世界観警察

架空の世界を護るために

ゲーム考察書いてたら人生優勝した話 - ゲーム考察の勧め

 こんばんは、茅野です。

考察記事や翻訳ダイアログなどの資料ばっかり置いているので忘れがちなんですが、これ、一応「ブログ」なんですよね。というわけで今回は、ブログらしく、自分の人生について語ろうかなとおもっています。自分のゲーム考察人生と、それからについて。

 

 それと同時に、この記事は読み専の方へ送るゲーム考察書き手への切っ掛けになればいいとおもっています。この記事は、ゲーム考察を全力で賛美します。全力で推奨します。それがこの記事の存在意義であります。

 読み専の方は、当然面倒だからやらない、という方もいらっしゃるとは思いますが、「考察の書き方がわからない」とか「考察勢って何者?」という疑問を抱えているとおもいます。でもそういうのって考察勢本人にあんまり訊けないですよね。一昔前の話ですが、わたしはそこそこ考察書いてきた人間だとおもいます。今回は後者にお答えするべく筆を執りました。考察界隈で戦ってきた一考察勢の生が、読み専の参考になり、ときに教師に、ときに反面教師となり、少しでも書く気力を与えれば良いとおもっています

 その性質上、基本的にイキリ自分語りが出てきそうなので、「キモいな」と思ったら即ブラウザバックしてください。尚、クッソ長いです。約6年+αの自伝なので致し方ないとおもってください。ゆるして。

 それでは、もしお許し頂けるならば、お付き合い宜しくお願い致します。 

 

 

アーマードコアの考察を書いたら大学受験に受かった話

 まずは一番直接的にゲーム考察が人生を変えた話をしようとおもいます。時系列でもいいかなとおもいましたが、たぶんこの話が一番インパクトあるので最初に。

 凄いタイトルだなって思われたことでしょう。「どんな"風が吹けば桶屋が儲かる"ストーリーなんだ? どうこじつけてくるんだ?」と思われたことでしょう。違うんです。ほんとうに、文字通り、アーマードコアの考察を書いたら大学に受かったんです。

 …………。胡散臭いので細かく説明します。

 わたしは高校生の頃、『ARMORED CORE』(以下AC)というフロム・ソフトウェアのゲームが好きでした。特に、そのなかの4、fA、V、VDというタイトルが好きでした(基本的に世界観は繋がっていて、連作扱いです)。更に言うと、VDの黒幕である『財団』というキャラクターが滅法好きでした。所謂"推し"でした。

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↑ビジュアルすらない、音声と設定だけのキャラクター。これは彼(?)が所有してるヘリコプター。啓蒙が高いのでこれだけでもう可愛いと感じるのである。

 

 そして当時、わたしは考察人生に於いて、キャリアの絶頂期でした。高校時代はまあ勉強など全くしなかったし、PS3/4と2ch考察板を行き来して、面白いものを見つけたり、何か閃いたりしたらTwitterチラシの裏代わりにわめき散らす、その毎日でした。

 勿論、この『財団』を中心に、『AC』の考察もしてました。一応その成果がこれ。↓

sylphes.hatenablog.com

※このブログは大学受験が終わった後に立ち上げたので、投稿日は受験後。

 

 『財団』は、所謂AIのキャラクターです(詳しくは↑の記事に)。AIは今では身近な存在ですが、では、考察勢として、「AIとはなんぞや」って論理的に述べられますか? 

