世界観警察

架空の世界を護るために

海に抱かれて - 『RiME』考察3

 こんばんは、茅野です。

寒暖差の激しい日々が続いておりますね。自然の気紛れに振り回されるのもまた一興。

 

 さて、今回も『RiME』考察を進めて参ります。

↑ 『RiME』考察第一弾はこちらから。考察に必要な情報を確認します。

 第三弾となる今回は、少年の命を奪った「」を考えます。エンディングでは美しく穏やかな姿を見せる海ですが、人に牙を剥く凶暴な一面もある「海」。この作品に於いて、この大いなる存在の力は大きく、一考に値します。一緒に考えて参りましょう。

 それでは、お付き合いの程宜しくお願い致します。

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行方を追って

 まず始めに、「現世での少年はどこにいるのか」ということを考えたいと思います。「死んでいるのでは?」 - そうですね、それが最も普遍的な解釈であると思います。しかし、明確に提示されたわけではないと判断し、変化球を一石、投じさせて下さい。

きみはどこへ?

 エンディング・テーマである、『The Song Of The Sea(海の歌)』の歌詞の一節に、以下のようなものがあります。

Tu cuerpo se hace vientre,
estatua transparente,
En la arena oscura esperaras.

きみの身体は核心に

透明な像になって

暗い砂のなかで待っている

 考察記事第一弾で全文の翻訳は提示しましたが、こちらは中でも特に難解とされているパートであり、今回の重要なポイントでもあります。

 

 最初に不明確な点を明示させてください。

«vientre» という語は「腹部」や「子宮」を表すのですが、その場合直訳すると「きみの身体は腹部になる」となって、意味がわからないので、前記事では苦し紛れに第二義である「核心」という語を充てていますが、実際の所、何を指しているのか不明確です。

また、単にわたくしがわからないというよりは、これはスペイン語でも違和感の残る表現のようで、歌手(少年の声優でもあるミレラ・ディエス・モラン氏)自身が歌詞を訂正しようとした形跡があるようです。勿論、英語圏の考察勢らにも相談したところ、やはり彼らとしても意味がわからないようなので、ここに関してはお手上げ状態です。

 まあ、正直なところを申し上げると、わたくしの考えでは、«Tu cuerpo se hace vientre, estatua transparente,» と、脚韻を踏みたかっただけなんだろうな、とも思うのですが……。

 

 今回注目したいのは、«Tu cuerpo» と、«arena oscura» という部分です。

まず、«Tu cuerpo» ですが、これは直訳すると「Tu(君の) cuerpo(身体)」 になります。«cuerpo» という名詞は、英語にするなら、 «body»(肉体)という意味にもなりますが、 «corpse»(死体)の方がより近いでしょう。字面でピンと来た方もいらっしゃるとは思いますが、ご想像の通り、語源が同じで、ラテン語の «corpus» から来ています。

 ラテン語の «corpus» は元々「身体」という意味で、生死の状態は問いません。スペイン語にはそれが引き継がれているようです。一方、英語からは生が脱落し、死体という意味に落ち着いています。

 

 一方、«arena oscura» は、直訳するならば「arena(砂) oscura(暗い)」です。より注目したいのが «arena»。こちらは明確に「砂」という意味で、「土」や「地面」とは成り得ません。

 

 何が言いたいのか。つまりはこういうことです。「少年の遺体は見つかっていないのではないか?」。

『The Song of the Sea』の先程の部分の、重要な部分だけを抜き出すと、「きみの身体は暗い砂の中で待っている」となります。恐らく舞台はスペインで、土葬文化でしょうから、「暗いの中で待っている」、これであれば何も違和感はありません。しかし、ここで出て来る単語 «arena» の意味するところは「」です。どうにも、埋葬されたわけではないのではないか、そうは感じませんか。

 「砂」といえば、冒頭、少年は砂浜に打ち上げられ目を覚ますところから始まります。であるならば、海難事故で溺れた少年、つまり遺体は、未だ砂に埋もれていると解釈できないでしょうか。「暗い」という形容を見るに、暗い砂の中、つまりは、海底に沈んでしまっているのかもしれません

 

 そうなってくると、物語全体の意味が変わってきます。エンディングが海難事故から何年後のものなのかはわかりません。しかし、この『The Song of the Sea』に則って解釈するのなら、恐らく、少年の生死はわからないのです。

クリア時のトロフィーの名前は「執着心を捨てる」。これは、ゲーム全体がキューブラー・ロスの「死の受容プロセス」に則っているということもあり、「息子の死を受け入れられない父親」が、「漸く息子の死を受け入れられた」と解釈されてきました。

しかし、「ほぼ確実に息子は亡くなっているのだろうけれど、遺体が上がらず、諦めきれなかった父親」なのだとしたら。「執着心を捨てる」とは、ただ「死を受け入れる」ということではなく、文字通りの意味で、「行方・生死不明の息子の生存を信じることを辞める」という意味なのだとしたら。

