのだけど、彼は死産、或いは早逝したとされているの。ハーロアの遺体を埋めた場所からはタロイモが生えてきて、それがハワイの民とタロイモの出逢いとされているんだよ。こういった、「遺体から食べ物が生えてくる」といった神話を、神話学では「死体化生神話」や「ハイヌウェレ型神話」と言うよ。ポリネシアミクロネシアメラネシアにはこのような死体化生神話が数多く残っていることで知られているよ!

 

環境: 水深と珊瑚礁

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環境担当・Jamila: わたしが最も好きなシーン! 劇中歌『どこまでも』の中盤で描写される海の色の違い! どうしてもこれを見て欲しくて!

 

神話担当・茅野: ほぉ~っ、どれどれ?

 

環境担当・Jamila: ここまで明確に海の色の違いを描写している映画は初めて観た! 何故このようになっているかを説明するね。島嶼にも大陸棚があるわけだけど、大陸棚の部分は浅海だから、わたしたちには海が明るい色に見える。でも、大陸棚は延々拡がっているわけじゃない。どこかに終わりがある。その境目がここなの! 大陸棚が無くなると、グッと海が深くなる。そうすれば当然……。

 

神話担当・茅野: 海の色が濃く見えるね! なるほど~。ポケモンの「ダイビング」と同じ原理だね。

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↑ 色の濃い、水深が深い海域は潜れる。

 

環境担当・Jamila: そう。更に、大陸棚の境目には、潮目(潮境)が発生する! つまり、この境目では、操舵が非常に困難になって、小型の帆船なんかはとても転覆しやすい、危険な場所……! 『モアナ』では、そのことをしっかり描写してくれているのが嬉しくて!

 又、珊瑚は陽光の降り注ぐ浅瀬の海、つまり大陸棚に発生するのね。だから『モアナ』では、大陸棚の境を出ることを「珊瑚礁を越える」と表現しているわけね! ちゃんと環境考証がされている……嬉しすぎる……。

神話: カーゴ・カルト

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神話担当・茅野: 洞窟で先祖の舟を見つけるシーン。思うにこれは「カーゴ・カルト」の一種なのでは……!?

 

環境担当・Jamila: カーゴ・カルトって?

 

神話担当・茅野: 主にメラネシアに伝わる信仰だよ。簡単に言うと、「祖霊や神が、舟や飛行機に最新文明の道具をたんまりと積んで、自分たちを助けに来てくれる!」……という、一風変わったものでね。進んだ文明とほんの少しだけ邂逅した、発展途上の小島嶼に多く見られるんだ。日本でも、琉球神道ニライカナイ信仰なんかは、カーゴ・カルトに分類できるよ。『モアナ』の場合は、厳密にはちょっと違うんだけど、勿論ポリネシアの島々でも信仰されるし、 "発展した舟" というモチーフからも、カーゴ・カルトを意識している可能性が高いとおもうな。

 

神話: 冥界

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神話担当・茅野: ラロタイの穴は、明らかに冥界の入り口だね。海が近い地域では、海の彼方或いは地下に冥界があるとする場合が多いの。一番有名なのは、ケルト神話のティル・ナ・ノーグ(常若の国)かな。冥界というとおどろおどろしい印象が伴うけど、こちらは寧ろ天国といった趣き。

 ハワイ神話にも冥界の物語があるんだよ。ギリシア神話オルフェウスの物語に代表される、「冥界下り」の物語がね! そこでは、オルフェウスや日本神話の伊弉諾尊と同じように、妻に先立たれた夫が冥界へ下って妻を取り戻そうとするのだけど、そこで描写される冥界というのが、正にこのラロタイの穴のような、深い穴、深淵でね。縄を使って降りて、また登って、という……。

 

環境担当・Jamila: 日本昔話の「蜘蛛の糸」みたいな?

 

神話担当・茅野: ご明察! 

 

神話: 世界巨人型神話

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神話担当・茅野: 驚いたのはラストシーン! テ・フィティが島そのものだったとは! これは典型的な「世界巨人型神話」だね。文字通り、「我々の暮らす土地というのは、巨神や巨人の遺体などからできている」とする型で、アッカド神話のティアマト、インド神話のプルシャ、中国神話の盤古など、世界中で見られるよ。

 だけど、前述のように、ポリネシア天地開闢は「天と地を引き離す」という、エジプト神話などに近いものだから、ポリネシア神話らしさは無く、少々疑問が残るな。テ・フィティ=大地の女神パパ、と捉えることもできなくはないけど……。一方で、ハワイでは活火山や洪水など、環境が頻繁に変化することから、「土地自体が生きている」とする信仰もあって、そこからインスパイアされたのかも?

 

最後に

 通読お疲れ様でございました。6000字強。

筆者は、昔舞浜を拠点にする劇団に所属していたことから、稽古後に同期や先輩とディズニー・シーを "庭" にしていた過去があり、今でも地形は完璧に頭に入っていたりします。しかしながら、特段ディズニー作品やキャラクターを好いたことはなく、ディズニー映画を観たのも何年ぶりだろう……?(『アナ雪』すら観ていないのである……)という始末。そんなわたしがこのような記事を書くことになろうとは、正直予想だにしていませんでしたが、形にできてよかったなとおもっています。

 

 いやしかし、何よりも、持つべき者は友ですね。素晴らしい友人に恵まれていて幸せです。ありがとう……。

 

 長くなりましたので、締めさせて頂きます。作品理解に貢献できていれば幸いです。それでは。