当時、わたしには不可能でした。けれど、わたしは『財団』が何たるかをどうしても知りたかった。だから勉強しました。例えば、こんな本を熟読して。

bookmeter.com

bookmeter.com

 

 ところ変わって、大学受験。そう、衝撃的なことに、当時わたしは受験生だったのです。受験勉強をほっぽり出して、こうしてAIの本読み漁ってました。ここまで負けフラグ

 わたしは死ぬほど脳天気だったので、取り敢えず面接/小論文/資格(英検・仏検)からなる所謂AO入試を受けて、駄目だったらそこから考えようという、突き抜けた阿呆でした。絶対に真似しないように。

 

 ところが、何故か知らんが奇跡が起きた。

在籍校がバレるので詳しくは申し上げられませんが、濁しつつ説明します。必要な資格は持っていました。面接も、志望する学科に纏わるエピソードを持っていたので、まあなんとかなるだろうとおもっていました。問題は小論文。

 過去問がめちゃくちゃ難しかったのです。わたしが受ける前年は、「某東南アジアの国家の国家政策について論じよ」でした。これが急に出たら無理だな、とおもっていました。試験会場に行き、怖々と席に座り、やがて時間が来て問題用紙が配られた。

 神はわたしに微笑んだ。

わたしは設問を見て、危うくカンニングで捕まるんじゃないかというくらい挙動不審になりました。そう、その設問とは。

人工知能と人類の共存について、あなたの考えを論じなさい。

エンダァァァァァァァァァイヤァァァァァァァ

核心に関わるところは検閲により削除させて頂きましたが、実際に受験時余白に書いたメモがこちら。

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ここまで上手いこと行くと、「いやww嘘松wwww」とか言われそうですが、誓って実際にあったことなのです。

 当然持ち込み不可の大学受験の小論文で、「レイ・カーツワイルの『シンギュラリティは近い』によると、」なんて書いてきたわけです。まあ、落ちるわけがなかった。わたしは勝利を確信した。この大学はわたしを求めているんだとおもった。

 

 実際、その後の面接もまあなんとかなり、第一志望に合格致しました。そうです。『推しの考察を書いたら大学受験に合格した』。そうとしか言いようがないではありませんか。これが、ただ「好き」とだけ言っているオタク止まりだったらこうはならなかった。考察を書いたからこそ、わたしは大学受験という大きな節目で優勝することができたのです

 確かに、これは死ぬほど運がよかった……ということもあります。ありますが、こういった事実が存在すること、是非覚えておいて頂きたいのです。

 

 わたしの家庭は、そんなに厳しい方ではないとおもいます。しかし、両親ともゲームに関してはかなり否定的な見解を持っていました。最初の頃こそ、コントローラを握るだけで罪悪感を抱えていたものです。だからこそ、わたしはゲームが人生に如何に役立つのか、ということを証明したかった。わたしはこの大勝負に、勝ちを収めたのです。愛と努力はわたしを裏切らなかった。

 

モラル最下層、2ch考察板

 ゲーム考察人生に於いて、華々しい成果を上げることができたのは前述の通りです。しかし、考察人生が順風満帆で、素晴らしいものだったのか、と問われれば、否、それは最悪な物だったと言わざるを得ません。特に最初の頃は。

 ここからは、わたしの考察人生について時系列順にお話します。

 

 Twitter、ブログを始めるまでの主なわたしの住処は、2ch考察板でした(わたしが生息していた時代は5chではなくまだ2ch)。皆様は見に行ったことありますか? ひとことで言って、あそこの治安、最悪ですよ。

 どれくらい酷いかというと、女口調で投稿するだけで炎上するレベル。わたしは性別学上女です。原則的に一人称は常に「わたし」です。あまり女性口調(所謂「~よね」「~だわ」みたいな)は用いませんが、用いることだってふつうにあります。わたしが生息していた板では、この口調で書くだけで、秒で炎上しました。所謂、「ま~ん(笑)さん乙」というやつです。おまえが性差別乙だよ、という感じしかありませんが、圧倒的マジョリティがマジでこんなかんじでした。その洗礼を受けたのが中学一年くらいのときの話。

 結局、わたしはそこに生息することになりました。一々「ま~んさん以下略」とか言われていては面倒の極みなので、わたしは男口調を使う、つまりネナベになる決意を固めました。当時、実際にネット上の書き込みは男口調にしました。「俺」とか言ってました、JCですが。それから、その場になじむために積極的に汚い言葉をつかっていました。流石に他の女性に「ま~んさん」とは言いませんでしたが(自分が言われて死ぬほど腹が立ったので)、まあ「氏ね」だの「うま/しか」だの、「妄想乙(※考察を書く方には身に染みてわかるとおもいますが、この言葉は考察勢に対しての一番の侮辱語です)」だの、所謂そういう類い。そういう言葉を交ぜないと寧ろ浮く、それがあの世界でした。ほんとに。