場合によっては、恐ろしい物語になりそうです。

 

イノック・アーデンの帰還

 上記の説、「海難事故に遭ったが流されてしまい生死不明」という説を取る場合、想起される小説が一つあります。イギリスの詩人アルフレッド・テニスン著『イノック・アーデン』です。

↑ ごく短いのでサクッと読めます。

テニスンの代表作である物語詩です。『イノック・アーデン』は、掻い摘まんで粗筋を説明すると、主人公の船乗りイノックが、遠洋航海の際に難破してしまいます。なんとか無人の小島に辿り着くも、帰る手段がなく、この島で十年も一人で生き延びることになります。最終的に帰還に成功しますが、愛する妻子には、経済的理由などもあり、既に別の夫が居た―――という、悲しい物語です。

 

 主人公である8歳程度の少年に、イノックのような一人で生き抜く智慧と力があるとは思われません。十中八九、溺れてそのまま死んでしまったのでしょう。

しかし、Chapter 1 冒頭のように、どこか美しい島に流れ着いて、実は生きているのでは―――、父はそう思いたかったのではないでしょうか。そして、最後には、イノックのように生還して欲しいと思っていたのでは……。

 「肉親の死を受け入れる」、それは酷く難しいことです。更に、「生死さえ不明な状態のまま、死を受け入れる」、これは何よりも難しいことでしょう。「自分だけでも希望を持っていないといけないのではないか」という思いと延々戦い続けることになるでしょう。真の主人公である父は、我々の想像以上に、苦しい戦いを強いられていた可能性を提示する次第です。

 

海の二面性

 海は、多様な側面を持ちます。エンディングのような、温かく穏やかな面も、少年が流されてしまったような恐ろしく凶暴な一面もあります。『RiME』に登場する海は、どのような海か、確認しましょう。

 

バレンシアの穏やかな海

 考察記事第一回で確認したように、『RiME』のグラフィックに大きく影響を与えているのは同スペインの画家、ホアキン・ソローリャの絵だと言われています。

ソローリャは、スペインの東部、温かく穏やかな地中海に面した美しい地域、バレンシアに生まれ育ちました。彼はよく海の絵を描きましたが、彼の描く「海」とは、故郷バレンシアの海であり、波際で幼児が戯れるような、やさしく心温まるものばかりです。

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ホアキン・ソローリャ画『浜辺の子供達』。

 『RiME』の制作会社 Tequila Works さんは、スペインの首都マドリードに本社があるそうですから、そのことも相俟って、物語の舞台がバレンシアである、とは断言できないでしょう。しかし、エンディングでは、正にソローリャの絵のような、穏やかな海が描写されます。

 一方で、それだけが海の「顔」ではありません。次項では、凶暴な海について考えます。

 

『The Rime of the Ancient Mariner』

 考察記事第一弾で、この作品タイトル『RiME』の由来がイギリスの詩人サミュエル・テイラー・コールリッジの『The Rime of the Ancient Mariner 老水夫の歌』から取られている、ということを確認しました。こちら、どのような物語なのか、じっくり確認して参りましょう。

↑ こちらに対訳が収録されています。原文も一気に確認できるので、大変オススメ。

 『The Rime of the Ancient Mariner』の «The Rime» は、「歌」と訳されていることからもわかるように、「霜」や「霧氷」という意味ではなく、フランス語が由来の「詩」や「韻」という意味であることがわかります。事実、少し専門的なことを言えば、 ABCB と脚韻を踏む1スタンザ4行の韻律で、更には中間韻まで踏むという高度な技術のあしらわれた作品となっています。

«rime» というと馴染みがないかもしれませんが、語源は «rhythm(リズム)» と同じ、と考えれば、ぐっと馴染み深くなるのではないでしょうか。この作品が『RiME』の名の由来になっている以上、『RiME』でもこの意味で使われていると考えて差し支えないでしょう。

 『RiME』は、元は全く違うゲームだったようで、『Echoes of the Siren』という題が付けられる予定でした。少年が「声」によってギミックを動かしていくのも、この名残だと考えられます。

幸いなことに、「声」というキーアクションに対し、「Rime = 詩」という題はよく合います。この題を提案したという、SONY のプロデューサーさんは流石の一言に尽きます。

 

 少しずつ本文を確認しながら、『RiME』との関連を見て参りましょう。

『The Rime of the Ancient Mariner』は、主人公である老いた舟乗りが、過去の航海について若者に語る形で進みます。その航海では、舟は赤道付近まで進みますが、不意に暴風に流され、南極方向へと向かってしまうのです。第一部の第11スタンザを見てみましょう。

'And now the STORM-BLAST came, and he 

Was tyrannous and strong:

He struck with his o'ertaking wings,

And chased us south along.

