世界観警察

架空の世界を護るために

ROH Blu-ray(2009) 『Mayerling』レビュー

 こんにちは、茅野です。
最近、バレエ『Mayerling(邦題:うたかたの恋)』にハマっています。
とは言え、実は全幕を通してみたのは一昨日が初めてです。観る前からハマるって我ながらなんなんだ。いや、確実にハマるなとおもったので、早々にBlu-rayを注文したのですが、在庫がなく届くのに1ヶ月掛かるとのことで、素直に待っておれず、先に色々予習していたんです。マイヤーリング事件についての書籍を読んだりとか、リストの曲を延々と聞き続けてみたりとか。 

↑ たとえばこんな本。

 

 はじめてこの作品の名を知ったのは、Royal Opera Houseの広告でした。ファーストインプレッションは、「なんか厨二カッコいいポスターのやつ」「主人公は悪役なのかな?」って感じでした。これが「ミリしら」というやつです。

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↑ 何も知らないと悪役っぽく見えませんか?

 

 はじめて聞くタイトルだったので、見に行くか否か定める為に調べたところ、あらすじを読んで、「あ、これ絶対に好きだな」と確信しまして……(時代考証班)。
その後、ROH 公式が投稿した最後の PDD リハーサル動画を観て、「うわぁ流石のマクミラン作品難易度が狂ってる……」「リストの夕べの調べカッコよすぎる……」などと思い、余計に興味津々。

↑ リハーサル動画。色々な意味でとんでもない。

 

 早く観たくて悶々としていたところ、一昨日漸く届いたというわけです。翌日朝早いのに結局朝6時まで見てしまい、当然のように絶望と共に起床しました。よい子の皆様は決して真似しませぬよう。
購入したものは ROH の2009年のプロダクションのものです。

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以下、初見Mayerlingの感想になります。ネタバレ注意。

 

キャスト

ルドルフ皇太子:エドワード・ワトソン
マリー・ヴェッツェラ:マーラ・ガレアッツィ
マリー・ラリッシュ伯爵夫人:サラ・ラム
ブラットフィッシュ:スティーヴン・マクレイ

ステファニー皇太子妃:イオーナ・ルーツ

エリザベート皇后:シンディ・ジャーデイン
ミッツィ・カスパル:ラウラ・モレーラ
指揮:バリー・ワーズワース

演奏:ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団

 

主要人物が多い。そしてこの圧倒的男女比。

 

総評

 まず、上記の本などを読みながら内容を想像していたのですが、当初から思っていたのは、率直に言って、「Mayerling のバレエ化って無理があるのではないか?」ということです。
ルドルフ皇太子の絶望というのはひたすら内側を向いていて、コンテンポラリーならまだしも、ドラマティック・バレエで写実的にこれを身体で表現するというのははたして可能なのかと訝しんでいました。
また、主要人物も多く、初見で誰が誰だかわかるだろうかというのが不安になるレベル。
作品の完成度とは別にして、バレエの題材として相応しいのかというのは非常に疑問が残る点です。

 実際、(わたしは『オネーギン』などで慣れましたが)ルドルフ皇太子が初っぱなからステファニー皇太子妃に銃を突きつけるなど、キャラ付けがオーバーに感じました。史実では、確かに皇太子夫妻の仲は芳しいものではありませんでしたが、ルドルフ皇太子は自殺する際真っ先に遺書を届けさせた先はステファニー妃に宛ててであり、そこで「無頼な夫として迷惑を掛けたことを許して欲しい」と書き送っています。

 又、史実との差異として、ラリッシュ伯爵夫人とエリザベート皇后の仲が挙げられるのではないでしょうか。ラリッシュ伯爵夫人は皇后の姪(皇太子の従姉妹)で、たいへんに可愛がられていたそうですから、何故ああいう風になったのか疑問が残ります。

ちなみにラリッシュ伯爵夫人とルドルフ皇太子は悪友のような関係だったそうです。

 

 史実から入った身としては、すんなりストーリーが理解できたり、こういった差異の明確化がしやすいのですが、バレエが完全に初見の人は「???」となるんじゃないか、と危惧してしまいました。実際どういう感想を持つのか是非とも知りたいので、もしバレエから観た方がいらっしゃったら感想を教えて下さい。

 

 さて、ダンサーについてですが、やはり主役のエドワード・ワトソン氏が凄くいいですね!