 「そんなところ、さっさと見切りをつければよかったんだ。JCが住まう場所ではない」、それはその通り。しかし、同時にそこにはわたしの求めるものも存在しました。そう、その板の住人たちは、モラルこそ最悪でしたが、頭がよかったのである。そして、わたしの求める情報を彼らは持っていたのであるわたしが持っている意見に、口の悪さは正に最悪ながら反論してくれたのである。よく本人は仕合わせそうなものの、DV彼氏(彼女)にとっ捕まってしまい逃げられなくなっている傍から見たら哀れな人、いますよね。わたしにとっての2ch考察板は、まさにそれでした。害はあるが益もある。良薬口に苦し……は、ちょっと違うか。

 結局、わたしはこの2ch考察板とかいう最下層に、高校三年まで居続けました。約6年。もう、どっぷり浸かってましたね。あの世界に。

 

2ch考察板でレスバトルしていたらディベートが上手くなった話

 2ch考察板での学びは多くありました。まず、勿論、ゲーム考察(主に2ch板を使っていたのは『うみねこのなく頃に』と『ダークソウル』の板です)の情報源として、たいへんに重宝しました。また、自分が何か思いついたときに投稿すると、罵りながら彼らはブラッシュアップしてくれました。その際、所謂レスバトルの形で議論をします。そこで議論の能力を飛躍的に向上させることが出来ました

 誤解のないように言っておくと、2ch考察板のレスバトルは最悪です。それこそ「ま~n(以下略)」などの罵倒語を重ねながら、相手の提示した説を徹底的に叩き潰します。叩かれた方は、また思いっきり叩き返す……といった感じで、それは最早議論とも呼べないような代物でした(勿論、ごく稀に実に建設的な議論は存在した)。だからこそ、わたしはそれを反面教師としたのです。

 まず、何よりも相手の人格を否定しないこと考察対象の作品を愛すること考察らしく、根拠やソースをきっちりと提示すること。この三つです。三種の神器

 このことは、このブログを立ち上げて一番最初に書いたこのブログのポリシー、「"世界観警察"とはなにか」という記事に最も顕著に表れているとおもいます。

sylphes.hatenablog.com

 そうです。このブログの名前を「世界観警察」としたのも、そこに源流があります。「世界観警察」とは、一般的に言って、考察勢に対する罵倒語です。考察勢たる貴方も、もしかしたら言われたことがあるかもしれません。だからこそわたしは、この語を自らの考察置き場の題に選びました。この語が地位復権するように。全ての考察は、愛からなる探究。それを証明したかった。

 

 少し話が逸れましたが、わたしは中・高時代、少しだけディベートをやっていました。凄く悪い言い方をすると、ディベートとは、相手の説を論破し、叩き潰し、屈服させ、自らの説を認めさせる荒技に他なりません。ここまで読んで頂ければおわかりでしょう。自惚れですが、わたしはこれが上手でした、かなり。完全にイキリですが、独りで一気に複数人を論破したり、先輩や先生など目上の人間に食って掛かることも全く不可能ではありませんでした(実際にやった)。それは、全てあの地獄の2ch考察板のおかげでした。

 2ch考察板で磨いた技を用いてディベートをやる際、最も役立ったのは、「詭弁」です。あの板の住人は、よく詭弁を使いました。あるとき、わたしはそのことに気が付いたのです。そこからの成長は早かった。相手の詭弁を見抜き、その穴を指摘してボコし、こちらは相手に悟られぬよう意図的に詭弁を使えば良い相手が議論をしっかり学んだことがないのなら、大抵はこれで勝てます。勝負あり。しかし、詭弁はアウトロー、正攻法ではありませんし、何なら論理展開に於いて誤りでもあります。しかし、正直に言うとこの技は小手先で人を騙すのに持って来いなのです。そこら辺の相手なら朝飯前で勝てる技でした。