すると疾風が襲って来おった、

それも情け無用の強烈なやつが。

たちまち船に追いつくと

わしらを南へ駆り立てた。

 このように、『The Rime of the Ancient Mariner』で描写される海は、バレンシアの温かい海でもなければ、イギリスの肌寒い海でもなく、極寒の南極、それも時化た海なのです。

 

 南極の海に迷い込んだ舟。氷ばかりの寒々しい景色が続き、命あるものはなにも伺えません。そこに一羽のアホウドリが訪れます。吉兆の徴だと喜ぶ船員を余所に、無情にも古老の舟乗りはこの鳥を射殺してしまうのです。

 風も無く全く動かなくなってしまう舟。どうにもこうにもならなくなったのは、吉兆のアホウドリを殺したからだと、十字架の代わりとして首から鳥の死体を下げられる舟乗り。

 そこに幽霊船が近づいてきます。そこで、船員の死神と「死中の生」という魔性の女が賭けをしており、後者が勝利したことがわかります。その結果、水夫の舟の船員たちは苦悶の表情でばたばたと倒れてゆきます。

 船員たちは皆水夫を残して死んでしまい、取り残された老水夫。立ち往生している所に、海蛇の群れが顕れます。水夫は思わずその美しさを讃え、心から祈りを捧げると、アホウドリの屍が首から外れ、海中へと落ちます。

 それを機に、恵みの雨が降り注ぎます。斃れていた船員たちはゾンビさながらに起き上がり、舟は再び動き出すのです。それは蘇りではなく、天上の精霊が乗り移っていたのでした。この第五部では、特徴的な六行のスタンザがあります。そこで、老水夫は己の舟について述べるのです。

 We were a ghastly crew.

わしらはあの世の乗組員だった。

 

 舟は故郷を目指して進みますが、老水夫は気を失ってしまいます。そこで彼は聞きました、「この男は罪を償った、これからも償うだろう」という天の声を。

 続く第六部では、再び船員たちの死体が元の姿に戻ります。

The pang, the curse, with which they died,

Had never passed away;

I could not drew my eyes from theirs,

Nor turn them up to pray.

彼らが死んだ時の苦悶と呪いは

決して消えてはいなかった。

わしは彼らから目をそらすことも

天を仰いで祈ることもできなかった。

And now this spell was snapt: once more 

I viewed the ocean green,

And looked far forth, yet little saw

Of what had else been seen - 

と、急に呪縛が断ち切られた。

わしはふたたび緑の海原を眺め

遠くを見渡したが、先程まで

見えたものはもう見えなかった。

 老水夫は叫びます。「神よ、我が眼を醒まさせてください! でなければ、いつまでも眠らせていて下さい!」。

 第七部で、老水夫は別の舟に助けられます。唯一生還した彼ですが、これから長い罪滅ぼしの苦行の旅が始まるのです。彼は云います。

He prayeth well, who loveth well

Both man and bird and beast.

人でもトリでも獣もひとしみなに

よく愛する者こそよく祈る者なのじゃ。

He prayeth best, who loveth best

All things both great and small;

For the dear God who loveth us,

He made and loveth all.

大きなもの、小さなもの、すべてのものを

最もよく愛する者が最もよく祈るのじゃ。

わしらを愛して下さるやさしい神が、

すべてを造って愛したまうのだから。

 

 このように、『The Rime of the Ancient Mariner』は超自然的な出来事を扱った詩です。注目に値するのは、やはり老水夫の信仰でしょう。彼は信仰により、この危機を脱するのです。

 信仰により危機を脱するのは、『The Rime of the Ancient Mariner』に限った話ではありません。第一回でご紹介した、『RiME』のストーリーのベースになっていると想定される作品『En La Profundidad Del Abismo(深淵の中へ)』も、最後は信仰により愛する家族の死を乗り越えます

このように、『RiME』に大きく影響を与えている作品は、水による苦難を描きつつ、最終的には信仰によって救われる物語で占められています。そこから演繹して「『RiME』でも信仰が重要な鍵となっている」と結論付けるのは些か早計が過ぎますが、少なくとも、留意に値する事項ではあるでしょう。

 

 海は生命誕生の場所とも考えられています。一方で、「海の彼方には死者の国がある」という考えは、ケルトなどを筆頭に世界中に分布しています。最近は海に散骨することも珍しくはないようですし、生と死の円環の繋がる場所の象徴として、海はこれからも畏れられ、愛されていくでしょう。

 

最後に

 通読ありがとうございました。7000字です。

今回は「海」を軸に考察を進めて参りました。海とゲームといえば、個人的に大好きなのが『ABZÛ』。色々考察も書きましたし、思い入れのある大好きなゲームです。なかなか海には行かれないけれど、せめてゲームの中で美しい海を堪能したい! という『RiME』ファンの方にも是非オススメしたいです。

↑ 関連記事一覧。沢山マニアックな考察書いてます。宜しくお願いします。

 さて、『RiME』考察は、現時点では次回が最終回予定です。物語のベースにあると考えられる、キューブラー・ロスの著作を改めて確認してゆく予定です。最後までお付き合い宜しくお願い致します。

 それではお開きとさせて頂きます。次の記事でお会いしましょう!