役に対しての説得力があるといいますか、八の字眉で、いつも困ったように視線が揺れていて、すぐに頭を抱えて崩れ落ちるのは、まさに「それ、史実で見た」という感じ。凄くはまり役だと思いました。

また病的なまでに肌が白いのも役に合っていた気がします。途中から生きているか不安になるレベルに白いなと思って観ていました。「紙のように白い」という表現はこういうときに使うのだなぁ。そしてなにより、足が長すぎる。アラベスクの美しさと言ったら!

 

 マリー・ヴェッツェラのマーラ・ガレアッツィ氏は、少し動きがうるさい印象を持ちました。パドヴレのときなんか特に。

その一方で、この人物の解釈というのはストレートで良いなという風にも感じました。マリー・ヴェッツェラは愛に生き愛に死ぬ乙女としても描くことが出来ますし、謂わばラスプーチンのような、帝国を崩壊に導く魔性の女としても演ずることが出来ると思っていて、彼女の演技はそのバランスの取り方が巧みだったなという風に感じます。

 

 購入してから気がついたのですが、次のライブ・ビューイングで主演を務めるスティーヴン・マクレイ氏がブラットフィッシュ役で、マリー・ヴェッツェラを務めるサラ・ラム氏がラリッシュ伯爵夫人役で出演しているのですね! 胸熱。

 史実を見た感じだと、ラリッシュ伯爵夫人よりもミッツィ・カスパルの方が主要人物なのかと思いましたが、バレエではラリッシュ伯爵夫人が主役級。

ラム氏の挑発的な微笑みは、皇太子の「悪友」に相応しい。氏はマノンのタイトルロールで見たことがあったのですが、その可愛らしい見た目からくる清純で優しそうな表情から、挑戦的で蠱惑的な魔性の女まで幅広い演技が持ち味で、スペクタクルを重視する一観客としては大好きなダンサーの一人です。

 マクレイ氏は最初ほんとうに誰だかわかんなかったです。冊子の一番最後のページの男性がとんでもない美人さんで、「誰だこれ」とおもってキャスト表を見たらマクレイ氏。マジでか。

前述の通り、最初マクレイ氏の『Mayerling』のポスターを見て悪役かと勘違いしたほどですし、「不思議の国のアリス」のマッドハッターのイメージなどもあったので、彼もラム氏と同じく挑戦的な表情をよくする印象を持っていたのですが、こういう儚い表情もするんですね。びっくりしました。

キャストを調べていたときに、『オネーギン』のレンスキーをやっていたとのことで興味を持ったのですが、そのときはこの印象から「いやぁ、彼はレンスキーというよりオネーギンダンサーだろう」と思っていたのですが、これはレンスキーも似合いそう。観たい。

 この二人は、普通に観ていても際立つ技量の高さを感じました。なるほど、これは出世する。

 

 さて、少し細かく観ていきましょうか。

第1幕

プロローグ

 雨降る墓地。エピローグと同様のシーンです。もう初っぱなからダークさ全開。椿姫といい、ドラマティック・バレエはそういう演出好きですよね。

ブラッドフィッシュのマクレイ氏の青い瞳が潤んでいて、釣られ泣きしそうなレベル。(はやい)

 

第1場

 中幕のハプスブルク家の双頭の鷲の紋章がもうかっこいい。宮廷の祝宴とだけあってそれはそれはもう豪華。ウィーンですしね。

 『オネーギン』や『椿姫』のときから散々言っている気がするのですが、社交ダンス風のバレエめっちゃ好きなんですよね。

 

 皇后エリザベートとルドルフ皇太子が不仲である描写が多分に描かれるのですが、史実ではそういった事実はありません。母としての愛情というものは皇家という特異性からも欠けたのは事実ですが、寧ろ「親しい友人」としての仲を維持していたようです。又、エリザベート自体の性格も、「自分のことにしか興味の無い天真爛漫な女性」というより、少し性格がキツそうな、「威厳ある女王」という風に描かれているように思いました。

 

 ステファニー皇太子妃のドレスが史実の写真にそっくりでとても嬉しい時代考証班。姉ルイーズも登場して、細かい描写に喜びを隠せません。ただ、これちゃんとストーリー頭入ってないと「こいつ、誰?」ってなるんだろうなぁ……とはおもいました。

 

 そしてラリッシュ夫人にマリー・ヴェッツェラが紹介されるときに一緒に出て来る金髪の少女は誰なのだろう……(筆者すらわかってない)。

 

 ハンガリー民族主義者四人衆。過去バレエ作品で「ハンガリー民族主義者」なる役名が登場することなどあったろうか。凄まじい政治色。ここも、当時のオーストリアハンガリー二重帝国の情勢などがわかっていないと理解が大変なのではないだろうかと思いました。次期帝位継承者に取り入れば、自分たちの意見は通りやすいですからね。