 当時中学生の生意気なガキたるわたしは、この(ほぼ)万能の力に酔っていたのです―――最悪なことに。

 

考察界の神、H氏との会遇

 そんなわたしに神からの詔は下された。

たしか、中学三年とか、高校一年くらいの頃だったと思います。当時、わたしはとある洋ゲーにハマっていました。そこで、勿論考察が読みたくて、検索をしました。そこで出逢ってしまったのです。考察界の"神"に。

 彼は己が「考察勢」として認識されることを嫌っていました。こんな風に「考察界の神」なんて崇めることはきっと彼が一番嫌いなこと。ですから本当に心苦しいのですが、しかし確かに彼の考察がわたしの考察人生を根本から変えたのです。心の底から尊敬しているので、迷惑にならぬよう名前は出さず、彼の頭文字を取ってH氏とここでは呼びましょう。

 H氏は、当時ブログを持っていて(残念ながら現在は削除されたそう)、そこでゲーム考察を書いていました。出自は定かではありませんが、きっと学問を修めたのであろう(特に理系だったのではないかとおもわれる)、美しく簡潔で、教養高い文章は実に読んでいて心地が良いものでした。

 H氏の考察は、一言で言うとあまりにも異質なものでした。どう異質か。余りにもアカデミックだったのです。それは最早、題材がゲームでなければ論文として通用したであろう、というくらい、理路整然としていて、論理的で、美しかったのです。

 嫉妬すら出来ませんでした。人間、余りにも差があると嫉妬心すら湧かないものです。わたしはすぐに崇拝者になってしまいました。しかし、当時彼にはわたしのような崇拝者が多くおり、そういった崇拝者を蛇蝎の如く嫌っていたことも知っていました。そのストイックさもまた、個人的には大好きだったのですが……。それはともかく、わたしは誰よりも彼のファンであったことは口外せず、独り、彼の考察を研究しました。「どうすれば、あんなに素晴らしい考察が書けるのか」、と。

 答えは簡単に見つかりました。リサーチの量が段違いだったのです。彼は、とあるゲーム作品の為に量子力学に纏わる英語の論文を読み解き、それを糧として持論を展開していたのです

 「たかがゲームの考察のために量子力学の英語の論文を読む!?

そのときの衝撃は今でも忘れません。正に雷に撃たれたかのようでした。考察とも言えない妄想を、詭弁というセコい技に頼って振りかざしていた愚かなわたしには、天地がひっくり返ったかのようでした。「たかがゲーム、されどゲーム」。彼は言いました。「最近のゲームはアカデミックな議論に堪えうる構造をしていて素晴らしい」。

 そこでわたしは長い悪夢から目が覚めたのです。ああ、そうだ。わたしたちがやっていたのは、考察でも何でも無い。考察なんて名乗るのが烏滸がましい。真の考察とは、これなんだ「わたしはゲーマー、勉強なんて興味ないし、知らない」じゃ済まされないそんなの、愛が足りない。「ほんとうに好きなら、しっかり勉強して、もっと真剣に読み解く努力をしなければならない」。H氏は、わたしに本格的なリサーチの手法と、考察の極意を教えてくれました。

 ちなみに、H氏は今、ゲーム考察の世界を離れ、全く別の世界で大活躍されておられます。文字通りの大活躍です。わたしも驚くくらい。わたしの上記のサクセスストーリーなんか、屁だというくらいに。それこそ、「ずるい」と言いたくなるくらい、彼は何だって出来るのでした。しかし、わたしは彼がその能力を全て努力で身につけたことを知っています。やはり、何事にも本気で取り組む人間は強いのだと、そのとき改めて感じました。

