世界観警察

架空の世界を護るために

METAMAGICAL THEMAS - Everybody's Gone to the Rapture考察3

 こんにちは、茅野です。延長した引き籠もり休暇を地味に謳歌しています。

昨日、4年ぶりにダークソウルの記事を書きました。

sylphes.hatenablog.com

↑書いていてたのしかった。

 

 この記事にも関わることだけを掻い摘まんで説明すると、中高生時代ゴリゴリの考察勢として通っていた筆者は、大学入学と同時に多忙を極めたが故考察の世界からは一度足を洗った。がしかし最近コロナで暇なのでちょっとだけ舞い戻ってきました、というかんじです。

 最後にコントローラを握った3-4年前、考察のメモを数多残しておきがら成文化することなく捨て置いた無能だったわたしですが、今回その汚名を拭い去ろうというわけです。

 というわけで今回は、この『Everybody's Gone to the Rapture 幸福な消失』の世界で、4年前に書いた考察メモを頼りに紐解いていきたいとおもいます。

 

大昔に書いた記事はこちらから。

sylphes.hatenablog.com

sylphes.hatenablog.com

↑原文(英語)・邦訳の全ダイアログを打ち出して掲載してます。

sylphes.hatenablog.com

↑考察の類いはこちらから。

 

 考察記事第三弾となる今回は、ダグラス・ホフスタッター氏の『METAMAGICAL THEMAS』を主軸に進めてゆきます。それでは宜しくお願い致します。

 

 

心とパターン

 このゲームを語る上で書かせないのが、ダグラス・ホフスタッター氏です。彼については上記の「暗号の解読」に詳しく書いたので、是非先にそちらをご覧下さい。

おさらいすると、ゲームEND時の暗号を解き明かした際読み解ける文章を書いた主が彼であり、優れた数学者で、それ以外にも数多の学問を修めたとんでもない学者さんでしたね。

 では、彼の主張を読み解けば、このゲームの本質も見えてくるのではないかとおもい、『METAMAGICAL THEMAS メタマジック・ゲーム』という分厚い本を読みました。4年も前の話ですけれどね。

この『METAMAGICAL THEMAS』、非常に難解な本です。数学者が書いているのだから当たり前と言えば当たり前なのですが、ガチの数学です。ディスカリキュアの当方は絶望しました。その一方で、読みやすいコラムなどもふんだんに掲載されており、理解が及ぶ範囲では非常に面白かったです。

再読することができればそれが一番よいですが、生憎今図書館も閉まっておりますし、過去取ったメモからの情報のみで失礼します。

 

 さて、この本では冒頭から「パターン」という語句が登場します。引いてみましょう。

心の中の普遍的パターンによって、わたしたちは数学的パターンのみならず、世界のあらゆる事柄に潜む抽象的規則性を感じ取ることができるのだ。

      (ダグラス・ホフスタッター『METAMAGICAL THEMAS』) 

 "パターンによって世界のあらゆる規則性を感じ取る"。完全に『幸福な消失』ですほんとうにありがとうございました。

しかし、咀嚼しようとすると実に哲学的なことばに思えます。この『幸福な消失』というゲーム、やっている途中で「パターン」という語句がゲシュタルト崩壊してくるのですが(わたしだけ?)、改めて、「パターン」とは何なのでしょう。

 パターンとは、言い換えれば、「型」、「模様」、「模範」、「傾向」「動き方」、「様式」。

であれば、例えば、「心の中の普遍的≪な動き方≫によって、わたしたちは数学的≪型≫のみならず、世界のあらゆる事柄に潜む抽象的規則性を感じ取ることができる」なんかに言い換えてやると、理解し易いかもしれませんね。

 

 この本の中には他にも、以下のような文言が存在します。

真理は命を捨てて生きていく。 

                             (同上)

 非常にカッコいい。真理の普遍性を説くわけですね。

この「真理」は「パターン」と読み替えて差し支えないでしょう。しかし、『幸福の消失』の「パターン(=Liquid Light)」は生命を持っているとケイトは考えています。

命とは、いつか失われる有限のもの。“時間“を認識し、その枷に縛られたもの。

しかし、ケイトはパターンと一体化する中で、「時間の感覚がなくなった」と明言しています(Chapter 4  リジーエリア、トレイラー内のラジオ)。そして、真理へと辿り着き、真理と"一体化"するのです。命を捨てて。