 

 ラリッシュ夫人とのPDD。

マクミラン作品のPDDはやはりスケートを意識したような、”滑る”振りが多いですよね。とっても素敵。あと、サラ・ラム氏がほんとうに美しい。語彙がないのでずっと「可愛い~~」って言いながら観ていました。

ラリッシュ夫人の役どころも史実とは少し違うのでしょうか、浮気を誘発して皇太子を貶めようとしているような素振りを感じました。彼女の本心はどこにあるのでしょう。

 

第2場

 幕間の演技パート。こういうのが没入感を高めるんですよね。

それにしても、ターフェ首相の小物感ったらない。

 

 エリザベート皇后のプライベート・ルーム。皇后シシィは絶世の美女で、大のダイエットマニアであったことで有名ですから、こういう描写があるのは非常によいですね。

 そこに現れるルドルフ皇太子。とても母と息子のようには見えない……ww

ステファニーと結婚した年とすると、このとき皇太子は23歳でしょうか。誰からの愛にも恵まれなかった彼をマザコンと称すのはちょっと可哀想かなとわたしは感じます。

 前述のように、エリザベート皇后の性格描写は史実と大きく異なります。まず、そんなに頻繁にルドルフ皇太子とは会わなかったはずですし、こうも露骨に退けることはなかったからです。バレエ版では、それもあって更に悲劇性が際立っています。

 

第3場

 幕間は再びハンガリー民族主義者の皆さん。ルドルフ皇太子はハンガリー人民には寛大でしたからね。

 

 寝室。

機械的な動きをするメイドたちがかわいい。

 ステファニー皇太子妃は、史実では容姿に恵まれなかったそうですが(写真を見るに「言うほどか? かわいくない?」と筆者は思っています)、イオーナ・ルーツ氏のステファニー妃は”16歳の恋する乙女”といった体で凄く可愛いです。

 

 そこに現れるルドルフ皇太子、初っぱなから銃と髑髏で脅しつけます。うーん、サイコパス。流石にこの描写はどうかと思うのですが……。

 続く PDD。この『Mayerling』という作品は PDD が多いので、呼び分けたいのですが各 PDD の通俗的な名称が未だわからず。ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教授願いたいです。

非常に暴力的です。よく「マクミラン作品はフェミニストにとやかく言われるんじゃないか」と勝手にびくついています。

そして非常に高難易度。二人はこのPDDを危なげなく踊りきり、観ていて安心感があります。ただ、ステファニー妃が地面に仰向けに倒れた際、ゴンッという鈍い音がして、大丈夫かな……と少し心配しました。

 

第2幕

第1場

 大衆酒場。

女性達の民族的な衣装と特徴的な帽子は何がモデルなんでしょう。後ほど調べてみたいと思います。

ここでの彼女たちの踊りは非常にエロティック。まさにマクミラン作品という感じ。

 

 ブラットフィッシュのソロ。

マクレイ氏の踊りは決め技では止まる、腕も足もしっかり伸ばす、と緩急のメリハリがしっかりしていて観ていて心地良いですね。なるほど出世する。

ブラットフィッシュは非常に芸達者な人で、悩める皇太子やその周りの人々を歌などで喜ばせたそうですから、かなり史実に忠実といえそうです。ステファニー妃に帽子を預ける際の控えめな笑みが非常に良い。

 

 ミッツィ・カスパルのソロ。

ラウラ・モレーラ氏も凄く良いです! 非常に技量高く、安心感があります。パキッとした踊り口なのですが、それが非常にミッツィらしい。

 

 男性コール・ドからのルドルフ皇太子のソロ。

下手前のウエイター二人の動きがなんか妙に好き。()

ハンガリー民族主義者の皆さんは全員素晴らしいですね。続く Pas de cinq も至高です。

 ルドルフ皇太子、ほんとうによく踊る。なるほどこれは疲れる。怪我だけはしませぬよう。

ミッツィがアジビラを一枚サッと取って隠すところなんかも細かくて好きです。

 

 ミッツィとハンガリー高官たちの Pas de cinq。

使用楽曲は『メフィスト・ワルツ』というのですが、これが非常にかっこいい! もう盛り上がるのは必然です。

また四人がかりで恐ろしくミッツィを振り回す振り回す。ど派手で観ていて楽しいですね。主題の輪になって踊るところなんかこちらも踊り出しそうなくらい。

 