個人的の意見ですが、彼よりも優れたる考察勢をわたしはその後、見ていません。彗星のような存在でした。ここまで褒め称えておきながら、実はわたしは彼と会話を交わしたことはありません。余りにも恐れ多いと感じていたのです。しかし、わたしは誰よりも彼の考察を読んでいたとおもうし、誰よりも多くのものを吸収したとおもっています。だから、彼がゲーム考察界を去った後、彼のスピリットを継ぐのはわたしなんだと、そう自分に言い聞かせて自分を鼓舞していました。もう迷わない。恥じない考察勢になろう。それが教訓でした。

 わたしが唯一、「考察の師」と仰ぐ彼の勇姿は、いつ見ても美しいです。

 

ゲーマーから読書家へ

 H氏の考察を読んでから、わたしの考察スタイルは大きく変わりました。正にH氏のように、とにかくリサーチを強化したのです

それが最も顕著に表れているわたしの考察は、『人食いの大鷲トリコ』だとおもいます。こちらの記事をご覧ください。

sylphes.hatenablog.com

これは、わたしが『トリコ』考察を書くにあたって必要とした資料について纏めた記事です。わたしは『トリコ』の考察を書くため、約10冊の本を読みました。

もう一度言います。「たかがゲーム、されどゲーム」。

 『トリコ』の考察を書いたとき、実に革新的なことに気が付きました。とある冊子に載っていた写真に、『トリコ』制作チームの職場の本棚が写っていました。そこに、わたしが手に取った本が何冊か収められていたのです。制作陣が読んだ資料を読む! 考察をやる上で、かなりアドバンテージになるのではないでしょうか。

 尤も、中には「厳格派」もいて、「ゲーム外の情報に頼るのは悪だ」という意見を持つ、H氏の考察スタイルとは真逆を行く考察勢の方もいらっしゃいます。わたしは、それも考え方の一つとしてよいとおもいます。勿論、ゲーム外の情報とゲーム内の情報を全てこじつけて繋ぎ合わせてしまうと、大きな歪みが生じます。それは宜しくない。しかし、わたしは自分でやってみて気が付きました。本や論文を読むことは余りにもメリットが大きい

考察勢って、基本的に知識欲オバケなんですよ。あれも知りたいこれも知りたい、わかんないなんてヤダ。読書はそれに応えてくれます。ゲームの枠を越えた知識を授けてくれます。そして、それは別のゲームに移行して考察を始めた際も、「あ、そういえば当時は『そこは関係ないな』とおもいながら読んだ部分が、今、役に立つ」ということも大いにあります。

それに、基本的に、本って、教科書なんです。いや、教科書を読めというわけではなく……喩えると、わたしたちが読み解きたい「ゲーム」って、たとえば、タガログ語の文章みたいなもんなんです。でもわたしたち、タガログ語、読めませんよね(勿論、読めるぜって方もいらっしゃるかとは思いますが、そしたら別の言語に置き換えて下さい)。でも、その文章の内容は知りたい。そうしたら、どうしますか? 文法の教科書、買いますよね。そう、その「文法の教科書」っていうのが、この「リサーチに使う書籍」にあたるわけです。それは悪でも何でもなく、正統な"攻略法"だとおもいませんか? わたしはそう信じて、きょうも本を読みます。

 このリサーチ強化によって我ながら良い出来映えだな、と思えるものも書くことができました。それが『ABZU』考察です。

sylphes.hatenablog.com

この時は、BGMの曲名から元ネタがアッカド神話にあることを悟り、アッカド神話天地創造物語『エヌマ・エリシュ』を、原文アッカド語で読もうとする、なる無茶なことをしました(途中で挫折して英語からの重訳となった)。高校の頃、地元の図書館に通って文法書読んだのが思い起こされます。懐かしい……。

 わたしはほんとうに恵まれたことに、「心の底から書くのが楽しい」クチで、あんまり評価に関しては気にしてません(尤も、悪辣に罵倒されたら悲しいし、褒められたら嬉しいです)。しかし、この記事群は、筆者の自信と比例して、実際に評判がよく、個人的にもとても喜ばしく思っています。賞賛をくれた心優しいABZUプレイヤーの皆様、どうもありがとう。