 

理解すること、一つになること

 そこから少し繋げて考えてみましょうか。

ケイトは最後、「パターンの光」と一体化を遂げます。そして、こう断言します―――「わたしは怖くない」と。何故なら、全てを理解しているから。

 全てを理解するには、対象との一体化が求められます。その例として、オルハン・パムクの『白い城』などを挙げてみたいとおもいます。こちらは文芸ですが、わたしのお気に入りの一冊です。

bookmeter.com

↑『消失』好きの皆さんはこのゲームの性質上、教養高いとおもわれるのでこちらもきっとお気に召されるはず。

 かたや帝国の高官、かたや異国から連れられた奴隷。出自の大きく違う二人の共通点は、姿形がうり二つであるということ。やがて共同生活を始め、愛憎混じり合う関係性となった二人が行ったこととは―――。……みたいな。

 理解することは一つになること、一つになることとは理解すること。そのことを余りにもドラマティックな展開で教えてくれる本です。

 

 さて、パターンとの一体化を果たすケイトですが、何故彼女だったのでしょう。

この流れから分かるように、「彼女がパターンを理解したから」です。

しかし、わたしはもう一つ理由があるのではないかと感じました。それは、彼女自身が述べています。

 スティーブンとリジーは一緒になったけれど

それでよかったと思う

フランクはメアリーと農場を歩いている

ウェンディーとエドワードは仲睦まじく寄り添っている

ジェレミーはようやく神とともに安らかに横たわる

みんな一つになれて… 幸せそう

                (Chapter 6 ケイトエリア、ラジオ)

 そう、つまり、異国から独りやってきて、裏切られたケイトだけがヨートンでひとりぼっちだったのです。そしてケイトはパターンを「理解した」。ケイトがパターンの謎を解こうと奮闘したように、寂しがりのパターンも、ケイトという存在を求めていたのかもしれません。

 

ウィルスという存在

 このご時世にこのトピックを持ってくるのも考え物ですが、避けては通らないので切り込みたいと思います。

 ”携挙(Rapture)"を引き起こす「光(パターン)」は、最初インフルエンザウィルスだと思われていました。ところで、これはよく雑学などで話題になりますが、「ウィルスって結局なんなんでしょう?」。

ウィルスとは、「他人の身体の中で増殖するもの」。そこには、最初から一体化しようという"意志"があります。「光」は、宿主を探していたのかもしれません。そして破壊を選んだスティーヴンではなく、理解し受け入れたケイトが選ばれた。

 

光、パターンとはなんなのか

 非常に大きな問題です。最大と言っても過言ではない。ここに関して、万全で適切な解答を導けた、とはまだ思っていません。しかし、この『METAMAGICAL THEMAS』で興味深い引用を見つけました。引いてみましょう。

観念は観念を生み、観念は新しい観念の進化を促す。観念たちは互いに干渉し合い、隣り合う頭脳とも干渉し合い、大域的コミュニケーションのお陰で、遠く離れた外国の頭脳とも干渉し合う。そして更に、外界と干渉し合って、(生きた細胞の出現などの)過去の進化には例のなかったような爆発的進化を引き起こす。

       (ロジャー・スペリー『心、頭脳、人間性の価値基準』)

これは、もしかしたら、限りなく答えに近いのかもしれません。外界(、宇宙から来たと思われる光)と干渉して「携挙」が行われ、「爆発的進化」が引き起こされる……。携挙の先には、何があるのか。次の記事では、ここを解いていこうとおもいます。

終わりに

 通読ありがとうございました。古のメモを引っ張り起こして書いたので、なかなか薄っぺらい。申し訳ない。図書館行けるようになったら加筆するかもしれません。

しかし、『幸福な消失』はやはり難しい! 特に筆者は数学も基督教も縁遠いので、苦戦を強いられます。まあ、その難易度の高さこそが面白いんですけれど……。

今のところ、『幸福な消失』考察記事はあと2記事は書く予定でいます。がんばります。

それでは、一旦失礼します。

 

次の記事が上がりました。こちらからどうぞ。↓

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