 警察隊乱入。某ソ連オペラのようです。

ミッツィに心中を持ちかける皇太子。史実でもあった出来事でしたが、このお祭り騒ぎの直後だと少し唐突に感じてしまいます。「冗談でしょ」とあしらって足を組んだミッツィが、銃を突きつけられて深刻な表情に変わるのが細かいです。

ここでミッツィがターフェとグルなことが判明するわけですが、こちらは史実にはない描写です。このように、真の愛人すらも裏切っていたという事実、バレエ版に慈悲などない。

 

第2場

 馬車に乗ったラリッシュ公爵夫人とマリー・ヴェッツェラが皇太子に会うというだけのシーン。場面転換が早いです。

馬車から顔を覗かせるサラ・ラム夫人の美しさよ。もうそれだけでこのシーンは最高です(単純)。

 

第3場

 ヴェッツェラ邸を訪れるラリッシュ夫人。

カード占い(インチキ)をしてヴェッツェラの恋の顛末の吉兆を告げます。恋占いをする作品、大抵ろくな結末にならない気が……(『ジゼル』、『カルメン』など)。

 

第4場

 幕間はハンガリー高官の皆さんと皇后シシィ、そして彼女の愛人ベイ・ミドルトンです。ベイまで出て来るのか~~!細かい!!

ベイが出るということは、当然フランツ=ヨーゼフ帝の愛人カタリーナ・シュラットも出ます。しかしこちらはまさかのオペラ歌手! バレエ作品に歌が混ざるようになってくるのはこの辺りからでしょうか、非常に珍しいです。

 

 それにしてもルドルフ皇太子の纏うプロイセン軍服のカッコいいことよ(散々悪役とか言ったくせに)。

ただ、「オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子が、プロイセンの軍服を身に纏うということが、何を意味するのか」というのは、ルドルフ皇太子、そして当時の国際情勢、ひいてはこの『Mayerling』という作品を理解するのに必要かもしれません。つまり、それほどこの時期の同帝国が、属国に成り下がっていたということを意味し、ドイツの影響力から逃れたいとずっと考えていた皇太子にとって、これは苦痛以外の何物でもなかったでしょう。

 ここでのソロあたりから病的になってくるので、恐らく淋病や梅毒に犯されていたと見えます。

 

第5場

 寝間着にコート姿で皇太子の寝室を訪れるマリー・ヴェッツェラ。これ、17歳の少女ですよ。恐ろしい。しかも今度は彼女の方が皇太子を髑髏と銃で脅しつける。もうマリーのほうもサイコパスとしか言いようがありません。

しかし、彼女、史実でも「死ぬなら毒より銃がいいわ。その方が確実だもの」なんていう手紙が残っているレベルで、史実から相当ヤバいです。

 スリットの入った透ける素材の黒い寝間着は非常に官能的。

 

見せ場、寝室のPDD。

こちらも超難易度です。蛇のように皇太子の身体に纏わり付きながら降りてくるリフトや、膝の上に乗って上体を反らすなど、どうやったらそんな振りが思いつくのか、というところ。それに合わせ音楽もストリングスの旋律が非常に魅惑的です。

 

第3幕

第1場

 狩猟場。

皇后の英国風の衣装がとっても素敵。

このあたりから、ラリッシュ夫人と皇后の不仲が顕著になってきます。バレエ版の皇后がよくわからない……。きっと、「自分は浮気するのに息子には許さない」という像が欲しかったのだと思いますが……。

 ルドルフ皇太子が発砲し、皇帝の側近を殺害してしまいます。あまりに急な展開に、登場人物も観てる側としても唖然。逆にそれが良い効果を生み出しているのかもしれません。

 

第2場

 幕間はフランツ=ヨーゼフ帝。なんか、若々しいww

こういう役は難しいですよね……。

 

 ルドルフ皇太子とラリッシュ夫人のアダージオ。

実はここでの曲が物凄く気に入ってしまい、Mayerlingに興味を持ったというのもあるんですよね。この曲はROHの広告に使われており、あまりの美しさに心を奪われていました。

↑ こちら。この曲ほんとうにすき。

ストリングスのユニゾンによるハンガリー風とウィーン風が入り交じる旋律! 原曲はピアノですから、オーケストレーションも至高です。

この曲は『オーベルマンの谷』という曲なのですが、実はイントロが凄くオペラ『オネーギン』のレンスキーのアリア風だったりして、意外に思ったり。

特に皇太子が頭を抱えて地面に倒れ伏すところからの盛り上がりがもう至高としか言い様がありません。広告を見てからほんとうにこの曲がずっと頭から離れなくて困っていたんですよね……。後ほど楽曲解説の記事を執筆する予定なので、そこで詳しく触れられればと思います。