 

 ちなみに、ブログで考察を書く際、レイアウトや章区切りで参考にしたのは勿論「我が師」、H氏のもの。実は、このレイアウト、結構多くの方に「読みやすい」と言って頂けるんです。そうだろう、そうだろう、何故ならばそれはわたしの功績ではなく親愛なるH氏の力によるものだからだ。H氏を讃えよ(本人にとっては迷惑なんですよね……ほんとうにすみません……ああ、愛とは難しいものだ……)。

 

 高校時代は、H氏式考察をものにしようと、とにかく狂ったように本を読みました。なんならコントローラ握ってる時間よりも本読んでる時間の方が圧倒的に長い、というくらい本を読んでました。わたしはこの考察スタイル、我ながら気に入っています。どうでしょう、もし考察始めるならor新しい考察のやり方を模索するなら、取り敢えず、関連図書を読み漁ってみられては

 

匿名(大嘘)

 小ネタみたいな感じでひとつエピソードを書きますね。

さて、ここまで約8000字書いてきました。ここまで読んで下さったあなたは英雄です。ところで、わたしの文章、どうおもいますか? 読みやすいですか? 何だかどこかに特徴を感じますか?

 わたしは、自分のことですから、自分の文章がどうか、というのは判断が付きません。だからこそ教えて欲しいくらいなのですが、どうやら、わたしの文章ってすっごく独特らしいんですね。聞いたところによると、「一文が長い」「いやに熱っぽい」「特定の語句でわざとひらがなを使ったりするところに拘りを感じる(例えば、"わたし"とか)」なんてよく言われます。どうおもわれますか?

 さて、わたしは上記のように、考察板で投稿するときはネナベ武装をし、ぶっきらぼうな口調で、なるべく普段の口調とはかけ離れるように工夫していました。しかし、あるとき、Twitterで、フォロワーから考察板のスクショと共にこんなことを言われました。「この投稿したの、茅野さんですか?

 まあ、それが驚いたことに正しかったのである! まあ確かに、そのときは口調は頑張って変えていましたが当時Twitterで主張していた持論と同じことを書いてたので、わかりやすいっちゃわかりやすかった。しかし、たとえば『質問箱』とか『マシュマロ』とか、所謂匿名で投稿するサービスにいつも通りの文体で書くと、まあ一発でバレるんですね。匿名ってなんなんだよ。そんなにわかりやすいのかな……。よくわからないので、ほんとうによかったら「おまえの文章はこうだ!」って、教えて貰えませんか?

 ちなみに、そのエピソードが繰り広げられた舞台は『ダークソウル』です。尚、そのわたしの投稿にまた激烈な反論レスを付けていたのがその本人であり(開示してくれた)(わかってるなら罵ってくれるなよ)、その後意見の違いはあれどふつうに仲良くなりました。昨日の敵は今日の味方。さっきの闇霊は今の白霊。いいゲームだね、『ダークソウル』。

 

アカデミック界への転身

 さて、高校時代までのお話を書きました。そこで、わたしのゲーム考察人生は幕を下ろしました。その後は、大学一年時、仕事が忙しすぎて自暴自棄になっていた夏休みと、悪性の風邪を引いて一週間ダウンしていた冬休みに少し『ABZU』の考察を書いたくらいです。

 大学に入ってからは、酷く忙しくなって全くゲームで遊ばなくなりました。それに、本音を言うと、少し考察界にも嫌気がさしていたのです。

わたしはTwitter旧垢で死ぬほど考察ツイートをしていたのですが(旧垢のツイート数が約20万あった)、出身地の影響か、言ってしまえば結構過激派でした。「考察と妄想の区別が付かないうちはもの書くな」「半年ROMって研究しろ」ってよく言ってました。ですので、わたしのことを「怖い」とおもう方は結構いらっしゃったらしい。別に怖がらせたいわけではなかったんだ。すみません。

 しかし、ほんとうに、今でこそ言いますが、申し訳ないけれども、考察と妄想の区別が付いていない自称・考察勢という層が結構いて、わたしは正直辟易としていました。自分はどうなんだよ、っていう話なんですが、勿論自戒も込めて。妄想は妄想でいいんです。本当に面白いです。わたしも妄想、大好きです。しかし、それは「考察」ではないだろうと、わたしは声を大にして言いたい。それは素晴らしい、でも、カテゴリが違うんだ。目を覚ましてくれと。おまえが生くるべきは考察界隈ではない。ゼロから世界を生み出す素晴らしき創作界隈だ。そう叫びたかったのです。

それに、ゲーム考察のために難しい本を読み漁るうち、「この学問を真剣に勉強してみたい」とおもうようなものを幾つか見つけたのです。恐ろしく奥深きゲーム考察の世界。

そこで、別のフィールドに一度移ってみたい、という気持ちに素直になり、すぐさま実行しました(行動力だけはある)

 もしこの記事をPCで見られているなら、右側の記事カテゴリーをご覧下さい。「バレエ」とか「オペラ」とか「文学」とか、そういうカテゴリに多く記事があるのがお分かり頂けるかとおもいます。インターネットでは面倒くさいことになりそうなのでブログでは書いていませんが、「国際政治」も真剣に勉強するようになりました。そうです。大学に入ったわたしは、一度アカデミック界隈に転身を図りましたゲーム考察以外の界隈で、どれだけ通用するか、自分を試してみたかったのです。

 自惚れを承知で、これが結構上手くいったんじゃないか、とおもいます。学会などに通い、研究者の方々とも親しくお話出来るようになったころ、彼らはわたしに、「従来の研究者にない、柔軟でユニークな発想だ」とお世辞を言って下さいます。たかがお世辞にそう有頂天になるな馬鹿者、という話かもしれませんが、ほんとうに嬉しかったのでここではそう書かせて下さい。基本的に研究者先生方は、大学などで指導教官に教えを乞い、アカデミックな世界で育っているはず。わたしは違います。「ま~以下略」などと言われながら、2ch考察板を軸に叩き上げで育ってきたからです。ああ、泥の中から蓮も咲くのだ。わたしは、ゲーム考察勢が、アカデミックな世界、つまり、「政治研究」とか「芸術研究」「文化史研究」といった分野で、ある程度の力を発揮出来る、ということを自分の身をもって知りましたゲーム考察は、論文を書くのに必要な「問いを立てる力」「検証する力」「思考する力」「文章力」そして「議論能力」、すべてを高めてくれます。場合によっては「語学力」や「普遍的知識」なんてのもここに加わりそうですね。寵愛と加護のゲーム考察。これは、アカデミックな世界で基礎となる力です。いきなりアカデミック世界に突入するのはハードルが高くても、自分の作品を題材に取り組めば、好きこそ物の上手なれ、いつの間にかその力をあなたは手に入れているはず。勿論、わたしは今たかが学部生です。何の権威でもありません。しかし、確実に、当時の力が糧になっていると、そう感じます。中学生の頃のわたしよ、おまえは、間違ってないぞ。

  尤も、こういう言い方をすると、ゲーム考察をなんだか踏み台にしているような印象を与えそうですが、わたしは単純にゲーム考察をすることが好きです。嫌いだったらやってません。というか、ゲームが好きです。あの没入感、散文的な街に生まれ育った心の汚い自分とは違う生を甘受できることの素晴らしさ。やはり一番大事なのは、対象への愛である。

 

レスバトルからディベートへ、ディベートから合意形成へ

 大学に入って、わたしはとあるアカデミックサークルに入会しました。国際政治について議論を行うサークルです。そう、最も今までの力が活かせそうな世界でした。

 滑り出しは好調でした。ここでは、議論の成果に応じて、上位数名はランキング化されるのですが、最初の5会議くらいは首位を頂いておりました。しかし、やがて気が付いたのです。「これは違うぞ」と。