 このドラマティックすぎる名曲に合わせたアダージオもとてもエモーショナルで心を揺さぶります。

 

 一転して、ピアノソロに。

皇后が現れ、ラリッシュ夫人に退出を命じます。

ドラマティック・バレエ、一回は必ずビンタするイメージがあるのですが、それはどうなんでしょう()。

相変わらず皇后のキャラクター性が……以下略。

 

 次いで現れるマリー・ヴェッツェラ。

ここでの官能的なストリングスは『英雄の嘆き』という曲の展開部、『鎮魂歌(レクイエム)』。フライング死亡です(?) この曲も非常に美しい。『Mayerling』、本当に楽曲がいい。

ここで、とうとう皇太子はマリーに心中を持ちかけます。楽曲も盛り上がり、二人で拳銃を振り回しながら(危ねぇな……)、その承諾、二人の人間の、そして帝国の悲劇へと拍車を掛けてゆきます。

 

第3場

 クライマックス。やはりわたしは3幕3場が一番好きですね。

アルコールに溺れ、ふらりとよろめく皇太子。もう悲劇は避けられません。

 

 ブラットフィッシュのソロ。非常に民族的な曲です。

面白いなぁと思ったのは、これがまた物凄く史実準拠で、ルドルフ皇太子とマリー・ヴェッツェラは、この最後の夜に、ブラットフィッシュに同じ曲を三回も歌わせるなど芸を見せるよう頼んだものの、二人はガン無視していたということです。完璧な再現。

マクレイ氏のブラットフィッシュの表情からは、暗い結末を予見しているように見えます。

 

 ルドルフ皇太子のソロ。

この迷うような主旋律の重厚な曲はもうタイトル通りと申しますか、『葬送』という曲で、またフライング死亡です(?)。途中からピアノに切り替わるのもまた非常にアレンジがお洒落で!!

頭を抱えて旋回し地面に崩れて、もう感情移入した者勝ちです。なんという暗さ、重たさ。

 

 続く、最後のPDD。

最後の見せ場、フィナーレに相応しい盛り上がりと超難易度です。

モルヒネを打つシーンのストリングスの美しさといったら……格別なドラマティックさです。そこから更に盛り上がります。ずっと足の付かないリフトの大技の連続!

ルドルフ皇太子役は男性の役の最難関ということもあって、ワトソン氏もリフト時足がガクついていますし、ガレアッツィ氏も椅子を倒してしまうなどしているのですが、そのボロボロ具合がここでは相応しい!

こんなの古典作品じゃ絶対あり得ません、ボロボロのほうがよいだなんて。非常にスペクタクルとして完成されています。

 

 そしてパーテーションの奥での銃声。音楽がヴェッツェラが皇太子を銃で脅した時と同じというのがまた……。

『英雄の嘆き』のレクイエムに合わせて、よろよろと舞台上に姿を現す皇太子。音楽もシーンとしてもこれ以上ないくらいにドラマティックです。

 そしてパーテーションの奥での拳銃自殺。このパーテーションがまた非常に良い味を出していますよね。戦く友人達。悲劇は為された、喜劇は終わった。Finita la commedia.

 

エピローグ

 プロローグと同じ墓場のシーンです。マリー・ヴェッツェラの遺骸が座った状態で馬車に乗せられ、密かに簡素な木製の棺に納められ、埋葬されます。これも史実通りというのだから、現実は小説よりも奇なりというもの。

雨降るウィーンの森の奥。消え入る葬送行進曲。涙に暮れる人々。

昨日のクランコ版『白鳥の湖』に続き、とんでもなく救いのない終幕です。

 

おわりに

 通読ありがとうございました。

軽く感想を述べようと思ったら、随分長くなってしまいました。簡潔に文章を書く能力がないというか、述べたいことが多すぎるというか。

 いや、『Mayerling』、素晴らしいですね、ほんとうに。「一点の曇りもない傑作」と呼び表すには少し弱いかもしれませんが、この難解なテーマによくぞ取り組んだと思いますし、特に第3幕第3場のドラマティックさ、救いのなさ、後味の悪さ、心に残るものというのは何にも代えがたいと思います。是非多くの方に観て欲しい作品ですね。

 ROH のライブビューイングも余計に楽しみになりました。あのラリッシュ夫人とブラットフィッシュが……()。早く見比べたい!

 重ねて、お付き合い有り難うございました。次は楽曲解説の記事が書ければよいなと思っております。『Mayerling』、曲が良すぎる、本当に。

それでは、またマイヤーリンクでお会いしましょう。