 そこで行われていた議論は、「ディベート」ではなく「合意形成」を目的とするのでした。その違いはなにか。ディベート」では、とにかく相手の論を踏みつぶし、屈服させればよかった。しかし、「合意形成」は違います。相手をブチ殺していては、「合意」できません。相手に花を持たせつつ、50:50で、いや、49:51のバランスを目指すのです。これが非常に難しい。わたしは一度、相手をディベート風にやっつけてしまったとき、後にそれがとんでもない悪手であったことを知ったのです。

 これはたいへん興味深い、とその活動にのめり込みました。昨年度はその全国大会にて研究責任者として仕事をし、今年は(新型ウィルスの影響で中止となりましたが)議長として会議を取りまとめる予定でした。ある程度の実績を残せたのではないか、とおもいます。もう一度言います。ゲーム考察は、アカデミックの世界でも大いに役に立つのです

 

知名度について

 最後に、小ネタをもう一つ。大学に入ったとき、勿論知り合いは皆無でした。友達を作らねばなりません。当時はほんとうに只のゲーマーというか"ゲーム考察勢"だったので、「ゲームで遊ぶことが好きだ」というので、趣味の合う人間を探しました。

すると、どうでしょう。特に『ARMORED CORE』や『ダークソウル』といったフロムゲーで、これらを愛好する多くの人が、わたしのことを知っているではないか。え? あの考察、キミが書いたの? 読んだよ」。

 そのときの自尊心たるや。ああ、あなたの"世界観"は、わたしの解釈の影響を受けたのか。なんとも言えない暖かな気持ちになりました。

 又、わたしは考察を死ぬほど書き殴っていたTwitterのアカウントを四年前に消しました。そこから新しいアカウントに変えています。ゲーム考察を書いていたのは旧アカウントの頃です。それなのに、ちらほらと、「わたしのことを覚えている」という人をお見かけしました。何たることだ。涙腺が緩みました。しっかり文章化し、誰でも見られるところに置く。それは、他の人の記憶の中で生きる術。ゲーム考察は、いいぞ

 

最後に

 ここまでわたしの身の上話を読んで下さってどうもありがとうございました。これは今までのわたしのゲーム考察人生の総括です。中高6年間、最も力を入れてきた趣味だったが為、大分長くなってしまいました。1万3000字超えたって。次は、短く文章を纏める能力を磨こうかな。

 わたしは、ゲーム考察は素晴らしい趣味だとおもっています。是非、これを趣味とする人が増えればいいなとおもいます。これはわたしの人生の纏めであり、それ以上でも以下でもありませんが、ここから「考察やろっかな」と思う人が一人でも居ればわたしは嬉しいです。だって、別に、わたしと同じ人生辿る必要性ないじゃないですか。別に「ま以下略」とか罵られるプロセスは必要ないんですよ。わたしが過去に手に入れた叡知、H氏式考察スタイルでも、詭弁でもなんでも一番最初から使えば良いんですから

 わたしは一度ゲーム考察界を引退した老い耄れです。(今ちょっと戻ってきていますが、)では次誰がH氏式考察スタイルを継ぐんでしょう、っておもったときに、ああ、わたしが考察の書き方ってやつを書けば良いんだ、って思い当たったのです。そこのあなた、よかったらこのスタイルで考察を一筆やってみてくれないか。新しい蒙が啓けるとおもうぜ。

 質問とかなんとかあれば出来るだけお答えしようとおもいます。罵られ慣れてはいますが、結構メンタルは弱いので「m以下略」とかは言わないでね。宜しくお願いします。

 ああ、こんなにエラそうなことを書いてしまって、今後ゲーム考察書くのプレッシャーだなぁ。今後とも、「我が師」H氏に、恥じない文章を書けるよう努めて参りたいとおもいます。道を脱線しかけていたら叱ってくれ。

 ほんとうに長々と失礼しました。ゲーム考察のフィールドで、或いはその先のアカデミック世界で会いましょう。それでは。

 

 より実践的なゲーム考察執筆マニュアルも書いたので、よかったら併せて参考にして下さい。↓